Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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「エクソシスト」のモデルとなった脳炎の病態 ―活性化NMDA受容体の画像化―

2022年12月10日 | 自己免疫性脳炎
若年女性に好発するNMDA受容体脳炎という病気があります.医師としてのキャリアのなかでも忘れられない病気です(https://bit.ly/3FDrl6i).映画「エクソシスト」のモデルとも言われています(Ann Neurol. 2010;67:141-2).日本では映画「8年越しの花嫁 奇跡の実話」で知られています.「エクソシスト」は英語で悪魔祓い(祈祷師)のことですが,この疾患はまるで悪魔に憑依されたかのような精神症状,運動異常症,痙攣発作を呈します.現代のエクソシストは脳神経内科医で,祈祷のかわりに免疫療法で治療します.

病名の「NMDA(N-methyl-d-aspartate)受容体」はシナプス後膜に局在するイオンチャネル型グルタミン酸受容体です.興奮性神経伝達によりシナプス可塑性や学習・記憶に関わります.NMDA受容体脳炎では,おもに卵巣にできた奇形腫のため,NMDA受容体に対する自己抗体が産生されます.実験の結果,この自己抗体がNMDA受容体を架橋して「内在化」させてしまい,細胞膜表面の受容体が減少することが本症の病態機序と推測されてきました.しかしその証明は剖検脳の海馬におけるNMDA受容体の減少のみでした.



さてJAMA Neurol誌にNMDA受容体を画像化した報告があり驚きました.NMDA受容体のイオンチャネル内に結合する放射性リガンド[18F]GE-179を用いたPET検査でした.NMDA受容体はグルタミン酸が結合し活性化するとイオンチャネルが開き,Na+,K+,Ca2+ などの陽イオンが通過します.このPETでは受容体の活性化を評価できます.対象は患者5名と,健常対照29名です.患者のうち4名は退院後2〜8カ月の血清中に持続的に自己抗体を認める時期に検査を行い,残り1名は退院後16カ月目で抗体が検出されなくなった時期に行っています.自己抗体が残存する4名では程度の差がありますが,開放型活性化NMDA受容体の密度が平均30%減少し,前側頭葉と上頭頂葉で顕著でした.しかし認知症状は軽度で,脳の代償能力の高さが示唆されました.一方,抗体が陰性になった1名はむしろ受容体密度が上昇しており,受容体機能のリバウンドが示唆されました.以上より,NMDA受容体の「内在化」仮説が生体でも証明され,かつ大脳辺縁系以外の広い皮質領域がこの疾患では障害されていることが示されました.



本症では退院後の回復過程でも長期間さまざまな症候(過眠症,食欲亢進,性欲亢進)を呈します.睡眠中に突然目を開け,体を起こしたり話をしたりするconfusional arousals(混乱性覚醒)を起こすこともあります.カンファレンスでは,こういった症候にNMDA受容体の機能変化(活性化の抑制からリバウンド)が関わっているのかもしれないなどと議論をしました.



受容体の画像化 JAMA Neurol. 2022 Dec 5.(doi.org/10.1001/jamaneurol.2022.4352)
受容体内在化 Lancet Neurol. 2011;10:63-74.(doi.org/10.1016/S1474-4422(10)70253-2)
自己免疫性脳炎の睡眠障害 Lancet Neurol. 2020;19:1010-1022(doi.org/10.1016/S1474-4422(20)30341-0)

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