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エッセイとショートショートと―あちこち話が飛びますが

偏屈者

2006-07-30 08:39:28 | エッセイ
 
前回、『結婚できない男』の主人公・桑野信介と同じように、自分も偏屈だ、と書いた。その後いろいろと思い付いたので、まとめておく。まあこれほど極端ではないにしろ、皆さんにも〈偏屈〉なところが一つや二つはあるんじゃないだろうか。

・ケータイ持たない
 自分が今どこにいるのか、いちいち知らせる必要がないと思っているのと、面倒くさいのと、ヒモ付きみたいなのがイヤで。
・腕時計しない
 時計なんて今じゃどこにでもあるから、する必要がない。あくせくしているようだし。
・メガネなんてずっと同じ
 ヨンさまメガネが流行ろうが、ふた昔前のタイプのメガネを着用。
・車なんて動きゃいい
 カッコいい車なんて高いだけ。安いのでいい。
・ムダなおしゃべり、大嫌い
 時間の無駄。
・皆で集まって会議なんて、大っ嫌い
 面倒くさくてしょうがない。数人でパッパと決めちゃえばいい。
・皆で一緒に出張なんて、真っ平御免
 現地へ着くまでは、一人で考え事でもしていたい。
・「やれ」と言われるとやりたくなくなり、「やるな」と言われるとやりたくなる。
 おっと、これは普通の感覚か?

そう言えば小学生~学生時代は、こんなこともあった。
・九九なんて、半分しか覚えなかった。しろく24はすぐ出るが、ろくし24は出てこない。はっく72はすぐ出るが、くは72は出てこない。
・遠足の時だったか、「はいみんなー、あっち見て」と先生が言ったのに、一人だけ逆を見た。みんなが見るものを見るなんて面白くない、と思った記憶がある。
・卒業アルバムの集合写真。まわりが笑っている中、ひとり不機嫌そうな顔して写っている。
・板書する内容はコピーして配るべきだ、と講義でノートとるのをほとんどサボっていた。

そして今
・皆がワーッと何かやっていると、他のことをやりたくなる。

でもでも、人類が繁栄するためには、継続して生存するためには、まわりと違った人間は必要なのだ。パニックの時など、皆がいっせいに間違った方向へ向かうと、全員死んでしまうことになる。それに、違った発想がないと、進歩というものはないだろうから。

〔8月2日追記〕
…と書いたら、きょうカミさんから「あなたって信介によく似てる」と言われてしまった。このブログ、見せていないのに。
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結婚できない男

2006-07-23 09:55:57 | 女の子
 
 そこそこの視聴率だから見てる人も多いと思うが、フジテレビで火曜夜10時に『結婚できない男』というドラマをやっている。結婚したくてもできない人たちは、ひょっとしたら切実な思いで見ているかもしれない。
 〈負け犬〉という、結婚できない女性はひところ話題になったが、男が主人公のやつは、ちょっと珍しい。ご時勢を反映してのことだろうと思う。

 主人公・桑野信介(阿部寛)ようにカッコいい仕事しているわけでも凄いマンションに住んでいるわけでもないが、偏屈で頑固な面もあるから、自分だって「結婚できない男」になっていたかもしれない、などと思いながら見ている。
 また僕のまわりにも、40過ぎで独身というのがぞろぞろいて、ひそかな優越感と「気楽でいいだろうな」という羨望感、そして「何とかしろよ/してやりたい」というのも混じりあった複雑な気持ちになる。

 ところで阿部寛は、『トリック』とは違ったカッコ悪い男をうまく演じている。シャツもツンツルテンだし、髪型も情けないけど、回を追うごとに洗練されて行くのだろう。そして最後は、何だかんだ皮肉を言いながらも早坂先生(夏川結衣)と一緒になるのだと思うが、ドラマみたいに現実もうまく行くといい。
 夏川結衣さんは、映画『花よりもなほ』ではハスッパな役だったが、今回は何だかイカした感じの女医さんを演じている。素敵だ。

 うちのカミさんの話をすると、どちらかというと目立たない子だったのだが、今はいい女になっている(と僕だけ思っている)。カッコいい相手を探すのも一つの手だが、地味な原石を磨いて光らせる、というのもいいかも。長い人生、その方が楽しい、かな。
 若い頃、いいなあと思っていたかわいい子がいるのだが、今じゃ何てことないオバさんになってしまった(ように見える)。第一、話が合わなくて。

 全然関係ないけど、このドラマを見ていて、昔書いたショートショート『人生は皮肉』を思い出した。よかったらどうぞ。
 それと、去年の今ごろ「選ばれない人」という一文も書いている。僕の勝手な思い込みなのだが、ついでにお勧めしておきます。
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なぜ重力はあるのか

2006-07-16 09:03:51 | 科学/考察
 
 なぜ重力(万有引力)はあるのか。なかなか難しい問題であるが、簡単に答えてしまえば、宇宙がそうしたからだ、ということになろうか。あるいは、たまたまそういう宇宙に僕らは生まれてしまったのだ、と。

 電気の力にしろ磁力にしろ、プラスとマイナス、NとSとがあるのだが、なぜか重力には、マイナスというのがない。ひょっとしたらどこかにあるのかもしれないが、反重力だと、物質同士がくっ付き合うということがない。すると、何ものも生まれないから、星、ひいては生き物、そして知的生命体は生まれっこない。
 だから、重力の存在しない宇宙では、「なぜ○○はあるのか」という疑問を呈する生物さえ存在しえないのだ。
 宇宙に“意思”というものがあるならば、宇宙は自分自身を理解してくれるものを求めるに違いない。重力の存在しない世界、あるいは反重力の世界では、それができない。その宇宙は、誰からも理解されることなく存在することになる。(それって寂しいよね)

 ひょっとしたら重力がなくても、たとえば電磁気力だけで星や生物が生まれるのかもしれないが、偏っているというのか、力が強すぎて、今のようなダイナミックな宇宙というのはできないような気もする。
 この〈宇宙意思〉というのは途方もなく大きな考え方で、普通に言う「神様」の概念をはるかに超えている。これはまた、人はなぜ生きるのか、ということにもつながっているのだが。

 そもそも、この宇宙はビッグバンで始まったという。それが、一点に集中した力の開放ということならば、そこに生まれるモノは、重力を持っているに違いない。
 よく「重力がなくなったら、僕らは宇宙に放り出される」てなことを言うが、それどころではなく、地球自体、僕ら自身の体さえ、バラバラになってしまう。

 ついでながら、宇宙の何もない所にも〈真空のエネルギー〉というものがあるそうだ。粒子が生まれては消えており、それが力となっているのだという。おそらく、だけれども、どこか別の宇宙、別次元の世界とつながっているのではないかと思っている。
 この真空のエネルギーと引力との関係で、宇宙の膨張または収縮が決まるのだという。
 これは2001年11月25日放送のNHKスペシャル『宇宙 未知への大紀行』第8集の中で紹介されていた話だ。今なら研究が進んで、また新しいことがわかっているかもしれない。


(5月の「夕焼けと葉っぱの色と」の最後に、この重力の問題についても考えていることを書いたら、誰かがこの件について検索しているらしいことがわかりました。おそらく若い人だと思うが、答らしきものを記していなかったので、これまでに考えたことをここにまとめておきます。再度検索してくれるかどうかは、わからないけれども。)
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総括・日本代表

2006-07-09 10:38:21 | サッカー
 ワールドカップも残すは決勝戦のみ。優勝アルゼンチン、準優勝ポルトガル、3位ブラジルと予想していたが、しっかり外れてしまった。決勝を〈イタリア対フランス〉と予想していた人は、そういないのではないか。

 さて日本代表。まるで甲子園初出場校のような凡ミスを繰り返していたのは、本当に情けなかった。いいゲームをして負けるのは納得が行くとしても、ふがいない場面ばかり印象に残っている。
 とは言え、ベスト8に終わったブラジルやイングランドでも「情けない!」という意見は噴出しているのだろう。決勝トーナメントに出るかどうかで勝負している某国と比較するのも気の毒だが、その国にはその国なりのレベルで、厳しい国民の目があるに違いない。
 「よくやった!」と言われるのは、準決勝に進んだ4チームのほか、ウクライナやオーストラリアなど、ごく限られた国だけだろう。その他は「何やってんだ!」と非難されているに違いない。

 今回のふがいない日本代表を見て、やはりJリーグから変えていかないといけない気がする。いきなり世界レベルに引き上げるのは無理だとしても、簡単なシュートをフカしたり、マークすべきところをサボったりしていたならば、サポーターとして、厳しいブーイングを浴びせざるを得ない。それが、ひいては強い日本代表を育てることになるだろうから。
 これは何も、サッカー選手に限らない。プロとしてお金をもらっている以上、僕ら社会人も、その収入に見合うだけ(あるいはそれ以上)の仕事はしないといけない。当たり前のことだけど、顧客や上司、他部門からのキビしい叱責に、応えて行かなければならない。それがこの国の、「プロ意識」を育てることになるのだろうと思う。

 ちと話が大きくなりすぎた。
 あす未明の決勝は、若さと勢いのあるイタリアの勝利だと予想しているが、はてさて。いずれにしても、いい試合になることを期待したい。

 ところで、日本には合気道をはじめ凄い武道の歴史がある。体は小さくても最大の力を引き出す方法を知っている古武術・甲野善紀さんたちの技法を取り入れたら、かなりいいものになると思うのだがどうだろう。武道独特の身のこなし方というのは外国人にはそう簡単にマネできるものではないから、これはいい作戦だと思うのだが。
 川淵キャプテン、是非ご検討のほど。
 ついでにもう一つ。もう何百試合と観てはいるが、細かいところ、自分でもよくわかっていないのではないかと思う。プロの解説者による『サッカーの見方』とでもいった番組をやってくれると、日本人の目も肥えると思うのだが。

(冒頭の写真は、2月18日の静岡エコパ〈対フィンランド戦〉にて)

P.S. 中田ヒデ、長い間お疲れさまでした。
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目を合わせよう(自信のない人へ)

2006-07-02 10:08:04 | こころ
 先日、日テレの『世界一受けたい授業』を見ていたら、脳科学者の茂木健一郎氏が「人と目を合わせると脳内にドーパミンが放出され、脳の働きが活発になる」ということを話していた。
 ドーパミンとは脳内物質の一つで、おそらく、人と目を合わせることで、敵か味方か、好きか嫌いかなど、その人とのかかわりを意識し、脳が活発に動き出すのだろう。お年寄りなど、一人暮らしだとボケやすいのはこのせいかも。
 ついでに言うと、いい気分にさせてくれるのは、脳内麻薬とも言われるエンドルフィンで、逆に体全体にも悪いのは、ストレス反応に関係するエピネフリン(アドレナリン)である。
 これは別に、生身の人間相手でなくてもいいようで、好きなアイドルとポスターを通じて目を合わせるだけでもいいらしい。さすがに今はもうやらないが、若い頃、薬師丸ひろ子や中森明菜のポスターを貼って眺めていたのは、あながち無駄なことでもなかったようだ。

 自信のある人や成功者は、よく「目に力がある」と言われるが、人と目を合わせられるからドーパミンもよく出ているのだろう。逆に自信がないと、人とはあまり目を合わせたくない。するとドーパミンは出っこないから、脳の働きは落ち、ますます自信をなくしてしまい、余計人と目を合わせなくなるという、悪循環に陥ってしまうことになる。
 だから自信のない人、最初はちとツラいかもしれないが、自信を取り戻すためだと思って、人と目を合わせるのがいい。
 ただし、「どーだ」って感じで目に変に力が入っていてもおかしいし、人がイヤがるような目つきでもどうかと思うんで、そこは自然に。

 苦手としている人間には、これまた目を合わせたくない。でも目を合わせることでこちらのドーパミンが増えるのだと思えば(アドレナリンも増えるかもしれないが)、苦手な人間でも利用価値があるってことだから、どんどん利用しちゃえばいい。そのうち苦手意識もなくなってしまうかもしれない。アイコンタクトは、何もスポーツに限った話ではない。

 「中国人の視線」という記事の中にも書いたが、西洋人は知らない人とでも目を合わせてニコッとするから、脳にはいいことしていると思う。
 なおこの『世界一受けたい授業』(土曜夜7時57分)、くりぃむしちゅーがうまく笑いをとってくれて、肩も凝らずに見られるいい番組だから、見ていない人はどうぞ。
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