ステージおきたま

無農薬百姓33年
舞台作り続けて22年
がむしゃら走り6年
コントとランとご飯パンにうつつを抜かす老いの輝き

そう言ゃぁ、虫少なくなったよなぁ!

2021-11-16 10:45:23 | 暮らし

 人間って、たわいないもんだよなぁ。今あることが、昔からずっと続いてる気になってる。ネットだって、スマホだって、たかだか20数年、なのに、もう、有線の電話とか郵便とかでつながってる社会なんて思い出すのが難しい。おっと、お役所じゃ今でもFAXだってな、うちの神さん並みだな。世の中、技術の進歩、革新とかで、どんどん変わっていく。で、その変貌の大きさに気付かない。

 自然相手に農業とかやってても、この鈍感さからまぬがれない。なんか、今のあり様、数十年前と同じと思い込んじまってる。

 だが、ほんのちょっとでも立ち止まって振り返ってみると、田んぼも畑も山々も、ずいぶん変わって来てるって気付くのさ。田んぼの害虫で言えば、無農薬で米作り始めた頃、一番の難敵はドロオイムシだった。

 小さな甲虫の仲間で、泥?多分糞を身にまとった幼虫が田植え後の若葉を食い荒らす。その食欲、凄まじく、発生するとその一帯が白く変色して見えるほどだ。こいつらを振り払い、叩き落として除草機押しなどしたものだ。近くに住む農民詩人の星さんなんからは、箒で払い落したって武勇伝?も聞いたことがある。この害虫、今じゃまったく見かけない。

 イネミズゾウムシてやつも一時猛威を振るった。これが蔓延すればよくて半減、下手すりゃ収穫皆無、なんて大いに恐れられた。が、今じゃ、聞かないよなぁ、さっぱり。

 温暖化のせいで、虫たちの最適環境が変わったのか?とも思うが、その割に、温暖地帯の米作りの難敵、ウンカが攻め寄せて来たってこともない。イナゴもそうだ。20年前くらいには、稲刈り前後の田んぼはイナゴ取りのビニール袋持った人たちが歩き回ってたもんだ。もちろん、今じゃそんな姿は見られない。だって、イナゴいないから。

 畑の方だと、ハチがめっきり少なくなったのがこの数年。セミの鳴き声でかまびすしいなんて夏も遠い記憶だ。そうだ、ここ数年、カエルも少なくなった。梅雨時、道路横断するカエルたちを大量に轢き殺す悪業とも縁がなくなった。

 田舎暮らしぃぃ?虫多いからダメ!って人、安心しておくれ。夜、居間の網戸し忘れても、羽虫も蛾も入っちゃこないからさ。無農薬農業も害虫の心配はほぼなくなって、雑草たけが立ちはだかるばかりだ。いいばかりじゃないか!

 なんて気楽に構えていていいのか? 

 どう見たって、人間のなせる業だろう。まず間違いなく農薬だ、殺虫剤だ。ネオニコチノイドってやつな、あれが怪しい。毎年、毎年繰り返される農薬の散布、確実に農村の自然のあり様を変えちまった。今頃になって、また思い出したぜ、レイチェル・カーソンの『沈黙の春』。生き物たちが死に絶えた田畑、野山、そして、・・・

 便利さと快適さには、たくさんの死の影がまといついている。人間の健康への影響だって出ているのかも知れない。快適だったら、すべてOKなのか?これでいいのか?バカボンのパパだって、顔しかめるに違いないと思うぜ。

 

コメント (2)
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