近年,筋萎縮性側索硬化症(ALS)の発症年齢の高齢化が,欧米や本邦からの複数の疫学的研究により指摘されている.高齢発症であることはALSにおける予後因子であることが知られているものの,その臨床像に関する検討の報告は乏しい.
今回、新潟大学から、38年間に及ぶALSの発症年齢の変化,ならびに70歳以上の発症と定義した高齢発症群の頻度,初発症状についての検討が報告されている.対象は1965年から2003年までの38年間においてALSと診断した入院症例である(よって患者選択バイアスは存在する).結果として,以下の3点が明らかになった.
① 孤発性ALS症例280人における発症年齢は経時的に上昇し,1年あたり0.459歳の高齢化を示した(r = 0.406, p <0.001)
② 高齢発症群の頻度も経時的に増加し,2000-2003年では31.1%に達した.
③ 高齢発症群48人の初発症状の検討では,球麻痺(嚥下障害や構音障害)発症は62.5%と高率で,70歳未満の発症群と比較し,球麻痺にて発症するオッズ比は5.40(95%信頼区間2.79-10.44)であった.
発症年齢の高齢化の原因については,以下の3点の可能性を挙げている.
① 一般人口における平均寿命の延長を反映している可能性
② 高齢発症者および家族の認識の変化に伴い,高齢で発症した症例の神経内科への受診率が経時的に増加した可能性
③ ALSの中で高齢発症するサブグループが実際に増加している可能性
本研究は,今後,検討すべき2つの重要な課題を示すものである.一つ目は,高齢発症ALS症例に対しては,通常のALSと異った対応が必要である点である.つまり,球麻痺にて発症した場合,発症後すぐに,ALSという診断の受容が十分できていない状態で,嚥下障害やコミュニケーションに対する対策を決定する必要に迫られることになる.また個人的な経験では,高齢発症の場合,告知に関して,家族が抵抗を示すことが少なからずあり,さらに本人の認知能力も低下していることもあり,病状説明は非常に難しい.
2つ目は,なぜ高齢発症例では,球麻痺発症が多いのか,その機序が全く分かっていない点である.高齢発症例ということが,球症状を出現しやすくする,もしくは四肢の筋力低下を出現しにくくするという表現型の修飾因子として作用するのか,もしくは上述したように,高齢・球麻痺にて発症するサブグループが存在し,増加してきているのか,全く分からない.
いずれにしても今後,さらに高齢・球麻痺にて発症する症例が増加する可能性は十分にあり,継続して検討を進める必要がある.
臨床神経46; 377-380, 2006
さて,少し遅くなってしまいましたが,最近立て続けに球麻痺発症あるいは四肢筋力低下がほとんどないにもかかわらず呼吸不全をきたすタイプのALSの方を診察する機会があり,改めて本ブログと論文を見直してみましたので,それについてコメントさせていただきます.この論文の次に臨床神経学に掲載されている論文(臨床神経46:381-389,2006)でもとくに高齢発症では呼吸不全を早期に呈する可能性があることが指摘されていますし,臨床神経47:140-146,2007では球麻痺がなくとも呼吸不全を来たしうること,呼吸不全の出現には頸髄病変の有無(横隔膜障害の有無)が重要であり,このため呼吸不全の予知としては球麻痺よりもむしろ上肢症状が重要であること,などが示されていました.よく逸話的に,II型呼吸不全にてER受診し,そこではじめてALSと診断がつくという話を聞きますが,それが逸話ではなくよくありうること(特に高齢者ならなおさら)を認識させられた論文でした.議論のお役に立てば幸いです.