続・浜田節子の記録

書いておくべきことをひたすら書いていく小さなわたしの記録。

『飯島晴子』(私的解釈)59

2020-06-27 09:46:57 | 飯島晴子

   白馬の四肢の静脈露犇と

 白馬の四肢、静脈がひしめいて見えるわ、ホント!!

 白馬はハク・メと読んで。吐く、目。
 四肢はシ・シと読んで、詞、諮。
 静脈はジョウ・ミヤクと読んで、省、三訳。
 露犇はロ・ホンと読んで、露、翻。
☆吐く目(ねらい)は、詞(言葉)で諮(はかる)。
 省(注意して見ると)三訳(三つの訳)が露(現れる)。
 翻(形を変えて作り変えている)。

 白馬はハク・バと読んで、搏、馬。
 四肢はシシと読んで、死屍。
 静脈露犇はジョウ・ミャクロ・ホンと読んで、場、脈路、奔。
☆搏たれた馬の死屍(死体)は、その場の脈路(路上)に奔(そのままになっていた)。
  


『飯島晴子』(私的解釈)58

2020-06-27 09:30:07 | 飯島晴子

   死ぬ人の大わがままと初蛙

 死ぬしかない状況での大わがまま・・・とりもなおさず「生きたい」という望みであり、卵から孵った蛙という小さなものとの対比が切なく辛い。

 死ぬはシと読んで、詞。
 人はニンと読んで、認。
 大わがまま(大我儘)はタイ・ガ・ジンと読んで、他意、画、腎。
 初蛙はショ・ワと読んで、諸、和。
☆詞(言葉)を認(見分けると)他意がある。
 描く腎(かなめ)は諸(もろもろ)の和(調和)である。

 死ぬはシと読んで、姿。
 人はジンと読んで、腎。
 大わがまま(大我儘)はタイ・ガ・ジンと読んで、体、雅、尽。
 初蛙はショ・ワと読んで、諸、話。
☆姿の腎(かなめ)は、体が雅(優美)であることに尽きる。
 庶(みんな、もろびと、大衆)の話である。


『飯島晴子』(私的解釈)57

2020-06-27 08:01:23 | 飯島晴子

   青淵を幽かにもどる男の雛は

 雛流し、女の祭りだから男の雛はない。(淡島神社の雛流しを見学したことがあるが、今は船に乗せ、一回りしてもどってくる。神事は厳か。)

 青淵はショウ・エンと読んで、衝・掩。
 幽かにはユウと読んで、雄。
 もどる(戻)はレイと読んで、領。
 男はナンと読んで、難。
 雛はスと読んで、守。
☆衝(大事なところ)を掩(隠す)。
 雄(男)が(女を)領(自分のものにする)難(禍)から、守るために。

 青淵はショウ・エンと読んで、妾、艶。
 幽かにはユウと読んで、誘。
 もどる(戻)はレイと読んで、励。
 男はナンと読んで、軟。
 雛はスウと読んで、数。
☆妾は艶(色気)で誘(惑わすこと)に励む。
 軟(やわらかい)数(図りごと/企み)である。

※『寒晴』はカンショウと読んで、換称。修辞法の一つ、提喩のうち、固有の名称とその同類一般との間で起こる表現。


『飯島晴子』(私的解釈)56

2020-06-27 07:50:05 | 飯島晴子

   軽暖や写楽十枚ずいと見て

 少し暖かくなってきた、いい陽気である。こんな日は気分も浮き、写楽の版画10枚を並べ、《ずい》とみる心地がする。

 軽暖はケイ・ダンと読んで、系、断。
 写楽はシャ・ガクと読んで、奢、愕。
 十枚はトウ・マイと読んで、問う、毎。
 見てはケンと読んで、嫌。

☆系(つながり)を断つ。
 奢(分を越した贅沢)に愕(驚き)問う。
 毎(そのたび)に嫌いになる。


『飯島晴子』(私的解釈)55

2020-06-27 07:33:09 | 飯島晴子

   猫鳴いてお多福風邪が奥にゐる

 猫が鳴いているので、そちらを見るとお多福風邪の病人が奥にいた。

 猫はビョウと読んで、病。
 鳴いてはメイと読んで、瞑。
 お多福風邪はタ・フク・フ・ジャと読んで、誰、副、夫、邪。
 
☆病で瞑(目を閉じている)。
 誰かが副(付き添っているけど)、夫だろうか邪(いや、そんなことはない)、奥にいるもの。


『飯島晴子』(私的解釈)54

2020-06-27 07:21:08 | 飯島晴子

   八頭いづこより刃を入るるとも

 どこから切ったらいいのか困惑する。なかなか手ごわいが、どこからでも無手勝流で構わない。(刃を持つわたしの自由であり、この場面、わたしが優位である)

 八頭はハチ・トウと読んで、蜂、踏。
 いづこ(何処)はカ・シュと読んで、過、諸。
 刃はジンと読んで、人。
 入るるともはイと読んで、畏。

☆蜂を踏んだ過(あやまち/失敗)。
 諸(多くの)人は畏(おびえる)。