昨年1月の「ありがたい教」の中でちょこっと紹介した宮崎の父が自宅で突然倒れ、翌日息を引き取った。(ピーター・フォーク氏と同じ、享年83)
急ぎ駆けつけたものの間に合わなかったのは残念ながら、昨年末そして今月初めにも会ってたくさん話をしていたので(元気だった)、さほど心残りというのはない。
お通夜や告別式には子供や孫、親戚が集まった。年も年だし、と僕らは覚悟していたし、順番どおりということで悲壮さもなく、それはそれは賑やかだった。父の思い出話と併せ、「○○君と○○君とよく似ている」だの「○○おばさんにそっくり」だの話があちこちから出て。
だから或る人が死んでも、その性格というか才能というか遺伝子は、血筋遠い近いに関わらず誰かしらに残っているのではないかと思う。
父は、今はあまりいない、いわゆる〈ガンコ親父〉だった。自分の子供はもちろん、子供の友達、親戚の子供たち関係なく説教するような、そんな人。だから〈子供〉がたっくさんいたようなもの。
僕もいろんなことを教わったけど、「言うたことは守れ」「言い訳するな」「声出して泣くな」「いつまでもメソメソするな」といったことが思い出される。お葬式の時、そしてこれからも、折に触れメソメソしてしまうかもしれないが、そこはご容赦願おう。
「ありがたいありがたい」と口癖のように言っていた父。僕らへの年賀状でも「ありがとう」という言葉で締めくくられていたけれど、こちらこそ「ありがとうございました」と言いたい。
そうそう、危篤の時からお葬式、そしてまとめて行なった初七日まで、涙雨にしては多すぎるなというくらい、宮崎は雨々でした。おかげで喪服もずぶ濡れ。
〔この間から名古屋、中国出張、先週は宮崎だったため(ああ忙しい)更新が滞りがち、となりました〕