Credidimus Caritati 私たちは天主の愛を信じた

2024年から贖いの業の2000周年(33 - 2033)のノベナの年(2024-2033)が始まります

世俗主義とは、イエズス・キリストを、社会から追放することです。つまり、法律、教育、行政、国際関係、そして社会経済全体から、イエズス・キリストを完全に排除することです。

2021年11月09日 | お説教・霊的講話

王たるキリストについての説教

ドモルネ神父

はじめに

私たちは今日、天地の王たる、私たちの主イエズス・キリストをお祝いしています。

1.王権の本質

王とは、ある都市や、ある特定の地域の人々の共通善を促進するために、その人々を統治する人物です。自分自身の利益のために統治する者は、王ではなく、暴君です。

王は立法権を持っています。つまり、国民を良きものに導き、悪しきものから遠ざけるための法律を作る権力を持っているのです。王は行政権も持っています。つまり、人々を自分の法律に従わせる手段を持っているのです。王は司法権も持っています。つまり、法律に従う人に報いを与え、法律を破る人を罰する権力を持っているのです。

ひとは、どのようにして、王になるのでしょうか? 天主の御名によって聖別されることによってです。実に、すべての権力、すべての権威は、天主に由来します。すべてを創造なさったのは、天主です。すべては天主に依存しています。宇宙の秩序と、それを支配する法を確立なさったのは、天主です。善と悪を決定されるのは、天主です。天主は、善には報いを、悪には罰を、お与えになります。ですから、合法的に王になるためには、その権力を、天主からいただく必要があります。

ところで、天主は、私たちの主イエズス・キリストを、すべての人の王として、また、家族、団体、会社、労働組合、政府など、人間からなる、あらゆる組織の王として、聖別なさいました。

2.キリストの王権の源泉

しかし、天主はいつ、イエズス・キリストを、すべての人の王として聖別なさったのでしょうか?

第一に、位格的結合によってです。位格的結合とは、一つのペルソナにおける、天主性と人性の結合です。イエズス・キリストは人間でいらっしゃいますが、同時に、天主でもいらっしゃいます。主は、ご自分の天主性から、すべてのものに対する権力と権威を受けておられます。預言者イザヤはこう言いました。「私たちのために一人のみどり子が生まれ、ひとりの子が与えられ、その肩には王のしるしがある。その名は、素晴らしきもの、顧問、天主、力あるもの、永遠の父、平和の君と、となえられる」(イザヤ9章5節)。

第二に、私たちの主イエズスは、贖いのみわざのゆえに、天主から、王として聖別されました。イエズスは、ご自分の命を十字架上で天主にお捧げすることによって、すべての人のあらゆる罪を贖われました。主は、地獄からすべての人を解放するための代価を、払われたのです。イエズスが、すべての人を勝ち得る権利を得られたため、天主は、イエズスを、すべての人の王として聖別なさったのです。聖パウロは次のように言っています。「イエズスは死ぬまで、十字架上に死ぬまで、自分を卑しくして従われた。そこで、天主は彼を称揚し、すべての名にまさる名を与えられた。それは、イエズスの御名の前に、天にあるものも、地にあるものも、地の下にあるものもみなひざをかがめ、すべての舌が、父なる天主の光栄をあがめ、『イエズス・キリストは主である』と宣言するためである」(フィリッピ2章8-11節)。

イエズスはご昇天の日、ご自身の普遍的な王権を、はっきりと、こう宣言されました。「私には天と地のいっさいの権力が与えられている」(マテオ28章18節)。

3.世俗主義

私たちの主イエズス・キリストは、王でいらっしゃいます。家庭の父親、会社の社長、団体の会長、組織の理事、政治的指導者など、すべての指導者の権限は、イエズス・キリストに属するものです。彼らの持つ権威は、イエズス・キリストの権威の下にあります。したがって、私たちの指導者たちには、天主と教会の掟に反することをしないという重大な義務があります。彼らには、イエズス・キリストによって創立されたカトリック教会のわざを押し進める義務があります。彼らには、自らの下にある人々の間に、偽りの宗教や道徳的な堕落が起こるのを、出来る限り防ぐ義務があります。

私たちの主イエズスの敵たち、特にフリーメーソンは、世俗主義と呼ばれるこの忌まわしい考えを、世界中に広めてきました。世俗主義とは、イエズス・キリストを、社会から追放することです。つまり、法律、教育、行政、国際関係、そして社会経済全体から、イエズス・キリストを完全に排除することです。世俗主義とは、あたかも天主とイエズス・キリストが存在しないかのように、社会で生活することです。

世俗主義は、非常に重大な罪です。世俗主義は、諸国民の不幸や苦しみの主な原因の一つです。確かに、秩序のないところに、平和や繁栄は、あり得ません。秩序とは、すべてのものが、あるべき場所にあるということです。もし指導者たちが、イエズス・キリストの王権を認めず、イエズス・キリストに服従することを拒むならば、彼らは、天主が確立なさった秩序を尊重しません。彼らは暴君となり、多くの無秩序、苦しみ、不正義、憎しみ、抑圧、戦争を引き起こします。

結論

愛する信者の皆さん、この王たるキリストの祝日に、私たちは、次の二つのことをすべきです。第一に、自分たちの国における世俗主義という罪について、私たちの主イエズス・キリストに、赦しを請うことです。第二に、私たちの家庭で、ビジネスで、また社会生活のすべてにおいて、世俗主義と戦うことです。では、そのためには、どうすればいいのでしょうか? それは、イエズスとイエズスの教会の法に従って、信仰深く生きること、公の場でも恐れずに、私たちがカトリック信者であることを示すこと、そして、どこにいても、カトリックの信仰と教理を積極的に広めることです。

今日、私には、ヨハンナという子に、初聖体を与えるという喜びがあります。私たちの主イエズスは、王が自分の王国を訪れるように、この霊魂に訪れてくださいます。イエズスが、この小さな霊魂を完全に所有し、この霊魂を聖性と永遠の幸福へと導いてくださるよう、お祈りしましょう。また、世俗主義の罪の償いと、罪人の回心のために、この初聖体を王たるキリストにお捧げしましょう。


ジョー・バイデンのバチカン訪問に際してのカルロ・マリア・ヴィガノ大司教の声明

2021年11月09日 | カトリック・ニュースなど

ジョー・バイデンのバチカン訪問に際してのカルロ・マリア・ヴィガノ大司教の声明

Statement of Archbishop Carlo Maria Viganò on the occasion of the visit of Joe Biden to the Vatican

2021年10月31日

10月29日のバチカン訪問に際して、ジョー・バイデンが会談内容を開示し、フランシスコが彼を「良きカトリック信者」と呼び、「ご聖体を受け続けるように勧めた」というニュースが報道機関から広まりました。現在まで、バチカン広報局から明確なコメントが出ていないことは憂慮すべきことです。これでは、ジョー・バイデンの言葉が真実に相当し、ベルゴリオがその言葉を実際に話したものと誰もが思うでしょう。

バイデンの発言が、悪名高い過激な中絶活動家を「偉大なイタリア人」と呼んだホルヘ・マリオ・ベルゴリオの乱暴な軽口と完全に一致するとしても、このような発言が前代未聞のスキャンダルであることは明らかです。なぜなら、中絶を支持する政治家の立場を非難せず、教会の教導権の不変の立場を否定し、公の明らかな罪の状態で受けることによって至聖なるご聖体を冒涜するという、あからさまな涜聖への招待として知れ渡るからです。

すべてのカトリック信者は知っています。母親の胎内にいる無防備な人間を殺すことが恐ろしい犯罪であることを。そして、確信的な中絶支持者であるジョー・バイデンだけでなく、教会の最高牧者の権限を持つと認識されているベルゴリオ自身によっても、最も深刻なスキャンダルが信者らに提示されていることを。枢機卿たちや司教たちの驚くべき沈黙の前に、ベルゴリオの解体作業は休むことを知りません。ごくまれな例外として、自分に託された霊魂たちを本当に大切にしている牧者たち(特にバーク枢機卿の例)がおられますが、彼らは大多数の兄弟である司教たちやバチカンからは敵視されています。

そのバチカンは、今日では、気候変動や包括的資本主義、また大規模なワクチン接種へと矮小化されてしまったキリストの教会の使命を、憂慮すべきことに、転覆させているのです。ベルゴリオは最近、リン・フォレスター・ド・ロスチャイルドが率いる「包括的資本主義のための評議会」から「道徳的指針」(moral guide)と認められ、またジェフリー・デヴィッド・サックスを教皇庁社会科学アカデミーのメンバーに任命しました。サックスは、国連の「持続可能な開発ソリューション・ネットワーク」の会長であり、世界人口の削減と気候変動との戦いの支持者です。このことは、教皇職の使命とは何の関係もなく、教会の高位聖職者たちは、ベルゴリオの持つ役割についての精神的・道徳的な適性を真剣に自問すべきです。

私は信者の皆さんに、私たちの主イエズス・キリストの社会的王権をたたえるためにピオ十一世が制定した祝日に、天主の御稜威に願い奉るよう強く勧めます。現在の危機に悩まされている多くの社会の中で、キリストの教会が、グローバリズム・イデオロギーという偶像に今日取って代わられたイエズス・キリストの統治を取り戻す最初の社会になるよう請い願うように。

+大司教カルロ・マリア・ヴィガノ

2021年10月31日
王たる私たちの主イエズス・キリストの祝日


--このブログを聖マリアの汚れなき御心に捧げます--

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