大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

ホリーウォー・12[新しい相棒は大阪の中小企業製!]

2021-07-22 06:04:41 | カントリーロード
リーォー・12
[新しい相棒は大阪の中小企業製!] 




 
「あたし貴美、キミちゃんて呼んでくれるぅ。今日からバディーやさかいによろしくね」

 これだけの言葉を言ううちに『赤い靴の女の子』は、みるみるブロンズ姿から普通の女の子の姿になっていった。今まで女の子の像があったところには、ちゃんとブロンズ像がもどっている。
 
 いや、元々あったのか、ヒナタには見当がつかない。
 
「……あなた、子どものガイノイド?」
「失礼な、あたしは10歳から100歳ぐらいまでの姿に擬態できるけど、デフォルトは17歳。ちょっと変えてみるわね」
 
 そう言うと、キミは、身長が伸びて髪の毛と顔の造作変わった。
 
「なるほど、昔の高橋みなみって感じになってきたね。スペック送ってよ」
「まあ、そこの氷川丸がみえるとこらへんで、ゆっくりと」
「ゆっくりって、アナログで話しするの?」
「デジタルの方がハッキングされる可能性が高いよってに」

 二人は、氷川丸に近い海辺の手すりに寄り掛かった。なるほど、周りには同じような友達同士やカップルがチラホラ見える。

「ヒナタちゃんらが、こんな目に遭うたんは、はっきり言うて東京ゲルの責任や。東京一極集中の弊害。で、これからのヒナタの活躍のためにも、今度のバディー(相棒)は大阪から出さならあかんて、大阪の中小企業のオッチャンらががんばって、うちを作ってん」
「キミちゃんて中小企業製なの?」
「なんやのん、その目ぇは(*’へ’*)。中小企業バカにしたらあかんよ。前世期に初めての民間人工衛星『マイド一号』造ったんは大阪の中小企業やで」
「ごめんごめん(^_^;)、そういう意味じゃないの。軍需用のアンドロイドとかガイノイドは技研とかの開発が多いじゃない。だから意外だったの。わたしのパーツだって一部は千住の職人さんが作ったのが入ってるから」
「あたしは、上から下まで、まじりっけなしの民需品。大阪の意地もあるねんけどね、これで名前上げたら、大阪の値打ち上がると期待してんねん。なんせ、前世期の大阪都構想から、大阪は傾きっぱなしでしょ。リニアも最初は名古屋までやったし、ここで一発いう気持ち大きいねん。むろんあの東京ゲルのテロで犠牲になった人らはかわいそうや。大阪でもそない思うてる。そやけど、これは大阪のチャンス……そう100%の善意からやない。せやけど、こういう『一発かましたろか』いう気持ちが道を開くこともあると思てるねん」
「うん、それは分かるけど」
「まあ、あたしと組んでやること見てて。期待に添えると思う……ところで、たこ焼きともんじゃ焼きやけど」

 いきなり話題が変わった。
 
 ヒナタはめんくらったが、すぐに上空36000キロに漢の偵察衛星が来ているのを感知した。今の偵察衛星は、地上の人間の唇の動きから、会話の内容を掴むぐらいは朝飯前である。キミはいち早く察知して、会話を暗号モードに変えたのである。

「たまには、中華もいいわね」

 暗号は、ごく自然に中華料理に変わり、二人は横浜の中華街に向かった。
 
「この白菜は、福島の仙台ゲル産やね」
 
 キミは、中華丼を食べながら、食材の産地を言い当てた。実際は仙台のどこかまでもわかっているが、そこまでは言わない。盗聴の恐れがあるところでは、スペックが分かってしまうようなことはしゃべらない。
 
「すごい、キミちゃんて、すごい食材オタクなんだ!」
「食べもんは、やっぱ大阪ですよって(^▽^)/」
 
 と、アヒル口になる。キミの身の丈に合ったかわいさである。
 
「あたしの7号サイズには、バルマを除いては、ヒナタ以上のアビリティー。大阪のオッチャンらが、どこまで小型軽量化できるか考えた末の産物。期待してね」

 それから車に乗って首都高を走った。

 トンネルを入った時は、ニッサンだったが出てきたときはホンダに変わって、二人の姿も男に変身していた。
 
 大崎ミッションが開始されたのだ。
 
 
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銀河太平記・056『孫大人』

2021-07-21 10:14:28 | 小説4

・056

『孫大人』 児玉元帥   

 

 

 連合国人は自国の事をUSと呼ぶ。

 United States(連合国)のイニシャルだからなのだが、地球のアメリカ合衆国USAをフランクに言うとUSであるので、アメリカと呼んでいることと変わりない。

 USとは「我々」という意味でもある。

 実に親しみやすい名称でありながら、色濃く元宗主国のアメリカ的精神を残している。

 

 そのアメリカ的なものが、ラスベガスのクルーザーには満載だ。

 全長900メートルの船体には三つもシアターがあって、日替わりのショーを見せてくれる。

 さすがに、アクターやダンサーの大半はロボットだが、1/3ほどは人間で、連合国で一流のアクターやダンサーになるためには、このクルーザーで成功することが条件になっていると言われるほどだ。

 ちなみに、船の名前は『ドナルド・トランプ』だ。

 

 やっぱり、シアターって言うと、このくらいの規模ね

 

 言わずもがなの独り言をこぼしてテーブルに着く。

 このシアターは第二デッキの端っこで、規模的には三つのシアターの中で一番小さい。

 小さいが、カジノに直結していて、お楽しみにはちょうどいい。

 テーブルごとにレプリケーターが付いていて、好みのメニューが選べる。

 唐揚げとげその塩焼きに生ビールを並べてお目当てのショーを待つ。

「演舞集団『北大街』ってなんだろ?」

 コスモスがディスプレーを繰る。

「え、オフBじゃないの?」

 ドナルド・トランプのショーはオフB(オフブロードウェイ)が、一括請け負っているはずだ。

「特別企画だって、マス漢系? まさかね」

「北大街……」

 懐かしい名前だ、満州戦争が起こるまでは奉天一の歓楽街で息抜きによく訪れた。

 カルチェタラン……ふざけた名前だったが、面白い店だった。

 もちろん、カルチェラタンのもじりなんだろうが、ラタンをタランとしているところが良かった。

 カルチェ(文化)に足らん、あるいはカルチェたらん(文化でありたい)という意味でもあり、カルチェのタランチュラ(毒蜘蛛)にもひっかけている。

 オーナーはグランマ。食えない人だった。

 戦争勃発の直前まで店を開いて、最終便で日本に戻ろうとしたが、開戦と同時に漢明のアンチパルスミサイルで撃墜された。

 まあ、北大街には、大きな店やらライブハウスがひしめいていた。その生き残りが居ても不思議ではない。

 がらにも無く昔を思っていると、ウェイトレスが横に立った。

「五番テーブルのお客様からでございます」

 差し出されたカクテルはレプリケーターのものではなかった。

 五番テーブルに首を向けると、酒や肴が載ってはいるが人の姿が無い。

「フフ、美人姉妹だからかな」

「だったら大したものね、その人も、わたしたちも」

 視界を戻すと、もうウェイトレスの姿は無くて、ヒゲもじゃのオッサンがグラスを手に立っている

「シマイルカンパニーの設立をお祝いしたいのですが、よろしいでしょうか?」

 こいつは……0.5秒の間があって思い出した。

 

 ……孫大人。

 

※ この章の主な登場人物

  • 大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
  • 穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
  • 緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
  • 平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
  • 姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
  • 扶桑 道隆             扶桑幕府将軍
  • 本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓
  • 胡蝶                小姓頭
  • 児玉元帥
  • 森ノ宮親王
  • ヨイチ               児玉元帥の副官
  • マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス バルス ミナホ ポチ)
  • アルルカン             太陽系一の賞金首

 ※ 事項

  • 扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
  • カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
  • グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
  • 扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信

 

 

 

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ライトノベルベスト『リアクション・1』

2021-07-21 06:39:24 | ライトノベルベスト

 

イトノベルベスト

『リアクション・1』  



 新田原基地をスクランブル発進したF-15Jは、不思議なものを見た。

 原田一尉は、スクランブルの指令を受けたときから妙な感じがした。豊後水道南南東500マイル上空を三機の大型機が、時速190ノット(350キロ)という鈍足で北上中。日本側の問いかけにも答えず粛々と北上しているらしい。

 防空識別圏にかかるのには40分ほどある。基地で時間調整をしたうえで、防空識別圏の40マイルのところで出くわすようにした。

「こんなコースと速度のアンノウンは初めてだな……」

 中国にしろ、ロシアにしろ、こんな真南からの進入はしない。まして速度が通常の半分ほどしかない。こいつは、いったい……?
 
「01、アンノウン発見、アンノウンは……B29、三機……うそだろ?」

 ティベッツ大佐は驚いた。敵の迎撃機は二機であることはレーダーで分かっていたが、速度があり得なかった。520ノット以上である。こんな戦闘機はあり得ない。レーダー士のジェイコブ・ビーザーに何度も確認したがレーダーの故障ではなかった。

「くそ、こんな時にジャップの新型機か……」

 そして、50マイルのところで敵機から英語で通信が入った。

――君達は日本の防空識別圏に接近している。ただちに国籍、飛行目的、目的地を知らせよ――

「オチョクッてんのか、こいつら」

 無線通信士のリチャード・H・ネルソンが呟いた。三十秒置いて、同じ通信が敵機から発せられたが無視した。

 

 当然である。ティベッツ大佐たちは、これから日本に秘密爆弾を落とそうとしているのだ。

――ターゲットは識別圏を超えた、引き続き警告を実施――

 DCの指示に従い二度目の警告をしたところ、なんとターゲットは、いきなり射撃をしてきた。

「01よりDCへ、ターゲットは我を射撃しつつあり。射程圏外に退避する。02我に続け」

 驚いたことに敵は大型のジェット戦闘機だ。5月に降伏したドイツが、ごく少数のジェット戦闘機を持っていたと聞いたが、こんな高性能機ではない。最初の射撃で敵は離れていったが、再び接近すると、すぐ近くを射撃していった。大佐は、機体を限界高度まで上げるように命じた。

「ヘヘ、この距離で外すかあ。敵も慣れていないようですよ」

 胴下機銃手のロバート・H・シューマードが嬉しそうに言った。

「違う、今のは警告射撃だ。あいつら全部事前に通告してからやりやがる!」

 ティベッツ大佐の機体は、特殊爆弾の搭載のために、後部と胴下以外の機銃は下ろしてある。本気で撃ってこられたら、ひとたまりもない。

 原田一尉は、二射目のあと、ターゲットの真横を飛んで驚いた。機体にはEnola Gay と書かれていた。

「エノラ・ゲイか……!?」

――DCより01へ、米軍に紹介したところ、当該の米軍機は存在しない。引き続き警告射実施。領空まで、20マイル――

「警告射実施、ターゲットに変化なし。02と挟撃で警告射を実施、よろしいか?」

――DCより01へ、許可する――

 敵の戦闘機は、ティベッツ大佐の機の鼻先を挟撃してきた。

「機長、今度来たら、やつら当ててきますよ!」

「ルイス、高度は!?」
「8200です」
「あいつら機速が落ちん。限界高度に上がっても無駄なようだな……」

 ティベッツ大佐は、任務を断念し、機体をテニアンに向けた。

 直後、エノラ・ゲイの姿が、他の二機のB29といっしょに消えてしまった。

 同時刻、アラスカ在住のM・キディスンは、ネットオークションで競り落としたエノラ・ゲイのパーツという触れ込みだった古いリベットを誤って暖炉に落とし、慌てて火かき棒でたぐり寄せようとしたが、ジュラルミンのリベットは十秒あまりで燃え尽きてしまった。

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ホリーウォー・11[スグルの不調と臨時の相棒]

2021-07-21 06:22:03 | カントリーロード
リーォー・11
[スグルの不調と臨時の相棒] 




 
「お、無事だったか!?」

 ヒナタへの第一声が、これだった。

 どうもスグルは自分の置かれている状況が分かっていない様子だ。

「スグル、究極受信やって、大変だったんだよ!」
「オレ、究極受信やったのか!?」
「そうよ、東京ゲルがシンラの奇襲を受けて、もうダメってときに究極受信やって、スグルのパーソナリティーは完全に消滅したんだから」
「……じゃ、なんで、オレは自意識があるんだ?」
「日本中のゲルまわって、スグルのデータ集めて、スグルのパーソナリティーを復元したのよ」
「え……確かに記憶の一部が抜けてるけど、オレはオレ、吉岡優(すぐる)だ……が」
 
 スグルは、ストレッチャーから飛び起きると、すごい勢いでヒナタを捕まえて、パンツを脱がせようとした。

「なに、すんのよ!?」

「本物のヒナタなら、尻に傷跡があるはずだ」
「傷は胸元。それも新しいボディーになったから、傷跡そのものがないわよ!」
 
 ヒナタは、着くずれを直すと、スグルを睨みつけた。
 
「スグル、あたしの中に埋め込まれてるバルマが認識できる?」
「ああ、胸の中央に格納されている500CCの究極爆薬……起爆すれば、地球の1/30が吹き飛んでしまう最終兵器だ……ヒナタはかわいそうだよな。爆弾でありながらガイノイド(女性型アンドロイド)、それも一級品だ。その一級品が究極受信してスクラップ同然のオレのメモリーを日本中から集めてくるんだもんな……」
 
 スグルがガラにもなく涙ぐんでいる。以前はこんな優しさはなかった。どうも、完全な復調ではないようだ。
 
「スグル、ニュートラルでラボの中を一周してこい」
 
 教授がストップウオッチを取り出した。
 
「え、そんなロールアウトしたてのアンドロイドみたいなテスト?」
「ロールアウト以下なんだよ。プロトタイプの初期テスト並のテストだ」
「分かりましたよ。ニュートラルですね」
「そうだ、人間的なスピードだ」
「了解!」
 
 ビューーーーーーーン

 スグルは、ドアを開けて研究室の外に出ると、あっと言う間に気配が消え、普通8分かかるところを15秒後に戻って来た。

「スグルよ、こりゃ新幹線並みだ、もう少しメンテナンスしなくちゃならんようだな……」
 
 教授はため息をついた。
 
 それが合図であったかのように幕僚会議直結のモニターに、ヒナタが大嫌いな大崎司令のでかい顔が写った。
 
「スグルの状態は良く分かった。当面の任務には耐えられそうにないな。教授は引き続きメンテナンスに努めてくれ。ヒナタは新任務だ」
「ええ、ガードも無しでですか!?」
「優秀なのを付ける。ガードの情報を送るぞ」
 
 瞬時に、ヒナタの臨時ガードの情報が送られてきた……。
 
 
 ボオオオオオオオオ 
 
 ボオオオオオオオオ
 
 互いに汽笛を鳴らしながら船がすれ違う。
 
 港内なので、二隻とも5ノット程度の速度で、ゆっくりと確実に。
 
 まるで、自信たっぷりの巨人たちが慣れた相手に余裕の挨拶を交わしているよう……なにごとも、こんな風にいけばいいのに……。
 
 
 その日の昼下がり、横浜ゲルの山下公園、『赤い靴の女の子』銅像前でヒナタは新しいガードを待ち受けていた。もう予定の30秒前である。

 普通新しいガードが現れる前には、相互認識のために暗号信号のやりとりがある。ヒナタは日本の最高機密兵器でもあるので、ヒナタの方から最初の信号を送るわけにはいかない。
 
 来た……と思ったら、どうやら違う?
 
「よう、彼女。ヒマしてるんだったら、ボクとお茶しない?」
 
 まさか、こいつがガードかとスキャンしてみたが、ただのバカな少年だった。ヒナタは9号サイズの可愛い外見をしているので、このバカのようなやつから好奇な目で見られることはあったが、スグルたちガードが付いていた。つけいる隙はなかった。
 
 それが、今は人間のハイティーンと変わらない外見で突っ立っているので、こういうバカが寄ってくる。
 
 ウギャーーー!
 
 ヒナタの肩に手をまわしたところで、バカが吹っ飛んだ。
 
 気づくと、今まで背中の位置にあった『赤い靴の女の子』のブロンズがドヤ顔で立っていた……。
 
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鳴かぬなら 信長転生記 19『野にあるごとく・5』

2021-07-20 09:40:40 | ノベル2

ら 信長転生記

19『野にあるごとく・5』   

 

 

 優れた戦国武将には独特の嗅覚がある。

 

 柴田勝家と云えばわが織田家の一番番頭だが、元々は弟信之の家老であった。

 信之を謀殺した時に、大方の家来どもが呆然自失する中、あっさり鞍替えをしてきた。

 裏切りではあるのだろうが、憎めん。嗅覚は一級品だ。

 

 越前攻めの折、浅井の裏切りに逢って一目散に逃げ帰った。供をしたのは僅かな者たちだった。

 琵琶湖の西を必死で逃げたのだが朽木元綱が立ちふさがって行く手を阻んだ。

 いち早く、俺の逃走を感知した朽木は敵ながら天晴れだった。朽木の嗅覚は一級品だ。

 しかし、それ以上に天晴れだったのは松永久秀だ。

 奴は、俺を朽木に売ることもできたが、単身朽木の許を訪れて朽木を説得した。

 久秀の感覚は特級と言っていい。

 

 男ではないが、我が妹の市も秀逸だ。

 亭主の浅井長政が、父久政に押し切られ、俺を裏切ると知って、小豆袋を送ってよこしてきた。

 袋の両端が括られていて「兄上は袋のネズミ」を意味していた。

 並の女なら、俺に密書を書くか、長政を説得しにかかるだろう。むろん説得できるわけもなく、泣いて諦めるか、自分で喉を突いて死ぬしかしかない。密書は論外、必ず発見される。

 それを、なんの躊躇もなく小豆袋に託したのは、市の嗅覚だ。市の嗅覚も特級品だ。

 

 なに? 身内の事しか言っておらんと?

 当たり前ではないか、転生したとはいえ、敵共の美点を褒めるのは癪だ。癪なことはせん。

 

 公園まで差し掛かると、いつかと同様に市が居た。

 

 ジャングルジムの天辺でボンヤリと西の空を見ている。

 うかつには声を掛けられない。

 こないだのように、天辺から跳びかかってこられてはかなわんからな。

 しかし……こうやっていても、市は美しい。

 さすがは、我が妹ではある。

 

 そうか、これも野にあるごとくだ!

 

 公園全体が花器だ。ジャングルジムは剣山であろう。

 周囲の遊具や植栽は添え花であるか。

 広い公園の中、ジャングルジムの天辺でぽつねんとしておっても、市には華がある! 存在感がある!

 刹那の間、いくつものカメラアングルが頭をよぎる。

 これだ!

 一呼吸置かぬ間に、公園の東南東の茂みに身を隠してファインダーを覗く。

 今だ!

 パシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャ

 ん? ちょっとシャッター音、多すぎないか? 

 

 アハハハハハハ……

 

 歯磨きのCMのようにきれいな歯をのぞかせて利休が笑う。

 あくる日の部活で、みんなの写真をいっせいに披露したのだ。

 屋上からの写真と、市の写真が共通だった。

 俺以外の三人も、公園の方からただならぬ気配を感じて、それぞれ別の方角から市を撮っていたのだ。

「まったく、油断も隙も無いぞ。人の妹をなんだと思っている」

 

 謙信は東の方角から逆光に浮きたつ一の後姿を撮っている。

 市の容貌、特にその顔の美しさは天下無双だ。

 その顔を、あえて捨てて、ほとんどシルエットになった後姿に妹の孤独で孤高な一途さを見出している。

「信長の妹とは知らなかったけど、この子の後姿は、若いころのわたしに通じるものがあるわ」

「であるか」

 

 信玄は東北の方角から、引き気味の高いアングルで撮っていた。

「この娘は、自然に自分の居所に身を置いておる。数ある遊具やベンチではなく、公園の中央にあるジャングルジムの天辺こそが、自分の場所だと心得ておるんだ。自分の華を知って、的確に身を置いておる。甲斐の国から望む富士の美しさにも通じて、実に美しい」

 

 古田は西の方角から撮っていた。

「やはり、この娘の美しさは正面です!」

「正面はいいが、なぜ、パンツが写っている?」

「パンツが見えているのは隙です。完全な美しさに見える隙! これは数寄に通じる! いや、数寄そのものの美しさです!」

「そうなのか?」

 さすがに「であるか」とは言えない。

「はい、茜に染まる公園、ジャングルジムの天辺に後ろ手突いて空を仰ぐ美少女! 緩く開いた股間に覗く純白のパンツ! 青春の潔癖さを求める美しさが出ています! そう、純白! 縞やイチゴでは現れない一途さが、この写真の肝なんです!」

 なんか、腹が立つぞ。

「はい、よく頑張りました。でも、古田さんは別にして、あなたたち三人は茶華道部だけでは収まらないでしょ?」

「ああ、利休さえよければ、籍は置いてもいいが、他の部活も見てみたいな」

「わたしも、信玄に倣うわ」

「信長さんは?」

「籍はおかん」

「そう、フリーハンドで、もっと見てみようというわけね」

「よいか?」

「はい、自由になさって(o^―^o)」

 

 三人は、ウムと頷いたが、古田(こだ)だけが瞬間ムッとしたような……まあいい、俺は俺だ。

 

☆ 主な登場人物

  •  織田 信長       本能寺の変で討ち取られて転生
  •  熱田敦子(熱田大神)  信長担当の尾張の神さま
  •  織田 市        信長の妹(兄を嫌っているので従姉妹の設定になる)
  •  平手 美姫       信長のクラス担任
  •  武田 信玄       同級生
  •  上杉 謙信       同級生
  •  古田(こだ)      茶華道部の眼鏡っこ
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ライトノベルベスト・〔永遠のゼロ メルの場合〕

2021-07-20 06:29:02 | ライトノベルベスト

 

イトノベルベスト

『永遠のゼロ メルの場合』  

 




「ブス! 速よ走らんかい!」

 この言葉が最初だった。

 一年生で入学して、最初の体育の授業で鈴木が言った。

 言っとくけど、あたし一人が遅れていたわけではない。グランド5周のため、体力を温存してラストスパートで前に出ようと、集団の中ほどにいたのだ。

 そして、あたしは毒島(ぶすじま)メルだ。でも、鈴木が言った「ブス」は、女性の容貌に対する言われなき差別語だ。

「……先生。今あたしのことブスって言いました?」

 あたしは走るのを止めて、鈴木に聞きに行った。

 この時の鈴木の言い訳は、さらにあたしを怒りにかき立て、あたしを永遠のゼロに向かわせた……。

 あたしは、このことが有って以来、鈴木の体育の授業は受けないことにした。

 体操服にも着替えないで、グランドの隅で突っ立っている。

「ええかげんにせんと、ブス、体育零点になるぞ!」

「いいんです。あたし、先生の暴言、絶対許さないから。先生の授業は絶対受けない」

「勝手にせえ!」

 で、一学期の体育は、0点がついた。学校もみんなも、意地の張り合いぐらいにしか思っていなかった。

 でも、夏休みに指定された補習には一切出なかった。

 代わりに、講師の松代先生に、補習が終わってから、補習と同じ内容のことをやって記録をとってもらった。

「毒島、おまえな、体育言うたら必履修科目やで。履らなら卒業でけへんぞ」

 鈴木は、担任といっしょになって説得にかかった。このころになると、鈴木は、さすがに「ブス」とは言わなくなったが、鈴木の「毒島」の「ぶす」には「ブス」の響きが残っていた。

 当然許せない。

 こうして、二学期も三学期も体育は0点のままだった。

 だが、学年の席次は1番だった。

 あたしは、親の職場を見ても、高校の成績なんか、さほどに影響しないことを知っている。だから、好きなことをのんびりやろうと、ワンランク下げ、この西高にきたんだ。ちょっときつかったけど、体育以外の授業でトップの成績を取ることは、さほど難しくはなかった。

 二年に上がる時、学校は万一のことを考えて、あたしを鈴木の体育から外した。先生は講師の松代先生だ。一年の追認を含めて松代先生がやってくれたので、あたしの体育は回復した。

 松代先生は、その年に教員採用試験に合格して、翌春には東高に正規の教員として転勤していった。

 喉元過ぎれば熱さを忘れるのは学校の常で、三年の体育は再び鈴木になった。

 あたしは、また体育をボイコットすることにした。

 ただ、あたしもバカじゃないので、新しく来た他クラス担当の中村先生に、同じ体育の内容を放課後に受け、記録を残しておいた。

 あいかわらず、体育は0点が付けられた。でも、学年席次は一番だ。

 ……学校は、あたしを甘く見ていた。

 二学期に特別推薦枠で、早々に地域の中堅のN大学に入学を決めていた。体育は必履修なので、履らなければ卒業ができない。毒島メルも、いずれ折れて鈴木の授業を受けるだろうとタカをくくっていた。

 でも、あたしは、三学期の終わりになっても鈴木の体育は受けなかった。

 卒業判定会議は紛糾した。

 学年でトップ、皆勤で進路も決定しているあたしを落とすことはできない。校長が、職権で斡旋に乗り出した。中村先生に録ってもらっていた記録を元に体育の成績を認定しようというのだ。教職員は、民間校長の柔軟な配慮に、初めて喝采を送った。

「というわけで、毒島さん。あなたは目出度く卒業だ!」

 校長は満面の笑みであたしに卒業証書を渡そうとした(あたしは卒業延期で、遅れて校長室での卒業になった)

「その前に、体育の成績原票を開示してください」

 校長は、一瞬眉をひそめたが、本人への個人情報の開示は、請求されればやらなければならない。

 出された成績原票の担当教師の欄には鈴木の名前が書かれ捺印されていた。

「鈴木さんには認定されたくありません。拒否します」

 かくして、あたしは主席の成績と進路決定したまま原級留置になった。前代未聞である。

「いつまでも古いことを。毒島、もう勘弁してくれよ」

 鈴木は泣きを入れてきた。

「あたしのことをブスと言ったことは解決していません。古いことじゃないんです。現在進行形の問題なんですよ。鈴木さん」

 結局あたしは三年で原級留置になった。鈴木の体育の授業に対しては永遠のゼロを決めている。

 新聞が、このことを大きく報道し、ネットも賑わった。ラジオのローカル報道を皮切りに、3月の終わりには全国放送のテレビでも取り上げられた。

 鈴木は、地域で一番の困難校であるR高校に島流しになった。大学は、あたしがハーフでフランスの国籍ももっていたので、外国籍枠で秋の入学ということにしてくれた。

 鈴木は、一定の容姿をした女性を、とりあえず「ブス」と呼ぶ性癖があることは分かっていた。彼の青春時代の体験が影響していることも分かった。

 でも、あたしからは言わない。

 自分から気づかなきゃ、まただれかが永遠のゼロをやるだろう。

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ホリーウォー・10[スグルの復活と大崎司令]

2021-07-20 06:05:13 | カントリーロード
リーォー・10
[スグルの復活と大崎司令] 



 
「可能性は半々だな……」

 ヒナタが三週間かけて集めたスグルのデータを見て東北ゲルの教授は顎をさすった。
 
 スグルのボディーは、ハード面では完全に修復されていた。アタックやメモリーに関するスペックは、以前よりも強化されている。

 ただ、東京ゲルから脱出するときに、ヒナタの人格や情報を究極受信したので、スグル自体のそれは完全に喪失している。本来なら壊れたサイボーグやアンドロイドの部品どりに使われるはずだったが、ヒナタのたっての希望で日本中からスグルに関する他人のメモリーを集め、それでスグルの人格を再生しようという試みなのだ。

 スグルの悔しさ、怒り、瞬発力と優しさ、ユーモアと着眼点の良さ、孤独感……そしてスグル自身が自覚していなかった、まだ人間の子供だったころの揺れる気持ち。そういう記憶と記録が頼りだった。

「ダウンロードに時間がかかる。その間に見ておいてもらいたいものがある」
 
 そう言うと教授はヒナタを別のラボに連れて行った。
 
 上半身だけの焼けただれたアンドロイドの残骸があった。胸部に何本もケーブルが繋がれているところを見ると、胸部に電脳を内蔵し、それがまだ生きている証拠だろう。
 
「生きているんですね」
 
「かろうじてね。こいつは東京ゲルを襲ったリーダーだよ」
 
「あ、あのAKPのユーリーに擬態していた」
 
「優秀なアンドロイドでね、破壊される直前に究極受信したのを見抜いている。ただ、ヒナタのボディーが破壊される瞬間の手ごたえだけなんで、裏付けのデータがない。シンラの連中も半信半疑というところだろう」
 
「つまり、シンラは組織としては、わたしの破壊に確信が持てていないということですね」
 
「それに、もう一つ。破壊される寸前に送信しているんで、暗号化されていない。13か所を経由しているが、発信先が特定できた」
 
「どこの胡同(フートン)ですか」
 
「胡同じゃないㄊ|ㄢ ㄊㄢˊだ」
 
「え、天壇ですか!?」
 
「正確には、その地下だ。漢民主共和国の実質的な中枢のようだ」

 その時、義体の残骸が電波を発したのが分かった。

「間違いないね、今の会話から情報が漏れていると判断して、天壇に送信したんだ。ここは三重の電波障壁がしてあるから、電波が届くことはないがね」
 
 ブシュッ!
 
 すると義体の残骸は、自分の電脳に強い電流を流し自らを破壊してしまった。アンドロイドの自殺である。
 
「これ以上の情報を取られるのを恐れて自殺したんですね……」
 
「本来なら、無くなった下半身に埋め込まれた爆薬で自爆するところだったんだろうが、下半身は東京ゲルの戦闘で失っているからね」

 ほとんどスクラップになりながらも生き延びたのは、このアンドロイドの使命感だ。シリアルさえ焼き切った義体の残骸を、ヒナタは電気溶解し、野球のボールほどの大きさにし、葬ってやることにした。
 
「場所は、ここがいいだろう」
 
「はい……」
 
 教授が連れて行ってくれたラボの裏山には、すでに小さな墓標がいくつも並んでいた。
 
「考えることは同じようだな」
 
「ありがとうございます。アンドロイドを人として扱ってくださったんですね」
 
「いや、こうやって目につくようにしておけば、いくら日本にアンドロイドテロを仕掛けても無駄だという警告にもなるからね」
 
 教授の目線が逃げたので、照れ隠しの言い訳と、ヒナタは暖かく受け止めた。教授の通信端末に連絡が入った。
 
「ダウンロードが終わったようだ。ラボに戻ろう」

「インストールが終わるまで、成功は確信できません」

 真面目な助手が事務的に言った。
 
 もう少し言いようがあるだろうとヒナタは思った。
 
 アンドロイドが人間の心配りに文句を持つなんて可笑しなことだ。表情に出たのだろう、教授がニヤニヤしている。教授は成功を確信したようだ。
 
「インストールが終わったら大崎司令から、新しい任務について連絡があるらしい。覚悟しとけよ」

 ヒナタは久々に嫌いな大崎を思い出してしまった……。
 
 
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やくもあやかし物語・89『小出先生が教えてくれる』

2021-07-19 09:27:17 | ライトノベルセレクト

やく物語・89

『小出先生が教えてくれる』    

 

 

 図書当番でカウンターに座っている。

 

 図書当番の主な仕事は、本の貸し出しと返却の受付。

 本を借りる生徒は、あんまりいない。

 中学生は本を読まない。まあ、マンガとラノベくらいだよ。

 ところが、図書室にはマンガもラノベもほとんどない。

 その数少ないマンガの中で一番目立つのが『マンガ日本の歴史』とか『マンガ世界の歴史』だったりする。他に、その発展系の『火の鳥』『ブッダ』とか、せいぜい『コナン』とかね。

 ラノベは『りゅうおうのおしごと』とかはあるんだけど『エロマンガ先生』とかは無い。

 つまり、ただでも本を読まない中学生の中でも、なんとか人気のあるマンガやラノベは置いてない。

 まあ、教育的配慮というやつ。

 民間企業だったら、とっくに潰れてる。

 

 あ、別に批判してるわけじゃないよ。

 

 図書室があるのは、わたしみたいな子にはありがたい。

 図書当番でも、カウンターに座ってさえいれば、自分の事をやっていても構わない。

 勉強とか調べもの……なんて、めったにやらなくて、ボーっとしてることが多いんだけどね。

 ボーっとしながら、更紙に落書き。

「ありわらのなりひら、って、読むのよ」

 キャ

「ハハ、脅かしちゃった?」

「アハハ」

「なんか、唸ってるから、読み方が分からないのかと思って(^_^;)」

 ビックリさせたのは、図書の小出先生。

 更紙に『在原業平』をいっぱい書いていたので、小出先生が読んじゃったんだ。

「え、あ、あ、もう一回言ってもらっていいですか!?」

「う、うん。ありわらのなりひら」

「そうか、ざいはらぎょうへいだとばかり思ってました(;'∀')!」

「アハハ、でも渋いわね、在原業平なんて」

「え、ちょっと(^_^;)。で、なんなんですか『ありわらのなりひら』って?」

「平安時代のイケメン貴族」

「人の名前だったんだ!」

「なんだと思ってたの?」

「四文字熟語!」

 

 わたしは、チカコが残した『在原業平』をずっと悩んでいたんだ。

 ザイハラギョウヘイと打ってもザイゲンゴウヘイと打ってもスマホは答えを出してくれなかったし。

 国語辞典をひいても分からないし、チカコは、あれっきり現れてこないし。

「それで、なんで在原業平なの?」

「え、ああ……」

 本当の事は言えない。

 俊徳丸もチカコも普通の人には分からないもんね。

「お爺ちゃんのナゾナゾなんです」

「ほう、お爺ちゃんと、そういう会話ができるんだ。いいことね」

「アハハ、それで『東窓』っていうのもあるんです」

「在原業平で……東窓……ちょっと待っててね」

 小出先生は司書室に戻って閉架図書からブットイ本を出して調べてくれた。

「……ああ、なるほどね」

「分かったんですか!」

「うん、ちょっと面白いわよ(^▽^)」

 先生はブットイ本の中の在原業平に関することをかいつまんで説明してくれました。

 ちょっと、いや、かなり面白いので、次回にまとめてお伝えしたいと思います(^_^;)!

 

☆ 主な登場人物

  • やくも       一丁目に越してきて三丁目の学校に通う中学二年生
  • お母さん      やくもとは血の繋がりは無い 陽子
  • お爺ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介
  • お婆ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い
  • 教頭先生
  • 小出先生      図書部の先生
  • 杉野君        図書委員仲間 やくものことが好き
  • 小桜さん       図書委員仲間
  • あやかしたち    交換手さん メイドお化け ペコリお化け えりかちゃん 四毛猫 愛さん(愛の銅像) 染井さん(校門脇の桜) お守り石 光ファイバーのお化け 土の道のお化け 満開梅 春一番お化け 二丁目断層 親子(チカコ) 俊徳丸

 

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ライトノベルベスト〔72年ぶりの魚雷発射〕

2021-07-19 06:01:58 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト

『72年ぶりの魚雷発射』  




 やっと見つけた……

 ケント・カーク艇長の感動は、静かな呟きのようだった。

 親子三代にわたる捜索が実った感動は、意外に静かなものだった。カーク艇長の祖父ジミー・カークは、第二次大戦も終末期の1945年の7月、この東シナ海で、日本の潜水艦を撃沈した……はずだった。

 はず……というのは、爆雷が爆発したあと、潜水艦の圧壊音も聞こえなければ、撃沈を証明する油も浮遊物も上がってこなかったからである。

 祖父のジミーはサブマリンキラーと呼ばれ、Uボートと日本の潜水艦を52隻も撃沈していた。

 しかし52隻目の日本の潜水艦は、公式には認められなかった。理由は前述したとおり、撃沈を証明するものが何もなかったからである。その一か月後、戦争は終わり、ジミーの正式記録は51隻とされ、撃沈数第二位に甘んじなければならなかった。

 ジミー・カークは納得しなかった。

 戦後日本から接収した資料で、その潜水艦がイ号1004であることは確認できた。そして、このイ号1004は日本に帰投することもなく、日本側の記録では撃沈されたことになっていた。

 しかしアメリカは実証主義で、撃沈を証明するものがなければ撃沈のスコアとしては記録しない。ジミーは海軍を退役したあとも、私財を投入してイ号1004潜を探した。10年を掛けたが、家の財産を使い尽くしそうになり諦めざるを得なかった。息子のヘンドリックは、サルベージ会社を立ち上げ、カリブ海などで、沈没船を引き上げ財を成した。

「頼む、どうかイ号1004を見つけてくれ……」

 そう言い残して、ジミーは65歳という若さで、この世を去った。

 父の遺志をついだヘンドリックは、仕事の合間を見ては、半世紀の間、東シナ海にイ号1004を探した。最後の5年は特注の潜水艇レッドブルを作って徹底的に探した。しかし発見することはできず、二か月前に世を去った。

 そして、あとを継いだケント・カークは葬儀と会社の引継ぎが一段落した2014年8月から捜索を開始した。

 そして見つけたのである。

 感動というよりは安堵したというのが本音だった。

 そして、イ号1004の周囲を回ってみて、別の感動が湧いてきた。

 イ号1004は沈没してはいなかった……艦底を海底から僅かに浮かして、海流に流されていたのである。

 爆雷の衝撃で、艦尾の損傷がひどく、おそらく艦内の半分近くは浸水している。しかし乗組員は必死に努力したのだろう。完全な沈没にはいたらず、72年間も東シナ海の海底を浮遊していたのである。ケントは、その乗組員たちの健闘に感動した。

 レッドブルは、イ号1004の周囲を回りながら、マジックハンドで、あちこちを触ってみた。艦尾の外郭の一部を証拠として剥ぎ取った。そして、後日本格的にサルベージするために、GPSの付いたブイを付けておいた。

 しかし、運悪く台風の接近で、ブイは切れてしまい、イ号1004の行方は再び分からなくなってしまった。

 記録は映像で残してあったし、証拠になる外郭もあったので、祖父の記録は認められようとしたが、海軍の規定により着底していない限り、撃沈とは認められなかった。

「あのとき、沈めておけば良かったですね」

 レッドブルのメカニックたちは言ったが、ケントは、あれで良かったと思っている。日本海軍の乗組員たちが最後までダメージコントロールをやって、着底に至らなかったのである。そちらの方こそ賞賛されるべきであるとし、海が落ち着き次第、海上自衛隊も参加し、大掛かりな捜索をすることになった。

 そのころ、C国の空母遼東は、東シナ海諸国に圧力をかけるため、駆逐艦を引き連れて、演習を行っていた。

 その駆逐艦が落とした演習用の模擬爆雷が、偶然、海底を漂っていたイ号1004にぶつかった。1004の艦内は無酸素状態になっており、乗組員たちは、生きていたときそのままの姿で部所についていた。模擬爆雷が接触した衝撃で、前部魚雷室の乗組員の体が動いた。

 不幸なことに、彼の指は魚雷発射ボタンを押してしまった……遼東との距離5000メートル。

「艦首左前方より、雷足音!」

 ソナー係が悲鳴のように叫んだが、国際標準のガスタービンではなく蒸気タービンしか積んでいなかったので「前進全速! 面舵いっぱい!」艦長の的確な指示も虚しかった。6本の魚雷のうち、4本が命中。遼東は30分で沈んでしまった。

 そして、イ号1004はいまだに行方が分からない……。

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ホリーウォー・9[スグルのメモリーを集める・7]

2021-07-19 05:44:48 | カントリーロード

リーォー・9
[スグルのメモリーを集める・7] 

 



 女の子がうなだれて、先生の前に座っている。

 手入れしていないショートボブはクシャクシャになり、着ているものも、シャツの打ち合わせが左前なのに気づかなければ華奢な男の子にしか見えなかった。
 従順そうに座っているが、自分の意志でそうしているのか、先生に圧倒されてそうしているのかよく分からない。

「もうしません……見つかってしまったら、管理も監視も厳重になるし、わたしには、もうできないし、他にできることを考えます」

「……そうね、先生が力になれることがあったら話してね。できることは力になるから。じゃ、今日は炊事当番ね、自分の役目だけはきちんと、こなしてね」

「はい……それだけですか?」

「形だけの指導しても、亜紀ちゃんの心に届かなきゃ意味ないもの。分かるようになったら、そのときにね」

「……行っていいですか」

「はい、あたしから言うことは、それだけだから」

 パーテーションで仕切られてはいるが、狭い職員室なので亜紀と田隅先生の話は筒抜けだった。

「お待たせしましたね、吉岡君のことですね?」

 粗末なソファーに座りながら田隅先生はタブレットを操作して終わったばかりの指導記録をつけていた。一見失礼に見えるが、ヒナタには、この愛育園の忙しさと、何事にも手を抜かない田隅先生の好ましい印象に写った。

「吉岡君、重症なんですか?」

 タブレットを操作し終えた田隅先生は、真剣にスグルのことを心配する目をしている。

「重度の記憶障害です。で、吉岡三佐の記録をもとに、成育歴や記録を収集し、そのメモリーショックで覚醒させようとお邪魔しました」

 さすがに、スグルがほとんど義体化し、自分を救うために究極受信をして、記憶や機能を喪失したとは言えなかった。

「吉岡君は、今の亜紀ちゃんに似ていましたね……」

 田隅先生は、眼鏡を外すと両目の間を揉んだ。見かけと馬力は三十代でも通用しそうだったが、こういうふとした動作に、この道三十年の疲れが見えた。

「あの子は、個人ファイルを消去しようとしたんですね」

「ええ、本部のCPに元ファイルは入っているんで、ここのを消去しても復元はできるんですけどね。やはり指導は指導ですから」

「亜紀ちゃんも、こないだの東京ゲルの襲撃で孤児に?」

「いえ、あの子は福岡ゲルのテロ事件で」

「あの時の犠牲者の子供だったんですか」

「ええ、もう半年になりますけど、まだ心を開いてくれません。だから、まだ、この愛育園にも馴染まなくって……まあ、福岡事件の犠牲者はあの子の親だけでしたから、ショックも孤独感も強いんでしょう……ここに来る子は、概ね二つのタイプに分かれます。いつまでも過去の記憶にしがみつく子と、亜紀ちゃんや、かつての吉岡君のように過去と決別しようとする子に。どちらも過去に縛られているという点では同じです。まあ、結果がネガと出るかポジと出るかの違いですね。それと他者に心を開かないという点でも共通です。精神の弱い子はネガに、強い子は亜紀ちゃんのようにポジに出る傾向があります」

「心の強さが、ここでは逆効果なんですね」

「さすが特科の方ですね、並の神経の子なら、いつまでも心を閉ざしてはいられないものです。一か月もすれば、たいてい馴染んでしまいます。まあ、それだけのスキルと自信はあります」

「それぐらいでなければ、戦災孤児の世話なんかできないでしょう」

「ご理解いただいて嬉しいです。ただ政府は、そういう我々のスキルや精神力に頼りすぎで、もう少し予算と人員を考えてもらいたいんですけどね……ハハ、あなたのような実戦部隊の方に申し上げても仕方のないことなんですけど……そうそう吉岡君のことですね」

「はい、あの人はプライベートなことは言わない人でしたので、成育歴に関しては、ここだけが頼りなんです」

「あの子の時代は、情報を本部に集中していませんでしたからね。気づいたころには、消去した上にダミーの記録まで上書きしていましたから、発見が後手になってしまいました」

「その記録を見せていただけますか」

「ダミーですから、役にはたちませんよ」

「ダミーの作り方から、個性や精神状態が推測できる場合があります。お願いします」

「分かりました……これです」

 田隅先生は、タブレットを操作して、スグルのダミーの記録を見せてくれた。

 なんの変哲もない、三人家族のプロフだったが、ヒナタはネガに読み取った。

「ここに書かれていないことに真実がありそうですね」

「あ、そういう見方……でも、プロファイラーでもなきゃ」

「多少、プロファイリングもやりますんで……」

 ヒナタは熱心にダミーのプロフを読んだ。その熱心さに引き込まれ、田隅先生も、これまでになく熱心にダミーを読み返した。

「なにか分かりました?」

「おそらく、吉岡三佐は四人家族です。妹がいた形跡があります」

「妹さんが?」

「ええ、友達のことがたまにでてきますけど、友達本人より、その妹についての記載が多いです。友達ということでカモフラージュしたんでしょう」

「なるほどね……」

 田隅先生は感心した。

 実は、主に調べていたのは田隅先生の記憶にあるスグルの姿だった。ダミーのプロフを見たのは、田隅先生に当時のスグルの印象を喚起してもらうためだった。

 でも、妹がいたことは、ほぼ間違いが無い。

 ヒナタは、スグルの孤独、その根の深さを理解した。

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誤訳怪訳日本の神話・50『天孫降臨と二つの恋・1』

2021-07-18 08:44:10 | 評論

訳日本の神話・50
『天孫降臨と二つの恋・1』  

 

 

 ニニギノミコトの天孫降臨には二つの恋バナがあります(#^▽^#)。

 

 アメノウズメ(天宇受賣命)を憶えておられるでしょうか?

 スサノオ(須佐之男命)の乱暴に耐えかねたアマテラス(天照大神)が天岩戸に隠れて世の中が真っ暗になったことがありました。

 真っ暗では、流行り病や災いが一杯起こるので、思いあまった神さまたちは天の安川の河原に集まって対策会議を開きました。

 議長はオモヒカネという老人の神さまで(アマテラスの第一のブレーンで、中つ国を帰順させるため、毎回アマテラスの相談相手になりましたね)、ニニギノミコトが中つ国に降り立つ時には神さま団の団長で付き添っています。

 で、その天の安川の河原で、アマテラスを引き出すためにダンスパフォーマンスをやった女神です。

 戦前の教科書や、戦後の子供向きの本では「アメノウズメが踊った」としか書いていませんが、要はストリップです。

 胸乳(ムナヂ)も露わに、裳(も・スカートの一種)の紐を女陰のところまで引き下げて……動画サイトに上げたら一発で削除されそうなダンスをやったんですなあ(^_^;)。

 刺激的で、現代の感覚ではR指定の代物ですが、神さまたちは明るく大笑いしました。

 現代人なら、真っ赤になって目を伏せてしまうでしょう。セクハラだと訴えられて裁判沙汰になります。

 脱線しますが、古来から日本は性的なものには寛容でした。

 祭りでは、田んぼの真ん中に柱を立てて、藁で作った巨大な女陰と男根をぶら下げます、風が男根を揺らして女陰に入る度に、ワーワーキャーキャーと囃し立てるなんてことをやっていました。むろん、笛や太鼓で囃し立て、お酒も飲んで、とことん発展いたします。中には、選ばれた男女が、みんなが見ている前で本番をいたすこともありました。

 それは、五穀豊穣を祈る神事だったからだ! 常日頃から乱れていたわけでじゃない!

 いえ、今の感覚からは乱れていました。

 以前述べたかもしれませんが、西南戦争において藍郷隆盛が私学党の若者を引き連れて政府軍に夜襲を掛けた時のこと。

 あまりにも息を潜めて真剣に進むのが可笑しくなって、ポツリと言いました。

「まるで、ヨベ(夜這い)のごたる」

 それまで、緊張していた夜襲軍の中で、クスクスと笑い声が上がって止まらなかったそうです。

 夜這いついでに。

 夜這いの末には、女の子のお腹の中に赤ちゃんができます。

 親は、娘に尋ねます。

「腹の子の父親はだれだ?」

 今なら、親の目は怒りに燃えるのでしょうが、親は嬉しそうです。

「えと……太兵衛、治郎作、茂兵衛、弥助、喜六……清八もいたかも(#^_^#)」

 そうして、心覚えのある男たちが集められ、娘は、好きに男を指名します。

 DNA鑑定などありませんから、ほんとうに娘の好み次第。時には親が「○○にしとけ」と言ったかもしれません。

 それで、男は娘の夫になります。

 この、妻問婚と言いますか自由恋愛と言いますかフリーS〇Xと言いましょうか、そういう空気があったわけです。

 これと、五穀豊穣が重なるものですから、イタすことは目出度いことで、アメノウズメのダンスも明るく目出度く、そして、何よりも魅力的だったのです。

 おそらく、神話世界ではアマテラスと並び立つ魅力です。

 アマテラスは女王、巫女の女ボスとしての美しさの権化で、性的な対象にはなりません。

 しかし、アメノウズメは、そういう対象としての魅力に満ちています。ウズメみたいな女の子が彼女ならいいなあと思わせる魅力ですなあ。会いにけるアイドルのもっと身近で、スゴイものですね(n*´ω`*n)。

 長々と書きましたが、アマテラスがウズメを派遣団に加えたのは、おそらく、中つ国の男たちがその気になるだろうことを予感というか望んでいたのでしょう。

 良き夫婦となって、子を増やし、中つ国を豊かな国にしなさいという思いが託されていたと思います。

 そして、そのウズメを見初めたのが猿田彦という国津神(地上の神さま)でありましたぞ。

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ライトノベルベスト『フォーチュンクッキー!』

2021-07-18 06:03:33 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト

『フォーチュンクッキー!』        

 

「チェ、こんなもの」

 そう言ってお姉ちゃんは、テーブルの上に投げ出した。

「いらないんだったら、ちょうだい!」

 そう言ってもらっちゃった。

 ティッシュのパッケージほどの大きさの箱に、それは入っていた。

 フォーチュンクッキー[辻占煎餅(つじうらせんべい)]と幸せ色で書かれていた。
 
 これは、お姉ちゃんに想いを寄せている彼が、ネットで見つけた限定品らしい。

「こんなもので、気を引こうっていう子供っぽさがヤなのよね」

 そう言って、大人ぶったOL三年目の姉上は、あれほどバカにしていたジブリのアニメを見に行った……たぶん友だちで、同類のお局様コースまっしぐらのヨーコさんと。
 
 お姉ちゃんは、ミーハーが嫌いなミーハーというヤヤコシイオンナなのだ。

 流行りのものは、とりあえず拒絶する。で、世間が「やっぱ、すごい!」と評価(主にテレビの某コメンテーター)すると、さも自分が評価したようにして飛びついていく。こないだの80年代体験ディスコに行ったのもそうだし、今日のジブリも、いつだたかの村上春樹って人の本もそう。

 で、これは、職場の一ノ瀬さんという、職場の女子がみんな狙っているというイケメンのサラブレッド。会社の会長の甥ということで、会社での未来は約束された人らしい。

 一度だけ、お姉ちゃんの荷物持ちで、出かけた先でばったり出会い。わたしにもキチンとご挨拶してくださった。イタズラ好きなガキ大将の匂いが残っているような印象で、下げた頭を上げたときには、初対面の距離を超えた近さで、ウィンクされちゃった。
 
 このフォーチュンクッキーは、そんなお姉ちゃんを試そうとする一ノ瀬さんのイタズラな気持ちだと思う。

 フォーチュンクッキーはAKBで、大いに流行っていた。

「また、世間は秋元康の策略にのって。こんなのサンフランシスコの場末の中華料理屋で始まった駄菓子じゃん。中にオミクジだなんて、不衛生!」

 と、ニベもなかったよ、あのころのお姉ちゃんは。

 あたしは知っている。うちのバンドでも、この曲をやるので調べたんだ。元々は日本のものだ。昔アメリカで万博をやったときにアメリカに持ち込まれ、それをチャイナタウンのレストランで真似してやるようになり、アメリカ人でも中国のものだと思っている人が多いらしい。

 元来は、北陸地方の、お正月の縁起物で、神社なんかで売られていたらしい。  

 あたしだって、いつまでも、オバカな妹じゃないんだぞ。

 試しに、一個蟹の爪みたいな辻占煎餅を割ってみた。

「末吉、運命の人は、意外に近くに」

 それを見て、遼介の顔が浮かんで、思わず心臓バックン!

「さあ、みんな。本番前の縁起物に、どうぞ!」

 控え室で、緊張の固まりになりつつあるメンバーに、フォーチュンクッキーの箱を開けて見せた。

「これ、ひょっとして、フォーチュンクッキーか!?」

「おうよ。本家本元、福井の壽屋の辻占煎餅よ!」

 研究が進んでいるメンバーには、これだけで分かる。

「これ、限定品なんだぜ。よく手に入ったな!」

「これも、今日のロックコンクールのためよ」

 わたしも見栄を張る。

「わ、オレ、大吉!」

 ドラムのジンが、まず喜んだ。キーボードのミヨシが中吉、ベースのサトーも大吉。

「おれ、こういうの運がないから、だれか引いてくれよ」

 遼介は、あたしの顔を見た。

「情けないオトコね、凶が出ても責任とらないからね」

 あたしは、テキトーに選んで渡してやった。

「……………」

「何が出たんだよ、教えろよ」

 ジンがせっつく。

「いや、これは……」

 遼介がモジモジするもんだから、あたしも含めて遼介をもみくちゃにしてやる。

「アフタースクールのみなさん、スタンバってください」

 係のオニイサンが、出番近しを伝えてくれた。

 フォーチュンクッキーのお陰か、コンクールは準優勝だった。

 カーー カーー

 カラスが二三羽、西に飛んでいく。

 まだコンクールの余韻が残っている……準優勝の火照りが。

 帰りの電車は、前の駅でミヨシとサトーが降りた。ジンは、もう一個むこうの駅だ。

 だから、この道を歩いているのは、あたしと遼介だけ。

「良かったね、初出場で準優勝もらえて」

「フォーチュンクッキーのお陰かもな」

「あ、遼介のは、なんて出てたのよさ!?」

「これ……」

 ヤツはお神籤の上、三分の一だけを見せた。そこには大吉と書かれていた。

「よかったじゃん。で、その下は」

「いいよ」

「よくない、見せなさい!」

 ふんだくって見てやると、こう書いてあった。

「運命の人は、意外に近くに」

「おお……でも、一番下の方なんて書いてあったの? 千切れてる」

「もみくちゃにされてるうちにさ……」

「……うそ、持ってんだ。出せ、遼介!」

「だ、大事にしたいから……」

 こういうウソのつけないところが、遼介のいいとこだ。数秒して、ヤツはやっと出した。

「それは、これをくれた人」

「遼介……」

「前から……好きだったから。だから……」

 運命を感じてしまった。

「あ、あたしも……」

「真琴……」

 ヤツの顔が迫ってきた。あたしは幼い一線を……越えられなかった。

「あ、あたし末吉だから、だから大事に……」

「ああ、大事にしような」
 
 そう言って、遼介は、三叉路の左側の道へ行った。

「遼介!」

 思わず呼ぶと、ヤツは電柱一本分向こうから言った。

「オレも、末吉に付き合うから!」

 フォーチュンクッキーの思い出でした…………

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ホリーウォー・8[スグルのメモリーを集める・6]

2021-07-18 05:39:31 | カントリーロード

リーォー・8
[スグルのメモリーを集める・6]  




 
 今から思うと無謀だったんだけどね……

 狩野豊子陸上自衛隊関東補給処三佐は、二台のパソコンを操作しながら話し始めた。

 高校のトライアスロンでは二年連続の入賞だったし、普通科のお父さんとサスケに出てさ。お父さんは中盤のエリアで脱落。あたしは最終まで残って、タイムでアメリカのジミーって選手に2秒のタイムロスで負けちゃった。
 で、ジミーと仲良くなったら……アハハ、見かけより5歳トシ誤魔化しててね。登録も現役海兵隊員だったけど、ほんとは引退したフォース・リーコンの隊員。中東の作戦で限界を感じて除隊して、一般の海兵隊員になってた。

 話しの上手い人でね、サスケ参加者の中では一番人を笑わせていたわ。話術もフォース・リーコンじゃ、大事な能力らしいわね。
 自衛隊に入るのは早くから決めてたけど、特化を志望したのは、これがきっかけ。三か月の基本訓練は屁みたいなもんだった。

 で、一応特化候補生として部隊長の推薦もらってね……伊豆の訓練場に行った時の教官が、吉岡二尉(スグル)だった。着いたらいきなり装具を渡されてヘリコプター。なんの説明もなしに、富士の裾野に下ろされた。

 携行食料は半日分。所持金はゼロ。15キロの装具を付けてほっぽらかし。

「三日以内に、伊豆の訓練場まで戻ってくること。交通機関を使ってはならないことはもとより、民間人に発見されてはならない。触法行為はいっさい許されない。なお、貴様らの行動は、我々が逐次監視している。では、健闘を祈る」

 吉岡二尉は、班編成が終わったら開封しろって封筒を残して、そのままヘリで戻っていってしまった。富士の裾野で、まだ名前も知らない20人の候補生が残されたわ。

 兵隊って、命令と任務分担が決まってないと、ただのお人形さん。30秒ほど当惑と混乱。でも、選りすぐりだから、すぐに状況を認識して、4班に分けて行動を開始……どうやって分けたかって? ジャンケンよ。互いに認識もないし、こういう場合一番不平が出ず、迅速に決定できる方法。

 で、吉岡二尉の封筒を開封したの。何が書いてあったと思う……全員で「だるまさんが転んだ」をやれ。いま思うと笑っちゃうんだけど、20人が、それぞれの個性や能力を見極めるのには最適ね。ごく粗々だけど、個性が分かったわ。

 それから、5人ずつの班に分かれて行動開始。

 人に見つかっちゃいけないから、主に山の中を行動。やむなく人目に付きそうなところは夜間に監視カメラに写らないように動くの。

 傑作よ、裏路地や野原を匍匐前進したり、川の中を首まで浸かって渡ったり。
 最初に困ったのは食糧。なんせ全員朝食抜きで集められてたから、昼過ぎには腹ペコ。携行食料? 笑っちゃうわよ、チューブ入りの栄養補助食品が一個きり。カロリー的には1000キロカロリーある特殊なもんだけど、人間やっぱり形のあるもの食べなきゃもたないのよね。二日目には蛇を捕まえて、刺身にしたわ。火は使えないからね。
 途中で猪に出会ってね……え、殺して食べたんだろうって? できないわよ。言ったけど火が使えないし、4人で猪一頭食べるなんてできないじゃない。みんなで寄ってたかって半殺し。最後は首を絞めて気絶させるの。

 困ったのはウンコとおしっこ。笑うけど、深刻よ。

 だって、その場に置いておけば臭いでわかっちゃう、ウンコはビニール袋に、おしっこはペットボトルに入れて運ぶの。で、適当な場所で処分。おしっこは川なんかに流すんだけど、大きい方はね……近頃は犬のウンだって、めったに落ちてないじゃない。最後まで持ち歩くハメになったわ。
 なんとか二日目の夜には伊豆半島に入れて……気のゆるみね、道路を渡る時に車が近づいてくるのが分かって、わたし一人が取り残されて、道を渡ったときにははぐれていた。一応目印になるように分からないように、樹の枝なんかを折ってくれていて、だいたいの仲間の位置は分かった。

 でも、ここで凡ミス。ばったり地元のお爺さんに出くわして……お爺さんも地元で慣れた山。気配が一般の人ほどしないの。気が付いたら羽交い絞めにして、お爺さんの首にナイフを当てていたわ。
 なんとか謝って、自衛隊の訓練ですって説明したら、納得してくださった。
 で、昼前に仲間に合流して、やっと伊豆の訓練場に戻れた。

 結果? ハハ、ここでこうしていれば分かるでしょ。

 合格したのは4人だけ。そのうち3人は極東戦争で死んだり行方不明。わたしは……うん、むろんお爺さんと出くわしたのが大きな減点だったけど、監督官に写真撮られていてね。それも藪の中でしゃがんで用を足している姿。こんなの他でやったらセクハラだけど、特化じゃ立派な採点。実戦だったらお尻剥きだしたまま殺されてるってことだもんね。

 でも、不合格者にも並のレンジャーの資格はもらえた。ね、この胸の徽章。この業界じゃ一目おいてもらえる。

「君は、補給の仕事に向いてるんじゃなか」

 吉岡二尉が言ってくれたの。

 わたしの班が装備管理、糧秣調達という点じゃ一番だった。それにお土産(密封うんこ)が、合格者の班と同じくらいよくできていて、軍用犬でも感知できないレベルになっていたの。

「悩んでいるのなら、腕相撲しよう。みんなも参加しろ」

 その結果、わたしは合格者の人たちと同じ成績だったの。腕相撲って腕力だけじゃない、タイミングと全身のバランスが大事。それが補給の仕事に通じているのは、この仕事やって半年目ぐらいだったかな。

 この話をしている間に狩野三佐は、一個連隊の補給品のチェックを終えていた。

 ヒナタは、スグルの着眼点の良さとユーモア精神を理解した。 

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鳴かぬなら 信長転生記 18『野にあるごとく・4』

2021-07-17 18:27:45 | ノベル2

ら 信長転生記

18『野にあるごとく・4』   

 

 

 西の坂道から駆け戻った俺は、まっしぐらに校舎の屋上に駆けあがった。

 

 ここだ!

 

 西の坂で感動した光景が、何倍もの迫力になって広がっている!

 野にあるごとく、それは眼下に広がっている。

 御山を中心に、南に城山、西の方、御山の向こうには市の通う転生学園高校を抱くように街並みが広がっている。

 それらは、大輪の花の如く転生の街に位置を占め、その周囲を家々や街の緑が取り巻いて、薩摩焼の花器に活けられた名人の作のように静もっている。

 そうか、利休は門から出でて『野にある如く』を探せと言っていた。

 それはブラフだ。

 門を出て感動した光景が、どうやれば、さらに栄えるのか。その謎かけをしていたのだ。

 覇者の華道とは、一を見て、それに感動するだけではなく、それを十にも百にも輝かせる道を知らなければならない。

 それに気付かせたかったのだ。

 他に人影は無い。どうやら、このことに気付いたのは俺一人……。

 手すりが邪魔だ。

 スマホを構えて、立ち位置が不十分であると思い至る。

 俺は、さらに進み出て視界に屋上が入らないようにする。

 もう少し右か……

 スマホのブレを防ぐために左手は手すりに添えたまま右に寄る。

 よし、ここだ。

 この光景をファインダーに収めれば、もう他の被写体を探す必要もないだろう。それほど、ここからの転生の街は美しい。

 カシャ

 なるほど、そうか……。

 露出を変えて、さらに三枚撮ると、俺はスマホをしまって階段室に戻る。

 小気味よく踊り場まで下りると、俺は足音を忍ばせて階段を上がる。

「やはりな……」

 独り言ち、再び屋上に戻ると、予期していた者と予期せぬ者が居た。

 

「信玄が居ることは分かったが、謙信は気づかなかったな」

 

「ハハハ、どうして分かった?」

 信玄が嬉しそうに振り返る。

「手すりが暖かかった。直前まで信玄が写真を撮っていたとふんだ。給水タンクの陰にでも隠れていたのだろう」

「謙信もいたんだぞ」

「謙信は気づかなかった。手摺には触れていないのか?」

「ううん、わたしって体温低いから。指の先なんて夏でも冷たい」

「うひゃ、冷たいぞ、謙信(^_^;)!」

「ウフフ……」

 謙信が、後ろから信玄の頬を手で挟む。

 面白いんだが、そういうじゃれ合い的なところも美しく感じるのは俺の感性がおかしいのか?

「信長も坂道を下りて気が付いたの?」

「ああ、やはり、お互い戦国の覇者ではあるな」

「ん、誰か上がって来るぞ」

 信玄が嬉しそうに、階段室の方を示す。

 ドタドタドタ

「み、みなさんも気づいたんですね!?」

 上がってきたのは眼鏡っこの古田だ。

「く、悔しい……気づくのが遅れました!」

「悔しさは人を成長させるわよ」

「はい、謙信さん。で、でも、これで終わりじゃないですよ。師匠の要求は、もっと奥が深いです!」

「そうだな、日暮れにはまだ間がある。もう少し探してみることにしよう。いいな、謙信も信長も」

「はい」

「おう」

 今日は、もう学校には戻らないことを確認して、もう一度、それぞれの門から出ることにする。

 校門を出て、スマホを確認。

「え?」

 謙信の手で頬を挟まれてビックリしている……つまり、二人がじゃれ合っているところを無意識に撮っていたぞ(^_^;)。

 

 

☆ 主な登場人物

  •  織田 信長       本能寺の変で打ち取られて転生してきた
  •  熱田敦子(熱田大神)  信長担当の尾張の神さま
  •  織田 市        信長の妹(兄を嫌っているので従姉妹の設定になる)
  •  平手 美姫       信長のクラス担任
  •  武田 信玄       同級生
  •  上杉 謙信       同級生
  •  古田(こだ)      茶華道部の眼鏡っこ
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せやさかい・217『木村重成・3』

2021-07-17 10:16:00 | ノベル

・217

『木村重成・3』さくら      

 

 

 ブオオオオオ~ ブオオオオオ~   ジャーーーン ジャーーーン

 

 遠くで法螺貝と鐘を叩く音……

 うおおおおお……うおおおおお……

 それに雄たけびの声が潮騒のように轟いてる。

 でも……ちょっとくぐもって……る?

 ほら、プールで泳いでて耳に水が入った時みたいな、現実感が希薄な、あの感じ。

 

 うっすらと目を開けると、周りは草っぱら。

 草は、横になったあたしを中心になぎ倒されて……あ、これてガシャポンのボール?

 子どものころに魔法少女のガシャポンに凝ってたことを思いだす。

 13人の魔法少女が居てるねんけど、うちは12人しか集められへんかった。

 

 あたしは、小さなってガシャポンのボールの中に入ってるみたい。

 

 サワ サワ サワ……草をなぎ倒すような音がする。

 見上げてみると新装開店のノボリみたいなんを背中に差した鎧武者が居てる。

 紫のグラデーションも美しい鎧を着た若武者で、槍を腰だめに構えて周囲を警戒してる。

 兜の下の顔はよう分からへんけど、鼻から顎にかけての線はエグザイルのなんとかさんみたいにかっこええ。

 

 え、木村重成さん?

 

 思たとたんに重成さんが振り返る。

 ガシャ

「……一寸法師か?」

 ガシャポンのうちは一寸法師に見えるらしい。

 そんな重成さんと見つめ合ってると、ガシャガシャと音をさせて大勢の鎧武者が走ってくる気配。

「南無三、これまでか……」

 槍を構え直す重成さん。

「重成さん、ここに隠れて!」

「え?」

 チラッと視線を落とす重成さん。

 

 シュポ

 

 マンガみたいな音がすると、小さなった重成さんが、うちの横に転送されてきた!

「こ、これは?」

「よかった、無事に入れた!」

「きみは何者だ?」

「うち、酒井さくらて言います。重成さんの……」

 そこまで言うて止まってしまう。墓参り……は、ちょっと言いにくい。なんせ、目の前の重成さんはまだ生きてるし。

「重成さんの……」

「わたしの?」

「味方です!」

「味方……」

「はい、遠い未来から重成さんを助けに来ました!」

 え、なにを言うてんねやろ。

 ガシャポンの中に入れたげても、連れて帰ることもでけへんし、ここに居っても見通しなんかあれへんのに。

「そうか、世の中には不思議なこともあるもんだ。これも、太閤殿下の御遺徳なのかもしれないね。殿下は、こういうお伽話めいたことがお好きだったからね」

「そうなんですか……あ、そう言うと、秀吉さんの周りには御伽衆いう人らが居てたて聞いた事があります」

「アハハ、その御伽とは意味が……いや、曾呂利新左衛門などは、そういう話もしておったな」

 

 ザザザザザザザザ

 

 頭の上を武者やら足軽やらが走ってきて、さすがに息を詰める。

「ここにおったら、うちらの姿は見えませんから(;'∀')」

 思わず寄り添ってしまって、ドキドキ。

 無意識やねんやろけど、重成さんはうちの肩を抱いて庇ってくれはる。

「きみの髪は、いい匂いがするね」

「あ、シャンプーの匂いです」

 

「シャンプ?」

「えと、髪を洗う時に使う……(説明がむつかしいので、頭を洗うジェスチャーをしてみる)」

「ああ、シャボンのことか。殿下もポルトガル人から献上されたシャボンを淀君さまに送られたことがあった……しかし、あれで髪を洗うとカサカサにならないか?」

「未来のシャボンですから(^▽^)/」

「そうか(o^―^o)」

 未来から来た言うて、ちょっと後悔。

 もし「この戦の結果はどうなる?」て聞かれたら「この大坂夏の陣で、討ち死にしはります」とは言われへんで(;'∀')

「あの……」

「うん?」

「え、きれいな鎧ですねえ(^_^;)」

 ゲームとかやってると黒っぽい鎧が多いので、とっさにふってしまう。

「紫裾濃(むらさきすそご)の胴丸だ。太閤殿下も『若いうちは華やかにせよ』とおっしゃった」

「そうなんですね(^_^;)」

「えと、えと……時代劇とか観てて気になったんですけど」

「なんだい?」

 うちは、話に間が空くのが怖くて、つい話題を探してしまう。

 こんな近くでイケメンの男の人と喋るのは初めてやし、それに、なんちゅうても、重成さんは、ここで討ち死にしはんねんさかいね(-_-;)。

「ごっつい鎧着てはって、トイレ、あ、お便所とかはどないしはるんですか?」

 あ、アホな質問(#'∀'#)。

「ハハハ、それはね……」

 重成さんは武者袴の股のとこを広げて見せてくれはる。

「え?」

 なんと、股のとこは左右が合わさってるだけで、中身のフンドシがチラ見えしてる。

 その純白に、目がクラっとする。

「フンドシの紐は、ここにあってね……」

 襟首をグイっと広げて見せはる。

 な、なんと、首の後ろにフンドシの紐!?

「用を足すときは、ここを緩めるんだ」

「な、なるほど!」

 ちょっと感動した。て、めっちゃアホなこと聞いてしもた……呆れられたかなあ(^_^;)。

「ハハ、おかげで敵をやり過ごせた。そろそろ行くよ」

 あかん、ここで行かせたら討ち死にや!

「あ、もうちょっと」

「ありがとう、でもね、ちょっと深入りしたけど、この戦は勝てる」

「せやけど」

「そろそろ冬だからね、あまりジッとしていると体が冷えて、戦いに差し支えるんだ」

「え、冬?」

「うん、もう十二月になるからね」

 十二月……あ、そう!?

 大坂の陣は、冬と夏があったんや。重成さんが討ち死にするんは夏の陣や!

「それじゃ、ありがとう」

 重成さんはニコッと白い歯を見せると、あっという間にガシャポンの外に出て、大きくなる。

 いつのまにか、馬が寄ってきていて、カッコよく打ち跨る重成さん。

 パシ

 小気味よく鞭を当てると、槍を小脇に旗指物を靡かせ、大坂城の方に向かって駆けて行った。

 

「ちょっと、だいじょうぶ?」

 

 頼子さんの声がして、気が付いた。

 頭の上は青い空に入道雲がモクモク湧き出して、どうやら、大阪の梅雨も明けてきたみたい……。

 

 

 

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