まこの時間

毎日の生活の中の小さな癒しと、笑いを求めて。

立川談幸 独演会

2016-10-31 | 暮らし

毎年、「料亭たか橋」さんで、落語の独演会がある。高橋さんが殿の高校時代の弓道の先輩なので、弓道部の仲間は毎年夫婦で出かける。しかし、昨年ひとりで出かけたが笑えなかった。なぜなら、みんな夫婦連れで来ているので、殿がいないことが余計寂しく感じた。

今年は、4年生の孫のkouを、家に泊めるたびに落語を聞かせ、DVDを観せた。同じところで笑う。これはいける。婆バカではあるが、この子は利発な子である。じぃじの代わりに来てほしいというと、ふたつ返事だった。先日、骨折したが落語を聞く分には問題ない。

立川談志の弟子だけあって面白かった。来ていた客は平均70歳くらいの高齢である。世話方の先輩と奥さんが玄関で「もげさんの奥さん、まだ見えとらんね。」と、言っているところへ、ちょうど入って行った。「だんなの代理連れて来たわ。」と、いうとようこそ。ようこそ。と、案内してくれた。

孫は、「あー、じぃじの亡くなったとき食べにきたんね。」と、料亭の廊下を歩きながら言った。覚えていたのだ。四十九日の時にここで大勢で食事した。

落語は「片棒」と、「茶の湯」だった。時折、わたしの顔をみてにやっと笑う。初めての落語が10歳とは。「来年も一緒に来るよ。」で、あった。帰りの車で、枕から本題に入るときに、羽織を脱ぐことをいうと「俺、暑いし脱ぐんかと思ったわ。」と、言っていた。また、出囃子が終わるのと同時に座布団に座るのだということも教えた。

この後、彼の右手の代わりに宿題の代筆をさせられた。計算は、わたしより早かった。国語は「ごんぎつね」で、泣ける話だねえと言いながら答えを書いた。「ばぁば助かるわ。」と、こちらこそありがとうね。


中央公園

2016-10-29 | 山歩き

孫が中央公園のプール教室へ行っている間、いつもは彼らの様子を上のガラス張りのギャラリーから見ていたが、今日はその間、歩くことにした。

中央公園は寒く、人っ子ひとりいない。

なるべく坂を選んでせっせと歩く。しかし、頑張ってもあの城に王子さまはいない。

上がりきると、城の上から覗いた滑り台の誘惑に負ける。誰もいないので、滑ってみる。

滑り降りると「あぁ、快感。」だが、セーラー服と機関銃の名台詞とは程遠いシュチュエーションだ。でも、振り返るとやはり快感である。

滑り降りた後、前から歩く人が来た。あわや見られるところだった。快感は冷や汗となった。

さて、その滑り台の前に、今までなかったものがある。この公園は実家の裏なので、自分の庭のように思っていたので、変化に気付くと楽しい。案内板が出来ていた。

まさしく、実家の山から見た景色と同じである。今日は曇っていて見えないが、この景観は、わたしの一番好きな白山である。残念ながら、今暮らしている家の2階からも見えるが、何故か違う。裾の広がりといい、何といっても、忠臣蔵ではないところだ。(電柱でござる。)

脇道にそれると、山道に入る。十分山登り気分である。

アップダウンがあるので楽しいが、少し足元がぬかるんでいるので注意。

あらら、お寒うございます。

何か悩みでも??寂しそうですねぇ。「お構いなく」と、言われそうだ。

ここから鬼ヶ島にでる。雨が降ってきた。プールまでの道中が長い。ちんたらちんたら歩いている場合ではない。でも、「ちんたら」って、一体?

走るのはつらい。登山はしたいが、トライアスロンは勘弁だ。


ふるさと人物ロード

2016-10-29 | 暮らし

中央公園の体育館前に、「ふるさと人物ロード」というのがある。実は、今日散歩していて初めて知った。

深田久弥、本川弘一、桂田富士郎、広海二三郎、渡辺卯三郎、・・・・いつの間に、このような石碑を作ったのだろうか。加賀市のふるさと検定の時に、教科書に載っていた方たちだ。

あらあ、中谷宇吉郎さん。

深田久弥さん、山っぽい石やね。と、ひとりで声をかけるわけにもいかないし、黙々と回って散歩を続けることにした。

曇天の空からは、今にも雨が降りそうだ。

 


実りの秋

2016-10-28 | 暮らし

今年も拾ったクルミを割る。

先日歩いていて拾ったのも含めて、乾煎りしてから割った。難儀だ。クルミが高価な訳が分かる。

柿が色づいてきた。毎年11月になったら食べごろだが、もう11月になるということを改めて思う。

まだ色づくには早い。

 

ところどころ赤いのは、傷があるかもしれない。あるいはカラスに突かれたりしているかもしれない。 高い所になっているので、カラスと競争となる。こちらも食べきれないので、仲良く分け合うのがいいかも。

まだ早いと思ったけど、我慢できない。選んで食べたらそこそこ美味しかった。


呼び名

2016-10-27 | 暮らし

今日、殿の町内の同級生が伊勢へ行ってきたと言って「赤福」を、持って来てくれた。「おとうさんのお供えに。」「ありがとう。」「あ、まさちゃん。あした体協の懇親会行くやろ。」あ、そうだった。孫がケガしているので忘れていた。体育協会の懇親会だった。女性の常任理事をと言って頼まれてから20年ほど経ってしまった。ここでは、「まさちゃん」と言われる。

友達は「まこちゃん」と、呼ぶ。親戚の人は「まさこちゃん」と、呼ぶ。会社の後輩のMちゃんは「まこねえ(姉)」と、今でも呼ぶ。弓道の後輩は「まさこさん」あるいは、「おかあさん」と、呼ぶ。名字で呼ぶ人。殿の会社の人は「奥さん」と、言う。「先生」「ばぁば」「おかあさん」そして、その時に応じて、微妙に違う自分がいる気がする。

わたしを、女房と言い「まこ」と、呼び捨てにする人がいなくなった。わたしがいちばん素になっていられて、失敗すると「やっぱり、お前やなあ。」と、言う人は、「何でもかんでも引き受けんこっちゃ。」と、言っている気がする。

誰よりもわたしを気遣ってくれる人がいないということが、ずっと続いていくときの覚悟は、諦めの中に育っていくのかもしれない。

けれど、いろんな呼び名で時々にわたしを呼んでくれて、ささやかな幸せをくれる人々がいることが、一歩足を進める力になることを強く思う。

今日も最後まで読んでくださった方にしあわせが訪れますよう。感謝。

 


貧乏性

2016-10-26 | 暮らし

わたしたちの年齢は、親の面倒を看ることと、子どもに頼られ孫の面倒をみるという仕事がある。おまけに、若いころから仕事をしているので、仕事をするのが当たり前と思っている。なので、働ける間は働こうと毎日を過ごしながら町内の 行事ごとにも参加しなくてはならない年齢でもある。

子育て支援として、学童や幼児保育にも声がかかれば行く。女性防災にも行く。弓道仲間の仕事はじわじわと増えてきている。カレンダーを見ると11月の日曜は全部埋まっている。ついでに、土曜の出勤も入っている。月曜と水曜は病院へ母を連れていく。自分のためだけに使う時間はいつなのだろう。

ひとりでいると寂しいので、いろいろな誘いに返事をしてしまって、予定が重なって「あちゃぁ。」と、思うこともしばしば。ゆうべも、道場で国体の審判員の話を先輩から聞いて、そうだった、うかつにも返事をしてしまっていたっけ。そのうえ、もう一つ厄介な出来事に巻き込まれようとしている。これは、うかつに返事をしないつもりなのに周りがじわじわと迫ってくる。逃げよう。

仕事が集まってくるのは貧乏性のせいだと思っている。どれも、殆どボランティアではないか。貧乏暇なしという。

会社を辞めたら悠々自適で暮らそうと思っていた。海外旅行は?豪華客船は?殿と話していた夢物語は、いつの間にか生活排水と一緒にどこかへ流れていった。本当はそんなものはどうでもよかったのだ。ささやかな普通の生活がもっと続くことを願っていた。

でも、友達を見回すと、みんな似たり寄ったりだった。集まると弾丸トークが飛び交う。みんな少しずつ心に何かを持っている。でも逞しいお年ごろ。「今度、美味しいもの食べに行こう。」と、誘われると二つ返事で出かけるのである。おや、最近その時間もないのでは。

 


鶏むね肉ハム

2016-10-26 | 料理

高たんぱく低脂肪と評価される鶏肉だが、もも肉は美味しいがむね肉はいまいち美味しく料理できない。もも肉の半額で買えるが、やはり仕上がりのぼそぼそ感が残念な感じ。

残念なのはわたしの腕かもしれないが。少し美味しくするには、半分に開いて塩胡椒して、小麦粉をまぶして、しっかり焦げ目をつけると美味しくなる。

で、本日は鶏肉ハムの紹介。むね肉の変身である。まず皮を取って中を開く。

砂糖を全体にすりこんだ後、塩をしっかりすり込ます。

ラップで巻いて、仕事に出かける。3時間以上は寝かせたい。自分が寝てはいけない。

鍋に湯を沸かし、沸騰したら火を止めもも肉を沈める。浮いてくるので、落し蓋をして鍋のふたもきっちり閉める。湯が冷めたら出来上がり。チョー簡単だけれど、時間がかかる。しかし、しっとりといい感じだ。これをもも肉でするともっと美味しいかもしれないが、とりあえず安くて栄養があるものを使わない手はない。

お気に入りのピエトロのドレッシングをかけて食べる。


衣桁(いこう)

2016-10-25 | 小さきもの

孫が右手首の骨を折った。土曜に友達たちとJボーをしていて、自転車をよけて転んだのだ。あり得ない形で変形していた。その日のうちに手術をして、翌日には退院したが、学校は休まなくてはならないので、うちに預かることになった。

さて、三角巾で首から吊るのは、首が痛くなるそうだ。痛みのあるうちは腕をあげると痛みが和らぐらしい。上から吊るものはないか考えた。座敷にある衣桁がどうだろうかと。

これが、ぴったりだった。昔は嫁入り道具に欠かせないもので、道具運びの日はこれを1番に家の中へ入れるということだった。「いいこ(いこう)がくる。」と、言うのだそうだ。恐ろしく昔の話だ。結局、着物が日常でなくなった今は座敷のすみにひっそりと息を詰めているように、壁にへばりついている。しかし、今出番が来た。

食事中は、椅子の横に開いて置き一番上から吊る。ソファのところでは、ハンガーで長さを調節した。「ばっちりや。ばぁばは賢いやろ。」と、自慢すると孫は「前から知っとったよ。」と、片腕をあげゲームをしながら言った。会話が長引かないこつを知っているようだ。

 

 


傾斜

2016-10-24 | 山歩き

昔、スキーに行った時50度の傾斜に足がすくんだことがあった。もちろんそんな坂は滑らなかったけれど。切り立った崖のようにも見えた。

坂の傾斜ってどうやって測るのだろう。昨日登った実家の山の反対側から回って写真を撮ってみた。

ふーむ。

なんか場所を替えるたびに角度が違って見える。

どうなんだろうなあ。厄介だなあ。何でも持っていると厄介なのだ。いっそこの山を手放したい気持ちがする。だが、これはわたしのものではないのだった。

考えたら、ここを間違って転げ落ちる可能性が高いのはわたしかもしれない。血液型ですべてを判断するのが正しいとは言えないが、父はO型、母はAB型、弟はA型。わたしはB型だ。血液型一家離散家族。誰も救い合えないのだ。いつも我が家の中では飛びぬけてやかましく、そそっかしいわたしは、この山へ登らなければよいのである。

 

 


防災訓練

2016-10-24 | 暮らし

日曜は南郷地区の防災訓練があった。お兄ちゃんがけがをして入院したので孫のkenがひとりで初めて我が家へ泊った。朝ごはんを食べながら、今日は防災訓練があるよという話をした。有線放送がなったら公民館へ避難だからと言いながら食事を終えた。

8時半、有線放送がなった。「防災訓練をします。」と、言ってから少し間をおいて、「地震です。地震です!」と、叫んだ後、リアルな揺れる音。茶碗をたたいているような音が流れてきたので、食卓テーブルの下にかくれた。収まるまでは出ちゃいかんよといいながら、ふたりで真面目に隠れたら「ばぁば、ここ汚れとるし。」「それ、kenの食べこぼしやろ。」「ちげーし。」「ばぁばんとこは、きれいやよ。それに地震やったら、そんなん見とれん。」本当の地震でもないのにテーブルにもぐって、食べこぼしを見つけてふたりで言いあっていた。掃除してから避難するわけにはいかないなあと思っていたら、放送の音が止んで「公民館に避難してください。」と、なった。

公民館まで歩いて行くと、方々から町の人が集まってくる。公民館で受付をする。姑は訓練には参加しないと言っていたので、我が家はわたしひとり。孫は両親がお兄ちゃんの病院へ付き添いに行っているので、Kenひとり。「kenの家の代表やからね。」と、言って代わりにわたしが名前を書いた。チェック項目に、行方不明、けが人、とかがある。横から覗いていて「あっ、ばあちゃん行方不明やね。お兄ちゃん、けが人やね。」と、子どもは正直だ。実際はこの地震でのけが人なので、チェックしない。

その後、南郷まで移動する。各町から南郷へ移動して、地区会館の各部屋をまわり救急処置や煙体験やAEDの使い方などを習う。炊き出しは外のテントで作っている。米をペットボトルのお茶やオレンジジュースと一緒に袋に入れて、鍋の湯でごはんを作ることを教えてもらった。オレンジご飯もそれなりに食べられた。水は貴重なので何回も沸かして使う。

孫は大人と回っていたので、途中で「ひまやーー。」と、言ってはいたが、終了してお菓子の袋をもらって、自分で稼いだ気になっていた。「働いてもらったし、お兄ちゃんに分けてあげる」とか言っていた。 


崖っぷち

2016-10-23 | 山歩き

母から電話があって、うちの山の土地ぎりぎりまで削られて大変なことになっているということ。急いで行って山に上がると、確かに恐ろしい崖になっている。おまけに木々がはえていたところが、太陽光発電の土台が並んでいる。驚愕の景色だった。

がああん。目まいがしそうだが、しかし、ここで目まいを起こしたら絶壁のような崖から滑り落ちそうだ。間違ってもここへ孫を連れて来ることはできない。

この眺めは父の作った山小屋を背にして立ったところに出来た。

父の作った小屋。

みんなでBBQをして、ここから白山を眺めたのだ。木がしっかり生えていたので、間違って落ちても必ず木に引っかかるし、勾配もこんな絶壁ではなかった。

こんなのって有りかなあと思った。境界線ぎりぎりに崖を作るのはどうか?しかし、境界がどこなのか本当のところはわからないのだ。

実家は町の一番奥で、ぽつんと建っている。そこへ行くまでの景色も変わってしまって、やはりソーラーシステムの景色になってしまった。

と、いうことは山と家はソーラーに囲まれたということになる。

何度かの気温の上昇を起こすという太陽光発電の中で熱中症になりませんように。

少し腰の曲がった母が、ほんの少し作っている畑の作物を、モグラや猪にやられてしまったことも残念だが、今までの景色がなくなって、見渡す限り太陽光発電の中に暮らすというのも残念なことだ。

だからと言って阻止できないし、誰も悪くはない。

わたしは、小さい時、山や海が変わらないように、自分の実家の家の周りの景色も変わらないのだと思っていたが、それは全く甘い考えだったと今思う。

 

 

 


錦城山散歩

2016-10-21 | 山歩き

「石川の山」(山と渓谷社)と、いう本がある。まず、自分の登れる山へ登ろうと、見ていたら「錦城山」が、あった。加賀市に住んでいる人なら誰でも知っているであろう山だ。特に、錦城小学校を卒業した者にとって、錦城山は学校の後ろにあるのだから知らないはずがない。しかし、知っているけれど殆ど登ったことがない。小学校の授業で登ったかもしれないけれど。

錦城山散策マップを見ながら登る。「錦城山城址保存会」の方が作成したものだ。少し登ると小学校が見え大聖寺の町が見える。

階段がついているし、草はきれいに刈られている。大聖寺の人たちが協力してきれいにしているようだ。

本丸には休憩できる建物がある。子供が遊べるアスレチックもある。ここは、山口玄蕃が祀られている石碑もある。

これは迷路。

足元の落ち葉がきれいだ。まだ少し紅葉には早い。

これは何者?

熊が出ませんように。ここは出ないのかな。

 アスレチックで遊んでしまったら、飛びつきがびっしり。

整備された階段と、枯れた木で塞がれた階段。

深田久弥の碑がある。この場所からは白山が見えるはず。残念ながら今日は曇っていて白山が見えなかった。天気の良い日に、ここからの白山を眺めたい。

30分から1時間の行程を、1時間かけてゆっくり回った。


胃の精密検査

2016-10-21 | 暮らし

胃の精密検査の結果、癌の疑いは晴れたがピロリ菌の除去が必要とのこと。

さて、その検査の際、眠っていて検査が出来るよう、筋肉が緩む注射をしたので、今日は一日車の運転はしないでください。と、医師も看護士も何回も念押しをしたが、1時間ほど眠ったし、ゆっくり行けば大丈夫と帰った。

1日運転をしないというのは無理な話だ。夕方は孫の迎えにも行かなくてはならなかった。

夜も加賀市の月例会で矢渡の当番だったので出かけた。そこで、異変に気付いた。的が二つに見える。矢は前と下にそれた。的はふたつにみえても、狙っているうちに何とか狙いはつけられたが、どう引いても矢勢がない。

その後の8射も、引けども引けども前と下に落ちる。調子が悪くても、間違って1本くらい中ってもいいだろうに。

後で、聞いたら検査の際に打った注射は、目も筋肉も緩むのだそうだ。でも、下手で中らないのかもしれないので、この辺は分からないが、薬の影響はドーピングもあるくらいなので、反ドーピングもあるかも。いや、そういうのは副作用というのだった。


見抜く力

2016-10-18 | 弓道

先日、石川県立武道館で武道指導者講習会で、飯島正大範士と鈴木康弘範士の講習を受けた。

その中で、弓を点検されて3張り道場に入れたので、わたしたちは、その弓のどこが問題なのかみんなで頭を寄せて解明しようとした。関板と弦がくっついて関板が削れていること、上成のカーブが深いかなあとか、中仕掛けが細すぎるとか、やや入木だけれどそれは問題ないと思った。

ところが、どれも違った。弦輪のかけ方だった。見抜けなかったことが残念だ。最近、入木の弓をなんとか大切に保持しながら少しは弓に関して、見抜けるかと思ったのに。これでは、後輩の弓の不備を見抜けない。自分が普通にやっていることは、みんな普通にやっているのだと思っていた。弦輪の向きが反対にかかっていること。独創的な弦輪を作ってあることを指摘された。。

先生は「弓道に於いては独創的なことはしないでください。昔からのことを踏襲してください。」と、穏やかに言われた。

ところで、以前弓具の雑学事典で、「出木弓を入木にする弦の裏技」と、いうところで弓弭を削って調整するということを書いてあり、削るのってどうだろうと思った。しかし、最後に「根本的な解決は出来ないが、・・”大いなる気休め”に、なるだろう。」と、書いてあり、ちょっと笑ってしまった。

 


弓道時間

2016-10-16 | 弓道

弓道で講習会へ行くと、殆どの人が受付時間より30分以上早く着く。なので、開始時間より1時間以上早く着いている。弓を張ったり、着物を着る為もあるが、なぜか、みんな早く来て、だからと言って何かをするわけでもなく雑談している。

弓道時間と言われるそうだ。会長が全国の会議で30分前に着いたら、もう遅い方だったとか。弓を引かないのに、会議1時間前について何をするのだろう。

弓道時間はやたら早いが、山中時間は遅い。山中で月例会をする時、始めはみんな遅かった。8時というと、8時に家を出るのだそうだ。今では、ちゃんと時間通りにはじまるが。