「もう少し早ければ。」「ほんの一足違いで。」と、いうことがある。
17日に帰宅予定していた父が、急に小便がでないと言い出し、家へ帰るのを拒み、自分で用を足そうとしてベッドからずり落ちて顔にけがをした。その後も、またベットの横で倒れたらしい。見舞いに行くとポータブルトイレの上に椅子が載せてあって使えないようになっていた。ショックだった。
急に寝たきり状態になり辛がっている。何かが見えるという。看護師はいよいよまだらになってきましたと言う。2、3日前は、持っていったお菓子をおいしそうに食べていたのに、人が違うように見える。訳の分からないことをつぶやく。
もう少し早く家へ連れ帰って、違う施設に入れてあげればと思ったが、母は本人は今のままが安心みたいなのだという。翌日に、母から「書類を渡されたのできてほしい。」と、電話があって仕事の帰りに寄ると「危険防止のために、ベットに柵をするので承諾してほしい。」とのこと。母は、「やっぱりハンコは娘の方がいいやろ。」と、言う。「うーん。そうやね。わたしら親子やし。」と、言うと、母は「わたしら他人やし。」と、笑う。
本当は笑っている場合ではないのだが、ふたりとも悲しくても通らなくてはならない時が来たことを思った。
「介護保険指定基準の身体拘束禁止規定」「切迫性」「非代替性」「一時性」と羅列してある書類を渡され、緊急やむを得ない状態であることの説明を受ける。「お父さんは、前立腺肥大で、おしっこが出なくて管で出すことになりました。1.5L溜まっていました。」辛かったのだろう。だから、幻覚を見るらしい。人は我慢できないほど痛い時、気絶する。辛い時は、記憶を曖昧にするのかもしれない。
「何でここにおるんや?」と、訊くので「倒れたんやって。」と、言うと「そうか。3日目やな。」柵をして3日目なのだ。呆けてはいない。「誘拐されたみたいや。」ほかの人が聞いたら呆けていると思うかもしれない。「誘拐するんやったら、身代金が取れる人をするやろ。」と、わたしが言うとにいっと笑った。椅子に座り、柵に手をかけて、父の顔のところで話をしていた。
先日は、おしっこが出なくてつらがっていたので、笑顔を見ることができてほっとした。