◇西村卓也・京都大防災研究所教授に聞く
家屋倒壊、津波、火災、道路寸断……正月気分を吹き飛ばす元日の能登半島地震から1カ月が過ぎた。能登のような甚大な被害が四国で起きる恐れはないのか。30年以内の発生確率が70〜80%という南海トラフ巨大地震について、京都大防災研究所地震災害研究センターの西村卓也教授にメカニズムや心構えを聞いた。【聞き手・井上英介】
◇巨大地震発生前50年、後10年に活発化
−−南海トラフ地震はどんなものか。
◆西日本がのっかるユーラシアプレートの下にフィリピン海プレートが沈み込み、静岡県の駿河湾から紀伊半島の南、土佐湾を経て日向灘沖まで続く海溝状の地形を「南海トラフ」という。この部分で地殻がずれ動くことによって巨大地震が起きる。
これら南海トラフ地震では発生の前50年、後10年に西日本で地震活動が活発になる。前回の南海トラフ地震は1944年の東南海地震と46年の昭和南海地震で、その後起こった48年の福井地震を最後に、50年ほど西日本内陸部で大きな地震がほとんどなかった。だが、95年の阪神・淡路大震災を皮切りに2000年の鳥取県西部地震、16年の熊本地震と内陸地震が続いている。これらの地震は南海トラフ地震に関連しており、地震の活動期に入ったと見ることができる。
−−能登半島地震は南海トラフ地震の前兆ではないのか。
◆今回の地震の発生場所は南海トラフからかなり遠く、フィリピン海プレートの沈み込みの方向から考えると関連性は薄い。能登半島地震が南海トラフに影響することはほとんどないし、南海トラフ地震の活動期とは関係なく起きたのではないかと考えている。
◇トラフのひずみ増大 GPS観測で明白
−−南海トラフ地震のメカニズムや内陸地震との関連は。
◆南海トラフ地震の発生50年前から内陸地震が増えることは歴史的、統計的に知られており、地震の発生頻度はそれ以前の2倍以上になる。このメカニズムは研究途上だが、大ざっぱに言えば、フィリピン海プレートの沈み込みにより四国がのるユーラシアプレートが北西方向へ押され、ひずみが南海トラフ地震の前に強まり、内陸地震が多く発生すると考えられる。
過去の南海トラフ地震の発生間隔はまちまちだが、おおむね100〜200年だった。1854年の安政地震から前回1944年までは90年と短く、その前は1707年の宝永地震で147年間空いた。今年は前回の東南海地震から80年にあたる。
南海トラフのひずみが確実に大きくなっていることは、GPSによる地殻の動きの観測から明らかだ。室戸岬では海のプレートに押され年間約4センチずつ北西へ動いている。
◇時期の予知は困難 震源域想定は可能
――地殻がいつずれ動くかという地震予知は難しいのか。
◆今の研究では予知は難しい。過去20年間は地殻が一定の速度で動いており、発生が近づくと速度がにぶるのではないかという学説もあるが、そこはよくわからない。ただし、どこで地殻が強く押されているのかGPSで詳しくわかってきた。そこが将来の震源域になるわけで、国が震源域を想定する根拠の一つとなっている。
――予想される南海トラフ地震を東日本大震災と比べると。
◆規模やメカニズムで同じようなタイプの地震になるが、あえて違いを言えば、南海トラフ地震は震源域が陸地にかかっている。東日本は震源域が太平洋の沖合で、陸地から離れていた。
南海トラフでは高知の室戸など陸地の真下が震源域となりうる。海溝型地震では津波の恐ろしさが強調されるが、南海トラフ地震では津波に加え揺れも強く、能登半島地震のような家屋倒壊が多数起きる可能性がある。
◇孤立対策が不可欠 家屋耐震化に課題
――四国で必要な準備や心構えは。
◆津波対策はもちろんだが、道路が寸断され、ライフラインへの大きなダメージも予想される。能登半島地震より被害は広範囲にわたり、集落の孤立が相当長く続く可能性がある。外から助けがなくても生き延びるために水や食料の備蓄を増やし、集落一丸で対処する必要がある。
揺れによる倒壊を防ぐために家屋の耐震補強が必要だが、若い人が都市部へ出て高齢化が進む集落では、自分の代で終わる家を補強する動きはにぶい。これは能登半島地震でも浮かび上がった悩ましい課題だ。
◇西村卓也(にしむら・たくや)さん
東北大大学院理学研究科修了、国土交通省国土地理院などを経て現職。GPSによる地殻の動きの精密な観測・分析に20年以上取り組み、能登半島での異常な地盤の隆起や群発地震に早くから注目していた。