映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

探偵マリコの生涯で一番悲惨な日

2023年11月08日 | 映画(た行)

新宿の群像劇

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新宿ゴールデン街にある小さなバー「カールモル」を切り盛りする、
バーテンのマリコ(伊藤沙莉)。
彼女には探偵というもう一つの顔があります。

ある時、FBIが現れ「歌舞伎町に紛れた宇宙人を探してほしい」という依頼をします。
引き受けて宇宙人の行方を追うことにしたマリコ。

・・・というのが本作の大きな一つのストーリーではありますが、
本作、6つのエピソードを二人の監督が3エピソードずつ演出して一本の映画にしています。
つまり、このバーを訪れる様々な人々の群像劇にもなっているのです。

代々忍者を継承しているというMASAYA。
マリコのカレシでもありますが、忍者道場も人が集まらず経営難。

引退した元ヤクザ。

殺し屋として育てられた姉妹。

ホストに貢ぐ女。

宇宙人を連れて逃げ隠れする男。

そして当のマリコ自身にも何やら暗い過去がありそうで・・・。

宇宙人登場で、ラストはファンタジーっぽくまとめたところで、まあ楽しめました。
探偵ストーリーというところで、もう少しミステリらしい展開があればよかったかな、と。

 

「探偵マリコの生涯で一番悲惨な日」

2023年/日本/116分

監督:内田英治、片山慎三

脚本:山田能龍、内田英治、片山慎三

出演:伊藤沙莉、北村有紀哉、宇野祥平、久保史織里、竹野内豊

 

群像度★★★☆☆

探偵としての活躍度★★★☆☆

満足度★★★☆☆


2023年11月07日 | 映画(た行)

命はみな等しく、貴重で尊重されるべきはずだけれど

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実際に起きた障がい者殺傷事件をモチーフにした辺見庸さん同名小説の映画化です。

元有名作家・堂島洋子(宮沢りえ)が、森の奥深くにある重度障がい者施設で働き始めます。

そこで洋子は、作家志望という陽子(二階堂ふみ)や、
絵の好きなさとくん(磯村勇斗)などの同僚と出会い、
また、光の届かない部屋でベッドに横たわったまま動かない
キーちゃんと呼ばれる入所者を知ったりします。
そしてまた、他の職員による入所者への酷い扱いや暴力をも目の当たりにします。

そんな理不尽な状況を見るさとくんは、
正義感や使命感を徐々に増幅させていきますが・・・。

 

実際にあったあまりにも悲惨な事件ですね。

さとくんは、ろう者の恋人もいて、
本来こころ優しく理想に燃えた青年だったのでしょう。
しかしこのどこかゆがんだ施設にいるうちに、彼自身の考えもゆがんでいきます。
言葉を持たないものは人間ではない・・・と考えるようになってくる。

どのような声かけも心遣いも、ほとんど伝わらず反応もないような入所者がほとんど。
こんな中では、仕事へのやりがいも次第に薄れていくのかも知れません。
そしてハナから入所者を人間扱いしない同僚たちの存在・・・。
ただベッドに横たわり身動きしないものを「無価値」とみなすようになっていきます・・・。

こんな中で、洋子はそれはやはり違うと思う。
というのも、彼女は自身の子供が生まれてすぐに心臓の手術のために障がい状態となり、
寝たきりで結局一言も話すことがなく亡くなってしまった・・・
という経験があるのです。
そんな苦しみを夫・昌平(オダギリジョー)とともに乗り越えてきた。

そしてまた今、洋子は妊娠していることに気づきます。
でもまた同じことを繰り返すことになるのでは・・・と思うと、
出産することにためらいが出てしまいます。

言葉を発することができず、自分の意思表示もできない。
そうした者たちの生きる意味とは・・・?

 

出産前診断で子供に障がいがあると分かると、
中絶してしまう割合が高いといいます。

重い障害があるものは生きるに値しないのか・・・?

私自身も、生きている限りは人間なのだから、どんな命も尊重されるべき・・・と言いたいけれど、
ちょっとためらってしまう部分もあります。
でもそれを突き詰めれば、さとくんのようになってしまう。

 

苦しく重大な問いに真っ正面から迫る作品。

磯村勇斗さん演じるさとくんの壊れ方に注目です。

 

<シアターキノにて>

「月」

2023年/日本/144分

監督・脚本:石井裕也

原作:辺見庸

出演:宮沢りえ、オダギリジョー、二階堂ふみ、磯村勇斗、板谷由夏、笠原秀幸

問題提起度★★★★★

人格崩壊度★★★★☆

満足度★★★★☆


キュリー夫人 天才科学者の愛と情熱

2023年11月06日 | 映画(か行)

研究に生きた人

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1903年にノーベル物理学賞、1911年に同化学賞を受賞し、
女性として唯一2度のノーベル賞受賞を果たしたキュリー夫人のストーリーです。

 

19世紀のパリ。

ポーランド出身の女性研究者、マリ・スクウォドフスカ(ロザムンド・パイク)は、
女性というだけでろくな研究の機会を与えられません。

そんな彼女が、彼女の研究を理解する科学者・ピエール・キュリーと出会い結婚。
夫の支援で研究に没頭します。
やがて、ラジウムとポロニウムという新しい元素を発見。
夫婦でノーベル賞を受賞します。
しかしその後、ピエールは若くして他界。
マリはその喪失感から過ちを犯し、世間からバッシングを受けてしまいます。
また、研究中の被曝で、体調も思わしくない・・・。

ラジウムや放射線に関する研究はまさに、人類史上画期的なことです。
マリがラジウムを発見した頃には、当然放射能のことなど分かっていなかったわけですが、
次第にそれが健康に害をおよぼすものだということが分かってきます。
でもまた、ガンの治療に有効であるということも。
作中では、時をも超越して、放射線の功罪に関わる映像が挿入されていきます。

第一次大戦の戦地に、移動式のレントゲン装置を導入し、
負傷した手足を切断せずにすむケースを見極められるようになったこと。

ガンの治療。

広島への原爆投下。

原子力発電所の事故・・・。

 

先日見た「Winny」のことを思い出してしまいました。
放射線による被害は多くあるけれど、悪いのはその使用方法であって、
決してそれを発見したキュリー夫人ではない、ということで。
まあ実際には、彼女が発見しなくても、
いずれは別の誰かが見つけ出していたでしょう。

 

しかし、自分の研究対象が自分の命を縮めるという皮肉。
こんな運命をたどった研究者も多くはないのでは・・・。

 

それにしても、いつまでも「キュリー夫人」呼ばわりはいただけないのでは。
きちんとマリ・キュリーと呼ぶべきですね。

 

<WOWOW視聴にて>

「キュリー夫人 天才科学者の愛と情熱」

2019年/イギリス/110分

監督:マルジャン・ザトラピ

出演:ロザムンド・パイク、サム・ライリー、アナイリン・バーナード、アニヤ・テイラー=ジョイ

 

歴史発掘度★★★★☆

スキャンダル度★★★★☆

満足度★★★.5


「二年間の休暇」J・ベルヌ

2023年11月04日 | 福音館古典童話シリーズ

長い「古典童話シリーズ」の旅の始まり

 

 

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「十五少年漂流記」として知られる、ベルヌの代表作。
孤島にうち上げられた少年たちが、力をあわせて種々の困難をのりこえ、
自分たちの生活をつくりあげていく痛快な冒険物語。

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「二年間の休暇」は、一般的には「十五少年漂流記」として知られる物語です。
児童書とされるものですが、なぜ今頃になってこの本を読むことになったか・・・
説明すると長くなるのですが、でも、説明したい(^_^;)

 

先に、福音館書店の編集者さんの話を聞く機会があったのです。
そしてその時の話が、「福音館古典童話シリーズ」のこと。
当シリーズは1968年にこの「二年間の休暇」が第一巻として刊行され、
現在は第43巻「バンビ 森に生きる」(2021年)まで発刊されています。
どなたも学校の図書館などで目にしたことがあるのではないでしょうか。

このシリーズのコンセプトは、完訳決定版を目指したというところ。
多くの古典童話は簡略化したり原書でなく英訳版をさらに和訳したりするもので、
完訳というのはあまりなかったと思います。
そしてもちろん、訳文も美しい日本語による優れた訳文とする。
また、挿絵も可能であれば初版本の挿絵を復刻するなど、芸術性の高いものに。
さらには、本の作りも美しく重厚な装幀で堅牢に。

・・・と、このシリーズに触れてみたくなる話だったので、
今後私の生ある限り、ぼちぼちととなると思いますが、
いっそ始めから読んでみようという気になったわけ・・・。

もちろん、図書館から借りて・・・。
文庫版でも出ていますが、どうせ借りるのなら、しっかりした単行本で読みますね!

 

それで、第一巻目のこの本。

「十五少年漂流記」は題名とおよその内容を知っているだけで、
もちろんしっかりと読んだことはありません。
そもそも500ページ以上の大作。
でも思った以上に興味深くするすると読めました。

 

1860年、イギリスの植民地であるニュージーランドのオークランド、
チェアマン寄宿学校に学ぶ少年たちが、
休暇を過ごすはずの航海で嵐に遭い、無人島に流れ着きます。
年長者でも14歳、年少で8歳という15人の少年たち。

 

無人島の話といえば南の島をつい連想するのですが、
本作確かに南の島ではありますが南半球のこと故、
かなり南に位置するこの無人島は、冬は雪と氷にとざされるかなりの寒冷地。
冬を越すことが、生き延びるための大きな課題なのです。
しかもこの「冬」は北半球とは逆。
7月8月あたりが真冬なんですね。

そしてこの島は思ったよりも広い。
中央に大きな湖があって大きな川も流れている。
そのため少年たちは島の全容をつかむのにも四苦八苦します。

まずは15名分もの食料をどう調達するか。
地形を把握し、厳冬期に備え、そしてこの島から脱出するための方法を探る・・・。
難題ばかりです。

リーダーシップに富み、実行力のあるものもいれば、
自己顕示欲が強く不平不満を口にするものもいます・・・。
15名の集団生活が一時は分裂しかけることも・・・。

 

しかし、全体的な私の印象ではこの少年たち、
現代の大人たちよりよほど生活能力があります。
ほとんどが、お金持ちのお坊ちゃまたちなのですが、
多くの生きる術や知識を身につけています。
そこが、何でも機械任せ、大人任せの現代の少年少女とは違うところ・・・。
そして、彼らは銃も扱います。
ここでは船ごと島に流れ着いたので、船本体は航海できないほど破損していますが、
積荷はほとんど無事。
船には銃器も積んであって、彼らは普通にそれを扱い、島で狩りをして食料を調達したりします・・・。
そして最後にはこの武器が戦闘に使われたりするのが、今ではちょっと考えられない展開・・・。
とても現代の少年少女ではムリ・・・。

そういう時代性を考えるのにも意義があるかもしれません。

<図書館蔵書にて>

「二年間の休暇」J・ベルヌ 朝倉剛訳

「福音館古典童話シリーズ」第一巻

満足度★★★★☆


Winny

2023年11月03日 | 映画(あ行)

開発者に責任がある・・・?

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ファイル共有ソフトWinnyの開発者が逮捕され、
著作権法違反幇助の罪に問われた裁判で、無罪を勝ち取った、一連の事件の映画化。

実は私、本作の最後の所を見るまでずっとフィクションだと思って見ていました・・・。
それほどに、ネットの事情に疎いというか無関心で、お恥ずかしいのですが。
知る人ぞ知る事件だったわけですね。

2002年、データのやりとりが簡単にできるファイル共有ソフト
「Winny」を開発した金子勇(東出昌大)。
その試用版をインターネット掲示板「2ちゃんねる」に公開します。
その後、それは瞬く間にシェアを伸ばしますが、
その裏で大量の映画やゲーム、音楽などが違法アップロードされ、
社会問題へと発展していきます。
違法コピーした者たちが逮捕される中、
開発者の金子も著作権法違反幇助の容疑で2004年に逮捕されます。

金子の弁護を引き受ける弁護士・壇(三浦貴大)は、
金子と共に警察の逮捕の不当性を裁判で主張。
しかし、一審では有罪判決を受けてしまいます・・・。

例えば、ナイフで人を殺害したときに、凶器はナイフで犯人はその使用者。
このときにナイフを作った人に何らかの罪があるかといえば、全くないですよね。
あくまでも使用した人の問題。
同じ考え方で、Winnyの開発者に著作法違反の責任があるかといえば、それはないでしょう。
単純に納得できる話。

しかしどうも、警察の真の意図は別の所にあり、
金子にあえて嘘の供述をさせた・・・と、本作では描いています。
警察が描いた筋書き通りに供述させること。
・・・こんなことでどれだけの冤罪が生まれたことか。
権力は恐ろしいものであります。

そしてまた、この金子という人物像がすごくユニーク。
とにかくコンピュータのプログラムを作るために生まれたというか、
そういう才能はピカイチなんですね。
ところがその他の部分がポンコツ。
お人好しというか人の裏の意図などには考えが及ばない。
作中でも自分の思いはプログラム言語でしか表現できない
というようなことを言っています。

東出昌大さんはこういう独特でちょっと現実離れしたような人物を、
実にうまく演じているのですが、
本作の最後に金子氏本人の映像があり、
なるほど、東出さんはこの方のことを十分研究し尽くした上で演じていたのだなあ・・・
ということがよく分かりました。

ところでこの金子氏は、最終的に無罪を勝ち取った後、
間もなく急死しているとのことで、実に残念なことでした。
そう思うと、なかなか感慨深い作品です。

本筋とは別に、警察内部での常態化した裏金作りを告発した
警察官(吉岡秀忠)の話も進行していきます。
特に接点もないように思われたこのサイドストーリー。
この内部告発はほとんど握りつぶされかけていたのですが、
Winnyによって警察内の書類が違法に流出したことで
証拠が露見した・・・という皮肉な落ち。
イカしてます。

 

<WOWOW視聴にて>

「Winny」

2023年/日本/127分

監督:松本優作

原案:渡辺淳基

出演:東出昌大、三浦貴大、皆川猿時、和田正人、木竜麻生、金子大地、
   渡部いっけい、吹越満、吉岡秀忠

歴史発掘度★★★★☆

人物描写度★★★★☆

満足度★★★★☆


零落

2023年11月01日 | 映画(ら行)

落ちぶれて、誰からも顧みられなくなったとき・・・

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浅野いにおさんの同名コミックの実写映画化

8年間連載してきた漫画が完結し、現在、仕事がなくなってしまった
「元」売れっ子漫画家深澤(斎藤工)。
次回作のアイデアも全く浮かびません。
すれ違っていた妻・のぞみ(MEGUMI)との関係も冷え切り、
自堕落で鬱屈した日々。
そんなある日、風俗店を訪れた深澤は、
ネコのような眼をしたミステリアスな女性・ちふゆ(趣里)に出会います。
自分のことを詮索しないちふゆにひかれた深澤は、
ちふゆと共に彼女の故郷へ行きますが・・・。

深澤は、一時人気が出たけれど次第に人気も薄れ、
最終巻が出る頃には忘れかけられているというような漫画家。
しかし深澤は、自分の高尚な内容の漫画に世間がついてこられないのだと思っています。
いや、思おうとしているというべきか。

いつも声が小さく、自信なさげ。
けれど実はプライドが高い。
編集者としてイキイキと忙しそうに働き、深澤のことをなおざりにする妻に対しては
不満ばかりで、ついには離婚届の用紙を突きつけます。
でも妻は元々深澤の漫画を認め尊重もしていたので、離婚に応じようとはしない。

なんだかんだと言ってこの夫婦、夫が本心を妻に言葉で伝えようとしないのがよくないと思うし、
そして妻も、じっくり夫と向き合おうともしなかったようで、
こうなってしまうのも当然なのかな、と。
とは言え、多くの夫婦ってこんな風なのでは、とも思います。
自分だってとても人のことは言えないし・・・。

一時は成功者としてもてはやされた身が、やがて落ちぶれ、顧みる人もいなくなる・・・。
むしろ、蔑まれるほどに・・・。
そんな時にどうやって自分は立ち直っていけばいいのか。
いや、立ち直るって言うのも変だ。
自分はずっと同じく立っていたはずなのに。

そんな時に、過去の成功者である自分を知らない人と話をする方が楽なのでしょうね。
特に体のつながりは、一時でも安らぎを得られるのかも知れない・・・。

斎藤工さんは、こんな風に落ちぶれ、たそがれた人物が似合います。
(なんて言うのは、褒め言葉ではないか)
趣里さんも、昨今毎朝見るお姿とは別人。

一定期間全く違った人格の持ち主になれる俳優という職業に、ちょっと憧れます。

 

<WOWOW視聴にて>

「零落」

2022年/日本/128分

監督:竹中直人

原作:浅野いにお

脚本:倉持裕

出演:斎藤工、趣里、MEGUMI、山下リオ、吉沢悠

零落度★★★★☆

ダメ男度★★★★☆

満足度★★★.5