10年ほど前,「治療を目指した研究を行いなさい」とメンターから御指導をいただいた.以来,自分なりにこの課題に取り組んできたが,とても難しい課題だと思う.医薬品メーカーの研究者として新薬開発に携わってきた著者の記した「医薬品クライシス」という本には,「創薬は人類最難の事業である.創薬という事業の難易度はノーベル賞獲得にほぼ匹敵すると言ってもいいだろう」とも記載され,その理由として以下が挙げられている.
1)膨大な臨床データを要する厳しい審査.
2)確立された医薬がある病気では,その医薬を投与された患者を比較対照群として試験を行うよう勧告が出されていること(ヘルシンキ宣言).
3)新規の優れた動物モデルの不足.
4)ヒトと実験動物の相違(ヒトと動物の両方に有効で,かつヒトと動物の両方に安全でなければならない).
5)副作用に対するやや過剰なリスク意識.
6)発想の芽を摘む成果主義.
ではこのような難しい状況の中で,どうすれば新薬を世に送り出すことができるのだろうか?前述の著者は画期的な新薬を開発した研究者に共通するのは「何としても薬を出す」という,どこか狂気さえ感じさせる異様なまでの信念だと述べている.苦しむ患者さんを救いたい,世に役立つものを創り出したいという想い・passionが一番大切である.そして,加えて,創薬を目指すためのノウハウを理解することも大切である.
研究機関だけでは新薬は創れない.例えば我々が行なっている動物レベル,あるいは少人数での臨床研究と,大規模に患者さんに処方される医薬の間には極めて大きな隔たりを感じる.前述の著作にも記載されているが,膨大なノウハウ,人的資源,巨額の臨床試験を行えるだけの資金力,そして医療機関とのネットワークを兼ね備えた製薬企業とのcollaboration,すなわち産学連携は,この巨大なギャップを乗り越え,「化合物」を「医薬」へと進化させるために必要である.
創薬を意識した研究は,アカデミックな純粋学問とは異なるものと私は考えている.つまり産学連携を可能とする研究がどのようなものか知る必要がある.私はこれまでの経験で,少なくとも以下の点が大切であると学んだ.
1)特許を出願する・・・純粋な基礎研究ほど評価されやすく,特許出願など研究の本道から外れる行為だと考える人がいることも理解している.しかし現実には,特許出願されていない研究シーズには製薬企業も,研究をサポートする投資家も見向きもしない.特許出願は創薬には不可欠で,そのためには知的財産権の知識は大切である.さらにその知財を産業界にライセンス化するノウハウを持った専門家との連携も重要である.
むしろ大学において問題となるのは,出願前の論文や学会での発表は研究シーズの新規性を失う行為であるため,大学院生は出願まで何も発表できないという非常に苦しい状況を経験させることである.これを防ぐためには複数の研究テーマを持たせ,少なくとも1つは自由に発表可能なテーマを持ってもらうといった工夫が必要となる.
2)臨床に即した動物モデルを確立する・・・動物モデルが実際の臨床に即したものでなければ,たとえ動物で有効であったとしてもヒトの疾患で有効でない可能性が高くなる.新規の動物モデルの作成は時間がかかる地味な仕事であるが,これこそ大切で全力で取り組む必要がある.さらに種差を乗り越えるためにげっ歯類よりヒトに近い動物での検討が望ましいが,倫理的な問題と経済的な問題が大きなハードルとなる.
3)臨床試験を想定した基礎研究を行う・・・基礎研究で良い結果が出せても,その結果を臨床試験にて検証できなければ創薬は実現しない.基礎研究を行なっている段階から,臨床試験のデザインを考えてくことが大切である.具体的には誰を対象として選択するか,何を効果判定の指標とするかが重要である.臨床試験デザインの知識は基礎研究の段階から必要と言える.
4)採算を考慮する・・・症例数の少ない疾患に対する希少疾病用医薬品(OD)は別として,対象患者数や,これまでの既存薬など,採算が取れるかどうかは産学連携の立場からは重要な問題である.
5)利益相反をマネージメントする・・・産学連携による医学研究が盛んになればなるほど,学術機関としての責任と,産学連携活動に伴い生じうる個人が得る利益とが衝突する状態が不可避的に発生する.これが利益相反(conflict of interest:COI)である.COIが深刻になるほど,臨床試験での被験者の人権や身体の安全が損なわれ,研究の方法や結果の解析・解釈が歪められる恐れも生じる.逆に適切な研究成果であるにもかかわらず,公正な評価や発表がなされないことも起こりうる.産学連携活動を適切に推進するうえで乗り越えていかなければならない重要な課題であり,適切なCOIマネージメントによって正当な研究成果を社会へ還元する努力が必要である.
さらに多くの仲間を引き込むためにプレゼン技術や英語能力を向上させることも大切である.とはいえ,最後はpassionが一番大切という話に戻る.
創薬研究に熱意をもって取り組む若い臨床家・研究者が増えることを期待したい.
医薬品クライシス―78兆円市場の激震 (新潮新書)![](http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=neurology-22&l=as2&o=9&a=4106103486)
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1)膨大な臨床データを要する厳しい審査.
2)確立された医薬がある病気では,その医薬を投与された患者を比較対照群として試験を行うよう勧告が出されていること(ヘルシンキ宣言).
3)新規の優れた動物モデルの不足.
4)ヒトと実験動物の相違(ヒトと動物の両方に有効で,かつヒトと動物の両方に安全でなければならない).
5)副作用に対するやや過剰なリスク意識.
6)発想の芽を摘む成果主義.
ではこのような難しい状況の中で,どうすれば新薬を世に送り出すことができるのだろうか?前述の著者は画期的な新薬を開発した研究者に共通するのは「何としても薬を出す」という,どこか狂気さえ感じさせる異様なまでの信念だと述べている.苦しむ患者さんを救いたい,世に役立つものを創り出したいという想い・passionが一番大切である.そして,加えて,創薬を目指すためのノウハウを理解することも大切である.
研究機関だけでは新薬は創れない.例えば我々が行なっている動物レベル,あるいは少人数での臨床研究と,大規模に患者さんに処方される医薬の間には極めて大きな隔たりを感じる.前述の著作にも記載されているが,膨大なノウハウ,人的資源,巨額の臨床試験を行えるだけの資金力,そして医療機関とのネットワークを兼ね備えた製薬企業とのcollaboration,すなわち産学連携は,この巨大なギャップを乗り越え,「化合物」を「医薬」へと進化させるために必要である.
創薬を意識した研究は,アカデミックな純粋学問とは異なるものと私は考えている.つまり産学連携を可能とする研究がどのようなものか知る必要がある.私はこれまでの経験で,少なくとも以下の点が大切であると学んだ.
1)特許を出願する・・・純粋な基礎研究ほど評価されやすく,特許出願など研究の本道から外れる行為だと考える人がいることも理解している.しかし現実には,特許出願されていない研究シーズには製薬企業も,研究をサポートする投資家も見向きもしない.特許出願は創薬には不可欠で,そのためには知的財産権の知識は大切である.さらにその知財を産業界にライセンス化するノウハウを持った専門家との連携も重要である.
むしろ大学において問題となるのは,出願前の論文や学会での発表は研究シーズの新規性を失う行為であるため,大学院生は出願まで何も発表できないという非常に苦しい状況を経験させることである.これを防ぐためには複数の研究テーマを持たせ,少なくとも1つは自由に発表可能なテーマを持ってもらうといった工夫が必要となる.
2)臨床に即した動物モデルを確立する・・・動物モデルが実際の臨床に即したものでなければ,たとえ動物で有効であったとしてもヒトの疾患で有効でない可能性が高くなる.新規の動物モデルの作成は時間がかかる地味な仕事であるが,これこそ大切で全力で取り組む必要がある.さらに種差を乗り越えるためにげっ歯類よりヒトに近い動物での検討が望ましいが,倫理的な問題と経済的な問題が大きなハードルとなる.
3)臨床試験を想定した基礎研究を行う・・・基礎研究で良い結果が出せても,その結果を臨床試験にて検証できなければ創薬は実現しない.基礎研究を行なっている段階から,臨床試験のデザインを考えてくことが大切である.具体的には誰を対象として選択するか,何を効果判定の指標とするかが重要である.臨床試験デザインの知識は基礎研究の段階から必要と言える.
4)採算を考慮する・・・症例数の少ない疾患に対する希少疾病用医薬品(OD)は別として,対象患者数や,これまでの既存薬など,採算が取れるかどうかは産学連携の立場からは重要な問題である.
5)利益相反をマネージメントする・・・産学連携による医学研究が盛んになればなるほど,学術機関としての責任と,産学連携活動に伴い生じうる個人が得る利益とが衝突する状態が不可避的に発生する.これが利益相反(conflict of interest:COI)である.COIが深刻になるほど,臨床試験での被験者の人権や身体の安全が損なわれ,研究の方法や結果の解析・解釈が歪められる恐れも生じる.逆に適切な研究成果であるにもかかわらず,公正な評価や発表がなされないことも起こりうる.産学連携活動を適切に推進するうえで乗り越えていかなければならない重要な課題であり,適切なCOIマネージメントによって正当な研究成果を社会へ還元する努力が必要である.
さらに多くの仲間を引き込むためにプレゼン技術や英語能力を向上させることも大切である.とはいえ,最後はpassionが一番大切という話に戻る.
創薬研究に熱意をもって取り組む若い臨床家・研究者が増えることを期待したい.
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