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エッセイとショートショートと―あちこち話が飛びますが

「カーソル〈矢印〉」(下)

2019-05-26 07:02:26 | ショートショート
 さて、コピーながらお気に入りの服のすそを気にしつつ出社した浩美であったが、オフィスの入り口でいきなり陽子と孝志が話をしているのを見てガッカリしてしまった。孝志はこちらを見てギョッとしたような表情をしたが、陽子と話していたのを見られたからなのか、自分の買ってやった服を、もうしばらく付き合っていない浩美が着ていたからなのか、はよくわからなかった。あるいは、理由はその両方だったのかもしれない。
 その日は最悪の日となった。仕事上のパソコン画面と慣れない視界とが重なったせいもあるし、朝のことが頭から離れず、仕事にも集中できなかったのだ。おかげでミスは重ねるわ、フラッシュメモリーはどこかへ置き忘れるわ、おまけに発注元からはさんざん文句言われるし。

 それからしばらくは、やり直しまたやり直しで遅くなる日が続く。
 疲れ切ったそんなある日、駅のホームでぼんやりしながらも孝志と陽子のことを考えていた。二人は付き合っているのだろうか、孝志は甘い言葉をささやき、服など買ってあげているのだろうか。悔しいが、どう見ても自分と孝志より、陽子と孝志の方がお似合いだった。
 ふと目を上げると、向こうのホームからこちらを見ている中年男と目が合った。少し禿げ上がって小太りの、イヤらしさを感じさせるオヤジだった。うわヤダッ、と思った。そのオヤジの顔には白い矢印が。思わず右クリックをし、〈削除〉を押そうと。
 
 …と、その時、後ろから「あのー失礼ですが」と声を掛けられ、振り向くと何ともいい感じのイケメンが。
「たしか先日、歩道橋の上に居ましたよね」
「え? はい」
「瞬間移動させられた格好になって、一体何ごとか、と辺りを見回したら歩道橋の上に女性が一人、こちらをじっと見ているのが見えました。だからきっとこの人が(何かよく分からないけれども)やったに違いないと思ったわけです」
 こういう展開を予想していなかったわけでもないが、呆気にとられているとイケメンは続けた。
「是非ともお礼を言わなくてはと思っていました。あなた、ですよね」
 私は頷くしかなかった。
「ああ良かった。あの日は新しい企画を会社トップにプレゼンする日で、前の晩遅くまで準備していたもんだから寝坊し、大事な本番に危うく遅れるとこだったんです」
 イケメンはセキを切ったようにしゃべる。
「おかげで採用となったその企画を全面的に任されることになり、ますます忙しくなったんだけどね。ハハハッ」

 それからはあれよあれよという間に事が運び、孝志や陽子のことなんか、ましてやあの禿げたオヤジのことなんかどうでも良くなるくらい、幸せな日々が続く。性格にしろ他人に対する気遣いにしろ、孝志とは比べ物にならないくらい、断然いい。
 近くの商社に勤める4つ上の彼。カーソルが重なったその寝顔を見つめていると、ダブルクリックをして〈中身〉を見てみたい衝動にも駆られる。…いやいやそれだけは、やめておこうっと。

     ―――・―――・―――

 ところで、このイケメン君、どうしてすぐに歩道橋上の浩美に気付くことができたのか。また、どうやって浩美を見つけ出すことができたのか。
 ひょっとしたら、彼の目にも「カーソル〈矢印〉」が映っているの、かも。
    
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「カーソル〈矢印〉」(上)

2019-05-19 08:39:55 | ショートショート
 浩美は、とある会社のインテリアデザイナー…と称してはいるが、実のところはデザイナーのアシスタントをやっているだけのこと。
 デザイナーの仕事というと華やかなイメージがあるけれど、浩美の仕事は毎日毎日、専用ソフトを用いてインテリアのレイアウトを作成・変更するという、非常に地味なもの。壁紙の色や模様をパソコン上でいろいろと変更したり、家具やカーテンの形を変えたり、つまんで移動させたり、ということの繰り返しだ。創造的な仕事とは言えるが、一日中画面ばかり見つめているので、目が非常に疲れる。偏頭痛というのか、頭が痛くなることもしばしばだった。
 浩美にはそそっかしいところがあって、顧客の意向を勘違いして、注文と異なるものをこしらえることもよくある。まあそんな時は、画面上で修正するなり〈デリート〉キーを押すなりすれば済むのだが、顧客の信用を回復させることは、そう簡単ではない。

     ―――・―――・―――

 もう陽子ったらアッタマに来る。どうせ私はおっちょこちょいだけど、人が失敗作出したあとに自分のレイアウトを持ち出してこなくたっていいのにね。これ見よがし、というのか、イヤミよねー。孝志にも見られちゃったじゃない。

 ある朝のこと、起きるとどうも目の前が変だ。まるで視界全体がコンピュータ画面のような…。てっきり夢の続きでも見ているのかと思ったが、どうもそうではない。視界の中に白い矢印(つまりカーソル)が出ており、たとえば冷蔵庫の方に意識を向けるとその矢印が冷蔵庫に重なる。着替えようとすると、その服に矢印が重なる…。
 まさかとは思ったが、お気に入りの服に矢印を合わせ、ダブルクリックをイメージしてみた。するとその服の大写しとともに、メーカー名や買った日、買った店、それに値段が目の前に出てきた。それは確か2回目のデートの時、孝志に買ってもらったものだ。試しに右クリックをイメージすると、〈コピー〉や〈削除〉と出てきた。〈コピー〉をクリックしてすぐ横に〈貼り付け〉をするとあら嬉しや、2着になった。よし、きょうはこれを着て行こう。
 それから、もう着なくなった服に矢印を合わせ、〈削除〉をクリックしてみた。すると思ったとおり、その流行後れのダサい服は、消えてなくなってしまった。ついでに、前々から動かそうと思っていたベッドとテレビを1メートルほど〈移動〉。力をほとんど使わないから楽ちんだった。

 マンションを出てからも、目の前の白い矢印は消えることはなかった。途中の歩道橋を渡りながら下を眺めているうち、ちょっといたずらしたくなってしまった。
 足がぶつかったか何かで、子供を怒鳴りつけているガラの悪そうなおっさんを、向こうの交番の警官の前に移してやったり、朝からイチャイチャしているカップルを、別々の電柱の横に移してやったり、会議でもあるのか、大急ぎで走っているちょっと見カッコいい子を、向かっているビルまで移動してやったり…。
 さすがに車は危ないとは思ったが、排気音うならせてジグザク走っている真っ赤なやつを、少しだけ浮かせて、ついでに色も、シブーい抹茶色に変えてやった。よほどびっくりしたのか、あとはノロノロ運転になり、そのせいで後ろから逆にクラクション鳴らされたりして、面白いこと。
 ただ、おかげで浩美は遅刻しそうになってしまったのだが。
                        (つづく)

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学び方改革

2019-05-12 08:36:38 | エッセイ
 
 (そうでない人もいたようだが)嬉しい10連休も終わった。再訪したいと思っていた秋田にも行けたし、家の中もだいぶ片付いたし、とても有意義に過ごせた。
 その分“仕事始め”は多少苦労した。連休前に「やることリスト」を作ってある程度目鼻付けておいたが、それでも気持ちの面で元に戻るのに時間掛かってしまった。世の中には、この時期「出社拒否」や「依願退職」なんてケースもあるらしい。

 それでも、会社員なら「有給休暇」をうまく利用することができる。さらに「働き方改革関連法」とかで、この4月からは強制的に有給休暇を取らされることになった。(強制されるまでもなく、僕は休み取るけどね)
 子供だって、休みたい時はあるだろう。義務教育とは言え、休んでも何も言われない、自由に取得できる「気まま休暇」が、たとえば年間10日くらいはあってもいい。

 日本国憲法を見てみよう。
 第26条には、子供が教育を受ける権利と親が教育を受けさせる義務とが書かれている。そして第27条には、国民の働く権利と義務が。義務としての労働に有給休暇が認められているのなら、義務として受けさせられる教育にも「気ままに取れる休暇」があってもいいはず。
 「それじゃ勉強が身に付かんだろ!」というご意見の方、ごもっとも。でもでも、無理して学校に行くよりはずっといいはずだし、長い目で見たらその方が、途中ヘバらなくて済むんじゃないか。
 勤労についての条文ながら、憲法第27条第3項には「児童は、これを酷使してはならない」という記載もあることだし。

 もちろん、カゼひいたりして体調悪い時や、お祖父ちゃん/お祖母ちゃんが亡くなった時など、子供も休みをとることはあるだろう。それ以外にも、理由はいらないから本人が「休みたい」と思った時には勝手に休めることができると、いいなあ。
 その場合でも、休み取る取らないは自由、とひとまずしておこう。学校行くのが楽しくて仕方ない子供は、無理して休むことも、ない。
 〔写真は、上野の不忍池〕

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秋田へ

2019-05-05 07:53:06 | 
 
 20年ほど前に秋田県男鹿市で仕事していたことがある。もう一度訪れたいとずっと思っていて、この連休を利用して行ってきた。
 まず秋田空港では、大きな「なまはげ」がお出迎え。

   
    この時期、桜が満開だった。

   
    「白神山地・森のえき」で食べた白神丼

   
    素波里ダムからの眺め

   
    男鹿駅でも「なまはげ」がお出迎え(わりぃごはいねぇがー)

   
    船川港から見た寒風山

   
    寒風山頂上の回転展望台

   
    男鹿半島先端の入道埼

   
    「なまはげ御殿」の海鮮ラーメン

   
    秋田港の展望タワー「セリオン」

   
    「セリオン」8階から下を見る(高い~)

   
    さらば秋田。もう来ることは、ないだろう。

 ほぼ3日間、宿のご主人や飲み屋の女将さんと話す以外ほとんどしゃべることなく、気ままに行動できるのは実に気分良かった。生き返った感じで、また頑張れそう。
 すっかり変わってしまった部分もたくさんあったが、これで思い残すことはない。

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