映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

ある画家の数奇な運命

2020年10月13日 | 映画(あ行)

芸術は真実を語る

* * * * * * * * * * * *

本作、3時間以上という大作で、若干見るのをためらっていたのですが、
新聞の映画評がよかったので、やはり見てみる気になりました。

ドイツの激動の時代を生きた芸術家の半生を描きます。
現代美術界巨匠、ゲルハルト・リヒターがモデルとのこと。
でも本作、この芸術家自身の運命というよりも、
その中で起こる出来事こそが運命的な“奇跡”なのです。

クルト(トム・シリング)は、ドレスデンで生まれ育ちます。
その幼少期はまさにヒトラーが台頭した時代。
実はそのころ、クルトが大好きだった若く美しき叔母が精神の変調を来し、強制的に入院させられます。
当時のことですから精神障害者は「不要」な者とされ、
遺伝子を根絶するために強制的に不妊手術を受けさせられた上、最後には“安楽死”させられてしまうのです。
そのような事が起こっているとはつゆ知らず、
ナチス政権は倒れ、戦争が終わり、クルトは成長します。

さて、東ドイツの美術学校に進学したクルトは、エリーという女性と知り合い、恋仲になります。
ところが、実はエリーの父親が、クルトの叔母を死に追いやったナチ党の元高官。
戦後すぐにそういう者たちは処罰されたのですが、彼はうまくその罪をすり抜けていたのでした。
クルトもエリーもそんなことは知るよしもありません。

社会主義のもとでは労働者を描く絵画のみが価値を持つとされていて、
クルトはどうしてもなじめなかったのです。
エリーの父はかつての自分の罪が明るみに出ることを恐れて、
そしてクルトとエリーも西の自由を求めて、
西ドイツに居を移します。

それが、ベルリンの壁ができる寸前の出来事。
このあたりがモデルとなっている画家、ゲルハルト・リヒターの足取りと一致します。
先日見た映画「僕たちは希望という名の列車に乗った」にもありましたが、
壁ができる前までは、比較的容易に東西を移動できたのですね。
そしてクルトは西側の美術大学に入学を果たし、いよいよ彼独自の絵画・芸術を開花させていきます。

ストーリー上は、結局クルトはエリーの父親と叔母のつながりには気づかないままなのです。
では、どうして「物語」となり得るのか。

作中で、クルトが
「ロトくじの数字の無作為な連なりには何の意味もない。
けれど、それが当たりの番号だったとしたら、それは大きな意味を持つ」
というシーンがあります。
このセリフは2回繰り返されるので、これは大きなヒントです。

クルトが無造作に並べた、写真を模写した絵画。
ほんの一瞬だけれども、その並びが「真実」を映し出すという奇跡の瞬間を私たちは目にするのです。
しかしクルトはそのことには気づかない。

芸術が真実を語るのだという奥底の意味合いもあるのでしょうね。
深いわー。

まったく、このストーリー運びというか、手法というか・・・、参りました!!
この3時間はこの一瞬のためにあった、とも言えます。

 

そしてまた、ナチス時代や社会主義時代など、
絵画=芸術の価値がその時々の政治主張によって変わってしまう
というもろさをも本作では描いています。

 

ついでにいうと、トム・シリングがまた、ステキなのだわ~

文句なし!!

 

<サツゲキにて>

「ある画家の数奇な運命」

2018年/189分/ドイツ

監督・脚本:フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク

出演:トム・シリング、セバスチャン・コッホ、パウラ・ベーア、ザスキア・ローゼンタール、オリバー・マスッチ

 

歴史発掘度★★★★☆

数奇な運命度★★★★★

満足度★★★★★



最新の画像もっと見る

コメントを投稿