Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(7月17日)  

2022年07月17日 | COVID-19
今回のキーワードは,再感染では全死亡・入院・健康上の有害な転帰のリスクが増加する,long COVIDに対して高圧酸素療法が有効である,SARS-CoV-2ウイルスの部分ペプチドは,in vitroで細胞傷害性アミロイドを形成する,血管内皮細胞における補体活性化,免疫複合体形成が神経障害のトリガーとなる,です.

第7波に入り,1日で11万人を超える感染が生じると,一定数,2回目以上の感染という人も含まれるものと思われます.集団免疫という言葉がさかんに使用され,一度感染すると死亡や入院のリスクは下がるというイメージがありますが,むしろ感染回数が増加するに連れて,死亡,入院,後遺症のいずれのリスクも上昇することが未査読論文で報告されました.過去に感染したことがある人こそ,再感染予防,とくに適切なタイミングでのワクチン接種を行う必要があると思われます.またlong COVIDに対する高圧酸素療法のランダム化比較試験の成功が報告されました.プロトコールも論文に記載されています.今後多数例で検証されると思いますが,非常に大きな進歩だと思います.SARS-CoV-2ウイルスの部分ペプチドが細胞傷害性アミロイドを形成するというNature communication論文は,long COVIDで神経変性疾患と同じ病態が生じうるという意味で極めて衝撃的ですが,よく読むとin vitroのデータはなく,現時点でその意義は限定的だと思います.ただしもし脳内で生じることが証明された場合にはそのインパクトは計り知れないものになると思われます.

◆再感染では全死亡・入院・健康上の有害な転帰のリスクが増加する.
SARS-CoV-2ウイルスの初感染は,当然,急性期および急性期後の死亡や後遺症のリスクを上昇させる.しかし,再感染によりそれらのリスクがさらに上昇するのかは不明である.米国退役軍人のデータベースを用いて,初感染者(25万7427人),2回以上の再感染者(3万8926人),および非感染対照群(539万6855人)の3群を比較した未査読論文がワシントン大学から報告された.図1はSARS-CoV-2ウイルス再感染者と1回のみの感染者との比較である.全死亡,入院,少なくとも 1 つの後遺症,後遺症のリスク(ハザード比)と 6 ヵ月超過負担(1000人あたり)を臓器系別(心血管系障害,凝固・血液系障害,糖尿病,疲労,胃腸障害,腎障害,精神疾患,筋骨格障害,神経障害,呼吸器)にプロットすると,再感染者は,全死亡,入院,各臓器の健康有害事象のリスクをさらに高めた(図1).



このリスクの増加は,再感染前にワクチン未接種だった人,1回接種した人,2回以上接種した人でも認められた.非感染対照群と比較して,反復感染のリスクと超過負担は,感染回数が増えると段階的に増加した(図2).



以上より,再感染者は,感染歴があると抗体ができたと安心してよいわけではなく,むしろ再感染時の急性期および急性期後の全死亡,入院,および健康上の有害な転帰のリスクが増加することを認識する必要がある.再感染予防のための戦略が必要である.
Research Square. June 17, 2022.(doi.org/10.21203/rs.3.rs-1749502/v1)

◆long COVIDに対して高圧酸素療法が有効である.
イスラエルからlong COVID患者に対する高圧酸素療法(hyperbaric oxygen therapy; HBOT)の効果を検証したランダム化比較試験が報告された.HBOTは大気圧より高い圧で100%酸素を吸引し,細胞の酸素分圧を高めて溶存酸素量を増やし,組織の低酸素状態を改善する治療である.論文には酸素および圧感受性遺伝子発現を介して神経可塑性を高めるとも書かれている.日常臨床では,脳神経内科医は一酸化炭素中毒患者にしばしば行うが,ほかにガス壊疽,空気塞栓,突発性難聴等で適応がある.さて試験はブレインフォグや忘れやすさなどを訴える73人のlong COVID患者が参加した.週に5日の頻度で計40回のHBOT(通常圧の2倍で, 100%酸素を中断を挟んで90分間吸引)を受けたHBOT群37人,と偽治療(大気圧で21%濃度)を受けるプラセボ群36人に割り付けられた. 治療が終了する1~3週間後に効果を検討した.この結果,HBOT後,全般的認知機能,注意力,遂行機能に有意な改善が認められた.活力,睡眠,精神症状,痛みにも有意な改善がみられた(図3).臨床的な改善は,頭部MRIにおける認知および感情関連する領域(縁上回,左補足運動野,右島皮質,左前頭前野,右中前頭回)の灌流や微細構造の有意な改善と関連していた.副作用の発現率に両群で差はなかった.これらの結果は,HBOTが神経可塑性を誘導し,long COVIDに伴う認知,精神,疲労,睡眠および痛みの症状を改善しうることを示している.多数例での検証が待たれる.
Sci Rep 12, 11252 (2022)(doi.org/10.1038/s41598-022-15565-0)



◆SARS-CoV-2ウイルスの部分ペプチドは,in vitroで細胞傷害性アミロイドを形成する.
細胞障害性のアミロイド形成はアルツハイマー病やパーキンソン病など,多くの神経変性疾患で認められる.Long COVIDの神経症状の分子メカニズムに,この細胞障害性のアミロイドが関与する可能性を検証した論文がオーストラリアから報告された.まず構造予測ソフトウェアから RNYIAQVD(ORF-6)とILLIIM配列(ORF-10)が疑わしいと考えた.そしてナノスケール画像,X線散乱,分子モデリング,キネティックアッセイにより,これらのペプチドの自己組織化構造がアミロイドであることを示した.さらに神経細胞生存アッセイを行い,これらを培地に混入すると,ORF-6は高度の,ORF-10は中等度のアポトーシスを誘導し,アルツハイマー病の毒性アミロイドとほぼ同等の効果を有することを示した(図4).以上より著者らはSARS-CoV-2ウイルスタンパク質の細胞毒性凝集体が,COVID-19の神経症状の引き金となると述べている.また著者らは,神経変性疾患は一般に進行が遅いため,もしこの現象が本当であれば,疫学的に明らかになるまで(すなわち神経変性疾患をきたすまで)時間がかかると述べている. → ただし,タンパク質の部分ペプチドがアミロイドを形成するという報告は少なからずある.問題はCOVID-19感染後にアミロイドが形成されることを示すin vivo(生体内)データが一つもないことで,現時点でこの論文の意義は限定的と思われる.しかしもしもそれが示された場合にはきわめて重大な問題になる.
Nat Commun 13, 3387 (2022)(doi.org/10.1038/s41467-022-30932-1)



◆血管内皮細胞における補体活性化,免疫複合体形成が神経障害のトリガーとなる.
COVID-19剖検脳を用いて神経病理学的変化を明らかにし,病態機序を検討した論文が,米国NIH-NINDSより報告された.パンデミック第一波で死亡した9例が対象となった.いずれも感染後短期間で死亡した成人で,一部は呼吸器への影響が少ない状態で突然死した.全例に,脳実質への血清蛋白の漏出にて評価される多巣性血管障害が認められた.この所見に加え,広範な内皮細胞の活性化を伴っていた.さらに血小板凝集と微小血栓が血管内腔に沿って内皮細胞に付着していた.内皮細胞と凝集血小板には,古典的補体系の活性化を伴う免疫複合体が確認された(図5上).血管周囲の細胞浸潤は,主にマクロファージと少量のCD8+ T細胞であった.CD4+ T細胞とCD20+ B細胞がまれに存在するのみであった.アストログリオーシスも血管周囲で顕著であった.後脳(小脳,橋)ではミクログリア結節を多く認め,局所的な神経細胞喪失と神経細胞貪食に関連していた.以上より,補体活性化と免疫複合体形成による内皮細胞障害が最初に生じ,ついで血管漏出,血小板凝集,神経炎症およびグリア細胞活性化が生じるものと考えられた(図5下).免疫複合体に対する治療法を検討する必要がある.
Neurovascular injury with complement activation and inflammation in COVID-19
Brain, awac151, July 5, 2022(doi.org/10.1093/brain/awac151)



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