前回の「光る君へ」で、若宮の五十日のお祝いの場面がありました。座興も進んだところで、道長がまひろに和歌を要求します。
この味が少し癖になりそうですが、ブラムリーがなくなるまで。
まひろが「いかにいかが数へやる・・・」と詠めば、道長が直ぐ「あしたづのよわひしあらば・・・」と返し、その阿吽の呼吸のあまりの見事さに妻・倫子も赤染衛門も表情が凍りつきました。女性の嗅覚で道長とまひろの仲がただならぬものだと疑った倫子が急に席を立ったので、あわてて道長が追いかけます。
この場面はこんないきさつではなかったはずと、山本淳子『紫式部日記』を見てみると、史実は全く違う状況でした。
道長が、和歌のやり取りを会心の作と自慢したまではよかったのですが、続けた台詞が良くなかった。以下は山本淳子訳注です。
『中宮の父さんとして僕はなかなかのものだし、僕の娘として中宮はまずくなくていらっしゃる。母もまた、運がよかったと思って笑っておいでの様子。いい夫を持ったなあと思っていると見える』
倫子の存在の重さを無視した台詞を聞くに堪えないと、倫子は腹をたて、さっさと部屋に引き揚げてしまったのです。
道長はあわてて『中宮よ、失礼とお思いでしょう。が、親あればこそ子も尊ばれるのだぞ』と、御張台の中をくぐって倫子を追いかけたのです。
この行為はNG。中宮は皇族だから、臣下の道長が御張台に上がることは失礼にも当たるのですが。
道長の発言を中宮は冗談だと聞き流しましたが、紫式部ははらはらしていました。
この若宮誕生も道長の出世も、倫子の実質的貢献があってこそなのです。
倫子の実家が格式も上、土御門殿も元は倫子の家なのです。それを倫子の幸運は自分と結婚した男運によるものだと、酒席とはいえ皆の前で公言されては倫子も怒るでしょう。
ドラマでは恋愛沙汰として取り上げても、ここは紫式部日記のとおりにきちんと押さえておきたいところです。
🍗 🍗 🍗 🍗 🍗 🍗
夕食は、タンドリーチキンカレーと、また、さつまいもとブラムリーのサラダです。
この味が少し癖になりそうですが、ブラムリーがなくなるまで。
タンドリーチキンの身をホロホロにするために、鶏手羽元を圧力鍋にかけました。
少し手間と時間はかかりますが、まあ、お店ぐらいの味にはなりました😋