アウェイでオマーン相手に1-1の引き分けという結
果は、良くはないけど、悪くもないというところでは
ないか。
それにしても「大久保」は。
順当なレッドカードだった。
瞬間かっとなる性質は、そう簡単に直せないものだと
いういい見本である。
アウェイで活躍してこそ評価が上がるというものなの
に、これでまた使いづらくなってしまった。
一番打撃を受けるのは自分なのに。
そんなサッカーの時間、他局で「THE有頂天ホテル」と
いう三谷幸喜の映画をやっていた。
以前も触れたが、兎に角面白くなかったのだ(具体的
に笑えないという意味で)。
そこそこヒットした作品だと思うが、個人的にはそう
いうことだったのだ。
そこで、何故なのかともう一度確認したく、見てみよ
うという気になった。
と言っても、断片的にだが。
しかし、今回もやはり全く笑えなかった。
もともと三谷作品で(テレビシリーズ)面白いと思っ
たものはないから、完全に笑いの壺が違うという事実
があるのだが、それにしてもだ。
本人のキャラクターは面白いと思うのだが、作品とな
ると全然なのが不思議だ。
まず見てて感じるのは、舞台の芝居そのままではない
かということだ。
よく考えられたシナリオを、忠実に、一生懸命演じて
いるのは分かる。
多分上手いのだろう。
しかし、それだけなのだ。
芝居小屋で演じているのなら全く問題ないだろうが、
これを映画にする理由を見つけられない。
「さくらん」でも感じたが、映画的な瞬間というもの
が見出せないのだ。
多分監督が意図したものであろうというのは見えるが、
そういうものは見えた時点で終わりだ。
ほしいのは、そういう意図を超えた思わぬ瞬間なのだ。
と、この映画に関してそういうものを期待するべきで
はないのだが、映画にする時点で、そういう部分が問
われるのも致し方ない。
わざわざ、映画にしているのだから(これがテレビだっ
たら、全く問題はない)。
笑えないのだったら、他に見るべきところがあるかと
探すのが自然なことだろう。
ありえない設定で嘘っぽい話の映画としては、ウェス.
アンダーソンの「ライフ.アクアティック」というのが
思い出されるが、あちらは笑えるし映画としても充分
成立している。
笑いの質がブラックであるという違いがあるが、嘘っ
ぽさを超えある種のファンタジーに到達しているとい
う大きな違いもある。
つまり、三谷作品は、いつまで行っても舞台上の芝居
なのだ。
映画としてみた場合、これは致命的なのではと思うが、
面白いと思っている人が多いのだから、別に致命的で
あるはずもない。
まあ、そういうことなのだろう。