チラッと話したかもしれませんが、合気道を週1,2回習っています。先日4級に昇級し、念願の色帯(紫)を締めることができて喜んでいるところです。(このあと茶帯・黒帯と続くわけですが)
腕前まだまだながら、やはり姿勢が大事だということ、上達するのもなかなかだということ、そんなところから、前回のショートショートが生まれました。
ただ思うのは、稽古の時だけ一所懸命やればいいんじゃなく、日頃の振る舞いも大切じゃないかってこと。合気道ならたとえば、上体をまっすぐに、ヘソを中心に動く、肩の力は抜く、手足はできるだけ伸ばしておく、といった注意点がある。それらにいつも気を付けていくべきでは、と。
合気道に限らず、剣道にしろ茶道にしろ、習い事をしていれば、生きている時間すべてが稽古ではないかとも思います。禅の修行僧ではないけれど、それこそ箸の上げ下ろしから歩き方に至るまで。
それはまた武道や技芸だけでなく、人生すべてにおいてではないか、とも。
僕も会社で難しい場面に直面することも多いんだけど(合気道始めたのもストレス解消したいから)、そこから逃げ回っていたんじゃ、修行にならないだろうと思います。
世界中の核兵器をなくすとか、貧困層をなくすとか、そんなとてつもなく大きな課題は、僕には与えられない。よく言われるように、人にはその人なりの課題が与えられ、それをクリアしていくのが修行であり、そうしてステップアップしていくのが人生だ、と。そして来世につながっていくようで、クリアできなければもう一度、らしい。
「人生は修行」とは、かの斎藤一人さんも言っているし、作家の佐藤愛子さんも言っている。確か五木寛之さんも言っていたような。実業家は知らないが、知識人と言われる人たちの多くは、このような考えを持っているらしいから、おそらく正しいんじゃないかと思っているところ。
あなたにはあなたなりの、僕には僕なりの修行というものがあり、それを全うしていくのが人生だということらしいです。年齢・性別・国籍・立場は全然違っても、〈修行中〉ということでいけば世界中の人は(あるいは動物も?)みな同じ。〈黒帯〉目指して、ガンバりましょうぞ。
…話がまたデカくなりました。
〔写真は、道場の先輩にもらった紫帯〕