今回のキーワードは,PASC(Long COVID)患者では約2年にわたって大腸におけるSARS-CoV-2ウイルスの持続感染と免疫調節異常が生じている,PASC患者の味覚障害は舌におけるウイルスの持続感染により生じる,嗅覚喪失はオミクロン株では生じにくいが,神経侵襲性が減少するわけではない,アカゲザルの感染モデルで,神経炎症と血管調節異常が認められた,罹患後の認知障害は発症2年経っても認められ,long COVIDの人ほど目立つ,です.
Long COVIDの一因がSARS-CoV-2ウイルスの持続感染であることはこれまでも紹介してきましたが,この説の正しさを示す知見が続々と発表されています.舌の茸状乳頭で最長1年3ヶ月,大腸では約2年の持続感染が報告されました.よってlong COVIDの治療は,ウイルスを体内から完全に除去する必要があります.このため,抗ウイルス薬Paxlovid を通常処方の5日間でなく,15日ないし25日間使用するRECOVER VITAL試験がNIH主導で始まりました.また今回,興味深かったのは,動物への感染実験で,オミクロン株は(ワクチンのためでなく)やはり武漢株等と比べ弱毒化し,嗅覚障害も減少することが示されましたが,それでも嗅覚伝導路を経由して脳に伝わるようです.オミクロン株になっても,神経向性(neurotropism)は相変わらずで,感染アカゲザルの脳の炎症画像は衝撃的です(図4).つまりヒトでも感染時に脳に神経炎症が生じることを覚悟する必要があるようです.例えばその人にアルツハイマー病理(アミロイドβの蓄積)が存在すれば,神経炎症により発症リスクが増加したり,認知症が増悪したりします.また日本の第9波では子供の感染が多いことを外国の研究者のtwitterで知りましたが,子供の未熟な脳の発達に神経炎症が影響しないか気になります.学校におけるマスク再装着の感染者減少効果はエビデンスがありますので,マスク再装着を考えるべきではないかと思います.
◆PASC(Long COVID)患者では約2年にわたって大腸におけるSARS-CoV-2ウイルスの持続感染と免疫調節異常が生じている.
米国からの研究で,感染後27日から910日の24人に対して,活性化Tリンパ球を標識する新規トレーサー[18F]F-AraGを用いたPETイメージングを行った.PASC群におけるトレーサー取り込みは,対照群と比較して,脳幹,脊髄,骨髄,鼻咽頭および肺門リンパ組織,心肺組織,腸管壁を含む多くの解剖学的領域において有意に高かった(図1).Tリンパ球活性化は,急性期ほど高度であったが,感染から2.5年後までトレーサーの取り込み増加は認められた.脊髄および腸管壁におけるTリンパ球活性化は,Long COVID症状の存在と関連していた.さらに,肺組織におけるトレーサー取り込みは,肺症状が持続する患者で高かった.注目すべきことに,これらの組織におけるTリンパ球活性化は,PASCを発症していない多くの感染者にも観察された.PASC患者より大腸組織を採取し,in situハイブリダイゼーションを行った結果,発症後158~676日経過した全患者において,直腸S状結腸の固有層組織でSARS-CoV-2 RNAが同定され,ウイルスの持続感染が長期にわたる免疫調節異常を引き起こす可能性が示唆された.
medRxiv 2023.07.27.23293177; doi.org/10.1101/2023.07.27.23293177
◆PASC患者の味覚障害は舌におけるSARS-CoV-2ウイルスの持続感染により生じる.
米国からの研究.SARS-CoV-2感染後,6週間以上続く味覚障害を訴えた患者16人において,舌の茸状乳頭生検を行った.6人は感染後6ヵ月までに味覚は回復したが,10人は6ヵ月以上,味覚障害が持続したため複数回の生検を行った.4人は論文投稿時も味覚は完全に回復していない.結果としては,すべての患者において,茸状乳頭の上皮細胞において,最長63週間後まで,SARS-CoV-2蛋白(スパイク蛋白,ヌクレオカプシド蛋白)が認められた(図2).またこれに伴う免疫反応(CD8 T細胞による細胞傷害性免疫応答),間質の神経線維の消失,味蕾構造の破壊(不整形化または欠如)が認められた.著者らは,PASCにおける味覚障害は,ウイルスの長期にわたる局所的な存在とそれに伴う舌乳頭内の病理変化が原因と推測している.
NEJM evidence July 20, 2023(doi.org/10.1056/EVIDoa2300046)
◆嗅覚喪失はオミクロン株では生じにくいが,神経侵襲性が減少するわけではない.
嗅覚喪失はパンデミック初期にCOVID-19の特徴として同定されたが,ウイルス変異株の出現に伴い,臨床像は変化し,嗅覚喪失の頻度も低下しった.カナダから,武漢オリジナル株,その同種のORF7欠失変異体,および3つの変異株(ガンマ,デルタ,オミクロン/BA.1)に感染したゴールデンハムスターの臨床症状,嗅覚,神経炎症を検討した研究が報告された.この結果,感染動物が嗅覚喪失を含めて,ういるすの種類ごとの臨床症状を呈すること(嗅覚障害は武漢株>>ガンマ株で,デルタ株,オミクロン株はなし.体重減少や肺重量で評価した重症度は経時的に伴い低下),ならびにSARS-CoV-2のORF7が嗅覚障害の出現に寄与していることが分かった.しかしすべての種類で共通して神経侵襲性を有していた.すなわち,神経侵襲性と嗅覚喪失は独立して生じるものと考えられた.さらに新たに作製したナノルシフェラーゼ発現SARS-CoV-2ウイルスを用いて,著者らは嗅覚伝導路がウイルスの脳への主な侵入経路であることを確認した(感染4日後,嗅球の腹側に集積が認められる;図3).またin vitroの実験において,SARS-CoV-2ウイルスが神経細胞―上皮細胞ネットワーク中の軸索に沿って,逆行性および順行性に移動することを確認した.嗅覚喪失はオミクロン株では生じにくくなっているものの,神経侵襲性が減少するわけではない.
Nat Commun 14, 4485 (2023).(doi.org/10.1038/s41467-023-40228-7)
◆アカゲザルの感染モデルで,神経炎症と血管調節異常が認められた.
PASCに認める神経後遺症に,神経炎症が関与している可能性が高い.SARS-CoV-2感染後の神経炎症の過程を縦断的に調べるため,SARS-CoV-2ウイルスに感染させたアカゲザル4頭を[18F]DPA714を用いた18-kDa translocator protein(TSPO)PETで7週間モニターした.TSPOはミトコンドリア外膜に存在するタンパクで,全身臓器に発現するが,脳におけるシグナル増加は多発性硬化症やアルツハイマー病のような疾患で認められる.結果としては,感染後2日目からすべてのサルの脳全体でトレーサーの取り込みが増加し,感染後30日目までで約2倍に増加した(図4).つまりSARS-CoV-2感染後に活発な神経炎症が生じていた.また海馬と大脳皮質の免疫組織化学分析では,IBA1陽性ミクログリア,GFAP陽性アストロサイト,コラーゲンIV陽性内皮細胞でTSPOの発現が認められた.感染サルの海馬では,TSPO陽性面積とTSPO陽性細胞数が対照と比較して有意に増加していた.細胞数の増加はいずれかの細胞に特異的ではなく,グリア細胞,内皮細胞,いずれにも認められたことから,神経炎症と血管調節異常が示唆され,PASCの病態と考えられた.
J Neuroinflammation 20, 179 (2023).(doi.org/10.1186/s12974-023-02857-z)
◆罹患後の認知障害は発症2年経っても認められ,long COVIDの人ほど目立つ.
COVID-19罹患後に認知機能障害が生じることが知られているが,時間とともに改善するかどうかは不明である.2021年7月~2021年8月(第1ラウンド)と2022年4月~2022年6月(第2ラウンド)の間に,英国COVID症状研究バイオバンクの参加者を対象とした前向きコホート研究で認知機能を評価した.3335人が第1ラウンドを完了し,うち1768人が第2ラウンドも完了した.ラウンド1では,過去にSARS-CoV-2検査で陽性であった人の認知機能テスト正確度は低下し,その低下は症状が12週間以上持続する人や入院患者で大きかった(図5).自己申告による層別化では,COVID-19からの回復を自覚しないSARS-CoV-2陽性者(=PASC患者)においてのみ低下が認められたが,完全回復を報告した者では低下は認めなかった.縦断的解析では,経時的な認知機能改善は認められず,罹患者の認知機能障害は初感染からほぼ2年経過した時点でも持続していた.以上より,COVID-19罹患後の認知障害は感染から2年近く経過した時点でも認められ,症状の持続期間が長い人や重症な人ほど目立ったが,自覚的に完全回復した人では認めなかった.
eClinicalMedicine July 21, 2023(doi.org/10.1016/j.eclinm.2023.102086)
Long COVIDの一因がSARS-CoV-2ウイルスの持続感染であることはこれまでも紹介してきましたが,この説の正しさを示す知見が続々と発表されています.舌の茸状乳頭で最長1年3ヶ月,大腸では約2年の持続感染が報告されました.よってlong COVIDの治療は,ウイルスを体内から完全に除去する必要があります.このため,抗ウイルス薬Paxlovid を通常処方の5日間でなく,15日ないし25日間使用するRECOVER VITAL試験がNIH主導で始まりました.また今回,興味深かったのは,動物への感染実験で,オミクロン株は(ワクチンのためでなく)やはり武漢株等と比べ弱毒化し,嗅覚障害も減少することが示されましたが,それでも嗅覚伝導路を経由して脳に伝わるようです.オミクロン株になっても,神経向性(neurotropism)は相変わらずで,感染アカゲザルの脳の炎症画像は衝撃的です(図4).つまりヒトでも感染時に脳に神経炎症が生じることを覚悟する必要があるようです.例えばその人にアルツハイマー病理(アミロイドβの蓄積)が存在すれば,神経炎症により発症リスクが増加したり,認知症が増悪したりします.また日本の第9波では子供の感染が多いことを外国の研究者のtwitterで知りましたが,子供の未熟な脳の発達に神経炎症が影響しないか気になります.学校におけるマスク再装着の感染者減少効果はエビデンスがありますので,マスク再装着を考えるべきではないかと思います.
◆PASC(Long COVID)患者では約2年にわたって大腸におけるSARS-CoV-2ウイルスの持続感染と免疫調節異常が生じている.
米国からの研究で,感染後27日から910日の24人に対して,活性化Tリンパ球を標識する新規トレーサー[18F]F-AraGを用いたPETイメージングを行った.PASC群におけるトレーサー取り込みは,対照群と比較して,脳幹,脊髄,骨髄,鼻咽頭および肺門リンパ組織,心肺組織,腸管壁を含む多くの解剖学的領域において有意に高かった(図1).Tリンパ球活性化は,急性期ほど高度であったが,感染から2.5年後までトレーサーの取り込み増加は認められた.脊髄および腸管壁におけるTリンパ球活性化は,Long COVID症状の存在と関連していた.さらに,肺組織におけるトレーサー取り込みは,肺症状が持続する患者で高かった.注目すべきことに,これらの組織におけるTリンパ球活性化は,PASCを発症していない多くの感染者にも観察された.PASC患者より大腸組織を採取し,in situハイブリダイゼーションを行った結果,発症後158~676日経過した全患者において,直腸S状結腸の固有層組織でSARS-CoV-2 RNAが同定され,ウイルスの持続感染が長期にわたる免疫調節異常を引き起こす可能性が示唆された.
medRxiv 2023.07.27.23293177; doi.org/10.1101/2023.07.27.23293177
◆PASC患者の味覚障害は舌におけるSARS-CoV-2ウイルスの持続感染により生じる.
米国からの研究.SARS-CoV-2感染後,6週間以上続く味覚障害を訴えた患者16人において,舌の茸状乳頭生検を行った.6人は感染後6ヵ月までに味覚は回復したが,10人は6ヵ月以上,味覚障害が持続したため複数回の生検を行った.4人は論文投稿時も味覚は完全に回復していない.結果としては,すべての患者において,茸状乳頭の上皮細胞において,最長63週間後まで,SARS-CoV-2蛋白(スパイク蛋白,ヌクレオカプシド蛋白)が認められた(図2).またこれに伴う免疫反応(CD8 T細胞による細胞傷害性免疫応答),間質の神経線維の消失,味蕾構造の破壊(不整形化または欠如)が認められた.著者らは,PASCにおける味覚障害は,ウイルスの長期にわたる局所的な存在とそれに伴う舌乳頭内の病理変化が原因と推測している.
NEJM evidence July 20, 2023(doi.org/10.1056/EVIDoa2300046)
◆嗅覚喪失はオミクロン株では生じにくいが,神経侵襲性が減少するわけではない.
嗅覚喪失はパンデミック初期にCOVID-19の特徴として同定されたが,ウイルス変異株の出現に伴い,臨床像は変化し,嗅覚喪失の頻度も低下しった.カナダから,武漢オリジナル株,その同種のORF7欠失変異体,および3つの変異株(ガンマ,デルタ,オミクロン/BA.1)に感染したゴールデンハムスターの臨床症状,嗅覚,神経炎症を検討した研究が報告された.この結果,感染動物が嗅覚喪失を含めて,ういるすの種類ごとの臨床症状を呈すること(嗅覚障害は武漢株>>ガンマ株で,デルタ株,オミクロン株はなし.体重減少や肺重量で評価した重症度は経時的に伴い低下),ならびにSARS-CoV-2のORF7が嗅覚障害の出現に寄与していることが分かった.しかしすべての種類で共通して神経侵襲性を有していた.すなわち,神経侵襲性と嗅覚喪失は独立して生じるものと考えられた.さらに新たに作製したナノルシフェラーゼ発現SARS-CoV-2ウイルスを用いて,著者らは嗅覚伝導路がウイルスの脳への主な侵入経路であることを確認した(感染4日後,嗅球の腹側に集積が認められる;図3).またin vitroの実験において,SARS-CoV-2ウイルスが神経細胞―上皮細胞ネットワーク中の軸索に沿って,逆行性および順行性に移動することを確認した.嗅覚喪失はオミクロン株では生じにくくなっているものの,神経侵襲性が減少するわけではない.
Nat Commun 14, 4485 (2023).(doi.org/10.1038/s41467-023-40228-7)
◆アカゲザルの感染モデルで,神経炎症と血管調節異常が認められた.
PASCに認める神経後遺症に,神経炎症が関与している可能性が高い.SARS-CoV-2感染後の神経炎症の過程を縦断的に調べるため,SARS-CoV-2ウイルスに感染させたアカゲザル4頭を[18F]DPA714を用いた18-kDa translocator protein(TSPO)PETで7週間モニターした.TSPOはミトコンドリア外膜に存在するタンパクで,全身臓器に発現するが,脳におけるシグナル増加は多発性硬化症やアルツハイマー病のような疾患で認められる.結果としては,感染後2日目からすべてのサルの脳全体でトレーサーの取り込みが増加し,感染後30日目までで約2倍に増加した(図4).つまりSARS-CoV-2感染後に活発な神経炎症が生じていた.また海馬と大脳皮質の免疫組織化学分析では,IBA1陽性ミクログリア,GFAP陽性アストロサイト,コラーゲンIV陽性内皮細胞でTSPOの発現が認められた.感染サルの海馬では,TSPO陽性面積とTSPO陽性細胞数が対照と比較して有意に増加していた.細胞数の増加はいずれかの細胞に特異的ではなく,グリア細胞,内皮細胞,いずれにも認められたことから,神経炎症と血管調節異常が示唆され,PASCの病態と考えられた.
J Neuroinflammation 20, 179 (2023).(doi.org/10.1186/s12974-023-02857-z)
◆罹患後の認知障害は発症2年経っても認められ,long COVIDの人ほど目立つ.
COVID-19罹患後に認知機能障害が生じることが知られているが,時間とともに改善するかどうかは不明である.2021年7月~2021年8月(第1ラウンド)と2022年4月~2022年6月(第2ラウンド)の間に,英国COVID症状研究バイオバンクの参加者を対象とした前向きコホート研究で認知機能を評価した.3335人が第1ラウンドを完了し,うち1768人が第2ラウンドも完了した.ラウンド1では,過去にSARS-CoV-2検査で陽性であった人の認知機能テスト正確度は低下し,その低下は症状が12週間以上持続する人や入院患者で大きかった(図5).自己申告による層別化では,COVID-19からの回復を自覚しないSARS-CoV-2陽性者(=PASC患者)においてのみ低下が認められたが,完全回復を報告した者では低下は認めなかった.縦断的解析では,経時的な認知機能改善は認められず,罹患者の認知機能障害は初感染からほぼ2年経過した時点でも持続していた.以上より,COVID-19罹患後の認知障害は感染から2年近く経過した時点でも認められ,症状の持続期間が長い人や重症な人ほど目立ったが,自覚的に完全回復した人では認めなかった.
eClinicalMedicine July 21, 2023(doi.org/10.1016/j.eclinm.2023.102086)