時空を超えて歩み出すふたり
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吉田修一の新境地ともいえる本書は、
誰かのために生きる時代を模索する今だからこそ蘇る、二十一世紀版山椒太夫。
古典の名作『山椒太夫』をベースに、上古も今も末代も、
慈悲の心の尊さとはいかに、を現代に問う問題作だ。
あの安寿と厨子王が千年の時空を超えて繰り広げる、
善の執着と悪の執着を描く大冒険は、
文字を追うごとに、思わず声に出して読みたくなる圧巻の言葉とリズムにあふれている。
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吉田修一さん作品というにはかなりの異色です。
物語は、あの「安寿と厨子王」の物語を元にしています。
森鴎外の小説「山椒大夫」として著名な物語ですが、元々は仏教説話ですね。
私は子どもの頃に絵本で見た記憶があります。
緻密な日本画調の絵で、最後に盲目の老婆となったお母さんと巡り会うシーンだけ、
なんとなく覚えていました。
紹介文に「声に出して読みたくなる」とあるのですが、
確かに、朗々と歌い上げるようなリズムのある言葉。
力がありますねえ。
主人公はまだ年端もいかぬ姉・アンジュと、その弟・頭獅王なのですが、
なんとも過酷で残酷な運命をたどります。
父親が濡れ衣の罪を着せられ流刑となり、
その妻と子どもたち(姉・弟)が事実を訴えるために京へ向かうことにします。
しかしその途中で人買いにだまされ、母と子どもたちは別れ別れに売られてしまいます。
山椒大夫の元に買われたアンジュと頭獅王は、
これまで下働きも力仕事等したことがない。
そこへいきなり辛い労働をあてがわれ途方に暮れて泣くばかり。
逃げだそうとしたことがバレて、額に焼きごてをあてられたりもする・・・。
それでも姉は自分の身を挺して弟を逃がすのですが、
弟の行方を話せと拷問され、ついには命を落としてしまう。
ひ~。
なんともひどい話であります。
しかし信心深い彼らには御仏のご加護がある。
ここからが本作の真骨頂でありますが、
アンジュと頭獅王は獅子にまたがり千年の時空を超えて旅をします。
この現代日本にも立ち現れてしまうアンジュと頭獅王。
なかなかシュールです。
シビれます。
このヒグチユウコさんの表紙イラストもステキですねえ。
不思議な魅力のある本です。
中に、こんな文章があります。
大きな文字で1ページを費やして。
仇(あだ)を仇にて報ずれば、
燃える火に薪(たきぎ)を添えるようなもの。
逆に仇を慈悲にて報ずれば、
これは仏と同格なり。
まさに、「戦争」もこういうことなんだなあ・・・と思いました。
でも、「慈悲にて報じ」てもますますつけあがる相手には、どうすればいいんだろう・・・
<図書館蔵書にて>
「アンジュと頭獅王」吉田修一 小学館
満足度★★★★☆