S病院の玄関ホールをスケッチした
江嵜企画代表・Ken
認知症の奥様を3年以上にわたって献身的介護の後、先日,亡くされた当欄「愛読者」のお一人、作家のSさんは、「身体の中からの声を聞け」が持論である。3ケ月以上、筆者の体中を散々暴れ回っていた「蕁麻疹」が、ここ1ケ月、部分的に顔を見せる程度に収まった。病気の中で「痛み」はつらい。しかし、「痒み」が睡眠不足などでいかに体力を消耗させるかということを嫌というほど痛感させられた。素人の独断と偏見をお許しいただけば、以前から「蕁麻疹」は「身体の中からの悲痛な叫び声だ。」と思っている。鍼灸のS先生は「腸を改善しないと「蕁麻疹」は治らない」と明快だ。腸を整えるために「大根スープ」を筆者に薦められ、自作の「スープ」を1ケ月以上飲んでいる。
在神戸のS病院の皮膚科のI先生は「多くの病気の70%は腸が原因」として蕁麻疹の処方薬に一部漢方薬を処方された。「何が原因で蕁麻疹が突然出て来たかは正直わからない。その時々の体調次第で様々な要因が複雑に絡みあって出て来る。」と話される。大事を取って受けたCT検査で筆者に耳下腺腫瘍が見つかった。8月28日MRI検査待ちの状態だ。
「両々相俟つて」という言葉がある。「双方が助け合って力を発揮する。中国語では「両者相補相成」と書く。英語では「interwork to interact」と書くと出ていた。「和魂洋才」という言葉がある。同じくヤフーのブログによれば 、中国では「中体西用」、朝鮮では「東道西器」と書きいずれも欧米の科学技術を取り入れるという発想で共通していると出ていた。
日本では、西洋医学万能の世の中のように喧伝されているが、先のI先生や鍼灸のS先生も「病院での検査は是非受けてください」が持論である。政治、経済、教育もろもろの世界で「両々相俟つて」という言葉が、今後、益々見直される時代になる予感がする。
S病院の診察のあと同病院2階にある玄関ホールで支払い待ちの間に絵心を大いに刺激され、ホール正面に、ステンドグラスにおしゃれな絵を入れてスケッチした。ホール正面にピアノが見えた。ヤフ-によれば同病院では年2回、玄関ホールで演奏会が開かれているという。患者とその家族にとっていっ時の憩いの場を提供しているとあった。病院は治療が主たる目的であるが、時に、患者や患者家族に憩い場を提供するS病院の心意気に感心した。
第101回全国高等学校野球大会の決勝戦のテレビ観戦が楽しみだ。「打」の履正社と「投」の星稜の戦いとの下馬評である。野球の世界では「打」だけでは試合に勝てない。一方、いくら投手が相手を抑えても味方が打って点を入れないと勝てない。「両々相俟って」という言葉がここでも頭をよぎる。こちら神戸は、立秋を過ぎてなお暑さは厳しい。「秋立つ日に詠める」との藤原敏行の歌、「秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる」が古今和歌集に収められている。夏の甲子園が終ると秋が近いと昔からよく言われる。早いもので今年もあと4ケ月余を残すのみとなった。今年は年初の眼の手術から始った。あと蕁麻疹の猛攻だ。健康を失えば全てを失うことを改めて教えられた次第である。(了)