今回のキーワードは,死亡の危険因子,子宮内感染,遠隔医療,隔離,感染メカニズムと治療標的分子,そしてもうひとつ「学校閉鎖のエビデンス」です.
◆「米国も学校閉鎖を行うべきか?」という問題に対する,イエール大学Christakis教授の解説.学校閉鎖は患者発生後に行うreactiveと,発生前に行うproactiveに分けられる.前者は多数の研究があり,中等度の感染力であれば感染率を25%程度低下させ,ピークを2週間遅らせる効果がある.一方,日本でも行っている後者は,薬剤以外で,エビデンスのある最も強力な介入方法である.スペイン風邪における研究が有名(proactiveな学校閉鎖を行ったセントルイスは,reactiveな学校閉鎖を行ったピッツバーグの1/3の死亡率で済んだ).子供がウィルスを媒介しない場合でも,親の行動を抑制するため感染抑止に有効.子供が媒介するCOVID-19ではより高い効果が期待できる.しかし学校の再開時期については研究がなく不明で,学校閉鎖に伴う経済的打撃については公的援助が不可欠.Science Mar 10, 2020
◆中国から死亡の危険因子についての報告.対象は18歳以上の入院患者191名(死亡54 名!).91名(48%)に併存症あり(高血圧,糖尿病,冠動脈疾患の順).多変量回帰分析で明らかとなった危険因子として,高齢(オッズ比1.10),SOFAスコア(5·65:重要臓器の障害度を数値化した指数), 入院時d-dimer>1 g/L (18.42) を見出した.有意差はつかなかったが,死亡者ではリンパ球数↓,IL6↑,フェリチン↑,高感度心筋トロポニンI↑,LDH↑を認めた(図1;赤線が死亡者).ウィルス排出は,退院した患者では20日間(最長37日間)であったが,死亡者では死亡まで持続した.Lancet March 11, 2020
◆中国から感染妊婦における臨床像と子宮内感染(母子感染)の検討が報告された.対象は入院した9名の妊婦.全例,妊娠第三期に帝王切開を行った.臨床像はさまざまだが,通常と大きな違いはなく,主症状は発熱と咳嗽で,重症肺炎や死亡例はなし.全例,生児出産し,新生児仮死はなかった.羊水,臍帯血,母乳,新生児の咽頭ぬぐい液のPCRはいずれも陰性で,垂直感染が起きる根拠は今のところない.Lancet 2020 Mar 7;395(10226):809-815.
◆中国から周産期および新生児の感染予防と治療に関するガイドラインが発表された.臨床像や検査所見のほか,疑い例,確診例に対する診療フローチャート,気道管理,隔離,退院基準等が掲載されており,産科・小児科医の参考になる.Ann Trans Med 2020;8(3):47.
◆NEJM誌ではスマホ,タブレット,WEBカメラ付きPCを使った「遠隔医療」への移行について議論している.利点として,① forward triageの実現,すなわち患者が外来を受診する前に自らを隔離できる(医療崩壊リスクを低減できる).②発症者のビデオ診察が可能になる.③定期受診する外来患者の感染リスクを減らせる等がある.①で問題になるのはPCRを含む検体検査であるが,病院以外の検査専用施設,テント,ドライブスルー,自宅採取などを遠隔医療のワークフローに組み込めば良い.今回を好機として,日本も遠隔医療を本格導入すべきであろう.NEJM March 11, 2020
◆ジョン・ホプキンス大学による湖北省以外の患者181名の潜伏期の検討.潜伏期の中央値は5.1日.感染後2.2日以内の発症は稀(2.5%未満).感染後11.5日以内に全体の97.5%は発症する(図2).今回の検討では患者1万人のうち101人が検疫・隔離の標準である14日以降に発症することになる.暴露から14日という検疫・隔離期間は妥当であるものの,見逃しも生じうる.例えば個人防護具(PPE)を装着せずに患者を診察したといった感染ハイリスクな場合では,14日間以上モニタリングすることが良識的である.Ann Intern Med March 10, 2020
◆英国から総合診療医向けガイドラインが発表された.BMJ誌名物であるvisual summaryを用いて,診療の全体像が分かりやすくまとめられている(図3).例えば自己隔離は,換気できる部屋を選ぶこと,家族や他人との接触を避けること,食器やタオルは共有しないこと,可能ならトイレも共有せず,無理な場合には使用後除菌すること,ゴミ袋は二重にし,PCRの結果が出るまで外に廃棄しないことが記載されている.日本プライマリ・ケア連合学会の「初期診療の手引き」も分かりやすく,看病の担当者は限定すること,患者の入浴は最後にすること,部屋を出る際にはマスクと手指消毒をすること,定期的に換気することなどを記載している.BMJ 2020 Mar 05;368:m800.
◆英,独,シンガポールの公衆衛生学者らは,COVID-19は2003年に流行したSARSと同様の方法(患者の積極的な発見,濃厚接触者の追跡,検疫・隔離)では封じ込めができない可能性を指摘している.理由として「2つの疾患の感染のしやすさと重症度の差」を挙げている.COVID-19は軽症者が多く,見逃し例や隔離できない例が生じ,感染が広まりやすい.また種々の封じ込め政策は無期限に行うわけには行かず,現実的には封じ込め政策から,被害を最小限にすることを目指す政策に移行しなければならない事態が生じうる(論文発表から1週間が経過し,複数の国や地域がその状況に移行した).Lancet Infect Dis March 05, 2020
◆ここから基礎研究.新型コロナウィルス(SARS-CoV-2)の感染メカニズムが明らかにされつつある.まず中国からウィルスとその受容体であるヒトACE2のクリオ電顕による構造解析が報告された.ウィルスのスパイク糖タンパク(Sタンパク質)の三量体2つと,ACE2ヘテロ二量体が一挙に結合する(図4).ACE2もしくはSタンパク質に,より強く結合し,感染を防ぐ中和抗体やおとりリガンドの構造の決定に重要なデータである.Science Mar 04, 2020
◆米国からSARS-CoV-2がよりヒトに感染しやすい理由として,SARSコロナウィルス等と違い,Sタンパク質のS1/S2サブユニットの境界に4残基が加わっており,セリンプロテアーゼであるフューリン切断領域があることが関係している可能性が指摘された(肺・肝・小腸を含むヒト組織の多くにフューリンが認められ,多くの臓器が攻撃の対象になる).またウィルスの結合時に,Sタンパク質三量体は部分的に開口して,病原性を高める可能性も指摘された.さらにSタンパク質で免疫したマウス血清が,ウィルスの培養細胞への感染を対照の10%程度まで抑制することも確認された.Cell Mar 09, 2020
◆ドイツからの報告で,SARS-CoV-2はヒトACE2に結合するために,セリンプロテアーゼであるTMPRSS2を必要とすることも報告された(図5).これに合致するように,2016年,本邦から,in vitro実験で,セリンプロテアーゼ阻害剤nafamostatが,MERS-CoVの感染を阻止することが報告されていた.このため膵炎治療薬として承認されているTMPRSS2阻害剤メシル酸カモスタット(フォイパン®)の効果を確認したところ,ウィルスの肺細胞への侵入を防ぐことを確認した.以上よりTMPRSS2も治療標的と考えられる.Cell March 05, 2020; Antimicrob Agents Chemother. 2016;60:6532-6539.
◆最後に中国から,宿主(ヒト)側の感染要因について報告された.ACE2遺伝子多型と,ACE2遺伝子発現に影響を及ぼすexpression Quantitative Trait Locus(eQTL)の検討を行っているが,ACE2遺伝子自体にはSタンパク質の結合に抵抗を示す変異は認めなかった.eQTLの検討では,人種間で差が見られ,ACE2の高発現をもたらすアリル頻度は東アジア人で高かった.感染のしやすさに影響するのか,さらなる検討が必要.Cell Discovery 2020;6:11
◆「米国も学校閉鎖を行うべきか?」という問題に対する,イエール大学Christakis教授の解説.学校閉鎖は患者発生後に行うreactiveと,発生前に行うproactiveに分けられる.前者は多数の研究があり,中等度の感染力であれば感染率を25%程度低下させ,ピークを2週間遅らせる効果がある.一方,日本でも行っている後者は,薬剤以外で,エビデンスのある最も強力な介入方法である.スペイン風邪における研究が有名(proactiveな学校閉鎖を行ったセントルイスは,reactiveな学校閉鎖を行ったピッツバーグの1/3の死亡率で済んだ).子供がウィルスを媒介しない場合でも,親の行動を抑制するため感染抑止に有効.子供が媒介するCOVID-19ではより高い効果が期待できる.しかし学校の再開時期については研究がなく不明で,学校閉鎖に伴う経済的打撃については公的援助が不可欠.Science Mar 10, 2020
◆中国から死亡の危険因子についての報告.対象は18歳以上の入院患者191名(死亡54 名!).91名(48%)に併存症あり(高血圧,糖尿病,冠動脈疾患の順).多変量回帰分析で明らかとなった危険因子として,高齢(オッズ比1.10),SOFAスコア(5·65:重要臓器の障害度を数値化した指数), 入院時d-dimer>1 g/L (18.42) を見出した.有意差はつかなかったが,死亡者ではリンパ球数↓,IL6↑,フェリチン↑,高感度心筋トロポニンI↑,LDH↑を認めた(図1;赤線が死亡者).ウィルス排出は,退院した患者では20日間(最長37日間)であったが,死亡者では死亡まで持続した.Lancet March 11, 2020
◆中国から感染妊婦における臨床像と子宮内感染(母子感染)の検討が報告された.対象は入院した9名の妊婦.全例,妊娠第三期に帝王切開を行った.臨床像はさまざまだが,通常と大きな違いはなく,主症状は発熱と咳嗽で,重症肺炎や死亡例はなし.全例,生児出産し,新生児仮死はなかった.羊水,臍帯血,母乳,新生児の咽頭ぬぐい液のPCRはいずれも陰性で,垂直感染が起きる根拠は今のところない.Lancet 2020 Mar 7;395(10226):809-815.
◆中国から周産期および新生児の感染予防と治療に関するガイドラインが発表された.臨床像や検査所見のほか,疑い例,確診例に対する診療フローチャート,気道管理,隔離,退院基準等が掲載されており,産科・小児科医の参考になる.Ann Trans Med 2020;8(3):47.
◆NEJM誌ではスマホ,タブレット,WEBカメラ付きPCを使った「遠隔医療」への移行について議論している.利点として,① forward triageの実現,すなわち患者が外来を受診する前に自らを隔離できる(医療崩壊リスクを低減できる).②発症者のビデオ診察が可能になる.③定期受診する外来患者の感染リスクを減らせる等がある.①で問題になるのはPCRを含む検体検査であるが,病院以外の検査専用施設,テント,ドライブスルー,自宅採取などを遠隔医療のワークフローに組み込めば良い.今回を好機として,日本も遠隔医療を本格導入すべきであろう.NEJM March 11, 2020
◆ジョン・ホプキンス大学による湖北省以外の患者181名の潜伏期の検討.潜伏期の中央値は5.1日.感染後2.2日以内の発症は稀(2.5%未満).感染後11.5日以内に全体の97.5%は発症する(図2).今回の検討では患者1万人のうち101人が検疫・隔離の標準である14日以降に発症することになる.暴露から14日という検疫・隔離期間は妥当であるものの,見逃しも生じうる.例えば個人防護具(PPE)を装着せずに患者を診察したといった感染ハイリスクな場合では,14日間以上モニタリングすることが良識的である.Ann Intern Med March 10, 2020
◆英国から総合診療医向けガイドラインが発表された.BMJ誌名物であるvisual summaryを用いて,診療の全体像が分かりやすくまとめられている(図3).例えば自己隔離は,換気できる部屋を選ぶこと,家族や他人との接触を避けること,食器やタオルは共有しないこと,可能ならトイレも共有せず,無理な場合には使用後除菌すること,ゴミ袋は二重にし,PCRの結果が出るまで外に廃棄しないことが記載されている.日本プライマリ・ケア連合学会の「初期診療の手引き」も分かりやすく,看病の担当者は限定すること,患者の入浴は最後にすること,部屋を出る際にはマスクと手指消毒をすること,定期的に換気することなどを記載している.BMJ 2020 Mar 05;368:m800.
◆英,独,シンガポールの公衆衛生学者らは,COVID-19は2003年に流行したSARSと同様の方法(患者の積極的な発見,濃厚接触者の追跡,検疫・隔離)では封じ込めができない可能性を指摘している.理由として「2つの疾患の感染のしやすさと重症度の差」を挙げている.COVID-19は軽症者が多く,見逃し例や隔離できない例が生じ,感染が広まりやすい.また種々の封じ込め政策は無期限に行うわけには行かず,現実的には封じ込め政策から,被害を最小限にすることを目指す政策に移行しなければならない事態が生じうる(論文発表から1週間が経過し,複数の国や地域がその状況に移行した).Lancet Infect Dis March 05, 2020
◆ここから基礎研究.新型コロナウィルス(SARS-CoV-2)の感染メカニズムが明らかにされつつある.まず中国からウィルスとその受容体であるヒトACE2のクリオ電顕による構造解析が報告された.ウィルスのスパイク糖タンパク(Sタンパク質)の三量体2つと,ACE2ヘテロ二量体が一挙に結合する(図4).ACE2もしくはSタンパク質に,より強く結合し,感染を防ぐ中和抗体やおとりリガンドの構造の決定に重要なデータである.Science Mar 04, 2020
◆米国からSARS-CoV-2がよりヒトに感染しやすい理由として,SARSコロナウィルス等と違い,Sタンパク質のS1/S2サブユニットの境界に4残基が加わっており,セリンプロテアーゼであるフューリン切断領域があることが関係している可能性が指摘された(肺・肝・小腸を含むヒト組織の多くにフューリンが認められ,多くの臓器が攻撃の対象になる).またウィルスの結合時に,Sタンパク質三量体は部分的に開口して,病原性を高める可能性も指摘された.さらにSタンパク質で免疫したマウス血清が,ウィルスの培養細胞への感染を対照の10%程度まで抑制することも確認された.Cell Mar 09, 2020
◆ドイツからの報告で,SARS-CoV-2はヒトACE2に結合するために,セリンプロテアーゼであるTMPRSS2を必要とすることも報告された(図5).これに合致するように,2016年,本邦から,in vitro実験で,セリンプロテアーゼ阻害剤nafamostatが,MERS-CoVの感染を阻止することが報告されていた.このため膵炎治療薬として承認されているTMPRSS2阻害剤メシル酸カモスタット(フォイパン®)の効果を確認したところ,ウィルスの肺細胞への侵入を防ぐことを確認した.以上よりTMPRSS2も治療標的と考えられる.Cell March 05, 2020; Antimicrob Agents Chemother. 2016;60:6532-6539.
◆最後に中国から,宿主(ヒト)側の感染要因について報告された.ACE2遺伝子多型と,ACE2遺伝子発現に影響を及ぼすexpression Quantitative Trait Locus(eQTL)の検討を行っているが,ACE2遺伝子自体にはSタンパク質の結合に抵抗を示す変異は認めなかった.eQTLの検討では,人種間で差が見られ,ACE2の高発現をもたらすアリル頻度は東アジア人で高かった.感染のしやすさに影響するのか,さらなる検討が必要.Cell Discovery 2020;6:11