空に銀色の円盤。音もなく、ふわりと降り立った。その中から現れた、いわゆる宇宙人ふたり。白っぽいスーツに身を包み、肌の色がひとりは青色、小ぶりなもうひとりは黄色。青がオスで、黄がメスらしい。
彼らの目にも同じように見えているのかは不明ながら、人間にあるような性同一性障害というのはなく、男なら男、女なら女とはっきりしているとのこと。そういう点で、自分たちの方が地球人より優れていることを誇っているようでもあった。ただ、色が鮮やかすぎて、女の方に魅力は感じられなかったが。
全体的にほっそりして背が高く、目が大きく耳がとがっているほかは、口が1つ、手足も2本ずつと、基本的な外観は地球人とさほど変わりはなかった。このことで、生物学者あるいは哲学者たちは、生命体というものの普遍性について深く興味を覚え、大いに議論が持ち上がったものである。
ともあれ、遠いアドフ星からやって来たという彼らが言うには(翻訳機みたいなものが胸の前にあって、それを介して意思を通じることができた。それでも、考え方というか概念が根本的に異なるせいか、かなり苦労したのだが)、銀河系内の知的生命体は、かなり前から連携を取り合い、友好的な付き合いをしているという。
その中で主導的な役割を果たしているのが彼らアドフ星人であり、それは、他の惑星よりも高度な文明を持っていたからであった。地球に来るのが遅れたのは、太陽系が銀河系の端っこだったからとのこと。
彼らアドフ星人のお相手を務めることになったのが、国連職員のこの僕。国際会議の事務局を長いことやっていることから、接待役を任された次第。お相手にふさわしいと思われるもっと偉い方々は、みんな尻込みしてしまい、大勢出る会議に参列するだけ。まあうまく行きそうになったらホイホイ出てきて、自分の手柄みたいな顔をするのに違いない。
まあそれはそれとして、地球を視察に来た彼らと、まずは会議。彼らの目的は、地球人が連合に加わるにふさわしい生物かどうかを見極めることだという。ふさわしくなければ交易しないというだけで、特に罰則なんかはないらしい。僕ら地球人、連合のために生きているわけではないのだが、宇宙で〈村八分〉になるのもイヤなので、彼らの視察を受け入れることにした。
金融街や繁華街、住宅街を見て回る。高度な宇宙人のことだ、隠し立てせずありのままに見てもらうのがいいだろう。ただ、行く先々で野次馬が多くて困った。予め警備体制は敷いていたものの、車が立ち往生することもしばしば。そりゃそうだろう、宇宙人なんてめったに見られるもんじゃない。
それが終わると少し足を伸ばして地方へ。駆け足だったものの、ひと通りは理解できたように思う。移動に彼らの乗り物を使うことも考えたが、せっかく地球に来てもらったのだ、チャーター機を使ってもらった。彼らにとっては原始的であろうが。
気になったのは、ツアーの途中、時々首をひねっていること(宇宙人も同じらしい)。尋ねてみると「あれは男か女か」と言う。目の前には髪の長い、レゲエ風の男。体も細く、優しい顔をしているが、やはり男だ。
するとアドフ星人は言った。
「先ほども男か女かよくわからないのがいた。男なら〈男〉、女なら〈女〉と表示するべきだ」
それは見た目でほとんどわかること、体は男でも心は女という人たちもいること、それにいわゆるプライバシーの問題だ、ということも縷々説明したが、彼らは頑として聞こうとはしない。
「理由は理解できたが、それでもひとりの人間である限りどちらかであるはずだ。選択は本人の自由でいいから、きちんと表示すること。でないと、言い寄る時に困るであろう」と来た。
いくら自分たちの性別がはっきりしているからって…。仕方なく「検討します」と答えたが、そのうち全員、〈男〉や〈女〉の名札を付けることになるのだろうか。
街を歩いている時、街路樹に興味を持ったようで、「何という植物か」と聞いてくる。ポプラだイチョウだと答えているうち、これまた名前を表示しろという。
見りゃわかることだし、すべてに表示するのは大変な手間とコストがかかることを説明したが、やはり頑として聞かない。
「公園では名札付けているのもあるじゃないか。連合に加われば他の星からも客がやって来ることだし、分かるようにしておかないと」と言う。
あと日本に寄った際、独自の文化を紹介したいってんで日本人がいろいろな焼き物をアドフ星人に見せたのはいいのだが、有田焼と九谷焼の区別が分かってもらえず、やはり〈有田焼〉などと表示するよう指示される始末。
さらに有名な画家の絵を見せたはいいが、誰が描いたのか分からないので絵の中に〈Picasso〉や〈Gogh〉とデカデカと書くべし、と。やれやれ。
そのほか「これは携帯電話なのかパソコンなのか」、「これは何の建物か」、「あれは何と言う山か、何と言う海か」、果ては「これは本物か贋物か」という質問まで。
そのつど時間をかけて説明するのだが、最後はやはり「表示してください。でないとわからない」という返事。一体どれだけ表示すればいいのやら。
そしてこれにも参ったのだが、スポーツにおけるユニフォームの胸のロゴ。
「あっちは〈unicef〉、そしてこっちは〈AIG〉というチームなのか」
「いやあれは、チームのスポンサーの名前でして、チームの名前ではありません」
「それではチーム名が〈unicef〉と勘違いされるではないか。チーム名を大きく表示すべきだ」
ユニフォームの色なり、見る人が見ればわかることだし、広告のためのロゴなのだからそれは本末転倒だと、いくら口を酸っぱくして説明してもダメ。誰が見てもわかるように、バルセロナなら〈FC Barcelona〉、マンチェスターなら〈Manchester United〉とデカデカと表示すべし、と。
かくして、地球のあちこちで無用の表示が氾濫し…
Copyright(c) shinob_2005
彼らの目にも同じように見えているのかは不明ながら、人間にあるような性同一性障害というのはなく、男なら男、女なら女とはっきりしているとのこと。そういう点で、自分たちの方が地球人より優れていることを誇っているようでもあった。ただ、色が鮮やかすぎて、女の方に魅力は感じられなかったが。
全体的にほっそりして背が高く、目が大きく耳がとがっているほかは、口が1つ、手足も2本ずつと、基本的な外観は地球人とさほど変わりはなかった。このことで、生物学者あるいは哲学者たちは、生命体というものの普遍性について深く興味を覚え、大いに議論が持ち上がったものである。
ともあれ、遠いアドフ星からやって来たという彼らが言うには(翻訳機みたいなものが胸の前にあって、それを介して意思を通じることができた。それでも、考え方というか概念が根本的に異なるせいか、かなり苦労したのだが)、銀河系内の知的生命体は、かなり前から連携を取り合い、友好的な付き合いをしているという。
その中で主導的な役割を果たしているのが彼らアドフ星人であり、それは、他の惑星よりも高度な文明を持っていたからであった。地球に来るのが遅れたのは、太陽系が銀河系の端っこだったからとのこと。
彼らアドフ星人のお相手を務めることになったのが、国連職員のこの僕。国際会議の事務局を長いことやっていることから、接待役を任された次第。お相手にふさわしいと思われるもっと偉い方々は、みんな尻込みしてしまい、大勢出る会議に参列するだけ。まあうまく行きそうになったらホイホイ出てきて、自分の手柄みたいな顔をするのに違いない。
まあそれはそれとして、地球を視察に来た彼らと、まずは会議。彼らの目的は、地球人が連合に加わるにふさわしい生物かどうかを見極めることだという。ふさわしくなければ交易しないというだけで、特に罰則なんかはないらしい。僕ら地球人、連合のために生きているわけではないのだが、宇宙で〈村八分〉になるのもイヤなので、彼らの視察を受け入れることにした。
金融街や繁華街、住宅街を見て回る。高度な宇宙人のことだ、隠し立てせずありのままに見てもらうのがいいだろう。ただ、行く先々で野次馬が多くて困った。予め警備体制は敷いていたものの、車が立ち往生することもしばしば。そりゃそうだろう、宇宙人なんてめったに見られるもんじゃない。
それが終わると少し足を伸ばして地方へ。駆け足だったものの、ひと通りは理解できたように思う。移動に彼らの乗り物を使うことも考えたが、せっかく地球に来てもらったのだ、チャーター機を使ってもらった。彼らにとっては原始的であろうが。
気になったのは、ツアーの途中、時々首をひねっていること(宇宙人も同じらしい)。尋ねてみると「あれは男か女か」と言う。目の前には髪の長い、レゲエ風の男。体も細く、優しい顔をしているが、やはり男だ。
するとアドフ星人は言った。
「先ほども男か女かよくわからないのがいた。男なら〈男〉、女なら〈女〉と表示するべきだ」
それは見た目でほとんどわかること、体は男でも心は女という人たちもいること、それにいわゆるプライバシーの問題だ、ということも縷々説明したが、彼らは頑として聞こうとはしない。
「理由は理解できたが、それでもひとりの人間である限りどちらかであるはずだ。選択は本人の自由でいいから、きちんと表示すること。でないと、言い寄る時に困るであろう」と来た。
いくら自分たちの性別がはっきりしているからって…。仕方なく「検討します」と答えたが、そのうち全員、〈男〉や〈女〉の名札を付けることになるのだろうか。
街を歩いている時、街路樹に興味を持ったようで、「何という植物か」と聞いてくる。ポプラだイチョウだと答えているうち、これまた名前を表示しろという。
見りゃわかることだし、すべてに表示するのは大変な手間とコストがかかることを説明したが、やはり頑として聞かない。
「公園では名札付けているのもあるじゃないか。連合に加われば他の星からも客がやって来ることだし、分かるようにしておかないと」と言う。
あと日本に寄った際、独自の文化を紹介したいってんで日本人がいろいろな焼き物をアドフ星人に見せたのはいいのだが、有田焼と九谷焼の区別が分かってもらえず、やはり〈有田焼〉などと表示するよう指示される始末。
さらに有名な画家の絵を見せたはいいが、誰が描いたのか分からないので絵の中に〈Picasso〉や〈Gogh〉とデカデカと書くべし、と。やれやれ。
そのほか「これは携帯電話なのかパソコンなのか」、「これは何の建物か」、「あれは何と言う山か、何と言う海か」、果ては「これは本物か贋物か」という質問まで。
そのつど時間をかけて説明するのだが、最後はやはり「表示してください。でないとわからない」という返事。一体どれだけ表示すればいいのやら。
そしてこれにも参ったのだが、スポーツにおけるユニフォームの胸のロゴ。
「あっちは〈unicef〉、そしてこっちは〈AIG〉というチームなのか」
「いやあれは、チームのスポンサーの名前でして、チームの名前ではありません」
「それではチーム名が〈unicef〉と勘違いされるではないか。チーム名を大きく表示すべきだ」
ユニフォームの色なり、見る人が見ればわかることだし、広告のためのロゴなのだからそれは本末転倒だと、いくら口を酸っぱくして説明してもダメ。誰が見てもわかるように、バルセロナなら〈FC Barcelona〉、マンチェスターなら〈Manchester United〉とデカデカと表示すべし、と。
かくして、地球のあちこちで無用の表示が氾濫し…
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