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ピカビア通信

アート、食べ物、音楽、映画、写真などについての雑記。

塀の切り株

2010年05月14日 | トマソン


ここに使う写真は、当然自分で撮ったものを使うわけだが、ストックが少なくなると過去使ってなかったものを引っ張り出して使うことになる。それはいいのだが、たまに使ったことを忘れて同じものを使うことがある。「ペイルライダー」の回がそれだった。後でそんな気がしたので確認したらやはりそうだった。それで昨日ひっそりと差し替えた(誰も気にしてはいないと思うが)。

で今日の写真も既に使ったものであるが、これは一見しただけでは何か分からないので説明を加えるべきだと思ったのだ。実際写真だけで見ると、何か塀に切り株のようなものを張り付けたもの、それはそれでちょっとシュール、という風に見える。となると、一体何のため?と疑問に思うのが普通だ。違うのである。これは実際の塀を、木の形にくり抜いて木が塀を突き抜けているのだ。多分道に張り出した切られる前の木が邪魔になったのだろう、塀に沿って切ってしまってこんな状態になったのだ。つまり、この木はまだ生きているのである。正確に言えば、これは切り株ではなく切られた枝の断面ということになる。発見したときは、そのあまりの端正さに高原の工芸品か、と思った。
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木がいっぱいハウス

2010年05月13日 | トマソン


見ての通りの「木がいっぱいハウス」。皮膚を剥いだら生々しい内側が露呈した、ように見えるが、それにしても驚くのは、その木の過剰振りだ。ここまで使うかと思うくらいの使いっぷりは見事としか言いようがない。現時点では原爆タイプ的兆候が見えるが、この物件の場合は暫定的に露出しただけで、つまり修復途中、いずれ新しい壁に変えられのだろうと思う。漆喰で綺麗に塗られるのではないかと予想している。
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ペイルライダー

2010年05月11日 | 映画


BSのイーストウッド特集で「ペイルライダー」をやっていた。すでに何度も見ているのだがついつい引きつけら、結局今回も見てしまった。これも亡霊ガンマンの威力であろうか。

この「ペイルライダー」、「シェーン」に対するオマージュのようなことを言われているが、確かにそういう風に見える部分は多い。しかし西武劇というのは、基本的な物語の構造はどれも同じようなもので、当然のこと何かしら似てる部分は出てくるものである。そこは大衆演劇と大して変わらないかも知れない。そして、そんな単純な物語に厚みを増すため主人公を影のある人間に描いたりするが、詰まるところイイモンがワルモンをやっつけるだけの話である。過去に何かがあっても、最終的にはイイモンであるのが殆だ。例外的な異色の西部劇としては「殺しが静かにやってくる」くらいしか思いつかない(これはなかなか面白い)。ついでに「シェーン」だが、一般的には所謂名画となってると思うが、個人的には大して良いとは思わない。

「ペイルライダー」も物語としては、そんな単純な物の一つである。しかし他の西部劇とははっきり違う点がある。それは、最後の最後まで主人公が何者か分からないというところである。その現実感のなさが、この映画を何か神話的なものにさせているのだ。背中には聖痕のようなものまであるし。アクションもリアルと言うよりは何か儀式的なもののように見えるしあ(ハリウッド的ものの対極)、兎に角不思議な空気が最後まで充溢している。この詩情さえ感じさせる世界はイーストウッド特有のものだ。兎に角、「荒野のストレンジャー」の続編のような「ペイルラダー」、「荒野のストレンジャー」とともにイーストウッドの中では絶対押さえておきたい作品である。

追記:ギャオで「戦場のピアニスト」を配信していたので初めて見る。ポランスキーの映画で結構話題になったものだ。既に何度も映画のモチーフとして取り上げられている、第二次世界大戦下のユダヤ人の過酷な運命を描いた作品だが、予想通りの展開で、実話が元になっているという事実がないと説得力を持たないのか、という疑問もさることながら、ハリウッドでは定期的にユダヤ人の迫害を描いた映画をほっしているのか、と作品以外の状況の方についつい関心が行ってしまった。ポランスキーで面白かったのは「ポランスキーの吸血鬼」ぐらいだったのも思い出した。
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御柱祭

2010年05月10日 | Weblog


T君のカフェに頼まれものを持っていく用事があったので、ついでにちょっと「御柱祭」を味わおうかと言う気になり、殆ど終りに近い午後六時近くの電車で下諏訪に向かう。到着する臨時列車からは、一斉に祭り帰りの人々が吐き出される。忽ち辺りに酒の匂いが充満する。しかし、逆に、こんな時間に現地に向かう人間はごく僅か。下諏訪駅で降りると、普段の何百倍かの人の群れが駅に向かってくる。こんな光景は六年に一度しか見られない。しかし既に皆お帰りモードなので露店に寄って行こうという客は少ない。露店もすっかり今日は終わりといったムードである。

カフェは駅から六分ほどだが、その途中ある路地で誰かが私を呼び止めた。知り合いの地区の宿の前を通り過ぎたのだ。そこでちょうど良かったと缶ビールをもらい、それを飲みながらカフェに向かう。露店の数も多くなってきて、何かおつまみに買おうかと思ったが、たこ焼きが500円と言う値段にすかさず原価を計算して、モロッコ産の冷凍蛸を使ってまあ70円くらいのものだろう、となると300円くらいが適正価格だ、と非日常空間であるべき祭りの場で日常的思考をしている。これでは祭りは楽しめない。でも高いものは高い。他のものも見事に価格は統一されている。これじゃあ価格カルテルだろう、という野暮も祭りにはそぐわない。それにしても、久しぶりに見る露店の内容は以前と比べると変わってきている。「佐世保バーガー」「富士宮やきそば」「肉巻きおにぎり」などというB級グルメの人気アイテムが結構揃えられている。しかし、個人的にはあまり食指は動かない。それでも何かないかと探すと、露店の外れの方の、要するに良くない場所にぽつんと「ドネルケバブ」の店があった。これもご多分に漏れず500円。しかし一気に食指は動いた。

店は日本語がめちゃくちゃ堪能なしゃべり好きのトルコ人がやっていた(イラン人?などと聞いて悪るうございました)。日本全国回るらしく、普段は新宿辺りでやってると言った。チキンのケバブのみが少し残っていて、それをピリからソースでいただく。ピタパンに香辛料が効いたチキンとキャベツの千切りを挟んだ「ドネルケバブ」は、初めて食べたが旨かった。一応本場の味とトルコ人のあんちゃんは言っていたが、これだったら祭りの場でなくても食べるぞ、と思った。来て良かった、と「ドネルケバブ」とともに私的御柱際は終了した。

写真は、今回の下社のものではなく、一週間前に終了した上社の「祭りのあと」。
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日本代表サプライズ

2010年05月09日 | サッカー


さて、明日はWC日本代表の発表である。しかし、今回ほど期待感を持てない日本代表も珍しいのではないか。前回のジーコの時も個人的には全く期待できなかったが、今回はそれが全体に及んでいるように思える。マスコミはサプライズがあるのかどうなのかと、兎に角盛り上げたく、毎度お馴染みの煽りに一生懸命。そんなものがあるわけないだろう岡ちゃんサッカーに、と一言言っておきたい。

そんな時トルシエが、自分だったらこういう選手を選ぶというものを何かの雑誌に発表した(何の影響もないことだが)。それを見たら、岡ちゃんより期待できそうなものだったので何とも複雑な気持ちとなってしまった。布陣はスリーバック。これに関してはトルシエの考え方に一票。右SBの岡ちゃんご贔屓の内田の守備の脆さを危惧しているのだ。岡ちゃんは攻撃的センスを買っているのだろうが(ビジュアルも?)、本番になったら徹底的に突かれ攻撃どころではないのはまず間違いない。敵の監督だったらそうするだろう。そんな日本代表の守備の弱さは、実は得点力の無さより問題なのだ。CBの二人はあまりに鈍足だし。それでトルシエが考えたのは、岩政を含めたスリーバック。そこに長谷部、長友を入れての実質ファイブバック。後はボランチに遠藤、稲本、攻撃的MFに俊輔、本田、ワントップに森本という布陣である(俊輔は?だが)。前々回のチームから大して進歩していないという現実はあるが、こっちの方が期待出来るというのも悲しいかな事実なのだ。

そこで考えたネガティヴサプライズ。大久保、玉田、俊輔、内田を選ばない。そして一番のサプライズは岡ちゃん辞任、こんなところでどうでせう。
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二色ハウス

2010年05月08日 | トマソン

この壁も前々から気になっていた。が、場所が国道沿いで車の通行も激しく、且つ車を置けるところが近くに無く、なかなか撮るチャンスが無かった。しかし、今回自転車で前を通過し、一旦は通り過ぎたが(漕ぐのに夢中で存在を忘れていた)、直ぐに思い出し戻って、やっと撮ることができた。見ての通りの「二色ハウス」だ。車で通過しているときは、これもある種の原爆タイプかと思っていたが、今回間近で見てそれは違うことが分かった。どうやら、単純な塗残しのようなのだ。左の濃い色を全体に塗るのが本来の筈が、途中で塗料がなくなったのだろう、中途半端なところで終わらざるえなかった。しかも、吹付けだったので境界にぼかしが入った。きっちりした境界であれば、デザイン的に二色にしたと思ってもらえたのだろうが、この場合、気持ちの揺ぎが境界の曖昧さに出てしまった。まさかこんなところで取り上げられるとは、夢にも思っていなかったであろう。
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野生の王国イン蓼科

2010年05月07日 | Weblog



昨日の続き。
カモシカは、川沿いの藪に入って下流方面に移動した。散歩道もほぼ平行に走ってるので帰りがけに覗くと、向こうもこちらを窺っていた。調度小学生の集団が道を下りてきたのでカモシカがいるのを教える。彼らは一斉に集まってきて大喜びだった。

そして平坦な別荘地帯の道に出てぶらぶら歩いていると、今度は前方に狸のような小動物の気配が。狸、狐は珍しいものではないが、どうも見慣れない姿をしている。ハクビシンか?それだとこれまた普通にいる今や畑の天敵。一般的には夜行性だから真昼間にであうことはないだろうし(鼻の白い部分で最初はそう思ったのだが)。流石にカモシカと違って、前方20メートルほどのところで逃げていった。写真を確認すると(ブレブレ)どうやらニホンアナグマのようだ。特別珍しいものでもないらしいが、カモシカの後にニホンアナグマと二連チャンともなると、すっかり気分は野生の王国となってしまう。
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カモシカ

2010年05月06日 | 生き物 自然


しかし、暑かった。この時期Tシャツ一枚で大丈夫な蓼科と言うのも、ちょっとやりすぎである。連休中でもあり、普段は人っ子一人いない雰囲気でひっそりしている蓼科も、一変、人で溢れている。個人的には、人がいない蓼科が良い。

お目当ての「ヒメギフチョウ」は、先週とはうって変わってたくさん飛んでいる。全部で十数匹は目撃しただろうか。が、あまりに暖かいので、全く止まる気配がない。暖かいと活動も活発になりなかなか止まらないのだ。川沿いで暫く待機したが、結局シャッターチャンスは訪れず。その代わりに淵の水たまりなどを覗くと、小魚や、カワゲラ、トビケラの幼虫や、小型のゲンゴロウなどがいて楽しませてくれる。そんな時、視界の端に何か大きなものが動く影を捉えた。何かと思えば、対岸に「カモシカ」が。その距離、十数メートル。のんびり草を食べている。時たま顔を上げこちらを見る。しかし、あまり警戒しているようでもない。どうするのかと思って観察していると、あろうことか川を渡りこちらに向かってきた。そして今度はこちら側の草をゆっくり食べだした。その距離二メートル。写真で見ると深山幽谷的なところに見えるかもしれないが、ここは蓼科のほとんど中心地とも言っていいところ。今や、こんな野生動物がいるのも日常化しているのか、と改めて思った出来事だった。
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控えめな原爆タイプ

2010年05月04日 | トマソン


近所にあり、前々から気になっていたのがこの「原爆タイプ」。何故気になっていたかと言うと、佇まいがあまりに控えめだったから。一見すると、果たしてこれは「原爆タイプ」なのか直ぐに分からない。が、よく見ると確かにうっすらと今はなき隣の屋根の形状が、ちょうどあぶり出しを途中で止めたかのようなうっすら具合で残されている。しかし、不思議なのはそれが全てに徹底していないところだ。屋根の儚い形状とは対照的に、突端部分だけはきっちり丁寧な仕事を施されているのだ。この存在が、この原爆タイプの個性を際立たせているのだ。しかもこれがあることによって、生成過程の不思議を考えざるを得ない。

つまり、突端部分を作ったときには隣の家は無くなっていると考えられる。今までのは大体そういうパターンだ。昔の壁はモルタルなどだから、隣が無くなると壁を共有した部分が剥がされその部分は結構抉られているので同じような素材で埋めるか(これが原爆タイプのスタンダード)、或いは新建材で全体を覆う。その場合は、原爆タイプは存在しない。隣の家があった頃壁を修復した場合、むき出しの部分を隣の屋根に沿って新建材を貼る。そして隣がなくなった時、新たにむき出しになった共有部分を修復するが、多くが同じ建材がないので、その部分だけ新しい建材で貼る。すると同じように原爆タイプが出現する。以上のような生成過程が、今回の物件には当てはまらないのだ。控え目なわりには、なかなかしぶとい物件であると言える。
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滝つぼビオトープ

2010年05月03日 | 生き物 自然


やっと春らしい陽気になってきた。「滝つぼビオトープ」のヤゴも徐々に活動をし始め、その姿を現すことが多くなってきた。しかし、その数はまだ数匹程度で、本格的な活動はもう少し先になりそうだ。餌として主に狙うのはミジンコだが、今年はそれを食べてしまうヒメダカがいないので、ヤゴにとってはよりいい環境であることは間違いない。そのヒメダカはヒメダカで、より広い池で鯉の襲撃をかわしながら元気に泳いでいた。

水草は、抽水植物であるイネ科の種類の分からないものが大分活発で、他のものが発生する前から勢力を伸ばしている。田圃であれば厄介な雑草であることが、この滝つぼビオトープを見ただけでも理解される。その生命力は半端ではない。しかし、ことこの滝つぼビオトープに限定すれば、在来種の植物としてビオトープのコンセプトに合致する重要な役割を担っている。外来種のホテイ草は完全に除去したし、基本的には本来ある在来種で構成したいところだ。唯、沈下植物の金魚藻が未だ外来種であるアナカリスというのが残念である。もうひとつのマツモは在来種かどうか。いずれにしろこれらはまだ閉じた状態で有るが、暖かくなるに連れ、これでもかと言うくらいに増殖するからおとなしいのも今のうちだけである。

写真(シータテハのC=シーがくっきり)
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万博

2010年05月02日 | Weblog


三波春夫先生の大阪万博から既に40年が過ぎたのかの、上海万博が始まったが、こ手のものは、国の勢いがある時には異様な盛り上がりを見せる。大阪万博の時だって、日本人の四人に三人は見たくらいの偉い盛り上がりようだった。因みに私は、当時としては珍しい行かない方の少数派であった(以来常に少数派の道を歩んでいる)。そう言えば万博終了後に、確かラオスパビリオンだったと思うが、どういう訳かこの田舎でステーキ屋としてデビューした。一度行ったことがあるが、とんでもないものが出てきたことだけは覚えている。今、そんなものが存在したことを記憶している人間なんてまずいないだろうが、万博=ラオス=ステーキ屋というのは、個人的には、大阪万博に纏わる唯一の思い出なのだ。
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無用階段

2010年05月01日 | トマソン


数からすると圧倒的に多い「原爆タイプ」に比べて稀少性の高
いのが「無用階段」、或いは「純粋階段」である。過去発見した
のは二つ。そのうちの一つは多分もう存在してないと思う。「無
用階段」を備えた家そのものがなくなっている可能性が高いの
だ(まだ確認はしてないが一応チェックせねば)。そしてもうひ
とつだが、これはその構造上からも保存性は高いと踏んでいて
今でもあるはずだと確信していた。そして久しぶりに見に行くと、
果たしてそれは健在であった。石垣にしっかり残されているその
「無用階段」は、最後の二段で終わりというところで階段の機能
を奪われ、階段から無用階段にメタモルフォーゼだ。風雪と共に、
上部は「兵どもが夢の跡」状態となり、ますますいい味を出してい
た。
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