1/30土曜日、金沢都ホテルにて、平成21年度に昇段、昇格、全国大会入賞の方々の祝賀会があった。
今回はかつてない、7段昇段の先生方が4人もいたこと。
また、森嘉朗さんがみえたことも、かつてない出来事のひとつだ。
祝賀される方々を真ん中に推し進め、森氏は末席に立たれ「故 森秋子さん」の、六段昇段と錬士昇格の花束と記念品を、石川県弓道連盟より贈呈された。
森秋子さんは、森嘉郎氏のおかあさんである。
根上町で70才過ぎてから弓道をされていた。
今年の正月に亡くなられたので、息子である森さんが代わりに祝賀会へいらしたわけだ。
ご苦労なされたおかあさんが、亡くなる前の10年は、本当に楽しく弓道をされていたとのお話。
いつも、射場へ弓と杖を持って入られ、杖を下に置いて弓を引いていた姿を思い出す。
年をとっても出来るとはいえ、なかなかの気力だと思う。
いつも、その姿に頭が下がった。
何回かお話をしたが、大変謙虚な方だった。
私たちは選挙で風に煽られてどこへでも飛んでいってしまうが、おかあさんは旦那様の町長選から亡くなるまで選挙から切れなかったのだ。
年を重ねて弓を引いておられる先生方は、やはり射に味わいがある。
亡くなられた、北山会長も90才過ぎてもなお的に中てると、その1本1本が命がけのように思えたし、感動の1射だった。
今回、金屏風の前に並んだ先生方に祝福の乾杯と、せっかく後に続く道を拓いたくださったのだから、続かなくてはならないという気持ちも湧いてきた。
目標という山を、アイガー北壁登頂のように自身に厳しく、険しい登り方で早く到達される方もいれば、わたしのように緩やかな方を、花を愛でながら休憩しながら、ちょいと食事などもしながら登るようなのんびりもいる。
けれど、そろそろ時間が迫ってきましたよという感がする。
休んでいる場合ではないと張り切ると、膝が痛くて登れないというような目に遭うのだ。
生涯スポーツというように、これは行ける所まで行かなくてはと新たな決心に変わった。
今回はかつてない、7段昇段の先生方が4人もいたこと。
また、森嘉朗さんがみえたことも、かつてない出来事のひとつだ。
祝賀される方々を真ん中に推し進め、森氏は末席に立たれ「故 森秋子さん」の、六段昇段と錬士昇格の花束と記念品を、石川県弓道連盟より贈呈された。
森秋子さんは、森嘉郎氏のおかあさんである。
根上町で70才過ぎてから弓道をされていた。
今年の正月に亡くなられたので、息子である森さんが代わりに祝賀会へいらしたわけだ。
ご苦労なされたおかあさんが、亡くなる前の10年は、本当に楽しく弓道をされていたとのお話。
いつも、射場へ弓と杖を持って入られ、杖を下に置いて弓を引いていた姿を思い出す。
年をとっても出来るとはいえ、なかなかの気力だと思う。
いつも、その姿に頭が下がった。
何回かお話をしたが、大変謙虚な方だった。
私たちは選挙で風に煽られてどこへでも飛んでいってしまうが、おかあさんは旦那様の町長選から亡くなるまで選挙から切れなかったのだ。
年を重ねて弓を引いておられる先生方は、やはり射に味わいがある。
亡くなられた、北山会長も90才過ぎてもなお的に中てると、その1本1本が命がけのように思えたし、感動の1射だった。
今回、金屏風の前に並んだ先生方に祝福の乾杯と、せっかく後に続く道を拓いたくださったのだから、続かなくてはならないという気持ちも湧いてきた。
目標という山を、アイガー北壁登頂のように自身に厳しく、険しい登り方で早く到達される方もいれば、わたしのように緩やかな方を、花を愛でながら休憩しながら、ちょいと食事などもしながら登るようなのんびりもいる。
けれど、そろそろ時間が迫ってきましたよという感がする。
休んでいる場合ではないと張り切ると、膝が痛くて登れないというような目に遭うのだ。
生涯スポーツというように、これは行ける所まで行かなくてはと新たな決心に変わった。