映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

ビルとテッドの大冒険

2022年05月13日 | 映画(は行)

お気楽高校生のタイムトラベル

 

 

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カリフォルニア、ロックスターを夢見る高校生ビル(アレックス・ウィンター)とテッド(キアヌ・リーブス)。
歴史の先生から、今度の研究発表の成績が悪かったら落第だと言い渡されます。
そこへ謎の男ルファスが現れ、タイムマシンを使い二人を過去に旅させます。
ビルとテッドは過去から、
ナポレオン、ビリー・ザ・キッド、フロイト、ソクラテス、ジャンヌ・ダルク、
チンギス・ハーン、ベートー・ベン、リンカーンを連れ帰り、
街に繰り出して大騒動が巻き起こります・・・。

 

実にお気楽なタイムトラベルストーリー。
まあ、若きキアヌ・リーブスの出演作ということで生き残り、続編まで作られている作品。
あまりにもザックリで、歴史の学習にも何もなりません。

まあ、なんでタイムマシンのある未来からやって来た人物が、
わざわざこんなとぼけた高校生の研究発表のお手伝いをしてくれるのか、
というその理由のところがミソといえばミソです。

お気楽に楽しむほかありません。

続編は、見なくても良さそう・・・。

 

<WOWOW視聴にて>

「ビルとテッドの大冒険」

1989年/アメリカ

監督:スティーブン・ヘレク

出演:キアヌ・リーブス、アレックス・ウィンター、ジョージ・カーリン、テリー・カーリン、ダン・ショア

 

歴史発掘度★☆☆☆☆

キアヌ・リーブスのピチピチ度★★★★★

満足度★★☆☆☆

 


「ミステリと言う勿れ 4」田村由美

2022年05月11日 | コミックス

ストーリー展開のツナギのみごとさ

 

 

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広島での狩集(かりあつまり)家の代々の相続争いで、
過去をさかのぼるうちに、明かになった仕掛け人の存在。
さらに、汐路(しおじ)の父母たちの以外な意思が明らかとなり…!?

追加ページ有りで広島編、ついに決着! そして、新章スタートの必見の第4巻!

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本巻では広島の狩集家の話が決着し、
その後はテレビドラマにあった、記憶喪失の爆弾男のエピソードに繋がります。

ある雨の日、整くんが公園で濡れそぼっている男と出会う。
記憶がないというその男としばし話をするうちに、男は次第に記憶を取り戻し、
「どこかに爆弾を仕掛けたような気がする」と言い始めます。
それまでの会話から、その爆弾の仕掛けられた場所に気づく整くん。
いやはや、この男の会話の中にすべて「3」という数字が関わっているなどと、
じっくり読んでいるはずの私にも全然気がつきませんでした。
さすが整くん、恐れ入ります。

 

それにしてもこの後のストーリー展開のツナギの見事さにもまた、
私は恐れ入ってしまうのです。

この公園の現場から立ち去ろうとする整くんは、土手から転げ落ちてしまう。

病院に担ぎ込まれた整くんは、別に異常はないというのに、
検査のため無理矢理入院させられ、その夜となりの病床の老人から謎めいた話を聞かされます。

その老人が残したのが「自省録」という一冊の本。

また、この病院に張られた手描きポスターに、明らかな誤字があるのに気づいた整くんは、
それが暗号となっていることに気づき、病院の温室を訪れることになります。

そこでも一つの事件を解決した後、また新たな暗号らしき数字を発見。

その暗号は、「自省録」の本がなければ解けないものなのでした・・・。

小さな「謎」はそれぞれ独立していながらも、絡み合って大きなストーリーを構成していく。
この運びの見事さ。
スバラシイ。

 

本巻で気になる整くんのセリフ。

「僕は死んだら何もなくなるんだと思っています。
眠るのと同じ感じでただ夢も見ないし2度と起きない。
何もかもなくなる。
つらいのも苦しいのも恨みもなくなる。
ちょっと悔しいけどそうだったらいいなと思うし、そうあってほしいです」

この思いは、誰もが同じというわけではないと思うのです。
死んでからも持っていたい幸福な想い出や愛や・・・
そういうものを彼は持っていないのかなあ。
つらいことや苦しいことや恨みがましいこと・・・
そんなものばかりが彼にはあるのかもしれない、と思えてちょっと切ないです。

この巻は、整くんがやっとライカさんと対面したところで終わっていまして、
この先も分かってはいるのですが、楽しみです。

「ミステリと言う勿れ 4」田村由美 フラワーコミックスα

満足度★★★★☆

 


「万波を翔る」木内昇

2022年05月10日 | 本(その他)

幕末、外交に尽くした男の奮闘記

 

 

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この国の岐路を、異国にゆだねてはならぬ。

開国から4年、攘夷の嵐が吹き荒れるなか、
幕府に外交を司る新たな部局が設けられた。
実力本位で任ぜられた奉行は破格の穎才ぞろい。
そこに、鼻っ柱の強い江戸っ子の若者が出仕した。
先が見えねぇものほど、面白ぇことはねぇのだ――

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幕末、攘夷の風が吹き荒れる中、幕府の外交を司る部局に出仕した若者、
田辺太一の物語です。
実在の人物なので、様々な資料に基づいたリアルな物語が展開していきます。

「面白ぇ、先が見えねぇものほど、面白ぇことはねぇのだ」

と、太一はワクワクしつつ仕事に就いたはいいけれど、
あれやこれやの壁やら困難が立ち塞がり、ほとんど思うように行かないのです。
それはそうですよね、そもそも「幕府」の立場自体が揺れに揺れている。

尊皇攘夷思想に熱中する日本。
力をつける薩摩や長州、抑えきれない幕府。
攘夷に固執する朝廷。
老獪な欧米列強の開港圧力。
無能・無理解な幕府の上層部。

太一は癖の強く頑固な上司に翻弄されながらも得るものも多く、
徐々に力をつけていきます。
当時は上司には言われるまま、自分の意見やましてや反対意見を言うなどもってのほか
というのが普通であったのに、彼はつい思ったことを口にしてしまう。
でもそんなところを汲んでくれる人もいるわけですね。

しかしそういう上司もまた、さらに上のものからは理解を得られず、
役を外されたり蟄居を申しつけられたりと、安泰ではありません。
実はそれが幕府にとって大きな損害であることにも気づいていない。
幕府という組織の病巣もすでに末期症状、
新しい自体にはまるで対応できないのです。

こんな中で太一もいつかは欧米に行ってみたいと思うのですが、
なかなかチャンスが回って来ず、
やっと巡ってきたチャンスというのが、全く自分の意には沿わない「横浜の鎖港」交渉。
いったん開いた横浜港を朝廷はしつこくまた閉鎖せよという。
そんなこと無理に決まっている、第一そんなことは国のためにはならない、
という太一の個人的な思いと裏腹の任務に、それでも太一は努めるのです。
苦しい、苦しい・・・。

以前何かのテレビ番組で、幕府の使節団が
エジプトのスフィンクスのところで撮った写真を紹介していたのを覚えているのですが、
この使節団の中に太一もいたわけです。
ただし、このときは太一は留守番だったので写真には写っていません。
ただし個人の写真も撮っていて、ウィキペディアで太一の顔を確認することができました。
なかなかキリッとしています!!

また、外交とは少し外れた任務だったかも知れませんが、
太一は小笠原諸島にも渡っています。
まだはっきりとは日本の領土となっていたわけではないこの島に、
漂流したアメリカ人が住み着いたりもしていて、
この機会に日本の領土としてしまったほうがいいと考えた幕府が、
珍しく早めに手を打ったのですね。
そこで、実際に鍬をふるって開拓にまで従事した太一。
道半ばで終了になってはしまいましたが、そのおかげで今も小笠原諸島は日本の領土です。
このとき北方領土も同様の手はずを踏んでおけば良かったのに・・・

さて話はそれましたが、太一またパリへも赴きます。
今度はパリ博覧会。
そう、あの渋沢栄一ももちろん登場しますよ。
同じ一団ですから。
しかし幕府が整えた日本の出品とは別に、
薩摩がさも日本と並び立つ一国であるかのように出品していたという衝撃。
このあたりは「青天を衝け」にも描かれていました。
当時の薩摩の興隆ぶりがうかがえます。
つまり「攘夷」を盛んに喧伝していた長州や薩摩が
いち早く外国人と通じていたという・・・。
何度見聞きしてもあなどれない幕末の日本史・・・。

 

そんなこんなで時代は明治に突入しますが、
結局の所、明治政府も能力のある人材を必要としていたというわけで、
太一はまた外交の仕事に就くことになるわけですが、本巻は「江戸」時代まで。

波瀾万丈の人生をたっぷりと楽しみました。
「青天を衝け」でこの時代をなぞっていたことが、本作の理解にとても役に立ちました!

<図書館蔵書にて>
「万波を翔る」木内昇 日本経済新聞出版社

満足度★★★★.5

 


死刑にいたる病

2022年05月09日 | 映画(さ行)

優しい顔をしたサイコパス

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大学に入学はしたものの、自他共に認める三流大学。
やる気も起こらず、鬱屈した日々を送る雅也(岡田健史)。
そんな彼の元に、世間を震撼させた連続殺人事件の犯人・榛村(阿部サダヲ)からの手紙が届きます。

24件の殺人容疑ですでに死刑判決を受けている榛村ですが、
犯行当時、雅也の地元でパン屋を営んでいて、中学生だった雅也も良く店を訪れていたのです。
「話したいことがあるので会いに来て欲しい」との願いに、
怪訝に思いながらも雅也は面会に出向きます。

榛村は言う。
自分の罪は認めるけれど、最後の事件だけは冤罪。
犯人が他にいることを証明して欲しい、と。

雅也は納得いかないまでも、榛村の起こした事件について調べ始めます。

 

何しろ二十数人を殺して死刑も確定しているのなら、
たった一件くらい冤罪でも別にかまわないのでは?等と思ったりしますが、
もしそうであれば、真犯人が野放しになっているということでもあり、
やはりそのままにしてはおけません。

それにしても、この榛村の持つ闇、あまりにも恐すぎます。
彼が狙うのは17~18歳、つまり高校生の男女。
性別は問いません。
真面目で聡明、パン屋のカフェでノートを広げて勉強するような子。
そこで榛村は、さりげなく獲物に近づき会話して信頼を得ます。
たっぷりと時間をかけて。
そしてある日、彼の燻製小屋に拉致し拷問にかけて、苦しみ泣き叫ぶ姿を見て楽しむ・・・。
うう・・・。
コワイ、コワイ。

ところが、榛村の言う最後の事件では20代OLが被害者で、
拉致された様子もなく死体が置き去りにされていた。
というあたりで、確かにこれは別人が犯人なのでは?ということにも信憑性はある訳です。

雅也が調べるうちに、榛村の周囲の人たちはみな榛村を好きになっていくことに気がつきます。
確かに、かつての雅也自身もそうでした。
そしてまた、かつて雅也の母が榛村と近しい関係にあったということが発覚!!

え? それって??
なかなか衝撃的な展開にドギマギさせられます。



とんでもないサイコパスである上に、周到に人の心を操ろうとするモンスター。
自分を信頼させた後に、いたぶるという残酷な手口。
凡庸で人の良さそうなその顔の下に隠された底知れない闇。
阿部サダヲさん、恐るべし。

死刑囚と面会者はしっかりと隔てられていて、実際にふれあうことはできないのですが、
画面上では榛村がいつのまにか雅也にすり寄り、絡みついてきます。
圧倒的に不気味な演出に、感服。

岡田健史さんもアイドル色を消して、押さえ込んだ演技が良かったです。
そしてこれまた怪しい人物を演じた岩田剛典さんが、
知らなければ最後まで岩田剛典さんだと気づかなかったかも知れない
全く通常と違うイメージ。
すごいです。

冒頭にあった、男が何か花びらのようなものを水路に散らしていたシーン。
最後に分かりましたが、それは花びらではなくて・・・。
ひ~・・・。

 

<サツゲキにて>

「死刑にいたる病」

2022年/日本/128分

監督:白石和彌

原作:櫛木理宇

出演:阿部サダヲ、岡田健史、岩田剛典、宮崎優、音尾琢磨、中山美穂

 

戦慄度★★★★★

心の闇度★★★★★

満足度★★★★.5(恐すぎ)

 


モロッコ 彼女たちの朝

2022年05月08日 | 映画(ま行)

女の敵は女

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マリヤム・トゥザニ監督が過去に家族で世話した
未婚の妊婦との想い出を元に作られた作品とのこと。

モロッコが舞台です。
臨月のお腹を抱え、カサブランカの路地をさまようサミア。
イスラム社会では未婚の母はタブー視され、
美容師の仕事も住居も失い、行き場がなくなってしまったのです。

そんな彼女が、小さなパン屋を営むアブラと出会い、彼女の家に招き入れられます。
アブラも決してサミアを温かく迎えたというわけではなくて、
見るに見かねてやむなくという所ではあったのですが。

アブラは夫を事故で亡くし、娘と二人暮らし。
好きな歌も踊りも化粧も、女としての喜びを心の奥にしまい込んで働き続けていたのでした。

サミアは意外にもパン作りが得意で、
次第にむしろサミアがアブラを支えるような関係に変化していきます。
そして、もっと人生を楽しんでもいいのではないかと、アブラに気づかせていく・・・。

そしてやがて、サミアの出産の時がくる。

 

困難な状況にありながら、やがて生まれてくる命を慈しむ女性の心が
美しく、そしてたくましく描かれます。

本作中、登場するのは女性ばかりです。
男性で登場するのは、アブラに気があるようで何かと面倒を見たがる男と、
共同の窯でパン焼きをする男のみ。
彼は、妊娠中のサミアをみて、座って待つようにと椅子を勧めます。
他に待っていた女たちは
「ふしだらな女を座らせて私たちは立たせておくのかい」
とイヤミを言うのですが。

サミアをクビにした美容室店長も女。
職を求めてさまようサミアを追い払ったのも女。
この社会の中で、女の敵はむしろ女。
未婚の母をタブーとするような意識を
女こそがまず変えなければならないのではないかと、監督は言いたいのかも。
だって、そうした女性の気持ちが分かるのはやっぱり女なのだから・・・。

しかし社会はどうしても偏見に満ちていて、
当の本人が蔑まれたり差別されたりするのは我慢できるとしても、
生まれて来る子どもにはなんの責任もないこと。
そこでサミアは大きな決断をするのです。

なんにしても、若い女性の生きようとする力はすがすがしいものです。

シングルマザー、今や多くの地域ではほとんど当たり前のようなことになっていますが、
そうではないところもまだまだ多いということですね。
戦争とか平和の概念と同じく、女性の社会的地位についても、
日本の当たり前は世界では通じない。
世界を知ることは大切です。

 

作中に、ルジザというモロッコ伝統のパン(?)が出てきます。
麺のように細く長く伸ばしたパン生地を束ねて焼くようです。
これ、食べてみたい!!

 

<WOWOW視聴にて>

「モロッコ 彼女たちの朝」

2019年/モロッコ、フランス、ベルギー/101分

監督・脚本:マリヤム・トゥザニ

出演:ルブナ・アザバル、ニスリン・エラディ

 

世界認識度★★★★★

満足度★★★★.5


返校 言葉が消えた日

2022年05月07日 | 映画(は行)

死者の住む場所

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2017年に発売された台湾の大ヒットホラーゲーム「返校」の実写映画化です。
台湾発のホラーというのも珍しいですね。

 

1962年、中国国民党による独裁政権下を題材としています。
それだからこそ、台湾が舞台ということが生きてくるのです。
この時代、市民に相互監視と密告が強制されており、
「自由」を訴えるなどは、命にも関わること・・・。

さてそんな中、翠華高校。
女子生徒ファンが放課後の教室で、眠りから目を覚まします。
周囲には人の気配がなく静まりかえっています。
誰もいない校内をさまよい歩き始めるファン。
やがて彼女は、男子生徒ウェイと出会います。
ウェイは政府に禁じられた本を読む読書会のメンバーで、
実は密かにファンを慕っていたのでした。
二人は共にこの学校からの脱出を図るのですが、どうしても外に出られません。

過去の実際の出来事と悪夢のような幻想、
不可解な現象がフラッシュバック的に目の前に現れる。

そんな中で、校内で起きた読書会への弾圧事件と
その原因を作った密告書の真相が見えてきます・・・。

残酷な歴史背景を絡めたホラー。
この高校は死者の住み着く場所で、過去の出来事を解きほぐさなければ出ることはかなわない。
いや、すでに皆死んでいるのか。
それとも誰かは生きていて、この場所から出ることができるのか・・・。

新世代のホラーとして今後の方向性を指し示しているかもしれません。

 

<WOWOW視聴にて>

「返校 言葉が消えた日」

2019年/台湾/103分

監督・脚本:ジョン・スー

出演:ワン・ジン、ツォン・ジンファ、フー・モンボー、チョイ・シーワン

 

ホラー度★★★★☆

時代性★★★★☆

満足度★★★★☆


「桜ほうさら (上・下)」宮部みゆき

2022年05月05日 | 本(その他)

そっくりな字をを書くには、その人になりきらなければならない

 

 

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人生の切なさ、ほろ苦さ、人々の温かさが心に沁みる、宮部時代小説の真骨頂!

父の無念を晴らしたい――そんな思いを胸に、
上総国から江戸へ出てきた古橋笙之介は、深川の富勘長屋に住むことに。
母に疎まれるほど頼りなく、世間知らずの若侍に対し、
写本の仕事を世話する貸本屋の治兵衛や、
おせっかいだが優しい長屋の人々は、何かと気にかけ、手を差し伸べてくれる。
家族と心が通い合わないもどかしさを感じるなか、
笙之介は「桜の精」のような少女・和香と出逢い…。
しみじみとした人情にほだされる、ミヤベワールド全開の時代小説。(上)

 

上総国搗根藩から江戸へ出てきて、父の死の真相を探り続ける古橋笙之介は、
三河屋での奇妙な拐かし事件に巻き込まれる。
「桜の精」のような少女・和香の協力もあり、事件を解決するのだが。
ついに父を陥れた偽文書作りの犯人にたどり着いた笙之介。
絡み合った糸をほぐして明らかになったのは、搗根藩に渦巻く巨大な陰謀だった。
真相を知った笙之介に魔の手が…。
心身ともに傷ついた笙之介は、どのような道を選ぶのか。(下)

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宮部みゆきさんの時代小説はやっぱりいいなあ・・・
ということでまた手に取ってしまいました。
本作はテレビドラマにもなったのですが、私は見ていませんでした。

 

まずは、タイトルの「桜ほうさら」。
甲州や南信州の「ささらほうさら」(いろいろなことがあって大変という意味)という言葉に
桜をからめた言葉。
桜の美しさ、はかなさも絡んでなかなかすてきなネーミングです。

 

深川の富勘長屋に住む古橋笙之介。
上総国搗根藩から江戸へ出てきて、
貸本屋の治兵衛から請け負った写本などをして糊口を凌いでいます。
しかし実は彼には秘めた目的があり、それは父の死の真相を探ること。
国元で父は、商人から賄賂を受けたとの疑惑が元で自害して果てたのですが、
笙之介にはあのひたすら実直な父が汚職をするなど
どうしても信じることができないのです。
しかし証拠となった文書に記された文字は明らかに父の筆跡。
それには父自身も驚いていたという・・・。
人とそっくりな文字を書いて文書偽装などできるものなのか・・・。
笙之介はそんな真相を探ろうと江戸へ出てきたのでした。

 

というのが大筋なのですが、その件はいったん置いておいて、
という感じでいくつかの事件が挿入されます。
どれも「文字」が絡むできごと。
文字にはその人だけの人生がこめられていて、
そっくりな字を書くというのはその人そのものになりきらなければならない。
そんなことをするのはいったいどんな人物なのか・・・?

 

そんな中で笙之介はとある女性と知り合い、好ましく思うようになります。
始め、まるで桜の精かと思うほどにはかなげに見えたのですが、
実はかなり気が強い跳ねっ返り娘。

 

というわけで、ミステリにロマンス、江戸の義理人情が絡み合って引き込まれる物語。
最後には藩のお家騒動が絡んだ陰謀が明らかになり、
それは笙之介の家族にも関係する悲惨な結末。
それでも読後感は悪くないのはさすがに宮部ワールドです。

 

富勘長屋や、そこに住む人々、貸本屋の治兵衛さん、
先日読んだ「きたきた捕物帖」と重なる人物が登場するのもウレシイ。
(こちらの方が先ですけどね)

 

「桜ほうさら」宮部みゆき PHP文芸文庫

満足度★★★★☆

 

 


「ドライブインまほろば」遠田潤子

2022年05月04日 | 本(ミステリ)

虐待を逃れてきた少年の、生きる力

 

 

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山深い秘境を走る旧道沿いにぽつんと佇む「ドライブインまほろば」。
店主の比奈子が一人で切り盛りする寂れた食堂に、
突然男の子が幼い妹を連れて現われた。
憂と名乗る少年は「夏休みが終わるまでここに置いてください」と必死に懇願する。
困惑する比奈子だが、事故で亡くした愛娘の記憶が甦り、
逡巡しながらも二人を受け入れてしまう。
その夜更け、比奈子は月明かりの下で激しく震え嗚咽する憂に気付いた。
憂は、義父を殺し逃げてきたことを告白し――。

「生きる意味」を問い、過酷な人生に光を灯す感動長編。

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ドライブインまほろば・・・と聞くと何やらほのぼのしたイメージを思い浮かべますが、
いえいえ、遠田潤子さんですから、辛い現実を避けては通れません。

 

旧道沿いにぽつんとある、さびれたドライブイン、まほろば。
店主の比奈子が一人で切り盛りしています。
ある日そこへ一人の少年が、幼い妹を連れてやって来ます。
憂と名乗る少年は、「人を殺してきた」といい、
「夏休みが終わるまでここに置いて欲しい」と必死で懇願するのです。

 

一方物語はその憂がそれまで生活していた側も描き出します。
憂は、実父から虐待され、母からはかばってもらったこともない。
その後母が離婚して次に継父となった流星という男もまた、憂を虐待。
母は流星にしか関心がなく、流星との間にできた女児も、憂も、全くのネグレクト状態。
それでも耐えていた憂ですが、ついに流星の虐待が妹にも及ぼうとするときに、
逆襲し、流星を殺してしまったのです・・・。

流星には双子の兄・銀河がいて、
銀河は弟・流星を手にかけた憂に復讐を果たすべく、憂の行方を探し始めます。

 

問題の根っこは、この銀河・流星の兄弟にあるのかもしれません。
彼らもまた、親からは少しの愛情も与えられずに育った。
ネグレクトや虐待の連鎖というのでしょうか。
彼らには通常の「家族」という概念がないのかもしれません。
孤独でよりどころも知らないままに成長した彼らは、どこへ向かおうとするのか・・・。

10年に一度だけ森の中に出現するという、幻の池、十年池。
そこで、奇跡は起こるのか???

子どもが出てくる物語は、きっと少し明るい未来を運んでくれるので、好きです。
いきなり殺人を犯してしまった少年の物語、
というのには驚いたけれど、満足のいくストーリーでした。

 

「ドライブインまほろば」遠田潤子 双葉文庫

満足度★★★★☆

 


アンダードッグ 後篇

2022年05月03日 | 映画(あ行)

それぞれの事情に寄り添い、圧巻

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さて、後篇。
今度は大村龍太(北村匠海)と末永晃(森山未來)の話がメインになります。
前回登場し燃焼し尽くした宮木瞬(勝地涼)は、その後芸能界を引退したと語られるのみ。

 

前作までは前途有望な新人ボクサーとして描かれていた龍太。
しかしその過去にやや問題があった。
児童施設で育った龍太は思春期に生活が荒れ、裏組織で暴れ回る。
派手な入れ墨はその時にしたものなのでしょう。
試合の時はシートを貼って、見えないようにしています。
今は妻もいて、ボクシング中心に回る生活は安定しています。
でも、過去の行動が結局自分を苦しめることになってしまう・・・。

末永は宮木との試合の件で世間からはあきれられてれ、
自身ももうこれが止め時なのだろうと納得しはじめます。
しかし妻からは離婚届を突きつけられ、
いよいよボクシングどころか人生の目標も見失ってしまう・・・。

 

そんな二人ですが、実は末永も忘れていた意外な接点が過去にあったことが明かされます。
大村がヤケになれなれしく末永に絡んでくる理由も分かりました。

そしてついにラストはこの二人の対戦シーン。
これはもう、どっちに味方しようもないのです。
どっちにも感情移入してしまっていますから。
でも、双方精一杯力を尽くしてボロボロになりながらも試合を続けます。
途中からテーマソングが流れて、片方が急に調子が出てパンチが決まり始めたりはしない。
実に地道で力強く、その描写も迫力に満ちています。
心が熱くなります。

殴り合いながらも心が通じている感じがする・・・。

全体には前後篇で長いのですが、それは3人の事情を一人一人しっかり描いているから。
とても見応えのある作品でした。

<WOWOW視聴にて>

「アンダードッグ 後編」

2020年/日本/145分

監督:武正晴

原作・脚本:足立紳

出演:森山未來、北村匠海、勝地涼、瀧内公美、水川あさみ、柄本明、風間杜夫

 

人生の行き詰まり度★★★★☆

再生度★★★★☆

満足度★★★★☆

 


アンダードッグ 前編

2022年05月02日 | 映画(あ行)

ボクシングにしがみつく男たち

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ボクサーに人生をかける3人の男たちのドラマです。

プロボクサーの末永晃(森山未來)は、かつてチャンピオンの座をつかみかけたものの失敗。
その後は「噛ませ犬」としてリングに上がり、ボクシングにしがみついています。
別れて暮らす妻と息子あり。
デリヘル嬢の送迎ドライバーとして日銭を稼ぐ。

 

末永が夜、ジムで一人で練習していると、
時々ふらっと現れて、なれなれしく話しかけてくる大村龍太(北村匠海)。
別のジムに所属する期待の新人。
プロテストも一発合格。
その後も順風満帆。
妻がいて妊娠中。

大物俳優の2世、鳴かず飛ばずのお笑い芸人・宮木瞬(勝地涼)。
テレビ番組の企画でプロとなり、初めての試合が、対末永とのエキシビションマッチと決まる。
彼のお笑いネタよりはマシ、ということで
ボクシングに取り組む様子を面白おかしくテレビ番組に仕立てられている。

末永と宮木のエキシビションマッチは、さすがに誰もが宮木のボロ負けを疑わないが・・・?

前編としては、若き大村はちょっと置いておいて、
末永と宮木、ボクシングをなんのためにするのか、
そしてその問いは生きることへの問いでもある、
行き詰まった2人の男の対決を中心に描かれています。

どんなに頑張っても報われるとは限らない。
止め時を探しているようでもある末永ですが、彼を肯定的に見てくれるのは小学生の息子。
たまに会うときには「世界チャンピオンの夢を諦めないで」と、
今も彼をヒーローとみてくれるたった一人の存在。

 

宮木は売れない芸人として誰もに見下されているような気がしているのですが、
唯一彼の恋人だけは、彼を気遣い、励ましてくれています。

たった一人でいい。
寄り添って見守ってくれる人がいれば・・・。

さてさて、このエキシビションマッチの行き先は・・・?

<WOWOW視聴にて>

「アンダードッグ 前編」

2020年/日本/131分

監督:武正晴

原作・脚本:足立紳

出演:森山未來、北村匠海、勝地涼、瀧内公美、水川あさみ、柄本明、風間杜夫

 

人生の行き詰まり度★★★★☆

満足度★★★★☆

 


茜色に焼かれる

2022年05月01日 | 映画(あ行)

演技と素が逆

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まさにコロナ渦中を意識した作品であります。

7年前、交通事故で夫を亡くした母・良子(尾野真千子)と、息子・純平(和田庵)。
元高級官僚の老人が、アルツハイマーで運転操作ミスをして事故を起こしたのです。
老人はアルツハイマーであるからとして、罪には問われませんでした。
一介の庶民である未亡人とその息子を見下した老人の家族たちは、
謝ることもせず、弁護士を通して賠償金を提示したのみ。
良子はその受け取りを拒否。

それから7年。
コロナ禍へと突入。
良子が経営し生活の糧としていたカフェは手放さざるを得ませんでした。
良子は母子2人の生活の他、施設に入所している義父の費用と、
あろうことか、亡き夫の愛人の娘の養育費までを負担していたのです。
そのやりくりのために花屋のバイトと風俗にまで足を踏み入れなければならなかった・・・。

もちろん良子は息子にはそんなことはいいませんが、
どこかからかウワサを聞いた同級生たちから、純平は嫌がらせを受けるようになります。

社会的弱者となってしまった母子。
生活は苦しいし、周囲の人々もにも見下される・・・。
これでもかというくらいに、負の出来事ばかりが続いていきます。
実に理不尽です。
正直見るのも辛い。

でもそんな中、良子は決して弱音を吐かないのです。
「まあ、頑張りましょう」とふんわり笑ってみせる。

実は良子は以前演劇に傾倒していて、芝居が得意なのです。
つまり、人生をかけて彼女は演技をしている。
こんなこと何でもない。
平気。
なんとかなる・・・

そしてラストで、良子が一人芝居をするシーンがありまして・・・。
ここで怒りを爆発させる「演技」こそが、彼女の本音であり真実なんですね。
素と演技が逆転しているという・・・。
ユニークです。

あまりにも悲惨な出来事ばかりで、陰々滅々になるはずなのになぜかそうならなかったのは、
ラストシーンの美しい夕焼けのためかも知れません。
それでも生きていく。
とりあえずは母と息子で支えながら、二人でいられればいいんじゃないか。
そんな決意に染められるようでもあります。

 

それにしてもこの純平くん、まっすぐないい子に育ちましたよねえ・・・。
特に勉強をしている風でもないのに、教師も驚く成績をたたき出すという所は
チョッピリ胸がすきました!! 
確かにこんな息子が居たら、もう少し頑張って生きてみたいと思えそうです。

 

<WOWOW視聴にて>

「茜色に焼かれる」

2021年/日本/144分

監督・脚本:石井裕也

出演:尾野真千子、和田庵、片山友希、オダギリジョー、永瀬正敏

 

生活困窮度★★★★★

理不尽度★★★★☆

満足度★★★.5