音楽家ピアニスト瀬川玄「ひたすら音楽」

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◆《ピアノソナタ第29番op.106“ハンマークラヴィア”》第4楽章“フーガ”の構成

2009年02月07日 | 《29番op.106》ハンマークラ
ベートーヴェン後期の大作
《ピアノソナタ第29番 B-Dur 変ロ長調 op.106》
俗称“ハンマークラヴィア・ソナタ”の終楽章は、
後期ベートーヴェンの作風を象徴する「フーガ」の音楽となっております。

フーガとは対位法の音楽、この
《ハンマークラヴィア》第4楽章のフーガにおいて、
ベートーヴェンはありとあらゆる対位法の技法を駆使します。
そして、
このフーガはAllegro risolutoという、速く、決然とした音楽性を伴うことで、
奏者にとってはこの上なく演奏の難しい楽曲となっております。

今日は、
ただ単に「難しい、難しい」あるいは
「あらゆる対位法を駆使している」と
一言でこの楽曲を片付けてしまうのではなく、
「どう難しいのか」
「どのように対位法が駆使されているのか」を
ひとつまとめてみたいと試みてみます。


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まずは目次代わりに
このフーガ全体を簡略にまとめてみますと、

●第1小節~ 序奏(Largo)
●第11小節~ Allegro risoluto、
●第16小節~ テーマ(主題)の出現
●第52小節~ 拍節感が一拍分変化したテーマ
●第64小節~ 拍節感がさらに一拍分変化したテーマ
●第85小節~ 新たな中間主題(Ges-Dur変ト長調)
●第94小節~ テーマの拡大形(音価が倍に伸ばされている)
●第130小節~ 再び中間主題(As-Dur変イ長調)
●第151小節~ 逆行フーガ(蟹行フーガ)とCatabileの新たな対旋律
●第196小節~ 久々に冒頭のテーマ
●第208小節~ 反行(転回)フーガ
●第249小節~ 一端の音楽の停止(フェルマータ?)
●第250小節~ 新たな第2中間主題(una corda, sempre dolce cantabile)
●第279小節~ 再びテーマが顔を出し始め、
●第294小節~ テーマが2声部に一拍ずれて同時に奏でられるストレッタ
●第334小節~ 久々に単声で冒頭のテーマ
●第345小節~ 完全な形の「鏡像フーガ」
●第349小節~ 3声部それぞれにテーマが現れる複雑なストレッタ
●第366小節~ カデンツによる終始
●第367小節~ コーダ(終結部)
●第369小節~ 低音部の保続音オルゲルプンクト
●第380小節~ Poco adagioまでテンポが落ち、
●第384小節~ 再びTempo I(Allegro)に戻り、
●第400小節  おしまい。

・・・となります。
こうして書き連ねただけでも、
このフーガの規模の大きさが
見えてくるようでもあります・・・

これから書くこの記事内容の「分量の多さ」からも、この
《ハンマークラヴィア》終楽章のフーガが「すごい音楽である」
ことを感じていただければ、幸いであります。


よって、今回の記事内容はこの後
込み入った楽曲解析となってくるようですので、
どうかお読みになられる方は、それをご了承下さいませ・・・


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さて、さらに詳細を見てゆきますと、

●まずは第1小節から「序奏」、
Largoの「16分音符=76」と指示された幻想的な世界


異なる様々な音風景が挿入されます(「Un poco piu vivace」や「Allegro」
  
そして「Prestissimo」など)


●第11小節からテンポが「Allegro risoluto」となり


●第16小節にて、左手により初めてテーマ(主題)が奏でられます。
この小節にはベートーヴェン自身により、
「Fuga a tre voci, con alcune lecenze(3声のフーガ、いくぶん自由に)」
と記され、このフーガの性格が明示されます。


次々に3声部のテーマが出揃い(提示部)、
そして
●第52小節から、テーマが一拍分ずれた形で現れます。
すなわち、
冒頭のテーマは「八分音符+八分休符」が一拍目となって、跳躍して「tr.」となるのに対し、ここでは
跳躍前の「八分音符」が「アウフタクト」となり、「tr.」が拍の頭となるのです。


●第64小節からは、さらに一拍ずれて、
二拍目にこの八分音符が来て、tr.の途中で
強拍の一拍目がくることとなってしまいます。


ただでさえ難解なテーマが、
このように拍節感がズレて現れることにより、
このフーガは、聴くもの・弾くものにとって
取っ付き難い印象を与えているのではないかとも思われます・・・
(それが面白い、といえば面白いとも言えるのですが)

●第85小節から、新たな中間主題がGes-Dur変ト長調で現れ、


●第94小節からは、テーマの音価が倍になった「拡大フーガ」が現れ、
重厚な雰囲気が醸し出されます



sf(スフォルツァート)だらけの刻みからは、
ベートーヴェン特有の暴力的な感じが顕著に現れるようです。


●第130小節にて、再び中間主題がAs-Dur変イ長調で現れ、


その後の長い自由唱のあとに、
●第151小節からは、逆行(蟹行)フーガ(ドイツ語でKrebsfuge=蟹フーガ)が、
新たな対旋律「Cantabile」を伴って現れます。

★(逆行(蟹行)フーガとは、「蟹」の名の通り、
元々の主題が楽譜の左から右へ自然に流れるのを、
逆に右から左へ、向きを変えて現れる技法のことを言います。

初めてこれを聴く人にとっては、
この難しい16分音符の連なりは、きっと
最初は何が何だか分からないかもしれませんが、
注意深く聴いてみると、
1回目の蟹行フーガの終わりに、かすかにテーマが
逆行しているらしき特徴ある音型を確認することができましょうか、

続く2回目には高声部にてこの蟹行テーマが現れ、


そして3回目には、Cantabileの対旋律にあまり邪魔されることなく、
(ベートーヴェンは敢えてこの3回目の対旋律に「Cantabile」という指示を与えていません)

この蟹行フーガの全貌を聴き取ることが出来るよう、
ベートーヴェンは工夫しています。

自由唱を経て、
第193小節からのカデンツを経て、
●第196小節から、久々にテーマが低音部において完全な姿で、
D-Durニ長調の明るい調性感となって、ff(フォルティシモ)で高らかに奏でられます。


すぐさま引き続き、
●第208小節では、テーマは上下が転回された反行(転回)フーガとなります。
★反行(転回)フーガとは、この曲の場合、
下降する16分音符の音型だったものが、さかさまになり
上降する16分音符となる対位法の技法をいいます。

高音域(第208小節から)
 

中音域(第216小節から)


低音域(第229小節から)


それぞれに反行フーガが現れた後、
短いtr.(トリル)に切迫感を増して、
●第248小節にて、音楽は突如の中断となります


●第250小節からは、新たな第2中間テーマとなり、
今までとは雰囲気を一変して、
「Una corda」による柔らかな、異世界を思わせる音色により、
「sempre dolce cantabile」の優美な音の連なりとなります。

興味深いことに、
この音型は、後に書かれた《ピアノソナタ第31番op.110》の
終楽章“フーガ”の対旋律として、同じ姿が使われます。
この音型に、ベートーヴェンは一体、
どのような印象・役割を持たせていたのでしょうか、興味深いところです。
(もしかすると・・・天界!?)


この風雅な中間部を経て、
●第279小節から、再びこの曲のテーマが
この中間主題と合い絡まって展開され、


●第294小節から、テーマが二声部において、
一拍ずれて同時に奏される「ストレッタ」が現れます。


一旦、第333小節にて「ff」まで高潮した後、
●第334小節では再びテーマがそのままの形で姿を現し、


次いで、
●第345小節では、2声部で「テーマ」と「反行テーマ」が同時に奏でられる
完全な形での「鏡像フーガ」となります。


この後、
●三つの声部によってそれぞれにテーマが入り乱れ、
●第366小節にて、突如の終始(カデンツ)を迎え、
間髪入れずに、
●第367小節からCoda終結部に入ります。



●低音部に長いtr.による保続音(オルゲルプンクト)に導かれ、



次第にテンポがゆるやかになって
●第381小節にて、Poco adagioまでテンポが落ち着き、


●第384小節にて、再び冒頭のテンポAllegroに戻り、
下降音型に導かれて、
●第389小節からは、テーマの冒頭の音型が4拍分、
すなわち、三拍子のこの曲においては一拍分余計なこの音型を通じて、
拍節感にジレンマが与えられ、
拍感が微妙にズレながら高揚しつつ、ついに


●第397小節にて、主調B-Dur変ロ長調のサブドミナントに達し、
すぐさまドミナントの和音が「ff」で奏でられ、
●第398小節で、主調のトニカが「ff」で解決、
同小節内の三拍目にドミナントの和音が「ff」で現れ、
次の小節でも三拍目に最後のトニカの和音が「ff」で奏でられ、

合わせて、ゆっくりなシンコペーションのリズムを刻み、
この巨大なフーガは幕を閉じます。



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