世界を変えられないとしても
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アメリカ人の父と日本人の母のもとへ、養子としてやってきたアイ。
内戦、テロ、地震、貧困……世界には悲しいニュースがあふれている。
なのに、自分は恵まれた生活を送っている。
そのことを思うと、アイはなんだか苦しくなるが、どうしたらいいかわからない。
けれど、やがてアイは、親友と出会い、愛する人と家族になり、ひとりの女性として自らの手で扉を開ける――
たとえ理解できなくても、愛することはできる。
世界を変えられないとしても、想うことはできる。
西加奈子の渾身の叫びに、深く心を揺さぶられる長編小説。
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西加奈子さんの物語に登場する女性はいつも強烈な個を持っています。
本作の主人公アイはシリアで生まれ、
物心つく前にアメリカ人の父と日本人の母の元へ養子として引き取られます。
そこそこ裕福な家で、何一つ不足ない生活。
しかも小学校まではアメリカ暮らし。
となればさぞかし自由に育ったことだろうと思うのですが、
なぜか彼女は人より目立とうとか自分の意見をはっきり言うことが苦手なのでした。
その後日本で暮らすようになり、こちらの暮らしの方が彼女には楽そうに思えるのですが、
しかし、彼女の容姿があまりにも際立っていて、なかなかなじめないのです。
そんなとき、何も頓着しないように普通に話しかけてきたのがミナ。
やがて二人は親しくなり、後には生涯を通じる親友となっていきます。
養子にもらわれてこなければ、シリアで今頃自分はどうなっていたかわからない。
シリアに限らず世界中のどこかで内乱や戦争はいつも起こっているし、
災害や思いがけない事故・・・、理不尽な死はどこにでもある。
しかるに自分はこんなに恵まれた生活をしていて良いのか。
死ぬのは自分だったかもしれないのに・・・。
彼らと自分はどう違うというのか・・・。
こうした思いに常に囚われるアイ。
両親と血のつながりがないことで、
自分の立場がより一層寄る辺ないものに思えてしまうのでしょう。
すなわちこれはアイのアイデンティティの物語。
普通の中に埋没してしまいたい、目立ちたくない・・・と思い続けたこのアイが、
それでもやはり輝くような個性の持ち主なのです。
多くの理不尽な死のことを私たちも時には思う。
けれどこんな風に突き詰めて自分のことのようにはなかなか思えないです。
そしてまたその個性を限りなく慈しみ愛してくれる人たちの存在もいいなあ・・・。
両親はもちろん、ミナとそして夫となるユウ。
アイとユウ、すなわち I と YOU ですね。
とすればミナは ALL か。
つまりアイデンティティは自分だけではなく、
周りの人々とのつながりがなくては成り立たないということなのかもしれません。
このような一人の「個」が、皆で何かを思うとき、もしかしたら世界は変えられるのかもしれない。
いえ、変えられないとしても、思い続けることはやはり大事と思いたい・・・。
「i」西加奈子 ポプラ文庫 (単行本にて)
満足度★★★★★