今回のキーワードは,進行期筋ジストロフィーに対するワクチン2回接種は良好な抗体反応を示す,75歳以上の高齢者においてワクチン接種後14日以内の心血管イベントの増加はない,成人てんかん患者のワクチン接種率は同年齢の対照より非常に低い,大多数の多発性硬化症(MS)患者ではmRNAワクチンにより特異的な液性・細胞性免疫が誘導される(ただし抗CD20に加え,フィンゴリモドにも注意が必要かも),です.
日本神経学会は「COVID-19 ワクチンに関する日本神経学会の見解」を作成しましたが,作成の過程で「神経筋疾患で筋萎縮が著明な患者では,COVID-19 ワクチンをどのように接種すべきか?」というclinical questionが生じました.筋疾患セクションの先生がたとの議論の末,「筋線維が著明に萎縮・減少していても一定のボリュームを保っていることが多く,ほとんどの患者さんでは筋注が実施可能であること,皮下注射に比べれば安全性・有効性が高いと考えられること」を結論とし,少なくとも筋萎縮を理由にワクチン接種が妨げられないようにするという提言を行いました.同時に重症神経筋疾患患者に対するワクチンの有効性についてエビデンスが存在しないことから,ワクチン接種後の抗体価・安全性を評価する臨床研究が望まれると記載しました.この点に関して国内でも検討が開始されましたが,まず米国から報告がなされましたので,最初の論文で紹介いたします.今回の4論文はいずれもワクチンに関連する話題です.
◆進行期筋ジストロフィーに対するワクチン2回接種は良好な抗体反応を示す.
筋ジストロフィーなどの神経筋疾患は,筋肉が徐々に減少すること,しばしば慢性的にステロイドで治療されることを特徴とする.米国から歩行困難な神経筋疾患患者を対象に,mRNA COVID-19ワクチン接種後のIgG抗体量と中和抗体反応を測定した研究が報告された.対象は14名で(デュシェンヌ型8名,肢帯型2名,ベッカー型.SMAなどその他4名),うち8名がステロイドを使用していた.mRNAワクチンを2回接種した後,患者検体における抗受容体結合ドメイン(RBD)IgG抗体の中央値および偽ウイルス中和率は,ワクチン接種を受けた健常対照群と同様に有意に上昇していた(図1A, B).またステロイドの使用は神経筋疾患患者のワクチン接種反応を強く阻害しないことも示された.以上より,歩行困難な神経筋疾患患者で,筋肉量が少なく,さらに慢性的にステロイドを使用していても,mRNA COVID-19ワクチンを2回接種することで良好な抗体反応を示すことが明らかになった.
Neuromuscul Disord. Nov 19, 2021(doi.org/10.1016/j.nmd.2021.11.006)
◆75歳以上の高齢者において,ファイザーワクチン接種後14日以内の心血管イベントの増加はない.
フランスから,高齢者におけるファイザーワクチン後の心血管イベントの増加について検討した研究が報告された.対象は75 歳以上で,ワクチン接種後の重篤な心血管イベントの14日以内のリスクが評価された.検討にはCOVID-19 ワクチン接種データベースにリンクしたフランス国民健康データシステムが使用された(→これができないのが日本の大きな問題).対象者は2020年12月から2021年4月の間に,急性心筋梗塞,出血性脳卒中,虚血性脳卒中,肺塞栓症で入院した75歳以上のすべての人とした.結果は,4月30日の時点で,75歳以上の約390万人が少なくとも1回接種,約320万人が2回接種した.期間中,急性心筋梗塞で1万1113人,虚血性脳卒中で1万7014人,出血性脳卒中で4804人,肺塞栓症で7221人入院したが,そのうち58.6%,54.0%,42.7%,55.3%の人がそれぞれ1回以上のワクチン接種を受けていた.相対頻度を検討すると心筋梗塞では1回目接種が0.97,2回目接種が1.04,虚血性脳卒中は1回目が0.90,2回目は0.92,出血性脳卒中は1回目が0.90,2回目が0.97,または肺塞栓症は1回目が0.85,2回目が1.10で,いずれも有意な増加ではなかった.以上より75歳以上の高齢者を対象としたフランスの全国調査では,ファイザーワクチン接種後14日目に,急性心筋梗塞,脳卒中,肺塞栓症の発生率の増加は認めないことが示された.
JAMA. Nov 22, 2021.(doi.org/10.1001/jama.2021.21699)
◆成人てんかん患者のワクチン接種率は同年齢の対照者より非常に低い.
中国から,成人てんかん患者におけるCOVID-19ワクチンの接種率およびワクチン接種後の影響を調査した研究が報告された.対照として,年齢をマッチさせた慢性神経精神疾患患者,および健常対照者の評価を行った.質問票を用いた対面式のインタビューを行った.参加者の内訳はてんかん患者491名,その他の神経精神疾患患者217名,対照者273名の計981名であった.てんかん患者の42%がワクチンの初回接種を受けていたが,健常対照群では93%,精神神経疾患患者では84%であった(p<0.0001).ワクチン接種者の93.8%は不活化ワクチンであった.ワクチンを接種していないてんかん患者では,59.6%がワクチンを接種したいと考えていた.しかし接種を躊躇した主な理由は,潜在的な副作用(53.3%)と発作がコントロールできなくなることへの懸念(47.0%)であった.てんかん患者のワクチンによる有害事象の発生率は,対照群と同様であった.19名が発作の頻度の増加を報告し,その頻度は稀であったが,てんかん重積発作の報告はなかった.以上より,成人てんかん患者のワクチン接種率は,同年齢の対照者よりも非常に低いことから(図2は経時的な累積頻度),てんかん患者のワクチン接種率を高めるための積極的な啓発が必要である.→ この問題は初耳であった.日本でも同様のことがあるのか,検討する必要がある.
Eplepsia. Nov 21, 2021.(doi.org/10.1111/epi.17138)
◆大多数のMS患者では,mRNAワクチンにより特異的な液性・細胞性免疫が誘導される.
イタリアから,疾患修飾薬で治療を受けている多発性硬化症(MS)患者におけるCOVID-19ワクチンを接種後の液性および細胞性免疫反応を前方視的に検討した研究が報告された.過去2~4週間にmRNAワクチンの2回接種を完了した医療従事者78名とMS患者108名を評価した.治療としてはIFN-βが28名,フィンゴリモドが35名,クラドリビンが20名,オクリズマブが25名に使用されていた.抗RBD抗体の陽性率はオクレリズマブ群およびフィンゴリモド群では,医療従事者およびクラドリビン群,IFN-β群と比較して低かった(40%,p<0.0001および85.7%,p=0.0023).抗RBD抗体価の中央値は,医療従事者およびIFN-β群と比較して,オクリズマブ群(p<0.0001),フィンゴリモド群(p<0.0001),クラドリビン群(p=0.010)で低かった(図3A).また重要なことは,血清中和活性が,医療従事者全員で認められたのに対し,フィンゴリモド群では少数(16.6%)しか認められなかった.一方,T細胞特異的反応は,医療従事者と比較してIFN-γレベルが有意に低かったものの,MS患者の大部分(62%)で検出された.T細胞特異的反応の頻度が最も低かったのはフィンゴリモド群であった(14.3%)(図3B).またT細胞特異的反応は,リンパ球数および抗RBD抗体価と相関していた.以上より,mRNAワクチンは,すべての医療従事者および大多数のMS患者において,スパイクペプチドに対する特異的な液性および細胞性免疫反応を誘導することが明らかになった.すべての治療中のMS患者に予防接種を推進すべきと考えられる.→ これまで液性免疫の評価から,抗CD20療法のワクチンへの影響が注目されてきたが,細胞性免疫の評価も加えると,末梢血リンパ球数が減少するフィンゴリモドも注意が必要かもしれない.
Neurology. Nov 22, 2021.(doi.org/10.1212/WNL.0000000000013108)
日本神経学会は「COVID-19 ワクチンに関する日本神経学会の見解」を作成しましたが,作成の過程で「神経筋疾患で筋萎縮が著明な患者では,COVID-19 ワクチンをどのように接種すべきか?」というclinical questionが生じました.筋疾患セクションの先生がたとの議論の末,「筋線維が著明に萎縮・減少していても一定のボリュームを保っていることが多く,ほとんどの患者さんでは筋注が実施可能であること,皮下注射に比べれば安全性・有効性が高いと考えられること」を結論とし,少なくとも筋萎縮を理由にワクチン接種が妨げられないようにするという提言を行いました.同時に重症神経筋疾患患者に対するワクチンの有効性についてエビデンスが存在しないことから,ワクチン接種後の抗体価・安全性を評価する臨床研究が望まれると記載しました.この点に関して国内でも検討が開始されましたが,まず米国から報告がなされましたので,最初の論文で紹介いたします.今回の4論文はいずれもワクチンに関連する話題です.
◆進行期筋ジストロフィーに対するワクチン2回接種は良好な抗体反応を示す.
筋ジストロフィーなどの神経筋疾患は,筋肉が徐々に減少すること,しばしば慢性的にステロイドで治療されることを特徴とする.米国から歩行困難な神経筋疾患患者を対象に,mRNA COVID-19ワクチン接種後のIgG抗体量と中和抗体反応を測定した研究が報告された.対象は14名で(デュシェンヌ型8名,肢帯型2名,ベッカー型.SMAなどその他4名),うち8名がステロイドを使用していた.mRNAワクチンを2回接種した後,患者検体における抗受容体結合ドメイン(RBD)IgG抗体の中央値および偽ウイルス中和率は,ワクチン接種を受けた健常対照群と同様に有意に上昇していた(図1A, B).またステロイドの使用は神経筋疾患患者のワクチン接種反応を強く阻害しないことも示された.以上より,歩行困難な神経筋疾患患者で,筋肉量が少なく,さらに慢性的にステロイドを使用していても,mRNA COVID-19ワクチンを2回接種することで良好な抗体反応を示すことが明らかになった.
Neuromuscul Disord. Nov 19, 2021(doi.org/10.1016/j.nmd.2021.11.006)
◆75歳以上の高齢者において,ファイザーワクチン接種後14日以内の心血管イベントの増加はない.
フランスから,高齢者におけるファイザーワクチン後の心血管イベントの増加について検討した研究が報告された.対象は75 歳以上で,ワクチン接種後の重篤な心血管イベントの14日以内のリスクが評価された.検討にはCOVID-19 ワクチン接種データベースにリンクしたフランス国民健康データシステムが使用された(→これができないのが日本の大きな問題).対象者は2020年12月から2021年4月の間に,急性心筋梗塞,出血性脳卒中,虚血性脳卒中,肺塞栓症で入院した75歳以上のすべての人とした.結果は,4月30日の時点で,75歳以上の約390万人が少なくとも1回接種,約320万人が2回接種した.期間中,急性心筋梗塞で1万1113人,虚血性脳卒中で1万7014人,出血性脳卒中で4804人,肺塞栓症で7221人入院したが,そのうち58.6%,54.0%,42.7%,55.3%の人がそれぞれ1回以上のワクチン接種を受けていた.相対頻度を検討すると心筋梗塞では1回目接種が0.97,2回目接種が1.04,虚血性脳卒中は1回目が0.90,2回目は0.92,出血性脳卒中は1回目が0.90,2回目が0.97,または肺塞栓症は1回目が0.85,2回目が1.10で,いずれも有意な増加ではなかった.以上より75歳以上の高齢者を対象としたフランスの全国調査では,ファイザーワクチン接種後14日目に,急性心筋梗塞,脳卒中,肺塞栓症の発生率の増加は認めないことが示された.
JAMA. Nov 22, 2021.(doi.org/10.1001/jama.2021.21699)
◆成人てんかん患者のワクチン接種率は同年齢の対照者より非常に低い.
中国から,成人てんかん患者におけるCOVID-19ワクチンの接種率およびワクチン接種後の影響を調査した研究が報告された.対照として,年齢をマッチさせた慢性神経精神疾患患者,および健常対照者の評価を行った.質問票を用いた対面式のインタビューを行った.参加者の内訳はてんかん患者491名,その他の神経精神疾患患者217名,対照者273名の計981名であった.てんかん患者の42%がワクチンの初回接種を受けていたが,健常対照群では93%,精神神経疾患患者では84%であった(p<0.0001).ワクチン接種者の93.8%は不活化ワクチンであった.ワクチンを接種していないてんかん患者では,59.6%がワクチンを接種したいと考えていた.しかし接種を躊躇した主な理由は,潜在的な副作用(53.3%)と発作がコントロールできなくなることへの懸念(47.0%)であった.てんかん患者のワクチンによる有害事象の発生率は,対照群と同様であった.19名が発作の頻度の増加を報告し,その頻度は稀であったが,てんかん重積発作の報告はなかった.以上より,成人てんかん患者のワクチン接種率は,同年齢の対照者よりも非常に低いことから(図2は経時的な累積頻度),てんかん患者のワクチン接種率を高めるための積極的な啓発が必要である.→ この問題は初耳であった.日本でも同様のことがあるのか,検討する必要がある.
Eplepsia. Nov 21, 2021.(doi.org/10.1111/epi.17138)
◆大多数のMS患者では,mRNAワクチンにより特異的な液性・細胞性免疫が誘導される.
イタリアから,疾患修飾薬で治療を受けている多発性硬化症(MS)患者におけるCOVID-19ワクチンを接種後の液性および細胞性免疫反応を前方視的に検討した研究が報告された.過去2~4週間にmRNAワクチンの2回接種を完了した医療従事者78名とMS患者108名を評価した.治療としてはIFN-βが28名,フィンゴリモドが35名,クラドリビンが20名,オクリズマブが25名に使用されていた.抗RBD抗体の陽性率はオクレリズマブ群およびフィンゴリモド群では,医療従事者およびクラドリビン群,IFN-β群と比較して低かった(40%,p<0.0001および85.7%,p=0.0023).抗RBD抗体価の中央値は,医療従事者およびIFN-β群と比較して,オクリズマブ群(p<0.0001),フィンゴリモド群(p<0.0001),クラドリビン群(p=0.010)で低かった(図3A).また重要なことは,血清中和活性が,医療従事者全員で認められたのに対し,フィンゴリモド群では少数(16.6%)しか認められなかった.一方,T細胞特異的反応は,医療従事者と比較してIFN-γレベルが有意に低かったものの,MS患者の大部分(62%)で検出された.T細胞特異的反応の頻度が最も低かったのはフィンゴリモド群であった(14.3%)(図3B).またT細胞特異的反応は,リンパ球数および抗RBD抗体価と相関していた.以上より,mRNAワクチンは,すべての医療従事者および大多数のMS患者において,スパイクペプチドに対する特異的な液性および細胞性免疫反応を誘導することが明らかになった.すべての治療中のMS患者に予防接種を推進すべきと考えられる.→ これまで液性免疫の評価から,抗CD20療法のワクチンへの影響が注目されてきたが,細胞性免疫の評価も加えると,末梢血リンパ球数が減少するフィンゴリモドも注意が必要かもしれない.
Neurology. Nov 22, 2021.(doi.org/10.1212/WNL.0000000000013108)