大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

せやさかい・083『コタツを出す』

2019-10-25 14:28:38 | ノベル

せやさかい・083

 

『コタツを出す』 

 

 

 あれは、たぶん夢。

 

 ほら、夜中にダミアが枕もとまでやってきて「王妃は言ってないから『パンが無ければお菓子を食べればいい』なんて」と言うて、今夜は一人で寝たい気持ちとかメランコリックな後姿でベッドを下りて、うちに来てから初めて一人で寝てしまった。

 コトハちゃんも「わたしのところにも来てなかったわよ」と言う。

「どうしたん、ダミア?」

 抱き上げて聞くと「ニャーー」と、いつものようにネコ語で返事。

 じゃれついたり、一人で遊んだり、ご飯を出したげたらまっしぐらにとんできたり、他の様子は変われへん。

 せやけど、次の夜になっても、わたしのベッドには寄り付かんと、自分のキャットハウスに収まりよる。

 

「調べてみたんだけどね」

 

 頼子さんにメールで伝えると、あくる日の部活で膝を詰めてくる。

「なにか、思い当たることがあるんですか?」

「メインクーンというのはマリーアントワネットが飼っていたネコなのよ」

「ほんまですか!?」

「うん、フランス革命が起こって、王党派の人たちが万一のことを考えてアメリカに国王一家を亡命させようとアメリカのメイン州に屋敷を確保したの。それで王妃お気に入りの調度品といっしょに飼い猫も避難させたのよ。けっきょく女王は間に合わずに処刑されちゃうんだけどね、飼い猫のメインクーンは、いつも二階の窓から大西洋を見つめては、王妃の到着を待っていたそうよ」

「ほんまですか!?」

「ニャーー」

 頼子さんが答える前に、ダミアが返事。

「その通りニャーって、言ってる!」

 留美ちゃんが感激して、ダミアをかっさらってもみくちゃにする。

「フニャーー フニャーー」

「そうか、そんなに嬉しいか」

「いや、息ができなくて苦しがってるから(^_^;)」

「あ、ごめん」

「プニャ~」

「それが、このダミアや言うんですか?」

 ダミアは、まだ生後二か月ほどや。歴史は苦手やけど、フランス革命が二か月よりももっと前やいうことぐらいは分かってる。おそらく二百年以上昔のことや。

「ネコはね、百万回生まれかわるんだよ」

 頼子さんがシミジミ言う。

「あ、ちょっと震えてる」

「「え?」」

 留美ちゃんがモフるのを止めて、ダミアが震えてるのに気付く。

「子ネコには寒いんだよ、この気候は」

 この二三日の雨で、かなり涼しくなってきた。本堂裏の座敷は他の部屋よりも涼しい。人間には快適やけども、子ネコにはつらいのかもしれへん。

「そうや、コタツを出しましょ!」

 伯父さんから、寒なったらコタツと言われてたんで、さっそく……と思ったら、コタツが見当たれへん。

 ガサゴソやってると、テイ兄ちゃんが覗きにきて「コタツやったら、本堂の納戸の中にある」と教えてくれて、文芸部の三人で取りに行く。

「いやあ、天女さんが現れたかと思たわ」

 須弥壇の裏から本堂の内陣に出てくると、外陣に集まってた檀家婦人会(いうてもお婆ちゃんばっかり)の視線が集まる。

「アハハ、天女ですか(n*´ω`*n)」

 例えが古いと思うかもしれへんけど、内陣の欄間には彫刻が施したって、天女が何体か彫られてる。門徒さんには馴染みらしい。

「テイくん、今からより取り見取りやなあ」

「いや、そんなんちゃいます。中学の部活に、奥の部屋貸してるだけですわ」

「ホホ、そない言うて、鼻の下伸びてるでえ」

「「「「「「「ウヒャヒャヒヤ」」」」」」」

 コタツを探してると知れると、お婆ちゃんたちも手伝ってくれた。

 コタツは五つあったんで、一つをもらって、四つを組み立ててお婆ちゃんらに使ってもらう。

 

 コタツを出すと、ダミアは中に入って出てこうへんようになった。名前を呼んでやると「ニャーー」と返事はするけど、そのうち、返事もせんと寝てしまう。やっぱり、ネコにはコタツが良く似合う。

 ダミアを蹴飛ばさんように気を付けながらトワイニングを頂きました。

 

 その晩、ダミアといっしょに夢にとんでもない人が現れた……!

 

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真夏ダイアリー・50『指令第2号』

2019-10-25 07:18:58 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・50  
『指令第2号』     




 わたしには分かった。
 窓辺に寄った瞬間、省吾はタイムリープしたんだ。
 そして一年近く、向こうにいて、今帰ってきたところ。むろん本人に自覚はないけれど……。

 その夜、潤と二人のテレビの収録があった。

「ねえ、真夏。たまにはうちに遊びにおいでよ。お父さんも会いたがってるし」
 収録を終えた楽屋で、潤が気楽に言った。
「うん……でも、お母さんがね」
「いいじゃん、仕事で遅くなったって言えば。大丈夫、泊まっていけなんて言わないから」
 どうやら潤は、準備万端整えているようだった。お母さんに電話したら「あ、事務所の人からも電話あったから」と言っていた。

「うわー、ほんとにそっくりなんだ!」

 玄関を入るなり、潤のお母さんが叫んだ。おかげで、お父さんに再会する緊張感はふっとんでしまった。
「女の子は、父親に似るっていうけど、ここまでソックリだと、母親のわたしでも区別つかないわよ。ほんと真夏さん。よく来てくれたわね!」
「やだ、わたし潤だよ」
「あ、そかそか、アハハ、とにかく楽しいわよ。ま、手を洗って。食事にしましょう」
 わたしはパーカーを脱いで分かった、潤からもらったパーカーだった。
「そんなパーカー見てやしないわよ。お母さんのボケは天然だから」
 うちのお母さんも暗い方じゃないけど、ときどき言うジョークなんかシニカルだったりする。潤のお母さんは、ちょっとした面影はお母さんに似ていたけど、ラテン系の明るさだった。キッチンへお料理を取りに行く間にも、お父さんのハゲかかった頭を冷やかしながら、先日の大雪についてウンチク。足にまとわりつくトイプードルに「あんたにユキって名前付けたの間違いだったわね」とカマシ、壁の額縁の傾きを直しながら、ガラスに映った自分に「ナイスルックス!」
 キッチンにお料理を取りに行くだけで、うちのお母さんの五倍くらいのカロリーは消費しているように思えた。

 お話を聞くと、学生のころイタリアに留学していて、そのときにイタリアのラテン的な騒がしさが身に付いた……と、本人はおっしゃっていた。

「あれは、留学から帰ってきてから撮った写真ですか?」
 向かいの壁にかかった、ご陽気なサンバダンスのコスで、顔の下半分を口にして太陽のように笑っている写真に目を向けた。
「ああ、あれは、日本で地味だった頃のわたし」
「え……!?」
 あきれたわたしのマヌケ顔に、テーブルは大爆笑になった。

「ブログは、ちゃんと更新してる?」

 潤は、自分の部屋に入るなり、スリープのパソコンをたたき起こして言った。
「ううん、あんまし……ウワー、潤のブログって可愛いじゃん!」
「ベースは事務所の人に作ってもらったの。あとは、その日その日あったことテキトーに書いとくだけ」
「わたしも作ってもらおうかな……」
「そうしなよ、わたしなんか季節ごとに替えてもらってんの。あ、スクロールしたら、前のバージョンなんか分かるわよ」
「ふーん……なるほど」
 感心しながらスクロールしていると、急に潤がバグったように動かなくなった。
「潤……」
 潤だけじゃなかった、エアコンの風にそよいでいたカーテンもモビールも止まっている。半開きのドアのところではトイプードルのユキが固まって……覗いたリビングでは、潤のお母さんも、お父さんもフリ-ズしていた。
 わたしは、予感がして、潤のパソコンに目を向けた。

――指令第2号――

 あの時といっしょだ。そこで意識が跳んだ……。
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まどか乃木坂学院高校演劇部物語・15『集中治療室』

2019-10-25 07:12:39 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・15   
『集中治療室』  

 
 お気楽そうに手を振るのがやっとだった。

 バックミラーに、いつまでも不安そうに見送るまどかの姿が見える。
 フェリペの通用門をくぐるまでの、ほんの数十秒なんだけど、やたらに長く感じられる。

 体が、グイっと左に傾き、四トンの巨体は通りに出た。
「いつもの、かけます?」
 馴染みの運ちゃんが気を利かしてくれ、返事も待たずにオハコのポップスをかけてくれた。運ちゃんと二人のデュオになった。
「この曲って、Mアニメのテーマミュージックなんですよね。家で唄ってたらカミサンに言われました」
「そう、わたしも。そのアニメからこのミュージシャンにハマちゃったのよ」
「へえ、そうなんだ」
 運ちゃんは、わたしがダッシュボードに片足乗っける前に、缶コーヒーをとった。運ちゃんは飲み残しの缶コーヒーを飲み干すと、昨日のお天気を挨拶代わりに確認するような気楽さで聞いてきた。
「なんか、あったんすか?」
「どうして?」
「なんとなくね……」
 ルームミラーにウィンクした運ちゃんの顔が見えた。
「オトコがらみ……かな。先生ベッピンさんだから」
「ドキ……!」
 大げさに胸に手を当てとぼけておく。大方のとこ外れてはいるが、二割方はあたっている……。
「すんません、ここからは進入禁止だ……」
 話のことかと思ったら、グイっとハンドルがきられた。
――進入禁止――この先、工事中の看板が、助手席に流れる景色の中に一瞬見えた。
 それから、運ちゃんは黙って運転に専念した。予定にない道を走っているせいか、わたしに気を遣ってのことか、判断がつきかねる。おのずと、わたしは物思いにふけった……。


 病院に行くと、受付でその場所を告げられた……集中治療室。

 最初に怖い顔をした教頭の顔が飛び込んできた。その向こうに、潤香のご両親。
 気の弱いバーコードは、ご両親に顔が向けられず、ずっとドアを見ていたんだろう。
「先生、お忙しいところすみません」
 潤香のお母さんが頭を下げた。
「いえ、それより……」
 わたしの言葉で上げたお母さんの顔は戸惑っていた。
「実は……」
 母親の言葉が続くと、潤香のお父さんが割って入ってきた。
「先生、あんた、なんでこのこと言ってくれなかったんだ!?」
「は……?」
 出されたお父さんの手には、潤香の携帯が乗っていた。
「大変なことですよ、これは!」
 携帯の文面を読む前に、バーコードがつっこんできた。
「すみません」
 言葉だけでシカトして、携帯の画面に目をやった。ヤマちゃんの気をつかったメールの一つ前のメールが目に入ってきた。
――今日は、ほんとうにすみませんでした。不注意からとはいえ、申し訳ありませんでした。タンコブ大丈夫ですか? 明日の舞台楽しみにしてますね。K高 工藤美弥
「送信履歴、と写メも見てやってください」
 ボタンを押してみた。
――石頭だから大丈夫。K高の芝居はソデで観てました。がんばってましたね♪ 明日はよろしく。 芹沢潤香
 そして、写メを見ると、K高のポニーテールと潤香のツーショット。そして、背後に少し離れて怖い顔をしたわたしが写っていた。
「先生、あんたこの事故を見てたんでしょ?」
「はい。こんな大事になると思わずに……申し訳ありませんでした」
「かわいそうに、潤香は……」

 お父さんが向けた顔の先には、集中治療室のガラスの向こうに潤香が横たわっていた。

 長い髪を剃られた頭には包帯が巻かれ、ネットが被せられ、体のあちこちにはチューブが繋がれていた。
「こないだ、頭を打ったばかりなんだ、気のつけようがあるでしょうが。こんな危険な裏方やらせずとも!」
「申し訳ありませんでした。不注意でした。本当に申し訳ありませんでした」
「これ、持っていてやってくださいな」
 渡されたのは、一束の潤香の髪の毛だった。
「……これが遺髪になるようなことになったら、訴えてやるからな!」
「あなた……!」

 お母さんがいさめると、お父さんは充血した目に涙を溢れさせて去っていった。バーコードは最敬礼で見送った。

「すみません、先生。主人はあんな気性なもんですから……そんなものを渡したりして」
「いえ、わたしが不注意であったことは確かなんですから。戒めとして……潤香さんの回復を祈るためにも持っています」
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宇宙戦艦三笠・41[宇宙戦艦グリンハーヘン・3]

2019-10-25 07:03:47 | 小説6
宇宙戦艦三笠・41
[宇宙戦艦グリンハーヘン・3] 


 
「きみ、ほんとの修一?」

 樟葉が警戒心丸出しの表情で眉をひそめた。気づくと美奈穂もトシも、クレアでさえ疑惑のジト目になっている。
「……どうやら、おまえらもホログラムの偽物に会ったみたいだな」
「体が触れ合うまでは、分からなかった」
「触れるって、どんな風に?」
「何気なく肩に手を掛けたら、素通しになっちゃった」
「修一が、あんまり身内の事ばかり聞くんで、おかしいと思って……」
「オレといっしょだ。樟葉がくどかったから、おかしいと思った」
「いっしょだ。あたしは頭をはり倒したら、空振りになっちゃった。修一は?」
「キスしようとしたら、顔が重なってしまった」
「えー、キスなんかしたの!?」
「だから怪しいと思ったからさ。ちょっと大きな声じゃ言えないって誘ったら、顔を寄せてきた。で、ホログラムの偽物だって分かった」
「本物だったら、どうするつもりだったのよ!?」

 樟葉がむくれた。

「しかし、なんだな……俺たちって、あんまりスキンシップしてなかったんだ」
「されてたまるか!」
「それは文化の差よ。ウレシコワさんやジェーンさんはよくボディータッチやハグしてくれてた。日本人はしないから」
 クレアがフォローした。
「しかし、なにもキスしなくてもさ!」
「とっさのことだよ、とっさの!」
「それより、本物の艦長かどうか確認しておきましょう」
 トシの提案に三人が同意した。

 で、捻られたり、つねられたり、くすぐられたり。修一は、まるで罰ゲームのような目に遭った。

「艦内に動きがあります……三笠にかなりの人数が……」
 クレアが、アナライジングして警戒の顔つきになった。
「何をしに行ってるんでしょう」
「あたしたちの情報を総合して、まだ誰か残っている人間がいると思っているらしいです……」

 クレアも自分でバージョンアップしているようで、この秘匿性の高い敵艦の中でも、ある程度は読めるようだ。

「他に、人間て……」
 みんなの頭の中で、同時に一人の顔が浮かんだ……みかさんだ。
「敵に動き、三笠から退去しようとしています!」
「……みかさんは船霊、神さまだから、予見できない能力を恐れたんでしょう」

 クレアの分析は正しく、みかさんの能力は、そのクレアの分析を超えていた。なんと三笠に乗り移った敵兵たちが、三笠の艦内に閉じ込められてしまったのだ。
 そして、みかさんの力は、それだけでは無かった……。
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秋野七草 その六『ナナセかナナか!?』

2019-10-25 06:53:39 | ボクの妹
秋野七草 その六
『ナナセかナナか!?』        


 妹は、テンポの違いとアルコールの具合によって、ナナとナナセを使い分けているようだ。

 もっともナナセという人格は、後輩の山路が家にやってくるまでは存在しなかった。山路が泊まった明くる朝、酔った勢いの口から出任せでナナセを演じざるを得なくなった。山路はナナセがお気に入りのようだ。
 そこで、そのあとは山路を帰すため、ちょっと誇張したナナを演じ、10メートルダッシュから木登りまで山路と競い、オテンバぶりを発揮した。これで山路はナナが嫌いになるだろうと。
 ところが、山男の山路は、そんなナナとますます気があってしまった。
 昨日再び山路を連れて家に帰ると、ほぼ同時にナナが帰ってきたが、山路はナナの指の傷を見て、ナナセと勘違い。仕方なく、ナナはナナセを演じた……。

「いやあ、夕べのナナセさんは凄かったなあ。仲間の技術屋と話しても、あそこまでは熱くなりませんよ」
 ナナセ(ナナ?)手作りの朝食を食べながら、山路は本気で妹を誉めた。
「お恥ずかしい、みんな父やお祖父ちゃんの受け売りです。女でなかったら、お兄ちゃんに負けないくらいのエンジニアになっていたかもしれませんけどね。うちはは女らしさにうるさい家ですから」
「でも、ナナちゃんみたいな妹さんもいるんですよね」
「だから、あの子は自衛隊に行ったんです。あそこなら男女の区別ないですから」
「じゃあ、なんで辞めたんですか? この浅漬け美味いですね」
「あ、それは母です」
「山路さん、ごゆっくり。あたしはちょいと……」
「あ、お母さん、どうもお世話になりました」
「いいんだよ、今日はご町内の日帰り旅行」

 そう言いながら、オレは、ナナ・ナナセ問題の終息を、どう計ろうかと考えていた。結局は、面倒くさくなり、山路の帰りを妹に任せることにした。実際夕べは飲み過ぎて頭も痛く朝飯も抜いていた。妹はナナセだったので、一滴も飲んでいない。山路を送って帰ってきたら朝酒になりそうだ。

「ナナは、入ってみて分かったみたいです。自衛隊でも女ができないとかやっちゃいけないことが、けっこうあるみたいで……詳しくは言いませんけど」
「でしょうね、あの子は、面白いことには、なんでもチャレンジしてみたい子なんですよ、とことんね……でも、そこで女の壁にぶつかってしまうんでしょうね」
「もう子どもじゃないんだから、わきまえなくっちゃやっていけないって言うんですけどね。女でやれることで頑張ればいいって」
「でも、ナナセさんにも、そういうところあるんじゃないかなあ」
「え、わたしがですか?」
「うん、ただ射程距離が長いから、ナナちゃんと違って、時間を掛けて狙っているような気がする。今の勤めも腰掛けのつもりなんでしょ。ゆっくり力をつけて、経営のノウハウを身につけたら、独立するんじゃないかな」
「ナナは現場だけど、わたしは、信金でも総務ですから、そういうことは……」
「いや、総務ってのは会社全体を見てますからね。経営陣との距離も近い。ナナセさんも、かなりしたたか」
「そんな……」

 しおらしく俯いてはいるが、気持ちは言い当てられたような気がしていた。ただ、今の信金に勤めていては、ただの夢に終わってしまうだろうが。

 その時、幹線道路から、線路際の道にドリフトさせながら三台のスポーツカーが入ってきた。歩道の先には、近場の山に登りに行く十人ばかりの子供たちが歩いていた。

「危ない!」

 妹は、とっさにジャンプし最後尾の子ども二人を抱えて脇に転がった。いままでその子どもが居た位置には先頭の車が、高架下のコンクリート壁に腹をこすりつけ停まっていた。どうやら、駆動系のダメージはなかったようで、ドライバーの若い男は。逃げようとシフトチェンジをしているところだった。
「山路、最後尾の車を確保!」
 そう言いながら、妹はコンクリートブロックを運転席の窓に投げつけて粉々にした。そして、中の二人の男がひるんだ隙に、エンジンキーを引き抜いた。
 山路は、ダッシュして三台目の車の後ろに回り。道路脇の店の看板を持ち上げ、ぶんまわしてリアのガラスを破壊。そのままリアウィンドウから飛び込み、ドライバーの男の頭をハンドルに思い切りぶつけ、これもエンジンキーを抜いた。

「なに、しやがるんだ!」

 子供たちが無事だったことに気をよくしたんだろう。二台目の車から男女がバールを持って降りてきた。それに勇気づけられたんだろう、他の二台からも、男三人と、女一人が降りてきた。
「山路、気を付けて、こいつら半グレだ!」
 半グレの六人は、言い訳の出来る道具袋を持っており。手に手に金槌などのエモノを持って立ちふさがった。
 山路は、そのエモノを避けつつ、一人を投げ飛ばし、後ろから振りかぶられた金槌をかわして腕をねじり上げた。ボキっと音がしたんで、男の腕が折れたようだ。
「山路、ネクタイでもなんでもいいから縛着!」
 そう言いながら、三人の男女を倒し、ズボンを足もとまで脱がせて足の自由を奪い、ベルトを引き抜き後ろ手に拘束した。四人目の男はその場にくずおれて失禁していた。妹は、そいつを俯せにして、馬乗りになり、こめかみに金槌をあてがい、スマホを構えた。
「こちら、通行人。状況報告、半グレと思われる車三台○○区A町、一丁目三の東城線東横で、子供たちを轢きかけ、一台中破、二台撃破、犯行の男女六人確保、至急現場に着到されたし、オクレ!」

 妹は、かつての職場の業界用語で七秒で警察に伝えた。

「キミは……ナナ?」
「あ………」

 妹と山路に、新しい転機が訪れようとしていた……。
 
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小悪魔マユの魔法日記・74『期間限定の恋人・6』

2019-10-25 06:38:46 | 小説5
小悪魔マユの魔法日記・74
『期間限定の恋人・6』     



 スズメの鳴き声で、半ば意識がもどってきた。

 いつもの朝……このスズメの泣き方で、おおよその時間がわかる。いつもなら、もう一群れのスズメたちがやってきて、ちょうど起きる時間になる……ちょっと変だ。
 黒羽は、音楽事務所のプロディユーサーをやっているので、音感は並の人間よりは鋭い。スズメの鳴き声が微妙に違う……。

――そうか、友だち……いや、恋人でも連れてきたかな……スズメも、なかなかやる。

 おめでたい誤解は、コーヒーの香りで打ち消された。
「このベッド……この部屋……?」
「黒羽さーん。もう起きて、朝ご飯できたから」
――この声は……?
「おはよう!」
 明るい笑顔が視界に入った。
「み、美優ちゃん……!」

「すまん、この通りだ!」

 朝食を前にして、黒羽は深々と頭を下げた。
「そんなのいいから、冷めないうちに。話は食べながらでいいわ」
「お母さんは……この状況……?」
「まだ帰ってない。黒羽さんのせいよ」
「ボクの?」
「正確には、HIKARIプロのね……五日で四十七人分の衣装。うちだから引き受けられたのよ」
「ああ、新曲の発表に間に合わせなきゃならないから……無理言った。ごめん」
「縫製にクレームついて、お母さん、とうとう泊まり込み……トーストお代わりする?」
「うん……ああ、すまない」
「そんな忙しいときに、チーフプロディユーサーが酔いつぶれていていいのかなあ……」
 オーブントースターに食パンを入れながら、美優は、少し意地悪を言ってみた。
「いや、面目ない。ちょっと事情が……」
「黒羽さん。ほんとは恋人のとこに行けばよかったのに……」
「ゲホ、ゲホ、ゲホ……」
 黒羽は、派手にむせかえった。
「あ、ごめん。ひょっとして、まだナイショのことだった?」
「ナイショもなにも、恋人なんていないよ。このクソ忙しいHIKARIプロのプロディユーサーに、そんなヒマはないの」
「でも、夕べは、さんざん言ってたわよ。わたしのこと妹さんと間違えて」
「それは……」
「どーよ……」

 黒羽は、観念して、病院でのこと話した。恋人がいるなんて出口の無いウソの話を。

「じゃ、お父さんは婚約者がいるって信じてるんだ……」
「ハッタリだってわかってるよ」
「だったら、なんで、あんなにヘベレケになっちゃうのよ」
「……だよな。でも無いものはしょうがない、今夜でも正直に話すよ」
「でも、お父さんガッカリ……長くないんでしょ、お父さん?」
「そんなことまで、しゃべったのかオレ?」
「わたしも病人……だったから」
「そうだ、たしか、美優ちゃん入院してたんだよな」
「『だった』って言ったのよ。昨日退院しちゃった」
「そうか……それはおめでとう。元気になってなによりだ……オヤジは、あと一週間……なんか、他の方法で親孝行考えるよ。じゃ、オレそろそろ行くわ」
「やだ、黒羽さん、自分の家の感覚になってるでしょ。HIKARIプロはすぐそこだよ。まだ八時まわったばかりだし」
「いや、夕べはレッスン見てないからね。早く行ってスタジオの空気吸っとかなきゃ。クララなんか九時には、スタジオにやってくるからね」
 そう言うと、コーヒーを一気のみして、上着を手にした。美優は、ときめく心を無意識に押さえ込んだ。
「そうよね、うちのお母さん徹夜させるぐらい熱が入ってるんだもんね」
「ごめん、迷惑かけたね。落ち着いたら、お礼させてもらうよ」
 黒羽は、右袖に腕を入れながら、ドアに向かった。

 マユは、少しだけ美優の心臓を刺激した。ラノベでいう「胸キュン」である。

「わたしが恋人になってあげようか」

「え……」
 左袖をぶら下げたまま、黒羽が振り返った。

「一週間だけの期間限定の恋人……だけどね」
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魔法少女マヂカ・090『M資金・22 ハートの女王・3』

2019-10-24 13:13:20 | 小説

魔法少女マヂカ・090  

『M資金・22 ハートの女王・3』語り手:ブリンダ 

 

 キ~ンコ~ンカ~コ~ン キンコンカンコ~ン

 ポリコウ(日暮里高校)のチャイムにそっくりな鐘の音が鳴り響いた。

 

「逆じゃ、ここの鐘が本家本元で、そなたらの学校のチャイムは、コピーしたものじゃ。まあ、とうに著作権は切れておるが、心得違いをせぬようにな」

 女王が鐘の音にチェックを入れている間に、議員たちが勢ぞろいをして『ゴッド セイブズ ザ クィーン』を斉唱する。

「それでは、臣トーマス・ペンドラゴン、国会議長として、恭しく女王陛下を議場にご案内仕ります!」

 議長が宣言すると、議事堂の玄関からスルスルと赤じゅうたんが敷かれてきた。

「おまち! 議会に女王が臨場するときは、議会から人質が差し出されるのが習いじゃ。余が出立するときには、まだ人質は送ってこられてはいなかったぞ。どうなっておるのじゃ、議長!?」

「へえ、女王って、人質をとるんだ」

「日本人のマヂカには理解できないだろうがな、議会と国王というのは元来対立する関係にあるのだ。イギリスは今でもそうだしな」

 マヂカに説明してやっている間に、議員たちは顔を見かわして咳払い。お互いに――おまえが説明しろ――と責め合っている。

「どういたしたのじゃ、返答がなければ、余は議場には入らぬぞ。余の宣誓が無ければ議会が開けぬであろうが」

「恐れ入ります、陛下。今般は我が国のEU離脱が議案となっておりまする……」

「承知しておる。国の行方を左右する重要議案であるからこそ、余が臨場した。そうであろう、議長」

「ご明察ではございますが、その……」

「グズグズいたすな、首をちょん切るぞ」

 議員たちがいっせいに首をすくめた。こいつら、本気でビビッてやんの。

「実は、与野党ともに議席が伯仲……いえ、三日前にヒギンズ卿が緊急入院して、まったくの同数となっております。人質は、与野党から一名ずつ出すことになっております、おりまするが……」

「出せばよかろう」

「出してしまいますると、与野党ともに単独過半数に及ばぬ議席数になってしまい、議決ができぬ仕儀とあいなります」

 愛想のいい副議長が、揉み手しながら言い添える。

「ここは、慣例を破り、人質なしのご臨席を願わしゅうございます」

「首をちょん切るぞ!」

 ヘヘーーー!! 議員たちは、首を胴体にめり込ませた。

「不甲斐ない議員どもだ。ならば、余が解決策をしめしてやろう」

「御心のままに」

「余が、女王の権限で議員を任命し、その新議員を人質に選任すればよかろう」

「おう、いかにも、陛下には、総議員の一割を任命する権限が、ございます」

「勅任議員は、現在八名でございますので、二名を選任することができます」

 副議長が、分厚い書類の束を繰りながら付け加える。

「ならば、ここの魔法少女と牛女を勅任議員といたすぞ!」

 

 女王が、ビシッと指さした。議員どものめりこんだ首が目のところまで出てきて、いっせいにオレとマヂカに熱い視線を送ってきた! 

 

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真夏ダイアリー・49『アルバムのその子たち』

2019-10-24 06:21:46 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・49 
『アルバムのその子たち』    


 
 
 画像を検索してみると……それがあった。

 福島県のH小学校……と言っても校舎はない。

 ほとんど原っぱになってしまった運動場の片隅に「H小学校跡」という石碑。そして運動場での集合写真。野村信之介さんは、ブログの写真と同じ顔なのですぐに分かった。
 会長が、グラサンを外して写っていた。仕事中や事務所では見せない顔が、そこにはあった。

 そして、小高い丘の運動場の縁は、あらかた津波に削られていた。

 でも、その一角、デベソのように張り出したところに連理の桜があった。削られた崖に根の半分をあらわにして傾き、支え合って二本の桜が重なり、重なった枝がくっついていた。崖にあらわになった根っこも、絡み合い、くっついて一本の桜になろうとしていた。
 
 そのさりげない写真があるだけで、コメントはいっさい無かった。
 
 でも、『二本の桜』のモチーフがこれなのはよく分かった。でも、照れなのか、あざといと思われるのを嫌ってか、会長は乃木坂高校の古い記事から同じ連理の桜を見つけて、それに仮託した。
「会長さんも、やるもんねえ」
 お母さんが、後ろから覗き込んで言った。
「真夏でも発見できたんだ。きっとマスコミが突き止めて、話題にすることを狙ったのよね。さすが、HIKARIプロの会長だわ」
「ちがうよ、そんなのと!」
 わたしは、大切な宝石が泥まみれにされたような気になった。

 そして、気づいた。仁和さんが見せてくれた幻。幻の中の少女たち。仁和さんは「みんな空襲で亡くなった」と言っていた。わたしは、その子達を確かめなくてはならないと思った。

「え、これ全部見るのかよ!?」
「うそでしょ……」
 省吾と玉男がグチった。
「全部じゃないわよ。多分昭和16年の入学生」
「どうして、分かるの?」
 ゆいちゃんが首を傾げる。この子はほんとうに可愛い。省吾にはモッタイナイ……って、ヤキモチなんかじゃないからね!
 わたしは、お仲間に頼んで、図書館にある昔の写真集を漁っていた。

 ヒントはメガネのお下げ……ゲ、こんなにいる。どこのクラスも半分以上はお下げで、そのまた半分以上はメガネをかけている。
 でも、五分ほどで分かった。ピンと来たというか、オーラを感じた。いっしょの列の子たちは、あのとき、いっしょにいた子たちだ。
 
 杉井米子

 写真の下の方に、名前が載っていた。両脇は酒井純子と前田和子とあった。
 三人とも緊張はしているけど、とても期待に満ちた十三歳だ。わたしたちに似たところと、違ったところを同時に感じた。
 どう違うって……う~ん うまく言えない。
「この子達、試合前の運動部員みたいだね」
 由香が、ポツンと言った。そうだ、この子達は、人生の密度が、わたし達と違うんだ……。
「ねえ、こんなのがあるよ」
 玉男が、古い帳簿みたいなのを探してきた。

 乃木坂高等女学校戦争被災者名簿

 帳簿には、そう書かれていた。わたしは胸が詰まりそうになりながら、そのページをめくった。そして見つけた。

 昭和二十年三月十日被災者……そこに、三人の名前があった。

「どうして、真夏、この子達にこだわるの?」
 由香が質問してきた。まさか、この子達が生きていたところを見たとは言えない。
「うん……今度の曲のイメージが欲しくって」
「で、この子達?」
「うん、この子達も三人だし、わたしたちも女子三人じゃない。なんとなく親近感」
「……そういや、この杉井米子って子、なんとなく、ゆいちゃんのイメージだね」
「うそ、わたし、こんなにコチコチじゃないよ」
「フフ、省吾に手紙出してたころ、こんなだったわよ」
「いやだ、玉男!」
「ハハ、ちょっと見せてみ」
 省吾が取り上げて、窓ぎわまで行って写真を見た。
「ほう……なるほど」
「でしょ!?」
「うん」
 そう言って、振り返った省吾の顔は引き締まっていた。
「……省吾くんて、いい男だったのね。わたしがアタックしてもよかったかなあ」
「こらあ、由香!」
「ハハ、冗談、冗談」

 しかし、冗談ではなかった……わたしには分かった。窓辺によった瞬間、省吾はタイムリープしたんだ。
 そして一年近く、向こうにいて、今帰ってきたところ。むろん本人に自覚はないけれど……。
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まどか乃木坂学院高校演劇部物語・14『オオカミ女になっちゃうぞ』

2019-10-24 06:11:19 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・14   

 


『オオカミ女になっちゃうぞ』


「やられたな……」

 フェリペ坂を下りながら、峰岸先輩が言った。


「え!?」
「声がでかい」
「すみません」
「まどか、いま考え事してただろう?」
「いいえ、べつに……」
「彼氏のこととか……」
「ほんと!?」
 夏鈴、おまえは入ってくんなよな!
「いま、目が逃げただろう。図星の証拠」

 そう、わたしはヤツのことを考えていた。
 
 ここは、リハの日、ちょうどコスモスをアクシデントとは言え、手折ったところ。
 で、幕間交流のとき見かけた姿……昼間なら赤く染まった頬を見られたところだろ。
 ダメダメ、表情に出ちゃう。わたしはサリゲに話題をもどした。

「で、なにをやられたんですか?」
「サリゲに話題替えたな」
「そんなことないです!」
「ハハ……あの高橋って審査員は食わせ物だよ」
「え?」
 柚木先生はじめ、周りにいたものが声をあげた。
「あの審査基準も、お茶でムセたのも、あの人の手さ」
「どういうこと、峰岸くん?」
 柚木先生が聞いた。
「審査基準は、一見論理的な目くらましです。講評も……」
「熱心で丁寧だったじゃない」
「演技ですよ。アドリブだったから、ときどき目が逃げてました」
「そっかな……審査基準のとこなんか、わたしたちのことしっかり見てましたよ。わたし目があっちゃったもん」
 夏鈴が口をとがらせた。
「そこが役者、見せ場はちゃんと心得ているよ。あの、お茶でムセたのも演出。あれでいっぺんに空気が和んじゃった」
「そうなの……あ、マリ先生に結果伝えてない」
 柚木先生が携帯を出した。
「あ、まだだったんですか!?」
「ええ、ついフェリペの先生と話し込んじゃって」
「じゃ、ぼくが伝えます。今の話聞いちゃったら話に色がついちゃいますから」
「そうね……わたし怒っちゃってるもんね」
「じゃ、先に行ってください。みんなの声入らない方がいいですから」
「お願いね、改札の前で待ってるわね」
 わたしたちは先輩を残して坂を下り始めた。
 
 街灯に照らされて、わたしたちの影が長く伸びていく。夏鈴がつまらなさそうに賞状の入った筒を放り上げた。
「夏鈴、賞状で遊ぶんじゃないわよ!」
 聞こえないふりをして、夏鈴がさらに高く筒を放り上げた。
 賞状の筒は、三日月の欠けたところを補うようにくるりと夜空に回転した。そんなことをしたら三日月が満月になっちゃって、まどかはオオカミ女になっちゃうぞ。

 嗚呼(ああ)痛恨の……コンチクショウ!
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宇宙戦艦三笠・40[宇宙戦艦グリンハーヘン・2]

2019-10-24 06:03:56 | 小説6
宇宙戦艦三笠・40
[宇宙戦艦グリンハーヘン・2] 


 

 意識が戻ると独房に入れられていた。

 セラミックを感じさせる独房には、床も壁も継ぎ目が無かった。ただ、出入り口と思われるところだけが、薄い鉛筆で書いたように、それと知れる程度。独房内はベッドが一つあるだけで無機質この上ない。
――お目覚めのようね。体には異常はないわ。ドアを開けるから、通れる通路だけをたどって、あたしのところまで来て――
 司令のミネアの声がした。

 通路に出ると、さすがに船の通路らしく、パイプや電路が走り、いたるところの隔壁はロックされていた。通れる隔壁は、あらかじめ解放されていて、二三度行き止まりに出くわしたが、やがて小会議室のようなところにたどり着いた。
 樟葉が先に来ていて、背もたれのない椅子に座っていた。
「艦長のくせに、遅いのね」
「通路で、ちょっと迷った」
「ハハ、あんな簡単な迷路で迷っちゃうの」
「樟葉は、迷わなかったのか?」
「あたしは、探索のために、全ての通路を見て回ったの。通路の左側に手をついて、ほら、遊園地の迷路の要領でぐるりと回ったら、全部見られた。通路は、いかにも船の中らしいけど、大半ダミーね。配管配線ともに脈絡がない。どの隔壁の通路も何種類かのパターンの組み合わせ。よほど船の構造を知られたくないのね。本気になったら、案外簡単に船の弱点がみつかるかもよ」
「ダミーなのは、オレにも分かった。こんな宇宙戦艦が、アナログなわけないものな」
「で、これからどうするの?」
 それから、樟葉の話は質問が多くなった。仲間のこと、地球のこと。
「大きな声じゃ言えない。もっと顔を寄せて」
 樟葉は、興味津々で顔を寄せてきた。

 修一は、いきなり樟葉にキスをした……なんと、修一の顔が樟葉の顔にめり込んだ……というよりは、重なってしまった。
――やっぱり――
 思った瞬間、樟葉の姿は消えてしまった。

「やっぱり、ホログラムだったんだな。下手な小細工すんなよ、ミネア司令」

 そう言うと、前の壁が消えて、部屋が倍の大きさになった。目の前にミネアがいた。
「思ったよりも賢いんだ」
「賢くはないよ。樟葉にキスするいいチャンスだと思っただけ」
「……どうやら、君は本物らしいね」
「さあ、どうだろ」
「アナライズで、スキャニングした。人類と変わらない構造なんだ」
「それもダミーかもよ」
「太ももの付け根にホクロがある。ちゃんとメラニンの構造まで分かる。DNAの塩基配列が妙な規則性があるな……」
「それはね、あたしがグリンヘルドとシュトルハーヘンとのハーフだからよ。この船のクルーはみんなそう。ハーフだけで作った遊撃部隊なの」
「でも、グリンハーヘンて船の名前は安直だね」
「分かりやすいでしょ、名前なんて符丁みたいなものだから。直に会ったら、あなたの考えやら思考パターンなんかが良く分かると思ったんだけど、どうやら時間の無駄のようね。あたしの希望だけは、きちんとしておくわね。あたしは地球人の絶滅までは考えていないの。共存した方が、上手くいくように思ってる。例えば、無菌で育った動物って耐性が低いじゃない。多少のストレスを抱えながらやった方が、グリンヘルドにもシュトルハーヘンのためになると思っている。その共存の道を東郷修一君と語りたいわけ」
「俺たちは共存しようとは思ってない。地球は地球の人類と生物のためのものだ」
「古臭い民族主義ね。もう少しファジーになってもらいたいわ」
「ならないよ」
「ハハ、仕方ないわね。じゃ、他の仲間といっしょに居てもらうわ。みんなで相談してみて」
 そう言うと、ミネアの前の壁が再生し、左横の壁が消えた。四つのベッドに、樟葉、美奈穂、トシ、クレアが眠っていた。

「おい、みんな!」

 仲間に駆け寄ると、ミネアといた部屋との間の壁が再生し、雑居房になった……。
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秋野七草 その五『わたしは、ナナ……セ』

2019-10-24 05:53:06 | ボクの妹
秋野七草 その五
『わたしは、ナナ……セ』        


 
 秋野七草と書いて「アキノナナ」と読む。元陸自レンジャーの妹の名前である。

 今日は、真面目な話があったので後輩の山路を、うちに泊めてやると家に電話した。山路は、こないだも終電に間に合わず泊めてやった。

「すみません。今夜もご厄介になります」

 不幸なことに妹のナナが直ぐあとに帰ってきた。「あ」と二人同時に声が出た。

「あ、ナナセさんの方ですね?」と、山路が誤解した。

 無理もない。そのときのナナは会社で指を怪我をしてテープを貼ってきていたのである。指を怪我したのは、先日のイタズラでおしとやかな(しかし架空の)双子の姉のナナセだと思いこんでいる。とっさに、ナナも気づき、ナナセに化けた。
「先日は、不調法なことで失礼をいたしました」
「いいえ、お怪我の方は……」
「あ、もうだいぶいいんですが、お医者様が、傷跡が残ると生けないとおっしゃって、こんな大げさなことをしてます」
「そりゃ、あんなに血が流れたんですから、お大事になさらなきゃ」

 まさか、あの時の血が食紅だったとは言えない。

「今夜は、またお世話になります」
「はい、先日はまともにお話も出来ませんでしたから、ゆっくりお話ができれば嬉しいです」
 心にもないことを言う。

 ナナがナナセとして二階へ上がると、携帯が鳴った。アドレスでナナと知れる。
「どうした、なんでオレに電話してくんだ(なんせ二階からかけてきている)え、今夜は泊まり? どうして、せっかく山路も来てんのにさ。あ、ちょっと山路に替わるわ」
「もしもし、山路。どうしたナナ……ちゃん。せっかく今夜は大事な話が出来ると思ったのに。ほら、例のチョモランマ……ええ、そういうこと言うかなあ。男一生の問題だぞ。あ、笑ったな! おまえな、そういうとこデリカシー無さ過ぎ。今度しっかり教育してやっから。それに、勝負もついてないしな。次は絶対勝つからな! そもそもナナはな……」

 これで、今夜はナナはナナセで化け通すことになった。オヤジとオフクロには、この間に、話を合わせてくれるように頼んだ。一家揃って面白いことは大好きだ。

「と言う具合で、チョモランマに登るのには、準備も入れて三か月もかかるんです。うみどりの仕事は、その分みんなにご迷惑……」
「アハハ、そんなこと心配してたのか!?」
「だって、僕も設計スタッフの一員ですから」
「最初の三か月なんて、オモチャ箱ひっくり返すだけみたいなもんだ。アイデアを出すだけ出して、使い物になるかならないかの検討は、そのあと、さらに三か月は十分にかかる。それから参加しても遅くはないじゃないか」
「なんと言っても、オスプレイの日本版ですからね、僕だって……」
「気持ちは分かるけどな、A工業には大戦中からのオモチャ箱があるんだ。それこそ堀越二郎の零戦時代からのな。最初のオモチャ箱選びは、オレだって触らせちゃもらえない。オモチャの整理係なんだぞ」
「負けません。整理係でもなんでも」
「そんなこと言ってたら、チョモランマなんて一生登れねえぞ」
「すごいですね、若いのに二つも大きな夢があって」
「あって当然ですよ。僕にとっては、山と仕事は二本の足なんです。両方しっかり前に出さないと、僕って男は立ってさえいられないんです」
「焦ることはない。お前は帰ってきてから、広げて整理したオモチャの感想を言ってくれ。三か月もやってると、好みのオモチャしか目に入らなくなる。新しい目でそれを見るのが山路の仕事だ。うちの年寄りは、そういう点、キャリアも年齢も気にはしない。自分たちも、そうやって育ってきたんだからな」
 ここでナナが化けたナナセが割り込んできた。
「戦艦大和の装甲板を付けるとき、クレーンの操作がとてもむつかしくて、ベテランの技師もオペレーターもお手上げだったんです、俯角の付いた取り付けは世界で初めてでしたから。それを、ハンガーそのものに角度を付けるってコロンブスの玉子みたいなことを考えついたのは、一番若い技師の人だったんです……きっと山路さんにも、そんな仕事が待ってます!」
「ナナセさん。いいお話ですね……でも、そんな話し、どうしてご存じなんですか?」
「あ、これは……父が小さな頃に教えて、ねえ、お父さん……寝ちゃってる」

 それから、オレたち三人は技術や夢について二時過ぎまで語り合った。山路はナナが化けたナナセの話しに大いに感激していた。ナナは、陸自に居たときも、実戦でも、技術面でも卓越したものを持っていた。だから、女では出来ないことにも挑戦しようとし、挫折して退役してきた。民間と陸自の違いはあるが、熱い思いは同じようだ。

 そして、オレは気づいてしまった。自分の罪の深さに……。
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小悪魔マユの魔法日記・73『期間限定の恋人・5』

2019-10-24 05:44:59 | 小説5
小悪魔マユの魔法日記・73
『期間限定の恋人・5』    



 酔っぱらいは……HIKARIプロの黒羽ディレクターだった……。

 もし、地下鉄に乗って帰らなければ、こんなことはしなかったかもしれない。
 酔っぱらった黒羽ディレクターを、自分の家まで肩をかして連れてきてしまった。
 二十歳を超えた大人としての判断なら、たとえ知り合いでも、AKRの事務所は、すぐそこだ、とても自分の足では歩けそうにない黒羽に一言二言声をかけて、事務所の人に来てもらっただろう。

「事務所の人に来てもらいましょうか、黒羽さん」
 実際、美優は、一度は、そうたずねた。
「いや、事務所には言わないでくれ……いや、大丈夫。しばらく休んだら……大丈夫……あ、美優ちゃんか」
 その時の黒羽の言い方は、とても大丈夫そうじゃなかった。そして、美優を見る目は、まるで女子高生時代の美優を見る、それであった。美優も地下鉄の中で、感覚が高校生のときに戻っていた。

――こりゃ、大変なものを背負い込むことになるかもしれないよ――
 マユは、美優の中でつぶやいたが、今は美優の心には届かない。マユは、死を一週間後に控えた美優の体を動かすアシストモーターにすぎない。

 母の美智子が電話をしてきた。

 美優のあとを追いかけて帰宅するつもりでいたが、AKRから請けた衣装の縫製でトラブルがあり、今夜は帰ってこられないという内容だった。
「うん、わたしなら大丈夫。お母さんは明日の開店に間に合えばいいから」
――そう、じゃ、なるべく早く帰るから。
「うん、じゃ、バイビー……」
――ハハハ。
「なにがおかしいのよ?」
 美優は切りかけた携帯を、もう一度耳にあてがった。
――バイビーなんて、何年ぶり……高校生にもどったみたいよ!
「そんなことないよ、たまたまだよ、たまたま!」
 美優は、少しムキになって言った。電話の向こうの母は泣き笑いの気配。
「じゃ、切るよ」
 
 携帯を切ると、黒羽のために水を持っていってやった。
「あ……」
 リビングのソファーに寝かせていた黒羽の姿がなかった。
「黒羽さーん……」
 声をひそめて呼ばわると、開け放たれた自分の部屋から気配がした。
「もう、黒羽さん。どこで寝てんですか!」
 そう言って、ふとんをめくると、黒羽は下着一枚になって美優のベッドで「く」の字になっていた。
「きゃ」
 美優は、小さな悲鳴をあげた。そっとふとんをかけ直す。また黒羽は、ふとんをはね飛ばす。
 美優は、エアコンの暖房を切り、窓を少し開けた。冷気がサワっと入り込んで、黒羽は自分でふとんを胸までたぐりよせた。
「黒羽さん……お水」
「す、すまん」
 まるで素面のように、黒羽は半身を起こし、おいしそうに水を飲み干した。
「あ、あの……」
「うん~?」
 黒羽は、うるさそうに返事をかえした。
「いいえ、なんでも……」
「言いたいことは、分かってる……ちゃんと彼女はいるんだ。ちゃんと婚約までしてんだからな!」
「え……!?」

 美優の頭に、ショックと混乱が一度にやってきた。

「だから、オヤジには頼むよ……週末までには『コスモストルネード』仕上げなきゃならないんだ。だから頼むよ、兄妹なんだからさ、な、由美子。いい子だからさ……」
 そう言って、美優の頭を乱暴に撫でると、スイッチが切れたように寝てしまった。
「妹さんと間違えてんだ……酔っぱらい」
 ホッとして、ベッドの脇を見ると、服が脱ぎ散らかされていた。美優は複雑な気持ちで、たたんでやった。
「黒羽さんの奥さんになる人って、苦労……すりゃあ、いいのよ!」
 
 美優は、乱暴にドアを閉めた。
 美優の心に、ポッと火が点いた。マユは、おもしろそうに、その火を眺めた……。
  
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真夏ダイアリー・48『光会長の秘密』

2019-10-23 07:04:16 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・48 
『光会長の秘密』       


 
 新曲『二本の桜』のリリースといっしょに乃木坂で撮ったPVも発表になった。

 アイドルグループの新曲としては珍しく、中高年の人たちが、たくさん聞いて下さった。
 動画サイトのアクセスは、初日だけで2万件を超えた。

――新曲なのに、とても懐かしい。
 そんな書き込みが多かった。
――子供たちのためにも頑張らなくちゃ……気づいたら、孫がいっしょに聞いていました。
 東北のお年寄りからの、そんな書き込みもあった。

「会長、その辺の狙いもあったんですか?」

 週間歌謡曲で初披露のときは、光会長も付いてきて(珍しいことなんだけど)司会のタムリに聞かれた。
「狙いなんか、ありませんよ。タムリさんの芸と同じく、思いつき。まあ、あんたより歳くってるから、なんか無意識に出たものはあるかもね」
「ああ、あるかも。似たようなギャグやっても、若い奴ならヒンシュクだけど、タムリがやったら笑うしかないって言われますもんね」
「ハハハ、お二人とも、存在そのものが昭和の文化遺産というか、無形文化財ってとこありますもんね」
 MCの局アナのオネエサンがヨイショした。
「そんな見え透いたヨイショしたら、ヨイショ返ししちゃうよ」
「え……」
 目が点になったオネエサンを、会長はタムリといっしょにヨイショした……物理的に。
「キャ、キャ、アハハハ、止めてくださいよ、あ、ど、どこ触ってんですかあ……!」
 セクハラというか、放送事故というか、その手前までやって、わたしたちの『二本の桜』になった。

《二本の桜》
 
 春色の空の下 ぼくたちが植えた桜 二本の桜
 ぼく達の卒業記念
 ぼく達は 涙こらえて植えたんだ その日が最後の日だったから 
 ぼく達の そして思い出が丘の学校の

 あれから 幾つの季節がめぐったことだろう
 
 どれだけ くじけそうになっただろう
 どれだけ 涙を流しただろう 
 
 ぼくがくじけそうになったとき キミが押してくれたぼくの背中
 キミが泣きだしそうになったとき ぎこちなく出したぼくの右手
 キミはつかんだ 遠慮がちに まるで寄り添う二本の桜

 それから何年たっただろう
 訪れた学校は 生徒のいない校舎は抜け殻のよう 校庭は一面の草原のよう 
 それはぼく達が積み重ねた年月のローテーション
 
 校庭の隅 二本の桜は寄り添い支え合い 友情の奇跡 愛の証(あかし)
 二本の桜は 互いにい抱き合い 一本の桜になっていた 咲いていた
 まるで ここにたどり着いたぼく達のよう 一本の桜になっていた

 空を見上げれば あの日と同じ 春色の空 ああ 春色の空 その下に精一杯広げた両手のように
 枝を広げた繋がり桜

 ああ 二本の桜 二本の桜 二本の桜 春色の空の下

 
「今年の卒業ソングのベストになりそうですね」
 ヨイショを警戒しながら、局アナのオネエサンが正直な感想を言った。
「そうなるかなあ……まあ、卒業式の歌は定番てのがあったほうがいいかなあ」
「お、大きく出ましたね。早くも定番ソング狙いですか!?」

「……こんな歌が定番になってたまるか」
 帰りのバスの中で、会長が呟いた。
「ヒットさせちゃいけないんですか?」
 潤が聞き返した。
「バカ、ヒットは当然。お前らは動画サイトで、昔の卒業式でも見てろ」
「あの、仁和さんから聞いたんですけど、光先生は東北のご出身なんですか」
「それは、たまたま。真夏は、乃木坂の古い卒業アルバムでも見てな」

 わたしは気になったんで、ネットで光会長のことを調べた。でも、福島県出身という以上のことは分からない。
 天下のHIKARIプロの会長のブログなので、書き込みや、コメントがたくさんある。わたしは、その中にヒントがあるような気がした。でもたくさん有りすぎて途方に暮れる。
 そのとき閃いた。

――そうだ、ラピスラズリのサイコロだ。

 そう思って、ラピスラズリのサイコロを振ってみた。サイコロは、1から6までしか無いはずなのに、196という数字を浮かばせていた。
「え……?」
 わたしは、196番目のコメントを見た。

――充くん、この間はありがとう。ノムサン

 わたしは閃くものがあって、福島県ノムサンで検索してみた。

「あった」

――ノムサン。野村産業。社長・野村信一……初代・野村信之介によって創始された県下有数の流通企業に……。

 わたしは、会長の野村信之介にひっかかり、検索しなおした。経歴がいっぱい出てきたけど、出身のH小学校にひっかかった。ここに、なにかある……。
 さらに、H小学校で検索。昭和45年、過疎化のために廃校とあった。
 
 さらに画像を検索してみると……それがあった。
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まどか乃木坂学院高校演劇部物語・13『コンチクショウ』

2019-10-23 06:57:46 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・13   

『コンチクショウ』 


 あやうく握手会サイン会になりそうになったところで三人の審査員の先生が入ってきた。

――ただ今より、講評と審査結果の発表を行います。みなさん、お席にお着きください。


 みんな慌ただしく席に戻った。
「審査員、表情が固い……」
 峰岸先輩がつぶやいた。
 三人の審査員の先生が、交代で講評していく。さすがに審査員、言葉も優しく、内容も必ず長所と短所が同じくらいに述べられる。配慮が行き届いていると感じた。単細胞の夏鈴はともかく柚木先生まで、「ほー、ほー」と感心している。
 ただ、峰岸先輩だけが、乃木高の講評をやった高橋という専門家審査員の先生が「……と感じたしだいです」と締めくくったとき、再びつぶやいた。
「講評が……」
「なんですか?」
 思わず聞き返した。
「シ、これから審査発表だ」

 舞台美術賞、創作脚本賞から始まったが、乃木坂は入っていない。そして個人演技賞の発表。
「個人演技賞、乃木坂学院高校『イカス 嵐のかなたより』で、神崎真由役を演った仲まどかさん」
――え、わたし?
 みんなの拍手に押されて、わたしは舞台に上がった。
「おめでとう、よくがんばったね。大したアンダースタディーでした」
 と、高橋先生。
「どうも、ありがとうございます」
 カチコチのわたし。
 そして優秀賞、つまり二等賞の発表。最優秀を確信していたわたし達はリラックスしていた。
「優秀賞、乃木坂学院高校演劇部『イカス 嵐のかなたより』」
 一瞬、会場の空気がズッコケた。乃木坂のメンバーが集まった一角は……凍り付いた。少し間があって、ポーカーフェイスで峰岸先輩が賞状をもらいにいった。峰岸先輩が席に戻ってもざわめきは続いた。
「最優秀賞……」
 そのざわめきを静めるように、高橋先生が静かに、しかし凛とした声で言った。

「フェリペ学院高校演劇部『なよたけ』」

 一瞬間があって、フェリペの子たちの歓声があがった。フェリペの部長が、うれし涙に顔をクシャクシャにして賞状をもらった。
 高橋先生は、皆を静めるような仕草の後、静かに語りはじめた。
「今回の審査は、少し紛糾しました。みなさんご承知のとおり、高校演劇には審査基準がありません。この地区もそうです。勢い、審査は審査員の趣味や傾向に左右されます。われわれ三名は極力それを排するために、暫定的に審査基準を持ちました。①ドラマとして成立しているか。ドラマとは人間の行動や考えが人に影響を与え葛藤……イザコザですね。それを起こし人間が変化している物語を指します。②そして、それが観客の共感を得られたか。つまり感動させることができたか。③そのために的確な表現努力がなされたか。つまり、道具や照明、音響が作品にふさわしいかどうか。以上三点を十点満点で計算し、同点のものを話し合いました。ここまでよろしいですね」
 他の審査員の先生がうなづいた。
「結果的に、乃木坂とフェリペが同点になり、そこで話し合いになりました……」
 高橋先生は、ここでペットボトルのお茶を飲み……お茶が、横っちょに入って激しく咳き込んだ。
「ゲホ、ゲホ、ゲホ……!」
 マイクがモロにそれを拾って鳴り響いた。女の審査員の先生が背中をさすった。それが、なんかカイガイシく、緊張した会場は笑いにつつまれた。夏鈴なんか大爆笑。どうやら、苦しんでいる高橋先生とモロ目が合っちゃったみたい。
「失礼しました。えーと……どこまで話したっけ?」
 前列にいたK高校のポニーテールが答えた(この子、二章で出てきた子)
「同点になったとこです」
「で、話し合いになったんです」
 カチュ-シャが付け足した。
「ありがとう。で、論点はドラマ性です。乃木坂は迫力はありましたが、台詞が一人称で、役が絡んでこない。わたしの喉は……ゲホン。からんでしまいましたが」
 また、会場に笑いが満ちた。
「まどかさんはじめ、みなさん熱演でしたが……」

 という具合に、なごやかに審査発表の本編は終わった……。
 でも、わが城中地区の審査には別冊がある。生徒の実行委員が独自に投票して決める賞がね。
 その名も「地区賞」 これ、仮名で書いた方が感じ出るのよね。だって「チクショウ」
 その名のとおり、チクショウで、中央発表会(本選)には出られない。名誉だけの賞で、金、銀、銅に分かれてんの。
 で、一等賞が金地区賞。通称「コンチクショウ」と笑っちゃう。そう、このコンチクショウを、わが乃木坂学院は頂いたわけなのよ!
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宇宙戦艦三笠・39[宇宙戦艦グリンハーヘン・1]

2019-10-23 06:47:12 | 小説6
宇宙戦艦三笠・39
[グリンハーヘン・1] 



 


 虚無宇宙域ダルの正面はガラ空き。

 ……の、つもりだった。

 ワープし終わってもしばらくは分からなかった。50万キロという、宇宙単位で目と鼻の先になって分かった。
「正面50万キロに大型宇宙戦艦。ロックオンされている!」
 念のためCICに入っていたクルーが、出ようとした時に砲術長の美奈穂が叫んだ。
「取り舵一杯。右舷シールド展開。砲雷戦ヨーイ!」
 美奈穂と樟葉が、操艦と砲雷戦の用意をし終えようとしたころに、着弾があった。

 

 ドッガーーーーン!!

「右舷装甲版、第四層まで破壊される。右舷舷側砲、全て損傷!」
「次の砲撃には耐えられないわ」
「そのまま旋回、左舷を向けろ!」
 敵は、三笠が大破したことで、一瞬の油断があった。旋回も舵の惰性だと思っていた。
「光子砲雷撃、テー!!」
「照準ができていない!」
「構わない、主砲、舷側砲、光子魚雷全て発射! 直後に前進強速!」

 三笠の砲雷撃は、それでも半分が敵艦に命中したが、全て敵のシールドに阻まれた。機関もダメージを受けていて、10万キロ進んだところでダウンした。

――降伏を勧告する――

 いきなりモニターに敵の艦長の姿が現れた。見かけは中一程度の女の子だったが、同時に送られてきた情報は、彼女がグリンヘルド、シュトルハーヘンのタスクフォースの司令官であることを示していた。

――20年待った甲斐があったわ。わたしの狙い通り、ダル宇宙域に隠れていたんだ。わたしはタスクフォース司令のミネア。その船は破壊するけど、あなたたちは助けます。ここまでやってきた努力はあなたたちの優秀さを示しています。地球支配の役に立ってもらいます。一分だけ待ちます。降伏か、戦死かを選びなさい――
 トシが、メモをよこしてきた。
:ワープ、敵艦に体当たり:
 三笠の残存エネルギーは、さっきのワープと、今の攻撃を受け止めることに使われて完全にエンプティーのはずである。しかし、修一は、クローンのトシに賭けてみる気になった。ワープは通常機関を使わない。なにか目論見があっての事だろう。この三笠のクルーは、誰も地球支配のお先棒を担いでまで生き延びようとは思わない。その確信はあった。
「……分かった、降伏しよう。三笠の救命カプセルでは、そこまでたどりつけない。近くまで牽引してくれないか、ミネア司令」
――了解、賢明な選択ね。まず残っている主砲と舷側砲をロックして――
「するまでもなく、あらかた破壊されてしまったけどね」
――余計なことは言わない。言われた通りにしなさい――
「了解。美奈穂、オールウェポンロック」
 美奈穂が、悔しそうな顔で、全装備をロックした。

 三笠は牽引ビームが来ると同時にワープした。修一とトシとの阿吽の呼吸である。

 牽引ビームとワープエネルギーの相乗効果で、三笠は、船そのものが巨大な弾丸になり、敵巨大戦艦の艦首にめり込んだ。
 半分消えかかった意識で、敵の艦首の銘板が読めた。

 グリンハーヘン……芸のない艦名だと思った。
コメント
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