麒麟琳記〜敏腕Pの日々のつぶやき改題

還暦手前の身の回りのこまごま。
スポーツや映画演劇など。

ラゾーナ川崎

2006年12月25日 | 身辺雑記
             『燕のいる駅』 
             3/21(祝)~25(日)
             於:ラゾーナ川崎プラザソル
             安田扶二子/客演決定!

 僕は川崎に生まれ育ち、一昨年の転居までの三十ウン年を川崎だけで過ごした。今は高円寺住まいだが川崎を愛している。マリノスサポーターだが川崎を愛している
 そんな僕が遅ればせながら、噂の“ラゾーナ”に行ってきた。

 メインの仕事は別にあったからまずは東口に出た。
 ちょうど正午だったから、アゼリアの時計がクリスマスソングを奏でていた。中央の指揮者はサンタの服、頭にはトナカイを被っていた。

 アゼリアの誕生は20年前。当時日本最大の地下街として、まだまだグレーのイメージだった川崎。。。言うまでもないがバンドのGLAYじゃなく灰色の方です。。。を少しく明るくしたし、冒頭の仕掛け時計が時間で動くたび鈴なりの人だかりができたものだった……。
 市役所もあるし、川崎大師もある。野球場に競馬場に競輪場に、さいか屋などのデパート、銀行、飲食店……とにかく何でも東口にあった。
 92年には川崎マリエン、02年にはチネチッタがオープンし、川崎駅といえば東口だった。
 それが2年前、川崎市政80周年を記念して、本格的な音楽専用ホール「ミューザ川崎シンフォニーホール」を核としたオフィス、ショップ&レストランのランドマークタワーが西口に堂々の完成をみたのに続き、ついに今年9/28、ラゾーナの誕生で、西口はターンノーバーを果たしたと言える。…詳しく云えば、パスポートセンターなどを有する「ソリッドスクエア」から西口の逆襲(?)は始まるのだが、あまりインパクトがなかったのは事実だ。

 話が大きく逸れました。
 すっかり“川崎史”になってしまった
 
 東口での仕事が一段落し、ラゾーナをみて帰ると宣言したら「五階のホールにも寄ってよ」と言われた。そう云った御仁は「ラゾーナ川崎プラザソル」の役員でもある川崎の名士で、弊団の『朗読劇/月光の夏』をそこでやりたいと言ってくれてもいる方だ。
 冒頭のお知らせにもあるとおり、そのキャパ200のホールで、3/21(祝)~25(日)に上演される『燕のいる駅』に安田扶二子の客演も決まっていて、その演出は、今演劇祭でお世話になっている千田恵子さんだったりもする。

 そんなこんなで足を向けた。
 平日だと云うのに、すごい人手だった。クリスマス前の12/22ってことも少しはあったのだろうか? とにかくその数からすると、地元っ子の僕が知り合いと出くわしてもおかしくないほど…。とはいえ、川崎は135万人都市東京横浜などからも来ているだろうし…結局、誰にも会わなかった。

 まあ、とにかくラゾーナはまるで川崎っぽくないのだが、じゃあ川崎っぽさって?と自問自答すれば、母にとっては海で海苔が取れた故郷であり、僕の時代はやっぱ公害で、あるいは大洋が、ロッテが、ベルディが次々と去って行ったなんて思い出が蘇る。。。つまりはそれぞれの「川崎」ってこと。

 さて、これから先、どんな未来をこの街は見せてくれるのか?
 受け身じゃなく能動的にできる一つの手段・・・選挙が来春ある。
 統一地方選・・・だから川崎に限らず、それぞれの街の未来のために、投票しましょ
 
コメント
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