まこの時間

毎日の生活の中の小さな癒しと、笑いを求めて。

今年の漢字

2024-12-06 | 暮らし
日々のニュースを観ると怖くなる。
今年の漢字は何だろう。
戦争、政治不安、闇バイト、先日も揺れた地震。
「闇」かなあ「壁」かなあ。

壁と言えば、入所した母を見舞いに行ったら、「この人は誰か?」と周りの人に尋ねられて、母は自分の妹の名前を言った。
話しているうちに少しずつ分かってくるのか、わたしの名前を言う。
母が遠くへ行ってしまったような、壁が出来てしまったような。
わたしが思うには、母は自分の娘はもっと若いと思っているのかもしれない。
なので、年を取った私は母の妹、すなわち叔母に似ているのだと思う。
母も92歳だ。周りの方は90歳やとか言っていた。

TVの観えるところへ車椅子を移動させたら、後ろのおばあさんが、
「女優さんかえ?」と、私に向かって言った。
どうも、その方も判断力がおかしくなっているようだった。。
「迷」という漢字が浮かんだ。


やっと駅らしく

2024-12-04 | 暮らし
12月1日、シャッターで隠れていた駅の構内が出来てお披露目となった。
トイレもコンビニも待合室もなく、新幹線乗り場だけ出来ていた駅だ。
やれやれ良かった。


こりゃなんだ?あら~~懐かしや。チェーンではないかい。
自転車チェーン。
加賀市の伝統工芸の漆器椀。九谷焼。









広くなって送迎の車も余裕で停めれそうだ。
あとは、ガレリアとかを作るらしい。
新幹線が開通してから、構内の完成。ガレリアの完成と、ずらして完成していくと、何回もイベントが行われて賑わしいことだ。

時の過ぎゆくままに

2024-12-01 | 暮らし
今年の黄葉は、夏が長かったせいか遅いと思っていたが、色づいたと思ったら風で大半のイチョウの葉が落ちてしまった。
同時に時が早く過ぎる気がする。


時の流れに身をまかせという歌があったが、身を任せていて気づいたら年を取っていたということになる。
人の命は決まっているという。
明日を生きられなかった人の明日を生きる自分は幸せかといえば、そうではない気がしてきた。
結局、決まっている人生の明日を引いていくので、「マイナス明日」ということになる。今日を生きたのだから「マイナス今日」なのか。
訳のわからないことを考える暇があったら勉強をしなさい。と、若ければ言うところだが、勉強した尻から忘れる年になってきた。
先日、お客さんで同級生という人がみえた。
「わたし覚えとるけ?」と、言われたが、覚えていなかった。
残念ながら、年を重ねると出会う人も多くなるので、頭の引き出しからこぼれる人もいると思うのだ。







ひとり笑いの格言

2024-11-18 | 暮らし
毎日が、昭和の漫画じゃないけれど、食パンをくわえて走って登校する感じの、年寄り版だ。孫を7時に送って、婆様の朝食を部屋へ運び、弁当を作り仕事へ出かける。
たまの休みも予定がしっかり。ありがたいことだ。まだお役に立てさせていただけて。
食パンをくわえて走る少女は、たいがいラブストーリーが待っている。
でも、危ない年頃になって、走るところぶぞ。喉をつまらせるぞ。運転気を付けてって言われる。

そんな中、ほっこりと笑えることに出会うと嬉しくなる。


思わず笑って、チーズケーキを買ってしまった。1パックを1泊と表示していた。我が家で1泊させよう。



翌日の休みの10時のひととき。
「昨日の笑いは、今日のお腹を満たす」
この格言どうです!!



初めての投票

2024-11-12 | 暮らし
この前の選挙は、孫のkouが18歳になり初めて投票に出かけた。
わたしも、仕事が休みなので不在者投票をせずに、久々に投票所の保育所に出かけた。何年ぶりだろう。





今日、孫と友達は政治家のアホさ加減に腹を立てていた。
確かに、せっかく自民党を過半数割れに追い込んだのに、野党がグダグダで不倫騒動まで発覚するなどもってのほかだ。
おまけに「昼寝から覚めたら総理でしたって・・」
日頃のお疲れが出たのかもしれないが、初投票の若者たちは、政治家にがっくり来ているに違いない。
しかし、その対抗馬が出てこないので、誰になっても・・説も。
「はい。政治家やります」と、簡単に手をあげるわけにはいかないし。

週刊誌で不倫記事を出すタイミングも、ドラマでよくあるような、このタイミング「独占スクープ」やりましたねと。
ほんとうに惚れた女がいたら、手を取って逃げる覚悟じゃないと、遊び半分では天からの罰が当たります。
夫婦間や家族の問題で終わる話ならまだしも。脇が甘いんだね。
しかし、素敵な人がいたら脇は甘くなるもの。
傍から見ると、あららとなるが、当の本人は周りが見えない。

わたし達の脇があまくても問題はないが、弓道では詰めがあまいと中らない。
政治家の脇よりも、こちらを何とかしたい。


秋が飛んでいく

2024-11-09 | 暮らし
畑の隅にあった巨大なケイトウを飾って見るが、生けにくくて苦労した。


横山大観の色紙を飾って何とか秋の風情と思っているうちに、店ではおせち料理やしめ飾りが出始めている。



今年は柿の実りも少なく、渋柿も殆どなくて、4個だけ分けてもらって吊るしてみた。雨の日は家の中の窓辺に吊るして、一日中扇風機をかけて、とにかくかびないように、休みの晴れた日は、庭の木にぶら下げた。
見張っていなければ、カラスや鳥に狙われるかもしれない。


貴重な吊るし柿だ。




送迎の一日

2024-11-08 | 暮らし
朝7時5分にスタートし、孫kouと友達を加賀温泉駅まで送る。
7時46分にLINEが来て、「電車と車の接触事故で粟津で止まった」と。
結局、10時半まで動かないとのことで粟津駅まで迎えに行った。
その後、金沢へ建設の人と、キッチンのショールームへ行って、昼に帰ると、今度は弟が新人大会が昼で終わったので、加賀温泉駅まで迎えに来てほしいというが、その電車も動かず、結局、15時過ぎに乗ることが出来て、15時50分に迎えに行った。
その後、前からの約束で、16時40分にnanaをスポーツクラブへ行くため、陸上競技場まで送った。

完全にタクシーである。
加賀市にはUberという自家用車を活用した地域の助け合いによる「加賀市版ライドシェア」がある。
こちらは、「うーばー」ではなく、「ばーばー」である。
休みの一日は、送迎と見学で終わってしまった。
しかし、孫たちの為なら「喜んで!!」なのである。
そんなわたしを、誰かが見つめていた。




優しい弟

2024-10-16 | 暮らし
弟は9歳年下である。
東京オリンピックの時に生まれた。
8月末の稲刈り時期に生まれ、父は男児誕生を喜んで、稲刈り中の隣のおじさんに大声で報告したのだと母の言。

さて、長い間勤めて来た会社を辞めて、岡崎から戻って来てくれて、母の面倒を見てくれるようになった。
お嫁さんも献身的で本当に頭が下がる。

弟が来てくれるまで、わたしは父の入院中、母の見回りを毎日のようにしていて、仕事の休みの日は母を連れて父の見舞い、病院の支払い、母の買い物の手伝い、我が家の婆様の通院。
仕事、弓道とよくこなしていたものだ。
弟が来てくれて、さぞかし時間がゆったりとするかと思ったのに、空き時間にちゃんと予定がなだれ込んできて泥沼のようだ。
処理能力が落ちてきたせいもあるかもしれない。

さて、人のつながりは不思議なものである。
同窓会で弟の同級生が矢を修理したりしているということで、そのTさんと親しくなったよと前に話してくれた。
私の後輩が金沢で弓具店を営んでいたが、急逝された。
その方の弟さんだった。
金沢の弓具店まで行く時間がないので、簡単な修理をお願いできるかどうかとたまたま電話をしたら、弟は賑やかな中で電話に出た。
友達と吞んでいるとのことで、用件を話したら「今、一緒や」と、なんという偶然。直接話せてよかった。
用件を話し終えてから、弟が電話口に出たので
「わたしも提灯横丁、今から行こうかな」と、冗談を言うと
「だめや!姉ちゃん来たら、人気者になってしまうし」と、笑っていた。
たぶん、姉ちゃんはうるさいし、よくしゃべるので、来てはいかんと言いたかったのだろう。
それを、そう言わずに断るところはさすがである。
優しい弟である。

怖い話 その2

2024-10-14 | 暮らし
築24年になって、食洗器やIHが痛んできた。
キッチンの改装をするために見積もりを出してもらった。
婆様に「替えようと思う」とメモに書いて渡した。
この頃は、補聴器でも殆ど聞こえないので、手話のように話しながら伝えるが、返事がとんちんかんなので紙に書いて話す。
すると、すかさず「あら~、わての部屋もリフォームしてほしいわ~~」
と、返ってきた。
95歳である。
リフォームの前にいらないものを捨ててほしいと、はっきり言ったが、全く聞こえていない。
うちは、正面玄関に大きな下駄箱があり、さらに勝手口にも十分な下駄箱が据え付けられているが、昨年婆様が靴箱一杯になったので20足くらいを一度に処分した。
足は一つしかないのに、よくもこんなにもあるものだと思った。
もちろん、残りの靴はまだまだある。
わたしたちは、靴を履きつぶしたり古いのを捨てて新しく買い替えるが、婆様は足が浮腫んで入らなくなり、新しいのを買っては、また新しいのを買ってはで増える部分もある。
さて、リフォーム問題は完全に無視したが、たぶん大工さんが入ったら直談判しするのではないかと思うと怖いのである。
ひたすら、わたしが婆さんより先に逝かないよう祈るばかりだ。

怖い話

2024-10-12 | 暮らし
過日、近くの量販店へ行ったとき、駐車場に車を停めようとバックしていたら、隣の車が異様だと気付いた。
フロントガラスの半分がゴミで埋まっている。
空き缶が宙に浮いている。ゴミで空き缶を数個押さえてある感じになっている。
誰も乗っていないというか、これでは見えないだろうと思ったら、乗っている気配がして、急いで違う場所へ移動した。
わたしは君子ではないが、危うきに近寄らずである。
怖かったのでレジで支払いの時に、チラッと言ったら、ゴミをばらまいている訳ではないので警察を呼ぶわけにもいかないですしと言われた。
怖いという個人的な感想を述べてはいけないのだ。
しかし、「道路交通法違反」になるかもしれない。
安全運転の観点から見ると通報に値するし、そういうことをしている人は尋常ではないと思えるのだ。



秋だ~~寝坊だ

2024-10-06 | 暮らし
熱中症と闘いながら、一年中暮らさなくてはならないかと思っていた。
もう、限界だと思ったら急に秋が来た。
いきなり、ガーゼのケットから、羽根布団に変わり、夏布団の出番はなかった。
予定のない日は、目覚ましをかけない。
もし、寝過ごしても、陽が差してきて7時までには目覚める。
少し曇り空、お陰でよく眠れて朝寝坊した。
不思議なことに、久しぶりに殿の夢を見た。
なぜか、長い間会わなかったので、声をかけるのに躊躇した。
近寄って「昼ご飯食べる?」と、訊いたら「そうしよう」と、なって、駐車場へ向かう間、少し話をした。
しかし、駐車場でどの車に乗ればいいのか分からなくなって、そのまま目が覚めてしまった。
リアルな夢だった。
布団の中で、元気な殿が夢に出てきて、話も出来てぽわ~んとしていた。
でも、目覚めて驚いた。8時だ!!
うそや・・・。ゴミ出しの日だ。生ごみどうする?
真夏でなくて良かった。
もし、真夏だったら、冷凍室にゴミをいれるはめになる。
余程疲れていたのか。久しぶりによく寝た。
後で、娘たちに言ったら、お父さんが、もっと寝ていればいいって思ってくれたのでは?と、言ってくれた。
コロナ以来、朝ごはんを婆さんの部屋へ持っていくようになった。
この日は、遅くなってしまって、気まずい気持ちで部屋へ持っていくと、婆さんもテレビの前で椅子に寄りかかり斜めになって寝ていた。

続ける支援活動

2024-10-03 | 暮らし
小さなことでも被災地のために出来ることは義援金となると、それを続けるのは難しい。
アビオのお蕎麦屋さんで、下記のメニューが出ていた。
能登ぶたロース丼を注文した。
ごはんを食べて支援になるという。



美味しかった。完食。

支払いの時に、「支援ご協力ありがとうございます」と、言われた。
こちらは、自分のお腹を満たすだけなのにありがたいお言葉。
「門前の方は水も足りないそうです」と。
ボランティアで、朝3時に出かけるとのこと。
猫の里親探しもしているとのこと。



自分の事ばかりで忙しがっているわたしにとって、このような行動に対して脱帽です。
少しでも役に立てるなら、能登の物を頂きましょう。


運動会の日

2024-09-24 | 暮らし
9月21日土曜は孫娘の運動会だった。
雨の予報だったが、なんとか午前中予定通り終了できた。
全校生徒が300人ほどで、曇り空の下、ダンスは2学年一緒に踊り、玉入れ、徒競走、リレーと、お馴染みのものをこなして、8時20分から10時40分に粛々と終わった。
nanaは誰に似たのか足が速いので、子供が少ないとはいえ、リレーも徒競走も1番というのは楽しみだった。私と夫に似たのではないことは確かだ。
運動会は、子供だけの為ではなく、家族が心躍るものである。
過日の高校の玉入れは、かごが身長の倍以上あったが、さすがに小学生は低くてかわいい。


可愛い運動会が午前で滞りなく終わり、家へ帰ると能登の大雨のニュースが飛び込んできた。
何とも言葉が見つからない。
土砂崩れで行方不明者のニュースが流れた。

21日朝の新聞の一面は、「大谷51-51」のニュースだった。
22日は石川県の力士、大の里優勝は一面の片隅に載り
「能登豪雨1人死亡6人不明」のニュースがドカンと載った。
23日には、「奥能登115集落孤立」
1月1日の時を思い出させる。

能登の子供たちはどうしているだろうと思うと心が痛む。

黄色の団が優勝し、nanaが喜んで帰ってきた。
子供の心は、そんなささやかな喜びに高揚する。
被災地の子らは災害に心まで押し潰されそうなのではないかと想像する。
仮設住宅まで水が浸かり、「心が折れました・・」と、被災者の方。
被災地の人たちの事を想像し、祈るだけで心を寄せられるのだろうか。

見舞金をもう一度考えなくては。
私たちが届けられるものは何だろうと思う。






獅子舞

2024-09-15 | 暮らし
お祭り騒ぎという言葉があるので、祭りと言うからには、騒がなくてはならない。
しかし、静かだ。
玄関の掃除と祭りの幕を取り付けるのにひと汗かいた。
脚立を使っても届きにくいのである。
他の家を見ると、突っ張り棒に通している。
次回はそうしよう。



ついでに、埃っぽい玄関に水を撒いてデッキブラシでこすった。
有線放送で「天気予報では午後に雨が降るということなので、祭り行事は神社から公民館に変更します」とのことだ。
午後2時半、強い雨が降り、玄関先はさらにきれいになった。



太鼓の音が遠くで聞こえると、そわそわする。
いよいよ田んぼの向こうに見える。


3時過ぎにようやく近所に太鼓の音がし始め、様子を見に出ると、隣近所の人がみんな外へ出ている。
お互いに挨拶を交わし、よもやま話をしながら待つ。
隣のおにいちゃんが獅子舞の団長で、おかあさんより
「kouくんも出てくれてありがとう」と言われた。
若者不足で高校3年の孫たちにもお呼びがかかったのだ。
太鼓を運ぶ係だった。
うちの婆様は近所の人の前で、大きな声で「太鼓持ちか!!」と、言うのでちょい恥ずかしかった。「太鼓持ち」と言うのは意味が違う。






近所の友達の家には娘さんが祭りのため里帰りしていて、我が家にも夫の妹や姪が来ていてと、界隈はいつになく賑やかだ。
朝5時から町内188軒を、一軒一軒回るのである。
うちの近所で舞うときは、雨も上がり幸い曇り空だった。
途中雨に見舞われたので、太鼓はビニルをかぶせてあるが、ぶかぶか緩んできて打ちにくいと言っていた。
一旦我が家でガムテープの補強をして、出発。4時近くになっていた。
公民館では(本来は神社が最終だが雨のため)8時40分に最後の舞をしたそうだ。




獅子を舞う人や、太鼓の人は大変だったと思う。今日のために何日も前から稽古もしている。
祭りの日が近づくのが、太鼓の稽古で分かるのだ。
稲刈りを終えた田んぼは、草が生えて緑になっている。





マイナンバーカード 更新手続き

2024-09-13 | 暮らし
マイナンバーカードの「電子証明書有効期限通知書」が、届いた。
マイナンバーカードの有効期限は10年と思っていたので、何だろうと思った。
交付を受けた時は「20歳以上・・発行日後10回目の誕生日」とある。
今は20歳は、18歳以上となったわけだが、この頃は自分の都合のいいように記憶する傾向になってきた。
有効期限は、カードの有効期限とは別に電子証明書の有効期間は5年であることが分かったが、電子証明書なので、ネットからでも更新は出来るのだと後で分かった。

市役所で、更新手続きのついでに健康保険証と紐づけしてもらえますか?と、訊いたら1時間かかると言われた??
「病院ですると、その場ですぐできますよ」とのことだった。
スマホのアプリでもできるらしいし、パスワードさえ分かれば簡単に登録できるようだ。

新聞記事には、マイナ保険証の利用率は昨年12月には4.29%だったとのこと。マイナ保険証による診療や薬剤のなどの情報を活用した病院は3割弱にとどまり、患者の利点は見当たらない。
逆に不具合が起きているという。
医療情報の提供ミスは人命に関わる。
マイナポイントと同様、経済的な利得を与えて普及を促す意味は何だったのだろう。

能登半島地震では、大規模停電や通信障害が発生し、災害時には機能しないことが分かった。
安心安全のために政治があるのかと思ったが、政府とは国民に寄り添った政治をせず、金とポイントに寄りそう政治が好きなようだ。
私たちは、ポイントを貯めるために人生を生きているんじゃない!!
と、言いつつカードをかざして「WAON!!」と、言わせて買い物をすることに慣れてきた。