まこの時間

毎日の生活の中の小さな癒しと、笑いを求めて。

尺骨と橈骨

2024-11-07 | 弓道
弓道を長く続けていくことは、老化との折り合いもつけていかなくてはならない。体力の衰えと共に弓力も落としていく必要がある。
それは、今後の弓道人生に必要で、弓力と技との関わりを調和させていかなくてはならない。人生100年とすると、まだ30年ある。
正確には31年。
そのことを、まざまざと見せつけられたのは、私のねんりんでの的中の悪さだ。ただ「ねんりん」とは言わない。若い時の勢い。潔さ。強気。そういうものがない。

弓力を落としたときの矢の重さも考えたいが、まずは自分でどれだけ引き込めるのか。
先輩が「金欠、筋欠」と、冗談を言っていたことが分かるようになってきた。
力で引くのではないので、骨の働きと筋肉の働きを知る必要がある。
そこで、今更だが人体の本を見ると、橈骨が親指側で、尺骨が小指側である。
なので緩まないようにするには、軽く小指を握る必要がある。
また、肘関節は尺骨が上腕骨にはまり込むようになっている。
ここを緩めないことだと分かる。
そうなると、いわゆる下筋を張るということが大事であることになるが、今まで下筋を筋だと思ってそれを張ろうとしていたが、違うような気がする。
骨で引くというように、尺骨と上腕骨を緩めない。
その筋の張り方が、雑巾をどう絞るかのように、人によって巻き込み方が違うのではないかと思う。
押手肘の内側に盃が乗るようにと言われるやり方が最近指導される形だが、若い頃は、肘を立てて上押しをするよう指導され、すっかりそのような腕になり、なかなか下筋を張りづらい。
指導にあたり、肝心のところで私が迷っていることが、不甲斐ないと思う。
人によるのではないかと言ってくれる先生もおられるし、それならそれで確信の持てるような裏付けが必要だ。
尺骨と上腕骨は緩めない、平たく言えば肘を緩めないことが必至であり、小指が逃げると完全に緩むことも分かったが、もうひとつはその状態でどう離れて中てるか。
いわゆる、骨で引くということの重要性と、その後の離れをどう誘発するか。
その前に、足踏みから基本通りになっていてこそとなる。
深すぎる。深いということは、泥沼に沈むような気も起きる。
助けて~と、言いたくなる。



完全昭和人間

2024-11-01 | 弓道
小さなことに気づいてしまう。些細なことだけど、どうも違うと感じる。
高校生の孫に「高校生を教える時、昭和の事言うな」と、諭されるが
武道は礼から。言わなくてはならない。

さて、もうひとつ気づいたのは、またまた引きずる訳ではないけど、ねんりんの時に、Kさんが某市ののし袋の激励金を見せてくれたのを「うらやましい~」と言ってスマホで撮った。
その画像を後で見て「激励費」と、熨斗と水引の上に書かれた文字に気づいた。
その時は、いいね~と言って気づかなかったのだけれど。
上げるのは「激励金」ではなかろうか。
貰えないことから比べたらよほどありがたいのであるが。
だけど、世の中が少しずつ礼を失する方向へ流れているような気がしてならない。
そこはおおらかに受け取ろう。と、言っても振り込まれるのだが。
たぶん遅れて「激励費」が入金されるだろう。


雨で流れた開会式

2024-10-30 | 弓道
10月18日、壮行会を終えて加賀から乗ったバスと違うバスに乗り換えて弓道仲間全員揃って鳥取まで8時間。三朝温泉に到着。
三朝(みささ)温泉は放射能泉に分類される国内でも希少な泉質で、ラジウムが分解され生じるラドンによって新陳代謝が活発になり、免疫力や自然治癒力が高まるとのこと。「三晩泊って、三回朝を迎えると元気になる」ということが、分厚い総合プログラムに書かれていた。
残念ながら、ここは一晩しか泊まらない。
ステロイドの薬は、19日の朝まで飲まなくてはならないので、わたしとしては夏の間ダメージを受けた身体を、ここで湯治したいものだと思った。

さて、翌朝は開会式には指定の袋以外は、次のホテルへ運ぶので、全員送り状を貼って、朝の6時までにフロントに出すようにとのこと。
遅れては大変と、風呂から上がって、必要な荷物以外を夜中に出しに行った。
フロントにはすでに、いくつものスーツケースが並んでいた。
翌朝、7時30分集合。バスに乗り開会式へ。
お任せで、一体どこへ行くのかも分からず、わいわいと遠足気分だ。
ヤマタスポーツパーク(鳥取県立布勢総合公園)到着。
ところが、降りる時に雨が降ってきた。ビニルのレインコートを、ザックの上から着る。背中に担いだままではN氏はボタンが止まらない。

各県の受付のテントへ行く。そこには、県庁の方がスタンバイしている。
大変なお仕事だ。この年寄りたちを誘導しなくてはならないのだから。
何しろ、ねんりんに出場するくらいだから、身体も口も達者だ。



雨足が強くなってきたので、開会式は中止となり、11時にお弁当が来るまでどこかで雨宿りをしなくてはならなくなった。
そこで、我らがリーダーは、開会式のグランドではない隣の野球場の屋根のあるベンチを探してくれて一旦休憩。ベンチで記念撮影。
珈琲でも飲みたいと、下へ降りてたくさんのテントを回るが、お土産と食べ物ばかりで、コーヒーが見つからない。
雨は少し小やみになった。
アトラクションの用意などされていたに違いないが、わたしたちはひたすら弁当待ちだ。
凄い人数分の弁当だろうね。と、話していた。
総合プログラムには、大会参加予定人数延べ約40万人(観客含む)
さて、そのうち開会式にいる選手は何人か?石川選手団は役員含めて162名壮行会で言われた。
各都道府県と政令都市を足して約160名を掛けると・・・

なくなってしまったセレモニーの数々。
炬火点火セレモニー
皇族御臨席
ひたすら、野球場のグランドに降る雨を眺めていたわたしたち。
コーヒーもゲットできずに戻ると、旗を振っている若者がいて、そこで交流記念写真。きっとアトラクションをする予定だったのだろう。




雨が上がって動けるようになった。
11時に引率者のK氏とIさんの3人でお弁当を取りに行くが、まだ届いていない。


各県は次々もらって去っていくのに、石川県と千葉県の弁当がまだ届かない。
12時になってようやく駐車場に届いて、それを野球場のみんなの元へ届けて「高級料亭のお弁当なので遅れました~~」と、言ってしまって、ほんとかい?と。
しかし、この大量の弁当は、いろいろなところから運ばれるので同時に到着は難しいだろう。おまけに、バスがどんどんやってくるので、たぶん渋滞していただろう。お疲れさまでしたと言いたい。
バスは、鳥取県だけでは賄えないので、広島や島根のバスもあった。
「安来(やすぎ)は島根だし、安芸(あき)って広島だよね」大変だね。
これが経済効果につながるのだろう。イベントの力。
集合時間13時に間に合うように駐車場へ再び移動したのに、そこで待っていてくださいと濡れそぼって待ちぼうけ。


すごい数のバスである。
開催地の方々は大変なことだろう。
再び雨が降り出して、おまけに風まで吹いてきてバスの間に隠れて立っていた。
「どこへ行けばいいんや!」
「雨の中、いつまで待たせるんや!」
「まだバスが到着せんて!!時間分かっとるやろ!!」
あーだこーだ。年寄りは我慢しない。県の係の人はスマホで問い合わせるが、この込み具合では、連絡も混線状態だろう。
どうどうどうと馬をたしなめる様に、まあまあまあと言ってはみたが、言うだけ言わしておかなくては収まらないのが年寄りだ。
他人事ではない。自分もそうかも・・。どうするん。弓道の仲間たち。
この時点で、競技別にバスに乗るのだが。他県の方々も待ちぼうけ。
どうなっとん。




貰えなかった激励金

2024-10-29 | 弓道
全国大会(国スポ、インタハイ、ねんりんピック)などへ行く時は、県内のどの市町も激励金を選手に贈る。
わがスマートシティも、県事務局からの報告があるので、もらえると思っていた。
しかし、ねんりんピックの激励金は未だ貰らっていない。

選手仲間が「加賀市はいつもらえるんや?」と、9月の修練日で話していた。
金沢は大勢いるので10月初めに各自が市へ取りに行くそうだ。
白山市は激励会をしてもらって市長から頂くそうだと状況を聞いた。
それなのに、9月末になっても加賀市は音沙汰がないので、過去にねんりんピックに出場した先輩方々に聞いたら、市からお知らせが来て、市長から手渡され新聞にまで載ったとの事。
スポーツ課に尋ねたら、全国大会の激励金が欲しいならHPに届出書があるのでプリントアウトしてだすようにとのこと。
そこには、大会要項や選出結果などを添付せよとあった。
要項は手元にないので、鳥取県のねんりん2024を検索して、弓道の部分をプリントアウトした。選出結果は県の弓道のHPの大会結果を出した。
本来は要項も選手名も、各市町に県の事務局から届いているはずなのだが。
今までは黙っていてももらえたのに、今年からこうなったとのこと。

さて、届出書を持って、山中のIさんの分も一緒にスポーツ課へ出しに行くと、受付の方に「振込先を書いてください」と、言われた。
その書類には「直接受け取れないので、次の口座に振込をお願いします」と、あったので、取りにくるつもりなので書かなかったというと、「今年から振り込みになりました」という。
それなら、そう書いて欲しいと思ったが、文句を言っても仕方ないので、後ほどメールしますと言って帰った。
Iさんには電話で聞くとのことだった。
そして、メールには「10月18日に振込予定です」との返事があった。
その日は出発の日だから、鳥取から戻ってから確認すればいいわと思ったが、他の市町はのし袋で頂いて、温かく送り出してもらっているのにえらい違いだと思った。
祝い金を振り込むって、温かみはないし、気持ちもこもらないよねって言うと、仲間の人は「加賀市は貧乏だからお金を出したくないんやろ」ってことになった。
さて、月末に通帳の付け上げをしたが、10月18日に入金の履歴はない。
あれっ?違う銀行の口座を書いたのかな?と、自分を疑った。
どこにもなくて、IさんにLINEした。
「入ってる?入金履歴がないんだけど?」
「ありません。さすが市役所やね」と、皮肉の文面。呆れたのだ。
企業やお店なら約束した日に入金されなかったらやばいよねって。
でも、売買契約した訳ではないし、契約不履行でもないし、多額の税金を払っている訳でもないし、「こっちが出してあげるんだから、がたがた言うな」ってとこかな。

私たちは、5千円や1万円が欲しいんじゃない。
代表として選ばれて良かったですね、行ってらっしゃい。という気持ちの形だと思っていた。

ここまでくると腹が立ってくるのだがそこは押さえて、メールで入金確認できなかった旨と、いつになるのかと尋ねた。
悪びれた感じもなく、さらっと
「管轄課が違うので、書類のやり取りで遅くなり、11月20日になります」
やってくれるは、スマートシティ。
これは、職員が悪いのではなく役所全体の感覚の違いなのかもしれない。
わが市はマイナンバーカードの普及率は73%で全国的にも高い方だ。
温泉があり「サウナ特区宣言」とか、「デジタル田園健康特区」に認定された。
これは国家戦略なのだそうだ。だから、市民に目をむけている場合ではないのだろう。
実際、市職員は能登の応援にも行っているので大変なことではある。
しかし、そういうこととちょっと違う。

最後に、「もういらないわ」と、言ったら思うつぼなのだろう。
スマートシティという名の「消滅可能都市」なのだから、ほんとうは1円も出したくないのかもしれない。
いただく方は激励金だけれど、出す方は激励費という費用である。
振り込まれるのは激励費だ。

ちなみに国スポやインタハイは壮行会があるが、その時も目録だけで、激励金は振込だったそうだ。
最後に、今回スポーツ協会の方には本当にお世話になって、親身に相談にのってもらえて感謝の気持ちでいっぱいだ。

ねんりんピックへ

2024-10-27 | 弓道
18日朝、5時半に加賀市役所に他の競技の仲間4人が集まった。
たまたま弓道から山中のIさんと出ることになったので、ピックアップしてもらえて助かった。
家には、婆様が一人では心配で、金沢の妹にお願いして3日間泊めてもらえることになった。本当にありがたいことだった。
5日間のうち3日間は家が空になるので、車を防犯のためにガレージに入れず在宅しているように外に置いた。
この頃の物騒な世の中、不在というのを公に知らせたくない。
娘にお願いして、朝の新聞をポストの奥へ押し込んでもらうことにした。
新聞が溜まっていたら怪しく思われる。
という訳で、ブログにアップするのも控えた。
殆ど訪れる人のいないブログではあるが、どこで誰が見るとも限らない。

全国健康福祉祭という名前の「ねんりんピックin鳥取」ねんりんということは歳を重ねた人の全国大会である。
弓道の場合は、60歳以上のチーム5名に、女性と70歳以上の人一人ずつ必要で、控え選手男女を含む7名。
ご苦労なのは引率者の方である。すべての事務と、訳の分からないわたし達を連れて行ってくれる。

加賀市役所から小松や美川で選手を乗せて、1時間半かかって県庁に到着。
各スポーツや将棋などの選手が県庁に集まって、知事の激励を受けた。
石川県勢142名の選手と、役員20名。
被災地の代表の私たちは全国の方々に支援のお礼をとのこと。
そうだよね~。こんな風に出かけられることはありがたいことだ。
知事に成り代わり感謝を伝えなくては。弓道仲間に。

隣の方はマラソンで10キロ走るとのこと。予選はなく1日は観光だという。
私たちは2日間あるので、観光は微妙だ。
それにしても、みんな元気そうな年寄り達だ。
わたしは、後2日分のステロイドとビタミン剤とかを入れて出発。
今回、また疲れて耳鳴りがしたら嫌だなあと、完全に年寄りな心配。

乗ってきたバスから荷物を移し替えて、各競技別にバスに乗る。
そして、また加賀を通っていざ鳥取県の三朝温泉まで8時間の旅。



聴力検査

2024-10-17 | 弓道
狭い箱のような検査室で、静かにしていても、ジュワ〜ンと音がするような、これは頭の中からの音なのか、世の中の音なのか、小さいゴミのような音。
ゴミは音など立てないけれど、無音ではない。
その中で検査は行われ、聞こえ始めると同時にボタンを押し続けなくてはならない。
反射神経も大事だ。
聞こえ始めを集中して構える。
終了後、看護師が、すごく良くなりましたね〜と。

さて、難聴のせいではないが、聞き間違いがある。
夕食の支度をしている時、何気なくテレビの音が流れている。
台湾と日本の外交の場面。
「台湾の首相の肉体関係・・・」えっ!肉体関係?
まな板の上の包丁が止まった。
テレビ画面に目をやったら、「日台関係」だった。だよね。
これは難聴のせいではない。


最後の修練日

2024-10-15 | 弓道
鶴来へ行く最後の修練日。
婆様の昼のおかずを作りながら、朝食の準備をして婆さんの分だけ運ぶ。
今日も早朝から畑にでかけているので、スープは保温ポットだ。
作物は作っていないが、毎日花を植えたり様子を見に行っている。

ステロイド 朝8粒+昼4粒 3日間 朝6粒+昼2粒 3日間
ついに、朝4粒だけでよくなった。
その他に、ビタミンや胃薬など。
ゆうべも、薬のせいか熟睡できず、かといって入眠剤を飲むほどでもなかったが、夜中の3時とかに目が覚めてごろごろしていた。
起きると、ぼんやりしたかんじ。


その後、孫を温泉駅まで送ってから食事をする。
孫を送る途中消防車とすれ違う。
そういえば家を出る時変な臭いがしたと孫の言う。
後で隣の町で住宅火災があったことを知る。
8時40分にゆっくり出発。
鶴来まで50分かかる。到着した時点で、お疲れ~というかんじだ。
強化練習をすると、あちこち痛んだり、疲れが出たりするお年頃。

優勝目指して頑張るぞ~のメンバーではあるのに、わたしが足を引っ張っている。
いつも高的中のN先生は、今日は1本も外さなかった。
優しいN先生は、境港へ行って、ゲゲゲの鬼太郎に会いに行こう。
観光しよう!と、観光モードの話になった。
送り出してくれるゆうゆうのお歴々も、「楽しんで無事帰ってきてください」と、優しい仲間である。

弓と矢をバスには載せられないので、宅急便でみんな一緒に今日送るということで、しばし弓具とお別れ。


結団式ランチ。台湾ラーメン。辛い~~。
みんなと食べる昼食は楽しい。
Yさんの奥さんのS子さんも来てくれて、本当に楽しかった。
若い時からずっと続けている仲間と過ごす時間は本当にうれしい。


午後は、高校の部活指導。昇段審査が近いので、ほっておくわけにもいかず出向く。
弓を始めて半年の彼らは、今一生懸命体配を覚えようとしている。
わたしよりもずっと思い切りのいい離れをする。
伸びやかな残心を残す。

帰って夕食の支度をする前のわずかな時間、今日初めてソファに腰かけたら、疲れがどっと来た気がして夜の稽古はやめることにした。
考えたらまだ治療中だしと言い聞かせる。たぶん、逃げている。



横皆中

2024-10-02 | 弓道
なかなか全員揃わない合同練習。
強化すると無理が来る年齢なので、強化練習とは言わず、修練日という。
ねんりんピックまでにもう半月となってしまった。
前回の稽古では、風が強く、大きく前に外れて「風のせいか・・」と、もらすと「違う、違う、風のせいではないよ・・」と、あっさり否定され、そこから負の連鎖が始まる。
中てようと、押手に力が入ったり、妻手がしっかり引いていないと思い、またまた手首に力が入ったり、遂には呼吸困難かと思うくらい息が止まっていたり。

9月29日に無指定受審者講習会で高校生を教えながら、分かったような顔をして、こうしたら中るよと指導していたのだ。
ちょっと助言すると、高校生は素直なので良くなって中ったりする。
理屈は分かっても、なかなか難しい生徒もいる。
わたしも、この日60人いて時間がないため、模範射礼が出来なかったことに少しほっとしていた。高校生の前で引く時は、絶対必中と思う。

こうすればよいと自分で思っていることが、具現できなかったり、自分の悪いところに気づかなかったりして、夜の稽古で四苦八苦して10月1日の稽古を迎えた。
1回目の立も2回目の立も、4射1中だった。的の周りを回る。
人工衛星だ。大阪の陣ではないが、まずは外堀から。
特に2回目は、大前が皆中したにも関わらず、チーム全体で9中だ。
半分けにもならない・・。これは、2番目のわたしのせいだ。
大前が必ず入れるのに、2番が落とすとはチーム全体に影響出るね。

3回目、少し押手を伸ばしてみた。頬付けもきっちりと。
大前相変わらず1射目的中。2番・・珍しく的中。と、全員的中。
初めてチーム全体で、横皆中した。憧れていた横皆中。
高校生の試合などで、インタハイ予選で横皆中すると拍手が起きる。
一般の試合で5人チームはないので、めったに見ることが出来ない。
なので、自分が体験できるとは思わなかった。
しかし、その後大前が珍しく外した。ここで入れてこそと思ったが、入ったのは力だけ。その後、全員外れて、あえなく横皆それ。
やっぱりわたしのせいだ。チームの気がそがれてしまうのではないか。
3本目、大前は相変わらず的中。
2番のわたしも的中。と、また全員的中。この立、2度目の横皆中。
見てくれていた副部長方々が、「よし!!」と、声があがった。
最後の1本も入り、わたしは3中。チーム全体で13中。
まずまず。これが出るといいよね~~。
本番はそう甘くはないが、ず~っと中らない稽古も寂しいじゃん。
と、いう訳で初体験が出来て楽しい稽古だった。
鶴来から帰り、昼の感触を再現させたくて、疲れていたが道着に着替えると蘇るとばかり夜も稽古に出かけた。



小さなわたし

2024-09-18 | 弓道
午前中、某大学の合宿に指導に行き、午後3時半からいつもの高校へ行き、夕食後8時から自身の稽古に道場へ出かけた。
指導といっても、どちらの学校も5、6人なので、私の体力に見合う人数なのだが、拘束時間は同じである。
疲れても、弓道衣に着替え、帯を締め袴をつけると、しゃっきっとするのだが、帰って来て帯を解くと、風船がしぼむみたいになる。
翌日の仕事では、なるべく疲れを見せないように、ミスをしないように、気を抜かないように。
仕事より、人の対応に疲れる。
年齢の高い元気な方は声が大きい。耳栓をしたいと思うことがある。
そういう時は、たいがい疲れている時だ。
うちの婆様も、耳が遠いので大きい声で、同じレベルで返すには相当の体力が必要だ。
元気な時は、笑顔で返せるが、疲れているときは返事に窮する。
小さいころから、どこにいるか分からないくらい大人しかったのに、今では周りの年寄りに育てられ、大きい声が出せるようになった。
小さいころから、字や絵を大きく描き先生に褒められた。
たぶん願望が表現に現れていたのだろう。
弓は大きく引けないが、身長に対して手の長さが少し長いことが分かった。
しかし、それは胴が長いということらしい。
なかなか理想の姿にはなれないけれど、希望を捨てずにコツコツやろう。



老いるショック!

2024-09-10 | 弓道
北信越大会のお手伝いに朝6時半から出かけた2日間。
その翌日から、勤務、勤務、体育祭終日見学、勤務・夏休み部活指導・草刈・・と、夜稽古・・フル回転していて、ある日、眠くて動きたくなくて、朝起きて、そのままベッドの反対側に倒れこんで起きられない。
ついに、先週金曜にこれではいかん!!と、我に返った。
しっかり眠ることに専念し、9月8日の福井の審査に出かけるために、審査前日も仕事を終えて稽古に行こうと思っていたが、やめて早く寝ることにした。
運転して、道場に無事到着することが先決問題になりそうだ。
殿がいつも言っていた言葉が聞こえた。
「審査会場にちゃんと到着できるかが、心配や」
若い時と同様、予定を入れて、フル回転で一日を過ごすのはもう無理なのかもとようやく思った。

さて、審査当日、夏の着物とはいえ汗だくだ。
常時、小物入れに、ひんやりさらさらするスプレー「8×4」を、入れていたはずと取り出して腕に噴射したが、透き通った液が腕にかかるだけだ。久々に使うので、粉が固まったのかとよく振って再度スプレーして気づいた。
前に審査に行く時、髪の毛が乱れないようにと、入れたスプレー「ケープ」だった。腕を固めてどーする。
幸い襷がけするときに袖はまとわりつかなかったが、甲矢が縁すれすれで中たり、緊張で乙矢は引き切れず残念。
ヘアスプレーでは馬手を固められない!!

通販生活で、健康食品の黒酢を頼んだら、小冊子がついてくる。
その中に「みうらじゅんが選ぶ 老いるショック賞」という記事があり、他人の老いる失敗談を読んで笑っていたのに、自分が襲われた!!
いや、これは生来のそそっかしさで、老いるではないと否定する歳でもなくなったことに重ねてショックだった。






弓道三昧

2024-08-10 | 弓道
「三昧」(さんまい)(ざんまい)仏語。雑念を離れて心をひとつの対象に集中した状態をいう。
「昧」マイ。暗い。明るくない。おろか。道理が分からない。
昧だけでは、あまりいい印象ではないけれど。
ただひたすら的に向かって弓を引き続けているって、他の競技から見たら暗いかも。

「8月の修練会は欠席者が多いので中止します」ねんりんのお世話をして下さっているKさんからのLINE。
今更、「強化練習」とは言わない。高齢者のため強化は難しい。
わたしも、今更強化されても、強化という言葉は似合わないし、合同練習と思っていたが、「修練会」とは、なんと良い響き。熟練者の皆様に似合う言葉。

10月のねんりんピックのために、鶴来で月1回合同で稽古をしている。
稽古日は火曜で、わたしは勤め先が休館日なので都合が良い。
他の方も毎日が日曜日というわけにはいかない。
仕事をしている人の方が多い高齢者である。
最近は70歳くらいはまだ働き盛りなのである。

月1回だが、午前中に修練会をして、午後3時半から高校へ指導に行って、夜8時から加賀市の仲間と再び稽古。
一日に3回弓を引いているということは、弓道三回ではなく三昧という。
週三回、加賀の仲間との稽古はまた楽しい。
称号を目指す後輩が増えてきて嬉しい限りだ。

弓を引いている時は疲れ知らずだが、さて夕飯の支度、掃除、洗濯となると、どっと疲れが出てくる。
嫁というのは、言い換えると「無給の家政婦」なのである。
料理人、運転手、御用聞き、三拍子そろうと三昧かな。





後ろ手でちょうちょ結びが出来ない

2024-07-16 | 弓道
部活に道着と袴が届いた。
生徒に袴のつけ方を教えるが、なんと後ろ手でちょうちょ結びが出来ないという。
そういえば、私の娘たちはエプロンをして台所に立っていない。
その子供たちだ。結べないのも無理はない。
エプロンのひもを後ろ手で結んだ時に、ちょうちょが縦結びになっているのを母に注意されたのは、昭和な私たちの時代。
キャッキャ言いながら袴をつけたが、何故か女子の帯は真っ赤な伊達締めだった。なんじゃらほい。男子が言った。
「女子の赤いのおかしくないですか?」真っ黒に真っ赤目立つよね。
おまけに帯ではなくマジックテープの伊達締めだ。
またまた帯を締められない女子が誕生する。
3年間女子がいなかったので、弓具屋さんに任せていたら・・。
他の学校もそうなのかな。
まあ、最近は道着の色も自由だというのだから、チラ見する赤もいいんだろうね。
胸当ても被るので、ゴムを後ろ手で締めれない。
いろいろ便利なものは、人間の機能を損なう。
男子たちが、袴の前をかっこよく結ぶために、先輩にひもの掛け合わせ方を習っていた。みんな一生懸命で可愛い。
それなりに着付けられると、急に弓道人らしくなる。
的前で弓を引く姿が一段とかっこいい。
そうこうしているうちにもう夏休みだ。




七夕射会

2024-07-08 | 弓道
七夕より数日早い7月4日に、ゆうゆうクラブの主催で、七夕射会が行われ、加賀市からは2チーム(6人)出場した。
この暑いのに、ゆうゆうクラブ(60歳以上)のお年寄りは元気だ。
そして、弟分のようにしていたO君もついに出場できる年齢になった。
しかし、一番若いので大会の競技進行係に任命されていた。
前々会長のKさんと話していて
「この大会は、帰るときにはみんなにこにこして帰るんですよ」と言われた。
初めて出場したわたしも、帰りはにこにこだった。
始めのビンゴ的では、この頃稽古で上へ抜けるというMさんと、左下に抜ける私とまともに中るTさんの3人で組んだら、これが功を奏して、7本中ってすべてが無駄なく並んで、縦に2列。一番下の横1列がビンゴで追加の30点貰えて、全チームの2位になった。
枠内に中ると1矢2点×7本+1ビンゴ10点×3ビンゴということで、44点。
どのチームもなかなか思うように中らず、中っても同じ番号の所だったりする。1回戦は笑えた。ばらつきのある方が高得点になるのだから。


さて2回戦。七夕の的は短冊に中ると10点。笹と竹に中ると-5点。
黄色は3点である。
何本か中ったものの、笹や竹に中りかろうじて+7点。
自分たちでは、誰がどこに中てたか分からない。
採点者は射終えたチームが順番に採点表に書き込んでいくのである。
ここで、短冊をガンガン中てたチームが浮上。
我らは沈んだ。
沈みながらも、もぐもぐタイムに、お互いが持ち寄ったパイナップルやサクランボ、チョコレートを食べて気合を入れる。


最後の5つ星風的ですって。これが悪魔の的。
黄色を狙うと必ず黒いところへ行きそうな。
黄色10点。白3点。黒-5点。


布袋のギターみたいな的だね。
わたしたちは、もう失うものはないとばかり真ん中の黄色を狙ってガンガン引いていたら。後で採点を見たら黒に8本中っていたらしい。
-5点×8本でー40点だ。白と黄色もあったようで合計は無残な結果となった。
合計点をちらみしたが、覚えていない。

ちなみに優勝チーム鶴来で、46点、25点、4点 合計75点
準優勝は兼六Aで、28点、13点、32点 合計73点。
最後の的は減点が多い中、32点も取るなんてすごい。
合点がいかんとはこのこと。
とにかく汗びっしょりになったが、ただただ面白かった。
大きい的で殆ど外れることもなく、たとえ外れても減点をまぬがれたと言い訳し、楽しい終わり方でKさんの言われる、最後はみんなにこにこ帰りますであった。




努力は必ず報われるの?

2024-06-26 | 弓道
オリンピックが近づき、選手たちは出場を喜び、必ず「努力は報われます!」という。
でも、レベルの高い選手同士戦うとなると、報われる人は一握りで、残りの選手は目標に届かなかったら報われなかった・・となるのか。
全力を出し切ったので、悔いはないと言いつつ悔しさは残るだろう。
悔しさが残るということは、悔いという言葉が心の奥に潜むかもしれない。
果てしなき目標に立ち向かう姿は素晴らしい。

さて、我々の趣味程度の弓道でさえも、努力してひとつ階段を上りたいと思う。しかし、努力しすぎて膝や肩に痛みを感じる時、報われない・・と、心折れる。
どこも痛くないときは、努力が足りなかったのだとしょげる。
日々の稽古で、波があり、のびのび引けて中りが出たかと思うと、次には、この前のあれは何だったのかといぶかる。
かつて、範士の先生の講習の中で、日々同じようにみえるけれど、らせん階段を上っているのだとおっしゃられ心強く思ったものだ。
ところが、年齢を重ねると、らせん階段の手すりにすがり、膝の痛みに悩まされ、それでも知らん顔して引かねばならない状況となる。
分かったような顔をして生徒に教えながら、自分も密かに教えたことを実践し、そのことが間違いないと分かりつつ、身体が若者たちのように素直ではなくなってきたことに気づいたりする。

努力は必ず報われますと言ってみたくて、努力を続けることが喜びなのかもしれない。

ちょっと膝に違和感が。コンドロイチンを飲むという努力も必要なのか。


伝達のない伝達講習会

2024-06-16 | 弓道
過日、伝達講習会が小松の道場であり参加した。
6月なので、絽や紗の着物は早いかと単衣の稽古着のような着物を着た。
昨年、10月の「着物騒動」の時に偽紋で縫い付けた着物だ。
例の偽紋の着物だが、さして不都合もなく終えることが出来て良かった。
Nさんにこっそり、背中の紋と胸の紋が違うことをいうと、
「いいですね。裏紋っていうのもありますしね」と、言われた。
なるほど、物知りなNさんには、いつも学ぶことがある。

さて、講習会は中央からはあえて伝達することがないという。
それなら、「伝達」という冠はおかしいねと思う。
当然ながら、毎年受講するともらえる修了証はない。
伝達していないからだとか。
それでも、先輩先生や高段者の先生からの講習は気づきをもたらせてくれる。
お互いの研修会のようで楽しかった。人数も少なかったので弓もしっかり引くことが出来て良かった。

中りのないのはいかがなものかと、中央の上の方からため息が聞こえてきそうだが、2020年3月に自分で書いていてすっかり忘れていたことに、コメントを頂いて、それを読み直していて、もう一度気持ちを整えた。
阿波研造先生の言葉「すべて中れば曲芸にすぎません。外れるから武道である」のだと。正射をして中るのである。
「弓を引くのに快と不快を分けてはなりません。悪い射に腹を立ててはなりません。良い射に喜んではなりません。中てようとしてはなりません。離そうとしてはなりません」

そういえば、調子の悪い時ほど、真摯に的に向かって自身を見つめなおそうとしている。良い時は、天才かもって思ったとたん奈落に落ちる。
「人を殺す剣や弓は、人を生かす訓練にかわり、武道が宗教と絡む所以である」と、再度書き記したい。

わたしの過去からの伝達である。