白馬の四肢の静脈露犇と
白馬の四肢、静脈がひしめいて見えるわ、ホント!!
白馬はハク・メと読んで。吐く、目。
四肢はシ・シと読んで、詞、諮。
静脈はジョウ・ミヤクと読んで、省、三訳。
露犇はロ・ホンと読んで、露、翻。
☆吐く目(ねらい)は、詞(言葉)で諮(はかる)。
省(注意して見ると)三訳(三つの訳)が露(現れる)。
翻(形を変えて作り変えている)。
白馬はハク・バと読んで、搏、馬。
四肢はシシと読んで、死屍。
静脈露犇はジョウ・ミャクロ・ホンと読んで、場、脈路、奔。
☆搏たれた馬の死屍(死体)は、その場の脈路(路上)に奔(そのままになっていた)。
死ぬ人の大わがままと初蛙
死ぬしかない状況での大わがまま・・・とりもなおさず「生きたい」という望みであり、卵から孵った蛙という小さなものとの対比が切なく辛い。
死ぬはシと読んで、詞。
人はニンと読んで、認。
大わがまま(大我儘)はタイ・ガ・ジンと読んで、他意、画、腎。
初蛙はショ・ワと読んで、諸、和。
☆詞(言葉)を認(見分けると)他意がある。
描く腎(かなめ)は諸(もろもろ)の和(調和)である。
死ぬはシと読んで、姿。
人はジンと読んで、腎。
大わがまま(大我儘)はタイ・ガ・ジンと読んで、体、雅、尽。
初蛙はショ・ワと読んで、諸、話。
☆姿の腎(かなめ)は、体が雅(優美)であることに尽きる。
庶(みんな、もろびと、大衆)の話である。
青淵を幽かにもどる男の雛は
雛流し、女の祭りだから男の雛はない。(淡島神社の雛流しを見学したことがあるが、今は船に乗せ、一回りしてもどってくる。神事は厳か。)
青淵はショウ・エンと読んで、衝・掩。
幽かにはユウと読んで、雄。
もどる(戻)はレイと読んで、領。
男はナンと読んで、難。
雛はスと読んで、守。
☆衝(大事なところ)を掩(隠す)。
雄(男)が(女を)領(自分のものにする)難(禍)から、守るために。
青淵はショウ・エンと読んで、妾、艶。
幽かにはユウと読んで、誘。
もどる(戻)はレイと読んで、励。
男はナンと読んで、軟。
雛はスウと読んで、数。
☆妾は艶(色気)で誘(惑わすこと)に励む。
軟(やわらかい)数(図りごと/企み)である。
※『寒晴』はカンショウと読んで、換称。修辞法の一つ、提喩のうち、固有の名称とその同類一般との間で起こる表現。
軽暖や写楽十枚ずいと見て
少し暖かくなってきた、いい陽気である。こんな日は気分も浮き、写楽の版画10枚を並べ、《ずい》とみる心地がする。
軽暖はケイ・ダンと読んで、系、断。
写楽はシャ・ガクと読んで、奢、愕。
十枚はトウ・マイと読んで、問う、毎。
見てはケンと読んで、嫌。
☆系(つながり)を断つ。
奢(分を越した贅沢)に愕(驚き)問う。
毎(そのたび)に嫌いになる。
猫鳴いてお多福風邪が奥にゐる
猫が鳴いているので、そちらを見るとお多福風邪の病人が奥にいた。
猫はビョウと読んで、病。
鳴いてはメイと読んで、瞑。
お多福風邪はタ・フク・フ・ジャと読んで、誰、副、夫、邪。
☆病で瞑(目を閉じている)。
誰かが副(付き添っているけど)、夫だろうか邪(いや、そんなことはない)、奥にいるもの。
八頭いづこより刃を入るるとも
どこから切ったらいいのか困惑する。なかなか手ごわいが、どこからでも無手勝流で構わない。(刃を持つわたしの自由であり、この場面、わたしが優位である)
八頭はハチ・トウと読んで、蜂、踏。
いづこ(何処)はカ・シュと読んで、過、諸。
刃はジンと読んで、人。
入るるともはイと読んで、畏。
☆蜂を踏んだ過(あやまち/失敗)。
諸(多くの)人は畏(おびえる)。