簾 満月「バスの助手席」

歩き旅や鉄道旅行のこと
そして遊び、生活のこと
見たまま、聞いたまま、
食べたまま、書いてます。

東海道の暴れん坊(JR乗り潰しの旅)

2011-09-07 | Weblog
 静岡の先、清水は港町、と同時に東海道の暴れん坊といわれた、清水の次郎長親分縁の町で、生家が
残されている。



 江戸時代は、文政3年、清水湊の船頭・高木三右衛門の次男として生まれるが、母親の弟で、米屋の
甲田屋次郎八のもとに養子に出され、「長五郎」と命名されるが、やがて次郎八の処の長五郎が詰まって
「次郎長」と呼ばれるようになった。



 その後の武勇伝は、浪曲などで広く知られるところである。
しかし次郎長は、その生涯全てを渡世人として過ごしたわけではない。
 時代が江戸から明治に変わると、駿府市中取締役(今で言う警察署長)を命ぜられ、渡世人稼業から
足を洗い、富士の裾野の開墾や、清水湊の波止場近くに汽船宿「末廣」を開くなど、清水の町の近代化
に尽力している。

 また東海道本線の前身、官設鉄道の工事を請け負い、鉄道建設に係わったことなどは、意外と知られ
ていないようだ。「末廣」で74歳の大往生を遂げた次郎長の墓は、市内の梅蔭禅寺に有る。
またこの「末廣」は、港近くの縁の場所に「清水港船宿記念館」として、復元公開されている。



 清水駅の西口を出ると、すぐ左手にアーケードを構えた駅前銀座商店街がある。
その店先には、無料で借りられる自転車が用意されている。自転車に管理店が書かれているので、
そこに申し込めば、簡単に身分を証明するものの提示だけで借りることが出来る。

 これら次郎長縁の場所や、エスパルスドリームプラザ、仲卸業者が直接販売する「河岸の市」などを
周るのにはこの自転車が丁度良い。(続)

(パソコンのトラブルで、多くを失ってしまい、現地のスナップ写真が有りません。)



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