大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

ポナの季節・2《それぞれの制服》

2020-08-13 06:30:07 | 小説6

・2
《それぞれの制服》
         


 女子高生の制服は「女」であることを隠すようにできている。

 それは伝統的な乃木坂学院のセーラー服でも、一見斬新な世田谷女学院でもいっしょだ。女であることを感じさせる部分がゆったりとできている。だから多少サイズの違うみなみが、姉の優里の制服も着られる。

 姉の制服を持って訪れたみなみの部屋は点けっぱなしのパソコンからお気に入りの作業音楽が流れている。

「乃木坂はね、このリボンの結び目のとこの『N』のイニシャルがいいんだよねえ♡」
 制服を広げたみなみは、惚れ惚れするように、そう言った。
「でもさ、そのイニシャルとったら普通のセーラー服じゃん」
 ポナは、とんがりコーンを齧りながら、親友の気楽さで遠慮がない。
「それがね、スカートのここんとこにね……」
 みなみは、そう言ってスカートの前のヒダを広げた。
「ん……?」
「ここよ、ここ。真ん中から三つ目のヒダにね、エンジの刺繍でNogizakaって入ってんだよ。ほら、そこはかとなくカッコいいでしょ」
「ええ……ああ、これ。優里姉ちゃんがずっと着てたけど、気が付かなかった」
「ポナ、そういうとこ鈍感だからね」
「あ、それはちがうよ。優里姉ちゃんは、あたしよりファッション感覚いいしさ。サイズも四年おいたらピッタリの体型だからね、いつもおさがり。で、じっくり観察なんかしたことないもん。でも、でもさ、高校の制服ぐらいは違うの着たいから、世田谷に行ったんだぞ。あら、みんな食べちゃった」
「世田谷女学院て、どーよ?」
 みなみは気前よく新しいとんがりコーンを開けながら聞いてきた。
「う~ん。中身は変わらないと思うよ。ほら、これがうちの学校……あ、新しいのが来てる」
 スマホの写真を呼び出してスクロールすると、友だちの奈菜から送られた写真が追加されている。
「あ、いいじゃん!


 世田谷女学院は冬服は丈の短い上着にギンガムチェックのスカート。上着の要所要所にもギンガムチェック。夏服は白のブラウスに同様のギンガムチェック。中間服だけが上から下までギンガムチェックのワンピで、襟や袖口のホワイトが効いている。ポナは、この中間服が一番のオキニだ。

「でも、アップにすると、乃木坂の子と変わんないね」
「そりゃそうよ。偏差値も同じくらいだし、まだ入学して一か月もたたないからね、中身は未だに中坊だよ」
「ねえ、この子イケてんじゃん。完璧なオールディーズって感じ。笑顔もいいな!」

 パソコンの作業音楽が軽快なオールディーズになった。

 すると、ポナも気づかなかったけど、その子、支倉奈菜には珍しい笑顔。完璧なオールディーズな感じで、悔しいけど自分よりイケてると初めて感じた。
 ポナは、パッと見の雰囲気じゃなくて、相手の性格とか人柄で距離が決まってくる。
 支倉奈菜は数少ないポナの友だちだけど、写メから受けるような明るさはない。どちらかというと控えめな大人しい子で、ボーっとしていることが多く、配られたプリントを後ろにまわすのを忘れたり、先生の説明をきちんと聞いていないことがある。ポナは席が近いことで、放っておけなくなって、あれこれ面倒を見ているうちに友達になってしまった感じ。そんな奈菜が笑顔で写っているのがとても嬉しかった。

 で、今日学校へ来てみると、その支倉奈菜が来ていなかった……。

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ぜっさん・08『あーーーーーーハズかったあ!!』

2020-08-13 06:15:40 | 小説3

・08
『あーーーーーハズかったあ!!』  


 

 

 わたしたちの府立日本橋高校は日本橋にある。

 最寄りの駅は、地下鉄日本橋駅。あたりまえっちゃあたりまえ。
 西のアキバと言われる日本橋……意外なことに、あまり行かない。

 なぜって……日本橋の繁華街は日本橋にはないから。

「でも暑いねえ……」
「ごめんね、この道しか分からへんから」
 地図を見ている瑠美奈が申し訳なさそうに言う。
 わたしと瑠美奈は学校から堺筋に出て南に歩いている。もう500メートルは歩いているんだけど、日本橋の賑わいはツーブロックほど向こうのようだ。

「あ……」

 瑠美奈が立ち止まった。
「どうかした?」
「あ、いや…………その……」
 なんだかモゾモゾしている。
「ん……?」
「ちょ、ちょっとね」
……おトイレいきたいとか?
「ちゃ、ちゃうよ! いこか」
 瑠美奈は不機嫌そうに、サカサカと歩き出した……で、不幸なできごとがおこった。

 うっわーーーーーーー!!!!

 少し前を歩いていた瑠美奈のスカートが派手にまくれ上がってしまった。
 地下鉄だかビルだかの排気口が歩道の上にあって、瑠美奈は、まともにその上を通過中だったのだ。形の良い太ももの付け根のとこまで見えて、パステルピンクの下着が食い込んでいる。
「瑠美奈!」
 わたしは、瑠美奈の手を取って脇道に駆け込んだ。

「あーーーーーーハズかったあ!!」

 脇道の脇道に入ったところで立ち止まった。二人ともどっと汗が溢れる。
「あ……道わからんようになった」
 二つ角を曲がったように思っていたんだけど、元の表通りには戻れない。どうも慌てふためいていたようだ。
「えと、ええと……?」
 地図と景色を見比べるけど、初めての通りなので見当がつかない。
 居並ぶ店の看板を見て手がかりを探す。

「あ、敷島さんと加藤さん!」

 びっくりして振り返ると、可愛いメイドさんがプラカードを持って立っていた……。
 


主な登場人物

 敷島絶子    日本橋高校二年生 あだ名はぜっさん
 加藤瑠美奈   日本橋高校二年生 演劇部次期部長
 牧野卓司    広島水瀬高校二年生
 藤吉大樹    クラスの男子 大樹ではなく藤吉(とうきち)と呼ばれる
 妻鹿先生    絶子たちの担任

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かの世界この世界:39『トール元帥』

2020-08-13 06:07:24 | 小説5

かの世界この世界:39     

『トール元帥』  

 

 

 広いのか狭いのか、高いのか低いのか、真っ暗なので見当が付かない。

 踏みしめる足の裏の感触が硬質なのと、外よりもヒンヤリした空気なので石造り……でも、足の裏に床の凹凸や石材の継ぎ目は感じない。石材だとしたら、相当にカッチリ作られた建造物だろう。

 タングリスが運転手みたく先頭になっている電車ごっこの縄は微かに発光していて、前に居るケイトの緊張した輪郭が仄かにうかがえる。その前に居るはずのブリの姿は気配でしかない。

 数十秒……いや、数分も歩いただろうか、前方の景色がウッスラと浮かび上がる。

 太い二本の柱が立っている。

 タンクローリーのタンクの部分を垂直に立てたほどの太さがあって、エンタシスになっていて、下の方がわずかに細い。

 なにかの結界だろうか……柱の上部に二本桁を渡せば神社の鳥居のようになる。神社の鳥居も聖と俗を隔てる結界ではある。

「姫騎士ブリュンヒルデ様をお連れいたしました」

 立ち止まったかと思うと、タングリスがハキハキと告げる。

 

 ビックリした!

 

 二本の柱がズズズと交差しながら動いてこっちを向く。向いたこっち側は土台が張りだしていて、蹴倒されそうになる。

 ひっくり返らずに済んだのは、タングリスとブリが平然と立っていたからだ。ケイトは小さく悲鳴を上げて私の胸に倒れ込んできた。

 瞬時の混乱のあと、二本の柱が巨大なブーツだと知れた。

 ブーツだけが立っているわけではなく、その上には胴体が付いていて、胴体の上には白髭の首が乗っかっている。

 白髭が振動して声が降ってきた。

「逃げてこられたか、ブリュンヒルデ姫」

「失礼な奴だな。超重戦車ラーテを寄越したのはトール元帥ではないか」

 小さな体をそっくり返らせるだけではなく、ツインテールを逆立てて物申すブリは、いささか滑稽だ。

 滑稽ではあるが、二日間の付き合いでブリが大真面目であることが分かる。ケイトも、そんなブリを畏敬のまなざしで見ている。これで、わたしの後ろに隠れるようでなければいいんだけども。

「わたしは必要なことをしたまでのこと。わたしの行為と姫の意識は別のものでありましょう」

「元帥、元帥がぶっきらぼうであることは百も承知だが、百年ぶりに会ったのだ、少しは懐かしがってもいいのではないか」

「懐かしがるのは、姫が結果を出された時です。まず、姫のお気持ちのほどをお聞かせ下され」

「両方だ。来る日も来る日もシリンダーと草むらばかりの無辺にも飽き飽きしたし、ヴァルハラに行って父と対決したい気持ちもある」

「相変わらず、両論併記の姫君。このトールの前でならともかく、皇帝陛下を前になされては皇族にあるまじき二股者とそしられまするぞ」

「ウソは言えぬ。ブリュンヒルデは、あるがままの自分で父上にまみえる。それで再びご勘気を被り無辺の地に送り返されようと構わぬ。無為に過ごすよりも百万倍もましだ!」

「はてさて……いたしかたありますまい。タングリスをお付けいたします。ヴァルハラへは姫と、そこな旅人とで向かわれませ」

「爺は付いてこぬのか?」

「わたしが、この地を離れては姫が脱獄したことが知られてしまいます。姫は、あくまでも刑期二百年の囚人であるのですぞ」

「分かった」

「ならば、これよりは平の勇者ブリとしてお生きなされ。ブリ以下の『ュンヒルデ』はお預かりする」

 ブンと音がすると、ブリのツインテールから光るものが飛び出して元帥の拳に握られてしまった。

「待て! 我が名は……」

「名を申されよ」

「我が名は、ブリ……」

「それでは、タングリスと、そこな旅人とともにヴァルハラを目指されよ。頼んだぞタングリス」

「ハ、命に代えても!」

「よし――旅人テル。そなたには話がある――」

「は?」

 わたしの心に語り掛けてきたようで、三人はわたしを残して先に進んでいった。

「連れのケイト、本来の姿は男であるな」

「それは……」

「話さずともよい。ヴァルハラに着けば明らかになろうが、それは、そなたが思うていることとは違う。正しいと思われることは疑うてみよ」

 抽象的な言い回しだったが、私自身が忘れかけていることを、瞬間思い出させてくれた。

「それと、そなたの剣を抜いてみせよ」

「はい」

 ソードを抜いてトール元帥に示した。

「ペギーのショップで購った汎用品だな……祝福を与えよう」

 上空で一閃するものがあった。元帥が手をかざしたようだ。

 

 シュラン……!

 

 剣が光を帯びた。

「トールソードにグレードアップしてやったぞ。ステータスも少し上げておいてやる。せめてものはなむけだ。姫を頼んだぞ」

 礼を口にする前に元帥の気配が消えてしまった……。

 

☆ ステータス

 HP:500 MP:500 属性:剣士=テル 弓兵=ケイト

 持ち物:ポーション・15 マップ:2 金の針:5 所持金:5000ギル

 装備:剣士の装備レベル5(トールソード) 弓兵の装備レベル5(トールボウ)

 

☆ 主な登場人物

  テル(寺井光子)   二年生 今度の世界では小早川照姫

 ケイト(小山内健人) 今度の世界の小早川照姫の幼なじみ 異世界のペギーにケイトに変えられる

 ブリ         ブリュンヒルデ 無辺街道でいっしょになった主神オーディンの娘

 タングリス      トール元帥の副官 タングニョーストと共にラーテの搭乗員 ブリの世話係

 二宮冴子  二年生  不幸な事故で光子に殺される 回避しようとすれば光子の命が無い

  中臣美空  三年生  セミロングで『かの世部』部長

  志村時美  三年生  ポニテの『かの世部』副部長 

 

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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・82「とんでもない事態になってきた!」

2020-08-12 07:23:33 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)82

『とんでもない事態になってきた!』   



 

 運命とか神さまとかは信じない。

 お母さんとは意見の合わないことが多いけど、この点については一致している。

 世の中というのは因果応報、なにか事件が起こったり行動を起こすと、その事件なり行動が変数となって作用しあって事態を変化させる。

 わたしが新しい同居人で悩む羽目になったのは、そういう因果応報の果てのことなんだ。
 
 困ったことに、同居人は、いささかの運命論者。

「運命だと思ったんだけどなあ……」
 結論を聞いたミッキーは、ちょっとしょげている。
「ま、新しい執行部に持ち掛ければいいんだから、気落ちしなくていいわよ」
 いささかのシンパシー有り気な顔で答えておく。

 実は、ミッキーが生徒会活動に参加したいと言い出したのだ。

 ミッキーには悪いけど、これ以上わたしのテリトリーに入ってきてほしくない。

 脳天気なお母さんのお蔭で同居することのなったことだけでも十分すぎるほどトンデモナイことで、ミッキーの運命論を補強してしまっているのにね。

 自分で言うのもなんだけど、ミッキーはわたしに気がある。

 サンフランシスコの三日目、ゴールデンゲートブリッジのビュースポットでキスされそうになった。
 日の暮れで、周り中アベックばっかで十分すぎるほどの雰囲気。雰囲気十分で迫ってくることは理解できる。
 動物的衝動だけで迫って来たのではないことも分かっている。
 ミッキーが、わたしを崇拝してくれるのは嬉しいけども、崇拝されたからと言って、それに100%応えなきゃならない義務はない。
 でも、サンフランシスコからやってきた交換留学生への礼は尽くしてあげなければならない。
 ホスト校の生徒会副会長としての義務と礼節はわきまえている。

 わきまえていなければ、彼の同居が決まった段階で家出してるわよ。

 生徒会規約によって執行部の肩書と人数は決まっている。現状で定員一杯。
 執行部は選挙によって選出された者のみをもって構成する。それに、留学生が執行部に入れる規定も無ければ選挙権の有無についてもうやむやだ。
 そういうことを生徒会顧問と執行部に説いた。
「それに、あんたたちの好きな猥談できなくなるよ」
「「「え!?」」」
 これが会長以下の男子役員には効いた。
「アメリカはね、未成年へのセックスコードはメッチャ厳しいの。この棚に並んでるラノベはみんなアウトよ。体は大人でルックスは幼女のパンチラなんて即刻絞首刑! その下に隠してあるパッケージと中身が違うDVDなんか銃殺刑!」
「そ、それはネトウヨのデマみたいなもんだ!」
 会長の悲鳴は、わたしのハッタリが事実であることを物語っていた。
 そして、ミッキーの「生徒会活動に参加してみたい、いや、そうなる運命だ」という信仰的思い入れは潰えさった。
「残念ね、日本というのは慣例や規約にはやかましい国だから、わたしも応援したんだけどね……まあ、部活とかだったらノープロブレムだから、いっしょに探してあげるわよ」
「うん……頼りにしてるよ」

 よし! 難関をパスした気になっていた。

 ところが、とんでもない事態になってきた!

――ごめん、お祖母ちゃんと一週間泊まりの仕事になっちゃった。留守番よろ!――というメールが飛び込んできた!
――ちょ、お母さん、ミッキーと二人ってことなんですか!?――
――大丈夫よ、ミッキーはいい子だし、念押しにメールしたら「安心してください、神に誓ってミハルを守ります!」って返事きたから――
 で、それがお守りになるかのように奴のメールを転送してきた。

 ウウ……それって、憲法だけで日本の平和が守れますってくらい脳天気なことなんですけど!

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ポナの季節・1《クリーニングしたての制服》

2020-08-12 06:18:51 | 小説6

・1
《クリーニングしたての制服》
               


 

 ポナは愛犬ポチを連れてクリーニング屋に向かった。

「新子ちゃんのは……これこれ。でも、もう衣替えなの?」
 クリーニング屋のオバサンは、仕上がった制服をカウンターに置きながら不思議そうに聞いた。
「ううん、でも明日から中間服着てもいいから。冬服は十月まで大事にしまっとくの」
「偉いね、制服大事にして。今時の女子高生とは思えないよ」
「だって、初めての自分専用の制服なんだもん」
「そうか、いつもお下がりだったもんね」
「ヘヘ!」

 嬉しそうに笑うと新子はポチのリードを持ち直し、朝日がつくるポチの影を、ポチは新子の影を踏みながら、家に帰る。
 新子は昔通り元気に影を踏んでいくが、ポチは微妙に遅れる。
「ポチも歳かなあ……」
「ワン!」とポチが吠える。まるで「違わい!」と言っているようだ。

 ポチは、新子が生まれた年に上の兄貴が拾ってきた雑種の犬。他の兄姉と歳の離れた新子には、双子の弟のようなものだ。
 都の条例があるので、リードは付けているが、勝手に走ったり、ウロウロしたりはしない。なんせ本人は自分が犬だとは思っていない。

「Im home!」

 ジブリの『耳をすませば』の英語の字幕スーパーで覚えた英語の「ただいま!」と、声を掛ける。
 新子は、成績はイマイチだが英語は好きだ。
「お帰り、ちゃんとナフタリン入れてしまっておくのよ」
「ナフタリンじゃないよ、防虫剤!」
 そう母の言葉を直して二階の六畳へ。
 今は一人で使っているが、去年の三月までは、すぐ上の姉優里といっしょに使っていた。部屋の家具の配置が『耳をすませば』と同じだったので、ますますジブリも『耳をすませば』も好きになってしまった。

 壁には連休前に届いた中間服が掛けてある。制服には珍しい青のギンガムチェック。袖は一見半袖に見えるが白の袖口を伸ばせば長袖になる優れもの。それとクリーニングしたての冬服を並べて掛ける。
 自然とニマニマとした顔になる。

 新子には二人ずつの兄と姉がいる。一番歳の近い優里とも四つ離れている。不思議なことに四年たてば優里と同じ背格好になるので、新子の服はたいてい優里のお下がりだった。優里は服も道具も大事にする子だったので、中学の制服を着てもクリーニングをかければ新品と変わらない。
 それはそれで気にしなかったが、優里とは違う高校に進んだので、人生で初めての自分だけの制服を買ってもらった。

 自分だけのものが、こんなに嬉しいものだとは思わなかった。

 正直世田谷女学院を選んだのは、単に姉たちの高校へは行きたくないという理由の他に、制服がイケてるというのが大きな理由だった。
 男子がいないというのが、ちょっとつまらなかったが、男とは中学までで十分遊んだ……って、変に大人びた遊びじゃなくて、駆けっこ、木登り、取っ組み合いのケンカまでやってきた。そう言う意味では十分発育した体をしながら、感性は小学生なみではある。
「そろそろしまおうか」
 そう独り言を言った時、スマホが鳴った。メールではなく電話だ。
「はい、ポナ。どうした?」

 電話は、親友の高畑みなみからだ。

 みなみは、小学校からの友だちだが、高校で分かれた。みなみは女優の坂東はるかを出した名門の乃木坂学院。数々のドラマの舞台にもなったが、校風はいたって穏やか。なんの話かと思ったら、こういうことだった。

『明日から中間服なんだけどさ、業者がサイズ間違えてピッチピチ。で、お姉さん乃木坂だったじゃん。もし残してたら、しばらく貸してもらえないかな』
「よかったね、この衣替えで処分しちゃうとこだったよ。待ってな、すぐ持ってってやるから」
『あんがとさん。持つべきものはポナだ。じゃ、よろしく。とんがりコーン買ってお待ち申し上げておりまーす!』

 ちなみに、とんがりコーンは新子の大好物。それと、ポナというニックネーム。これは新子が自分で付けた。

 歳の離れた末っ子を、東京では「みそっかす」という。新子も折に触れて、そう呼ばれた。あんまりな言い方だと思って英語の辞書を引いた。

 みそっかす=a person of no accountとあった。で、その頭文字P・O・N・Aをくっつけて、そう呼んでもらって定着している。家族は時と場合と気分次第で使い分けている。

「ポチ、いくよ!」
 ポナは、またポチと一緒に駆けだした。

 みそっかすポナの物語が始まった。

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ぜっさん・07『ま、幸先のいい二学期の始まり』

2020-08-12 05:56:58 | 小説3

ぜっさん・07
『ま、幸先のいい二学期の始まり』   



 一夏閉めきっていた教室は臭う。

 何の臭いだろう……ティーンの男の子と女の子の臭い、ちょっと甘ったるい、多分ジュースとかが腐りかけている臭い、ホコリとチョークの臭い、その他もろもろ。

 まだエアコンが使える時間じゃないので、窓を全開にする。臭いに染まった空気がモワっと動き出す。

 昨日で夏休みが終わって、今日から新学期。
 遅刻したらどうしようと思っていたら、いつもより30分早く目が覚めた。で、新学期モードになっていたわたしは31分早く学校に着いてしまった。1分早くなったのは、新学期の緊張か、少しでも早く冷房の効いた電車に乗りたかったからか。

 ブーーーーーーーーーン

 携帯扇風機を回す、顔とか首とか腋の下とかあててみる。湿度95%のささやかな風はかえって気持ち悪い。
 大阪は、エスカレーターの左側を空けることを除けば東京とそんなに変わりはない。でも、このジトっとした空気は違うなあ……。
 そんなこと思いながらポカリを口に含むと……生温い。

 冷蔵庫にストックが無かったので、レンジ台下のストッカーから常温のを持ってきたのだ。

 なんだか、このジトっとした空気をそのまま液体にしたみたいで、気持ち悪い。
 いっそ蝉でも鳴いていれば、暑さもすがすがしいのに……蝉っていつのまに居なくなったんだろう……気が付いたら眠りかけている。

 よし、コーヒーでも飲みに行こう!

 気合いを入れてから食堂横の自販機に向かう。階段を下りているうちに缶コーヒーのイメージはワンダーモーニングショットに固定されてしまう。
「や、おはよー!」
 食堂の角を曲がったら、自販機にコインを投入している藤吉くんの姿が見えた。
「おはよ。ぜっさん早いなあ」
 ガコンと自販機の鳴る音にシンクロして、藤吉くんが笑顔で声を掛けてくる。
「うん、早く目が覚めちゃって」
「ハハ、いっしょやなあ」
 眠そうな藤吉くんの手には、冷え冷えのワンダーモーニングショットが握られている。大阪も人気の缶コーヒーは同じなんだ。
 で、ワンダーモーニングショットのボタンを押そうとしたら赤ランプが点いている。
 チ、藤吉くんのが最後の一缶だったんだ。
 藤吉くんに罪は無いんだけど、思わず去りゆく背中を睨んでしまう。
「エーー、午後の紅茶しか残ってないってか……」

 朝から午後の紅茶というのもオチョクラレてるみたいだ。

 よく見ると、炭酸なんかも残ってるんだけど、どうにも気がのらない。冷水機の水で我慢しようとため息つくと……。

 キャ!!

 ホッペに冷たいものが触れた。
「飲みたかったんやろ、譲るわ」
 藤吉くんが、横に立って缶コーヒーを押し付けていたのだ。
「あ、ありがと……」
 お礼を言いかけると、ヒョイと右手を挙げて背中を向けていた。

 藤吉くんなんだけど……ま、幸先のいい二学期の始まりと思っておこう。 
 

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かの世界この世界:38『ムヘンブルグ城塞都市』

2020-08-12 05:48:03 | 小説5

かの世界この世界:38     

『ムヘンブルグ城塞都市』  

 

 

 

 ムヘンブルグ城塞都市の正門はダムに似ている。

 

 頂部のムヘンブルグの文字が無ければ、下から見上げた黒四ダムに間違えたかもしれない。

 正門の下部は重厚な額縁のように段々になっていて、一番奥の下方は学校の昇降口ほどの大きさで、宅急便の車が通れるくらいしかない。

 超重戦車ラーテが近づくと、二層目、三層目、四層目、五層目と広がっていき、しまいに、一番外側の六層目ゲートまで開き、学校の講堂程のラーテは微速で入っていった。入った直後から六層のゲートが閉じていき、ラーテの最後尾が入ると同時に全てが閉じられた。

 

「わたしはラーテを格納しますので、タングニョーストが鎮守府までご案内します」

 タングリスに先導されてラーテを下り、中央通に足を踏み入れる。

 背後でゴーーッと音がしてラーテが沈んでいく。どうやら格納庫は地下になっているようだ。

「さ、続いてください」

「正体丸出しでいいの?」

 わたしたち三人は、出発した時のままだ。これがスターウォーズかなんかだったら、そこらへんを歩いている兵士のコスを剥ぎ取って搭乗員の交代とか脱走囚人の護送とかを装うところだ。

「城塞の中はトール元帥の支配が行き届いています」

「ということは、相変わらずの頑固おやじなのか……」

 ブリが肩を落とす、どうやらトール元帥は苦手なようだ。

 うる憶えなんだけど、トール元帥が北欧神話に出てくるトールならば、進撃の巨人ほどの身の丈がある。対面して喋るだけで首が痛くなりそうだし、そんな巨人の気むつかしいお説教を、説教されるのはブリなんだろうけど、傍で聞いていると、台風のさ中に実況中継をさせられている新人アナウンサーのように立っているだけで精いっぱいになるんじゃないかと心配した。

 

 あ、ブリねえさん! ブリねえ! ひさしブリねえ! ブリブリ!

 

 声が聞こえてきたと思ったら、街のあちこちから子どもたちが出てきて、たちまちのうちにブリとわたしたちを取り囲んだ。

「オー、みんな元気か!」

 元気元気! あそぼあそぼ! タングのねえちゃんも! この二人は家来? ブリケンパ! ブリオニ! 新しい家来? だったらブリボールとか!

 子どもには絶大な人気があるようだ。

「悪いな、ブリもめっちゃ嬉しいんだけど、こいつら連れて元帥に会わなきゃならないから、用事すんでからな。さ、通してくれ」

 えーーあとー!? ブリブリ! ブリー!

 ブリブリ不満を言いながらも、子どもたちは道を開ける。

 寄ってきた子どもたちには、握手したり、頭を撫でたり、ホッペに手をやったり、スキンシップを欠かさないブリ。

 ケイトは苦手なようで、できるだけ輪の外側に出ようとするが、どうも無駄な努力なようだ。ブリに対するほどではないがもみくちゃにされる。

「おまえ、子どもたちにはブリブリ言われて平気なのな」

「子どもに悪意は無いからな」

「わたしも悪意はないぞ」

「リスペクトもないしな」

「さ、ここからは本営だ。また遊んでやるから、ここまでだーー!」

 本営を示すのだろうか、道に白線が引かれたところでブリが手を上げると、子どもたちはブリブリ言いながらも離れて行った。

「ここからは、この輪の中に入って離れないようにしてください」

 タングリスは輪になった縄を出し、四人とも輪の中に収まって、まるで電車ごっこのようになって本営の中に入っていった。

 

 

☆ ステータス

 HP:300 MP:100 属性:剣士=テル 弓兵=ケイト

 持ち物:ポーション・5 マップ:1 金の針:2 所持金:1000ギル

 装備:剣士の装備レベル2 弓兵の装備レベル2

 

☆ 主な登場人物

  テル(寺井光子)   二年生 今度の世界では小早川照姫

 ケイト(小山内健人) 今度の世界の小早川照姫の幼なじみ 異世界のペギーにケイトに変えられる

 ブリ         ブリュンヒルデ 無辺街道でいっしょになった主神オーディンの娘

 二宮冴子  二年生  不幸な事故で光子に殺される 回避しようとすれば光子の命が無い

  中臣美空  三年生  セミロングで『かの世部』部長

  志村時美  三年生  ポニテの『かの世部』副部長 

 

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ぜっさん・06『美姫さんが監督に耳打ちした』

2020-08-11 06:03:26 | 小説3

ぜっさん・06
『美姫さんが監督に耳打ちした』    



 撮影で本物の火(本火というらしい)を使うのには消防署の許可が要る。 京都・水路閣 | URA 地域主義建築家連合

 だから火は、あとからCGで合成するらしい。
 じゃ、飛び降りるのも合成……なんだけど、そうでもない。

 水路閣のアーチの上で飛ぶふりをするのだ。

 アーチの上は幅3メートルほどで、中央の1メートルほどは琵琶湖から流れてくる水路になっている。両脇が歩道になっているんだけど、手すりとかは無く、いつもは危険なので通ることができない。
 正直立っているだけでお尻がムズムズする。
――ジャンプの予備動作だけでいいから!――
 10メートル下で、モニターを見ながら監督が叫ぶ。
 監督は「視聴者はテレビのフレームで絵を見ているのだから、フレームを通して見なければいけない」と言って、地上から指揮している。

 でも、それは言い訳で、このカットに限っては高所恐怖症なんだろうと思うんだけどね。

「じゃ、イッセーの! でいこうか?」
 メガちゃんが、お気楽に言う。
「で、でもセンセー、怖いですぅ~~」
「こんなもの勢いだって!」
 どうもメガちゃんは、高いところではテンションの上がる性質のようだ。
「大丈夫よ、下でクッションとかあるから」
 他のシーンで使うスタント用のクッションが置かれている。でも、そんなのは気休めにもならない。アーチの上から見たら、クッションなんて葉書の大きさにしか見えないんだもん!
「あたし、生命保険とか掛けてたかなあ……」
 瑠美奈が情けないことを言う。

「じゃ、テストいきまーす!」

 助監督さんが、水路閣が陸地に繋がったところで元気に言う。カメラさんとかのスタッフはポーカーフェイスだけど、気にかけてカメラの後ろで見てくれている望月美姫さんは眉を寄せてくちびるを噛んでいる。
「じゃ、いきまーす! 5・4・3・2……(1は言わないで、手でGOのサイン)」

 ぐわーーーーーーー!!!

 なんとかジャンプのまね事をやった。
「ジャンプはいいけど『ぐわーーーーーーー!!!』は無しで!」
「「「は、はい!」」」

 跳べたのは最初の一回だけで、そのあとは何度やってもヘッピリ腰になってアウト。7回めには監督自身が上がって来た。ただし安全なカメラのとこまでだけど。

「監督、ちょっと」
 美姫さんが監督に耳打ちした。
「ここは後日ワイヤーで撮り直し!」
 ということで、瑠美奈は生命保険の心配をせずに済み、メガちゃんはちょっちつまらなさそう。
 わたしは、感想など言えず、ただびっしょりと汗をかいた。

「加倉井さん、なんでセンセーなんて呼ばれてたの?」

 美姫さんがフレンドリーに聞いてきた。ヤバ、聞こえてたんだ!
「あ、たぶん、あたし一人ビビんなかったから……思わず尊敬しちゃったんでしょうね」
「な~る、可愛顔してやるもんだね~って感じなんだ!」
「そうよね、あたしってば、アハハハ」

 東京のころから思ってたけど、教師ってのは嘘つきだよね!


主な登場人物

 敷島絶子    日本橋高校二年生 あだ名はぜっさん
 加藤瑠美奈   日本橋高校二年生 演劇部次期部長
 牧野卓司    広島水瀬高校二年生
 藤吉大樹    クラスの男子 大樹ではなく藤吉(とうきち)と呼ばれる
 妻鹿先生    絶子たちの担任

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かの世界この世界:37『超重戦車ラーテ』

2020-08-11 05:54:23 | 小説5

かの世界この世界:37     

『超重戦車ラーテ』  

 

 

 

 それは巨大な戦車だった。

 

 重量1000トン、全長35m、全幅14m、高さ11m 小さな小学校の講堂ほどもある。それで名前は『ラーテ』で、ネズミという意味だから恐れ入る。

 諸元が分かったのは、上がったところがエンジンルームと操縦室の間で、車外と車内の各所に移動するための空間で。最大50人の戦闘部隊を収容できるしブリーフィングもやるため、壁にラーテの三面図と諸元が記してあるのだ。

「昔は、おまえたちが曳く二頭立ての戦車だったのにな」

 ブリが触れると、三面図が、古代ローマにあったような二頭立ての戦車になった。

 赤いチュニックの上に甲冑を着た金髪のマッチョが乗っている。

 勇ましくはあるんだけど、どこかマンガだ。

 マッチョの振りかぶっている得物が柄の短いハンマーなのと、戦車を曳いてているのが馬ではなくてヤギだというところだろう。

 なぜか、タングリスとタングニョーストが俯いている。

「では、ムヘンブルグに向かいますので、席におつきになってシートベルトをお締め願います」

 三面図をもとに戻しながらコクピットを示すタングリス。タングニョーストが厳ついハッチを開き、ブリはツカツカと入っていく。

 

 コクピットと言っても教室くらいの広さがあって、最前列の操縦席と副操縦席の後ろは何かの機器を挟んで左右に十席ずつのシートがある。

「多少揺れると思うが、辛抱してくれ」

 背中で言うとガチャリとシートベルトを締めるブリ。出会った時は四五歳の女の子に見えていたが、今は体格こそ小さいが、あっぱれ姫騎士の貫録だ。ツインテールは肩にやっと届くほどの長さに落ち着いている。ツインテールは状況に合わせて伸び縮みするようだ。

 

 ブィーーーーン

 

 ガスタービンが動き出すような頼もしい起動音がしてラーテは動き出した。

「前方モニターを展開します。モニターを見ていれば酔いませんから」

 タングリスが気を利かせてくれる。

 操縦席の前が、遊覧船のフロントガラスのように見晴らしが良くなった。

 

 それにしても揺れる。

 

「な、なんで、こんなに揺れるのーーーッ!」

 ケイトが目を回しながら悲鳴を上げる。

「昨日までいたのは、わたしのための牢獄だ」

「牢獄は見晴らしが効かないとな」

「そ、それにしても……」

 プータレるケイトだったが、すぐに、他のものに気を取られ、揺れどころでは無くなった。

「ちょ、シリンダーが寄って来るんだけどー!」

 単体や、結合帯になったシリンダーが、フロントガラスに雨だれのように落ちてくる。たいていは一瞬覗き込むようにしてすぐに離れていくが、しつこい奴は、ウネウネとナメクジのように這いまわっていく。

「探っているのか?」

「いいえ、親しみを感じているのです。トール元帥は、ムヘンのような辺境でも人気があります」

「餌を撒いて散らしましょう」

 タングニョーストがパネルにタッチすると、なにやらゴマ粒のようなものがラーテの八方から撃ちだされた。

 近くに漂っているのを見ると、ゴムの小袋に充填されたアイスに似ていて、吸い口がチョロリと出ている。シリンダーは割れ目の所が口になっているようで、スポっと咥えると、チューチューと吸い出した。

「ウ……なんだか便秘の治療をしているような……」

「オー、そう言えばイチジク浣腸!?」

 ケイトの即物的な想像力に、ラーテの操縦室は笑いに満ちる。

 やがて、大きな丘を越えたところで、前方にムヘンブルグ城塞都市が見えてきた。

 

☆ ステータス

 HP:300 MP:100 属性:剣士=テル 弓兵=ケイト

 持ち物:ポーション・5 マップ:1 金の針:2 所持金:1000ギル

 装備:剣士の装備レベル2 弓兵の装備レベル2

 

☆ 主な登場人物

  テル(寺井光子)   二年生 今度の世界では小早川照姫

 ケイト(小山内健人) 今度の世界の小早川照姫の幼なじみ 異世界のペギーにケイトに変えられる

 ブリ         ブリュンヒルデ 無辺街道でいっしょになった主神オーディンの娘

 二宮冴子  二年生  不幸な事故で光子に殺される 回避しようとすれば光子の命が無い

  中臣美空  三年生  セミロングで『かの世部』部長

  志村時美  三年生  ポニテの『かの世部』副部長 

 

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ライトノベルベスト[そんな気はしていたんだ]

2020-08-10 05:58:47 | ライトノベルベスト

ライトノベルベスト
[そんな気はしていたんだ]  



 そんな気はしていたんだ。

 あたしはマリコ・ナディア・重藤。苗字は普通だけど、名前が変だ。マリコとナディアと二人分ある。

 保育所で物心ついたころには、そんな気がしていた。あたしには日本人以外の血が混じっている。どうやらハーフらしいことも薄々感じていた。写真を撮ると、あたしだけ目のあたりが陰になることが多かった。他の子より顔の凹凸が激しい。でも、けして不気味とかじゃなくて、可愛いと自分でも思っていた。笑顔が得意で集合写真なんか、あたしの笑顔が一番引き立つ。
 でも、べつに男の子にもてたいとかチヤホヤしてもらいたいという気持ちからじゃない。

 ほどよくみんなに馴染むため。

 子供の世界はきびしい。ちょっとみんなから外れるとハミられる。薄ぼんやりしてると、いじめに遭う。ほどほどのところで……そう、月に一回ぐらいね。みんなから「マリコかわいいね」と言われるぐらいでいい。

 小学校に入ると、きっと「マリコはどことのハーフなの?」と聞かれる。思い切ってお父さんに聞いた。
「生んだお母さんはユーゴスラビアだ。でも、育ててくれたのは芳子お母さんだ。二度とは言わない。マリコも二度と聞くんじゃない。とくにお母さんの前ではな」
 いつものお父さんらしくなく、目を合わせず、首筋のほくろを掻きながら言った。それだけでよかった。
「どことどこのハーフ?」と聞かれても、これで答えられる。そしてユーゴスラビアなんてたいていの子が知らない。
 だから「そうなんだ」で、たいがい始末がつく。

 ところが、中学1年生の時にスカウトされてしまった。

 成長するにしたがって、自分でももてあますくらいに可愛くなってしまったのだ。

 そんな気がしていたから、外出するときはメガネをかけて、モッサリした格好で出かけるように気を付けていた。でも本屋さんで本を探しているときにメガネ外して上の棚を見ていた。この姿勢って、顔の造作が一番露わになる。そこをNOZOMIプロのスカウトにひっかかった。心は完全に日本人なので、きっぱり断ることが出来ずに三か月ほどで、アイドルの端くれになってしまった。

 学校で、妬み半分のシカトが始まった。

 そんな気はしていたんだけど、そういう状況を避けられないのが日本人らしくて、困りながらも安堵する自分がいた。お父さんと芳子お母さんに近いと思うと嬉しくなる自分もいたのだ。
 結局、スケジュール的にもきびしいので、アイドルや芸能人の子たちが通う中高一貫校に転校。ここは気が楽だった。あたしみたいなハーフの子もいるし、恋愛御法度の学校なんで、薄いつきあいで済むようになった。

「社長、お顔の色が悪いですよ」
 そう言うのが精一杯だった。
「そんなことないよ、マリコは心配性だな」
 ゴルフ焼けした顔でダクショの社長は笑顔で返してきた。でも、そんな気がしたんだ。社長の命は長くないって……。

 社長は二週間後、頭の線が切れて亡くなった。

 どうやら、あたしには人に無い能力があるらしいと気づいた。あれから三人ほど人が死ぬことが予知できた。でも人には言わない。
「あなた、とんでもない力もってるわよ」
 テレビ局の廊下で二輪明弘さんに言われた。
「人には言わないわ。ぐちゃぐちゃにされるからね。あたしの目を見て……うん、大丈夫。悪いことには使ってないわね」

 十八歳の時、密かに恋をした。

 二十二歳というちょっと遅咲きの俳優Kに。でも、そんなことはおくびにも出さなかった。ときどきドラマやバラエティーでいっしょになる。それだけでよかった。
 ある番組でKといっしょになった。それも隣同士。もう収録のことなんか半分とんでしまった。すかたんな答えをして、皮肉にも受けたりした。話題があたしに振られたときもドキドキして、スカタン。放送作家は、かなりあたしのことを詳しく調べていて「お母さんの出身はユーゴスラビアのどこそこだね」とMCに言わせ、オーディエンスがどよめいたが、あたしはKが死ぬことを予感して、それどころではなかった。
 あたしは、死因まで分かるようになっていた。Kは白血病だった。

 気が付いたら、ホテルのベッドで朝を迎えていた。成り行きはおぼえていなかったが、うろたえる自分と安心する自分がいた。
 Kは、あたしの横で裸の胸を安らかに上下させながら眠っていた。
 Kの首筋にはあたしの歯形が付いていて、あたしの口の中には、微かに血の香りがした。
 直観で、Kはこれで命が助かったことを確信した。

 そして、収録でMCが言った言葉を思い出していた。

「マリコの生みの母は、トランシルバニアの人だね」

 そんな気はしていたんだけど……。

 トランシルバニア、分からなかったらググってください。

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ぜっさん・05『南禅寺の森』

2020-08-10 05:42:08 | 小説3

・05
『南禅寺の森』     



 

 はいOK!

 監督の一声で、やっと現場の空気が弛んだ。


 それまで「もう一回!」の声しかかからず、今ので7テイクだったのだ。
「……けっこう暑かったのねぇ~」
 メガちゃんが、セーラー服の胸元をパカパカさせて呟き、それでスイッチが入ったみたく、わたしも瑠美奈のオデコにも汗が滲みだした。

 あたしたちは、テレビドラマのエキストラのバイトに来ている。

 場所は京都のあちこちで、今は南禅寺裏手の森の中に居る。
 このあたりは東山の山裾にあたり、京都のど真ん中に比べると2度ほど涼しい。水路閣というローマの水道橋みたいなのもあって、まるでヨーロッパ。言われなきゃお寺の裏手とは思えない雰囲気で、余計に涼しさを感じさせてくれる。
 でも、それは程度問題で、真夏に晩秋の設定、冬服のセーラー服は身に着けるサウナ風呂に等しい。

「メイク直しますねぇ~」

 のどかな声でメイクさんがやってくる。メイクさんは二人で、一人は扇風機を回しながら汗を押えてくれる。
――女生徒A、もちょっと年齢感上げて、つぎ、ちょいアップだから――
 助監督がメガホンで注文を出す。
「分かりました!」
 一声叫んで、メイクさんは、わたしたち三人の顔を見くらべる。
「やっぱ、加倉井さん幼顔だもんね」
「あ、はい、まだ一年生ですし」
 あやうく吹きそうになった。

 加倉井さんの正体はメガちゃん、つまり我らの担任妻鹿先生だ。

 大阪城公園でジョギングしようとしているところで、迎えの車を待っているわたしたちに出くわした。高校時代の体操服を着ていたので、期せずしてドタキャンになった加倉井さんに成りすましてエキストラのバイトに加わった。おかげでバイトを紹介してくれた先輩の顔を潰さずに済んでいる。

先生、ほんとに可愛く見えますねえ……」
「こら、今は加倉井さんでしょ」

 一睨みしてスポーツドリンクをコクコクと飲むメガちゃん。エクステだけど、お下げにした横顔は、わたしでも胸キュンになってしまう。

――女生徒三人、こっちに! 七瀬と合わせまーす!――

 助監督の声で、水路閣のアーチの下に行く。
 アーチの下にはスタッフに囲まれたディレクターチェアに座った主役、七瀬役の望月美姫が同じセーラー服を着て座っている。
「ちょっち暑いけど、がんばりましょうね」
 美姫さんが笑顔で声を掛けてくれる。メガちゃん同様に可愛らしく見えるけど、もう25歳くらいにはなっている。女優さんと言うのはすごいもんだ。単に可愛いだけじゃなくて、存在感というかオーラがハンパない。

「う~ん…………閃いた!」

 四人並んでメイクの手直しを見ていた監督が、ポンと手を叩いた。
「女生徒ABC、次は水路閣の上から飛び降りよう!」
「「「え……!?」」」
「あそこから」

 監督が指差したそこは、はるか10メートル上の水路閣のアーチの上だった!

「あ、一瞬ハデに燃え上がってからね。心頭滅却すれば火もまた涼しって言うじゃない、アハハハ……」

 南禅寺の森に監督の笑い声がこだました……。

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かの世界この世界:36『タングリスとタングニョースト』

2020-08-10 05:33:43 | 小説5

かの世界この世界:36     

『タングリスとタングニョースト』  

 

 

 

 その声はタングリス!?

 

 ブリの目が輝いた。

 ブリの声に励まされるようにして穴から飛び降りてきたのは戦闘服に身を包んだ二人の美少女だ。

「タングリス! タングニョースト!」

 100ワットの電球が点いたような明るさで立ち上がったブリに二人の美少女が駆け寄り、ハッシと抱き合った。

「やっとお出ましになる決心をなさったのですね!」

「うん、神のお導きで、この二人に出会えてな。紹介する、こっちの大きい方が剣士テル。小さい方が弓士ケイト。たった今、シリンダー連結体を駆逐して、わたしの結界で一息ついているところ」

「姫がお世話になりました。わたしたちは主神オーディーンの片腕にして無辺方面軍司令官であるトール元帥の戦車操縦手のタングリス、こちらが……」

「タングニョーストです、お見知りおきを」

 わたしたちは、エルベ川で邂逅した米軍とソ連軍のように握手し合った。

「これがエルベの誓いなら、勝利は目前ね」

「「神のご加護のあらんことを」」

 二人の美少女は単純にYESとは言わずに神のご加護を期待する慣用句に声を揃えた。前途は多難なのだろう。

 それを察知したのか、ブリは言葉を変えた。

「おまえたちが居るということは、トールが、すぐそばに来ているということだね。この上?」

「いえ、元帥はムヘンブルグの本営におられます。元帥共々出張ってしまっては、疑われてしまいます。わたしたちは、あくまで囚人脱走の報をうけて警戒に出てきたことになっております」

「長く留まっていると、疑われてしまいます。とりあえずは戦車の中へ。自分が先頭に、タングニョーストが末尾に着きます。こちらへ」

 タングリスが咽頭マイクに手を当て「下ろせ」と指示すると、結界の天井の穴からラッタルが下りてきた。

 

 ラッタルを上ると地上と思いきや、薄暗く、見渡すと、巨大な鉄臭い天井が迫って来る。

 天井を潜るまでの二秒で左右の隙間からわずかに光が漏れているのが分かったが、判然とはしなかった。

 ガシャリ

 天井と思いきや、上がってみると白く塗られた機械室のようで、閉められたのは、足もとのハッチであることが分かった。

 小学校の時に乗った連絡船のエンジンルームのようなところだ。

 いや、エンジンそのもの……巨大なV12エンジンがアイドリングに身震いしていたのだった。

 

 ブルブルブルブルブルブルブルブル……

 

☆ ステータス

 HP:300 MP:100 属性:剣士=テル 弓兵=ケイト

 持ち物:ポーション・5 マップ:1 金の針:2 所持金:1000ギル

 装備:剣士の装備レベル2 弓兵の装備レベル2

 

☆ 主な登場人物

  •   テル(寺井光子)   二年生 今度の世界では小早川照姫
  •  ケイト(小山内健人) 今度の世界の小早川照姫の幼なじみ 異世界のペギーにケイトに変えられる
  •  ブリ         ブリュンヒルデ 無辺街道でいっしょになった主神オーディンの娘
  •  二宮冴子  二年生  不幸な事故で光子に殺される 回避しようとすれば光子の命が無い
  •   中臣美空  三年生  セミロングで『かの世部』部長
  •   志村時美  三年生  ポニテの『かの世部』副部長 

 

 

 

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銀河太平記・002『修学旅行・2・羽田宇宙港』

2020-08-09 15:01:20 | 小説4

002

『修学旅行・2・羽田宇宙港』    

 

 

 展望デッキに居合わせた旅行客や見学者やらトランジットやら空港スタッフやらが、揃って四番ポートに目を向けた。

 ゴーーーーーーーーーーーーーーーー

 ついさっき火星からの修学旅行生五百人を乗せてきたパルスシャトルが飛び立った四番ポート前のカーゴロードを滑走路にして、十二機のゼロ戦を始め三百年前の日米軍用機百機余りが着陸しようとしているのだ。

 並の修学旅行なら母船の学園艦ごと着陸するんだけど、なんせ学園艦はポンコツだ。二世代前の戦艦を改造した船で、大気圏に突入させると分解しかねないというのは扶桑人の自虐的ジョークかもしれないが。母船ごと着陸させると着陸料や駐機料がバカにならないことは確かで、大気圏突入や着陸にともなう保険料が他国の船の倍以上かかるというのも確かなことだ。

「すごいな……」

 彦が短い言葉で感動する。

 日ごろクールな彦が「すごいな」などと感動を言葉にすることは無い、たいてい「へー」「ほー」「うん」で済ます優等生が、平仮名にして四文字も口にすることは珍しい。

 日ごろ、何かにつけ正直に感情や想いを口にする一(ダッシュ)は、逆に言葉も出ないし、入学以来感情が薄いと教師から言われている未来(みく)は教師の言葉通りシレっとした顔をしているが、よく見ると薄く口と瞳孔が開いて、幼なじみであるダッシュが正面から見ていたら「どうした未来!?」と詰め寄るくらいに感動している。

 児玉戦争と別名で呼ばれることが多い満州戦争終結二十五周年と今上陛下御在位二十五年を記念して行われるページェントのために集められたクラシックたちだ。

 東京を皮切りに日本各地で展示飛行などが行われる。それが、たった今到着したのだ。

「すごい、プロペラで空気かき回して飛ぶんだぜ」

「ここまで振動が伝わって来る……」

「待った甲斐があったな」

 ダッシュたち四人はページェント参加機の到着が、自分たちのパルスシャトル到着の一時間後であることを知って、羽田宇宙港の展望デッキで待っていたのだ。

「あ、えと、テルもそろそろなんじゃない?」

 未来が時計を気にする。

「そうだな……」

「ダメよ」

 右手の人差し指を振ってインタフェイスを出そうとしたダッシュを未来がたしなめる。

「そうだな、修学旅行中はアナログでいこうって決まりだぞ」

「あ、わりいわりい(^_^;)」

「下りて待ってみる?」

「あ、もうちょっと……」

「あとはVRでダイブすればいいじゃない」

「やっぱ、ライブで見るのは違うからなあ……」

「ん、あれは?」

 未来が指差した方向にはエプロンに入って来るパルストランスポーターの車列が見える。

「一部の機体は、あれに載せてキャンペーン会場に持っていくんだ」

「火星までは持ってきてくれないだろうなあ……」

「当たり前でしょ、いくらパルスでも火星は遠すぎる」

「あ……」

 彦が小さく驚いた。

 未来とダッシュが目を向けると、エプロンにタイヤを軋ませてアナログ車が侵入してくるところだ。

 トランスポーターに接触しそうになってスピンして運転席に見えた姿は……

「「「テルだ!」」」

 ダッシュ 未来 彦 テル 四人の修学旅行が始まった。

 

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大阪ガールズコレクション:7『浪速区日本橋 カセイドール・2』

2020-08-09 08:54:40 | カントリーロード

大阪ガールズコレクション:7

『メイドカフェ カセイドール 浪速区・2』 

 

 

 オーナーの苗字ね……じつは『はやし』じゃなくて『リン』と読むらしいよ。

 

 メイド仲間のステラさんが教えてくれる。

『リン』と言うことは在日華僑?

 ステラさんは華僑ということで異端視しているんじゃない。オーナーのお店にかけ情熱がハンパじゃない。

 メイド服がハイソだってこともそうなんだけど、お店の調度が凝っている。

 元々は別のオーナーがやっていたのを居ぬきで買って、あれこれと手を入れている。

 お店の内装や調度は他店のように映画のハリボテめいたものでは無くて、イギリスに出張して調達してきたビクトリア調で統一されていて、タイタニックの一等ラウンジかヒギンズ教授の書斎かって感じ。

「マイフェアレディーって?」

「あ、不思議の国のアリスって感じでもあるわ」

 そう言いなおすとステラさんは納得した。

『カセイドール』という店名もね、カセイというのはフランス語だったかで東洋とか中国を表すんだしね。正確な発音はキャセイ、香港のイチオシ航空会社がキャセイパシフィック航空ということでも偲ばれる。

 

 美味しくな~れ 美味しくな~れ 萌え萌えキュン! ラブ注入!

 

 うちのビクトリア朝には馴染まないんだけど、オーナーの指示もあってやるのです。

 あ、お料理とかテーブルに持って行ったときにやるお呪いの事ね。

 現役JKの子でも抵抗のある子が居て、シャルロットさんが根気よく指導している。

 ステラさんのアニメ声が絶品。『俺いも』のあやせとか『冴えカノ』の霞ヶ丘歌葉とか『りゅうおうのおしごと』の雛鶴あいとか『エロマンガ先生』の和泉紗霧とか山田エルフとかのモノマネでやるのも人気の秘訣。

「でも、この原作を知ってるマリアさんもすごいです!」

 あ、それもそうか(^_^;)

 照れながらやるのはOK、 顔を真っ赤にして恥ずかしそうにやるのは、オーナー曰く、わたしのように楽しんでやるのよりも胸キュンなんだそうです。

 ただ、不機嫌そうにやるのはNGです。照れると不機嫌そうになる子っているでしょ?

 メイドは愛嬌なんです。

 

 ここのところの暑さを少しでも凌ごうと、日本橋界隈のメイド喫茶メイドカフェのメイドたちが集合して打ち水をすることになった。

 総勢80人のメイドが集まって堺筋のホコ天で一斉に柄杓でもって打ち水。

 掛け声は、これに決まってる。

 涼しくな~れ 涼しくな~れ 打ち水パシャ!

 80人揃うと、可愛くも壮観!

 狙っていたんだろうけど、続いて撮影会や握手会になって宣伝効果も抜群。

 わたしも、いっぱい写真を撮ってもらったり握手をしたり。

 そんな握手の列に、この春までお世話になっていた小学校の先生二人! 

 ヤバイと思ったんだけど、けっきょく気づかれずに済みました。わたしの化けっぷりもなかなかのものなのかもね(^▽^)/

 

 そんな努力も実って、この夏は前年比50%増の売り上げになって、オーナーの初期投資を回収できただけでなく、メイドたちにも臨時ボーナスが出されたり。

 むろん、オーナーもがっちり儲けて、本場のアキバに二号店を出す計画もあるとか。

 地元の同業の方々からは『稼いどーる』の異名もいただいた。

 もう二十代いっぱい、これでいこうかなあ……思わずお腹の肉を摘まんでしまった(^_^;)

 

 

 

 

 

 

 

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ぜっさん・04『そう返事したのは……妻鹿先生』

2020-08-09 05:46:44 | 小説3

・04
『そう返事したのは……妻鹿先生』   


 

 ぜっさん。

 転校してきたその日に、こう呼ばれるようになった。
 もちろん、わたしのファーストネームからきている。
 だれが言いだしたかは覚えていない。瑠美奈だと思っていたんだけど「あたしが言う前に、もう、そうなってたで」と言うんだから、瑠美奈ではないのだろう。藤吉(とうきち)も「俺とちゃうで」と言う。
 フレンドリーな呼び方なので80%は嬉しい。
 東京では〔ゼッチ〕と呼ばれていた。〔ぜっさん〕と同様〔絶子(たえこ)〕の〔絶〕の音読みからきているけど、中学でゼッチと呼ばれるのには一か月ほどかかった。しばらくは〔敷島さん〕だった。距離の詰め方が東京と大阪ではずいぶん違う。

 しかし頭にアクセントがくるモッチャリした〔ぜっさん〕の発音には、なかなか慣れなかった。

ぜっさん〕は、なんだかおブスな響きがある。

 瑠美奈は、東京と同じ〔るみな〕でアクセントも同じ、小気味よくって可愛い。むろん実物ミテクレも可愛い。もし原宿とか渋谷を一人で歩いていたら、絶対ナンパされる。でも声を掛けて、その返事が「なんでおまんねんやろ?」と吉本みたく返されたら引いてしまうだろうなと思う。美少女の皮を被った吉本は、東京じゃトレンドじゃないよ、やっぱ。

 担任の妻鹿先生は〔メガちゃん〕と呼ばれている。教師になって5年目なんだけど、いまだに女子高生みたいなところがある。服装なんかはおとなし目なんだけど、どこかオチャッピーなところがあって、心も体もテニスボールのようによく弾む。
 藤吉大樹を〔とうきち〕と呼んだのも妻鹿先生が最初らしい。妻鹿先生は名前を覚えるのが苦手で、学年の最初は個人写真を貼りつけたカードを単語帳みたくして覚えている。
 で、名列表から名前を書き写すときに、なぜか姓名を〔大樹藤吉〕と逆に写してしまい〔おおきとうきち〕と覚えてしまった次第。

 その妻鹿先生が『メガちゃん』の出で立ちで、あたしと瑠美奈の前に立っている。場所はJRの森ノ宮駅前なのだ。

「それは困ったわねー」

 事情を説明した後のメガちゃんの言葉が、これ。
「やあ、あんたらなにしてんのん?」
 先生は大阪城公園を走る気まんまんの服装、ハーパンの上は出身校である真田山学院高校の半袖体操服だった。まさにメガちゃん。

 わたしと瑠美奈は、広島旅行などでお金を使ったので、その分を回収しようとバイトのお迎えバスを待っていたのだ。
 このバイトは、三人で請け負っている。あたしと瑠美奈と加倉井さんという他校の生徒。で、ついさっき加倉井さんから――39度の熱でいかれへん――という電話がかかってきたところ。
「えーーーー!」と瑠美奈が叫んだところで電話は切れてしまった。
 このバイトは瑠美奈の先輩の顔で回してもらっている。「一人来れませ~ん」では済まない。

 困ったわねーーとメガちゃんが腕を組んだところでクラクションが鳴った。

「加藤さんと敷島さんと加倉井さんやね!? 信号変わらんうちに乗ってしもて!」
 ワンボックスの助手席からオニイサンが叫んでいる。赤信号のわずかな間に、わたしたちを見つけたようだ。
「い、いま行きます!」
 そう返事したのは……メガちゃ、妻鹿先生。

 先生は加倉井さんの身代わりになって、わたし達を救おうと決心したのだ!


  主な登場人物

 敷島絶子    日本橋高校二年生 あだ名はぜっさん
 加藤瑠美奈   日本橋高校二年生 演劇部次期部長
 牧野卓司    広島水瀬高校二年生
 藤吉大樹    クラスの男子 大樹ではなく藤吉(とうきち)と呼ばれる
 妻鹿先生    絶子たちの担任 メガちゃん

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