萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

春朗花披、梅の里にて

2013-03-09 23:27:22 | お知らせ他
香らす光、質朴の美に



こんばんわ、春の日和なごんだ神奈川でした。

写真の花は曽我梅林@神奈川県小田原市にて。
ここは神奈川ではちょっと有名な梅郷で、梅干用として植樹されています。
観賞用では無い農作物、その質朴な手入れに整った梅林は観光梅林と違う空気です。
果樹として実りを贈ってくれる、そんな感謝が温和な透明感になるのかもしれません。

この梅林は梅祭りを毎年開催するのですが、終った三日後に行ってみました。
まだ花は観頃でしたが観光客は少なくて、ゆっくり歩きながら眺める風情は春の長閑です。
そんな花の下に地主さん達らしき酒席が楽しげで、茣蓙の笑い声はまた麗らかな風に明るくイイモンでした。

いま連載中の舞台、奥多摩も梅の里として有名です。
むこうも今、綺麗だろうなと思いながら撮影しました。





白梅と紅梅の見分け方ってご存知ですか?
よく花の色だと思いがちですが、枝の断面で見る色が判別基準です。
ようするに花が白くても樹液が赤なら紅梅という場合も勿論あります。
外見的な花の色ではなく実質的な樹液に因る、なんて何だか人間も同じですね。

今朝UPの第62話「夜秋4」加筆校正がまだ途中です、倍ほど増筆になるかと。
そのため短編連載のUPが遅くなります、楽しみな方いらしたら暫しお待ちください。
朝までにはと予定しています、たぶん「雪花の鏡」雅樹サイドになりそうです。

取り急ぎ、花写真にて進捗報告









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第62話 夜秋act.4―side story「陽はまた昇る」

2013-03-09 04:40:39 | 陽はまた昇るside story
真情虚実、夜話の現、



第62話 夜秋act.4―side story「陽はまた昇る」

がらり、

燃え崩れの音が鳴り、霧の闇に消えてゆく。
焚火たつ炎は紗幕を明るませ、火影に陰翳ゆらせて空間を籠める。
ただ静かな白闇が囲んだ山の夜、英二は小瓶に口づけブランデーに微笑んだ。

「山の酒って旨いですよね。山でブランデーは初めてだけど、悪くない、」

率直な感想と斜隣りに笑って、ひとつ焚き木をくべてみる。
ぱちり爆ぜる音に樹皮から火花きらめき、炎の糧に呑まれて光を生む。
濃やかな霧の壁は未だ晴れない、この天然なす密室で低い声が言葉を戻した。

「いま大切な人って言ったけど、どういう大切なんだ?」

きっと訊かれる、そう想ったとおりに原は訊いてくれる。
この答えに覚悟は定まった、英二はそのままの答えと綺麗に笑った。

「恋人だよ、」

率直な答えの向こう、原が小さく息呑んだ。
やっぱり最初の反応は「驚愕」だった、そんな予想どおりにブランデーを舐める。
あまく辛く香らす酒は燻煙に交わす風味が佳い、山の絶佳に唇しめらせ英二は炎を眺めた。

ぱちっ、ぱん…

樹皮はぜる音は乾いて響き、金色の砂子が光弾ける。
朱色に黄金にゆらぐ炎の底は青紫に澄んで、透明な熱に衣服が干す。
いま盆明けの残暑時、それでも霧まかれた山中の冷感は涼やかに夜を吹く。
森閑の霧は幻のよう山を染めあげる、その空気と炎へ瞳細めたとき原が尋ねた。

「おまえ、ホモなのか?」
「バイセクシャルだよ、女ともセックス出来る、」

タメ口に微笑んで浅黒い貌に笑いかける。
その視線に途惑うよう顰んで原はストレートに訊いた。

「男ともヤるのか?」

そんなこと当然だ、周太は男なのだから?
この事実に率直なまま笑って応えた。

「当たり前だろ、」

想う誇りに笑って英二は山のブランデーと口づけた。
あまく熱い酒に唇しめらせ笑んでしまう、こんな今の貌は傲慢に見えるかもしれない。
それでも今「当たり前」と衒いなく言えて誇らしい、そう瞳笑ませた向うから困惑と微量の好奇が問いかけた。

「男とヤって気持ちいいのか?」

また直球で短い質問に笑いたくなる。
つい悪戯っ気が起きてしまう、それに素の反応を知っておきたい。
その考えまとめて英二は酒の小瓶に蓋すると、胸ポケットに入れて艶然と微笑んだ。

「試してみます?」

言葉だけ敬語に戻して、けれど視線は無遠慮に品定めながら立ち上がる。
見おろす視界で精悍な瞳が瞠かれていく、その眼差し捕えたまま真隣りへ腰下すと原に肩寄せた。
ゆっくり顔を近づけ微笑んで、けれどその前に掌突きだされ「謝絶」のジェスチャーが声になった。

「待て、実演は要らん。話を聴きたいだけだ、」

―実演いらんって面白いな?

つい心裡ひとり言に笑いたくなる。
けれど今少し遊びたくなって英二は華やかに微笑んだ。

「説明するよりも、一度ヤる方が解かりやすいです、」
「いや、ヤらなくて良い、」

言いながら原はすこし退いて、凛々しい眉が顰められる。
ちょっとここは困らせた方が都合良い、その判断に英二は誘惑あざやかに笑った。

「心配しなくて良いですよ?俺、床上手ですから、」
「要らん、」

断固として拒絶したい、そんな眼差しに原はまた少し退く。
その目は困惑とまどって途方に暮れかける、そこを突きたくて意地悪ごと艶笑んだ。

「初心なんですね、原さんって。童貞は女にしたいって主義ですか?」
「俺は彼女がいるっ、」

即答に一本調子が揺らいだ、この反応ごと英二は原の腕を掴んだ。
瞬間、精悍な目瞠らかれて逞しい腕に強ばり奔った。

「…っ、」

息呑んだ瞳に拒絶と動揺が竦む、掴んだ掌から惑う原の心理が伝わる。
その全て絡めとるよう微笑に捕捉して、意地悪い誘惑に英二は華やいだ。

「知ってますか、男同士の方が快楽って濃いんですよ?原さんも男なら据膳は食いたいのが本音ですよね、だから訊いたんだろ?」

最後だけタメ口の断定調、そんな傲慢で挑発に誘いかける。
原の寡黙に鎮めたプライドを引っ叩きたい、そして本音の価値観を惹き出したい。
その目的に微笑んだ誘惑の向こう眉顰めたまま、けれど精悍な瞳は真直ぐ英二を見つめ、きっぱり本音を言った。

「エロいことは興味がある、でも彼女としかしたくない。マジで惚れた以外は嫌なんだ、すまん、」

この言葉を引き出したかった。
原を信用した正解に近づける、その可能性に英二は笑った。

「良かった、俺と同じです、」

原の腕を掴んだ掌を開き、英二は元の場所に座りなおした。
またブランデーの蓋を外して口付ける、ふっと香った酒に微笑んだとき低い声が訊いた。

「なんだ、今のは冗談か?」
「後半はそうです、恋人が男なのは本当だよ、」

敬語もタメ言葉も交えて、英二は綺麗に微笑んだ。

「俺は真剣に惚れています、本気だからセックスもしたいです。男とか女とかは関係ない、周太だから抱きたいんだ、」

本音を言葉に変えて唯ひとつの想いを披露できる、それが誇らしく嬉しい。
これを原は理解できる?そう笑いかけた先で精悍な瞳は笑ってくれた。

「俺と同じだな、」

短い返答、けれど同感が温かい。
この理解へ微笑んで焚き木をくべる、その手元を照らす炎熱まばゆい。
山霧めぐらす静謐に白い夜は深くなる、ただ炎はぜる炭音に低い声が微笑んだ。

「同性愛のヤツに会ったのは、あんたが初めてだけど。あんたがって、正直なとこ意外だよ、」
「俺が男と恋愛するのは、意外ですか?」

どうして意外だと思うのか聴いてみたい。
そう目でも問いかけた先、精悍な瞳すこし笑んで応えてくれた。

「卒配から山岳救助隊に配属されるヤツは、よっぽど山のキャリアと記録があるヤツか、本人の志願もあって上のウケも良いヤツだろ?
あんたは山の経験ゼロなのに配属されて国村さんのパートナーになった、さぞ適性も抜群で上に好かれる、完璧な優等生だろうって思ったよ、」

完璧な優等生、そんな表現と現実の差が傷んでしまう。
このギャップに困りながら微笑んだ向こう、日焼顔はすこし笑って本音を告げた。

「実際に会ったら噂通りイケメンで真面目でソツが無い。朝も自主トレしてんのに夜遅くまで勉強して、悔しいけどクライミングも上手い。
嫌みなくらい器用で優等生の完璧野郎だなって苦手だった。そんな優等生の癖にバイで酒好きでさ、あんたって意外と、自由で不器用だよな、」

苦手だった、そう正直に告白した瞳が笑ってくれる。
笑って真直ぐ英二を見つめて、率直なまま原は口を開いた。

「俺って口が重たいだろ?だから人に好かれる自信とか無い、山のことも自信なんか無い、本当はビビりだから臆病な分だけ練習もする。
そういう俺だから、あんたが完璧な優等生じゃない方が気が楽で良いよ。馬鹿で不器用で弱みもあって、それでもあがくヤツの方が話せる、」

完璧な奴より、あがいてる男の方が話しが出来る。

そんなふうに原は10日ほど前にも言ってくれた、あれから少しずつ会話が増えている。
今も言ってくれたよう「あがく」方が原は好きなはずだ、だからこそ納得出来ない事実に英二は笑いかけた。

「俺もあがくヤツの方が話せます、原さんと同じです。だから解らないんです、どうして遠征訓練を辞退したんですか?」

マッターホルン北壁、アイガー北壁。
三大北壁のうち2つでの遠征訓練を、原は異動決定後に辞退した。
その事実は原を知るほど不可解になる、この真摯な男が挑戦権を放棄した理由は何だ?

―あがくのが好きだなんて言えるくらい謙虚で努力を惜しまない、なのになぜ放棄なんか出来た?

この2週間ずっと、毎朝の自主トレーニングにも原は弱音を吐かない。
仕事前の制限時間内に登山道を駈けて未知のルートを学ぶ、それは簡単じゃないと自分こそ知っている。
それでも原は愚痴も言わずに続けてきた、さっきも焚火の技術に原の努力と研鑽が見える。
だから尚更に理由がわからなくて問いたい、この疑問に日焼顔は困ったよう笑った。

「臆病なんだって言ったろ?二度も言わせんな恥ずかしい、」

困り顔は一本調子で笑って、ブランデーに口つける。
ひとくち飲みこんで息吐くと、原は唇の端を上げてシニカルに微笑んだ。

「後任だと前任者と比較される、あんたと比較されるのが怖かった。優等生と遠征訓練で比較されたら、ダメだしの公開処刑だろ?」

後任者と前任者は比較される、それは職場の現実に避けられない。
この不可避が怖かったと原は言う、その真意に英二は問いかけた。

「青梅署への異動が嫌なのではなく、俺の後任として異動することが嫌だった。そういうことですか?」
「そうだ、」

シニカルな微笑のまま短く答えてくれる。
また酒をひとくち飲みこんで、精悍な瞳が真直ぐ英二に微笑んだ。

「あんた本人が嫌いなわけじゃない、優等生と比較されてダメだし喰らうのが嫌なんだ、だから完璧じゃない方が気楽なんだよ、」

これは本音の答えだ、そう原の眼差しが笑っている。
本人からの解答にすこし納得しながら英二は笑いかけた。

「バイセクシャルで恋人は男って俺のほうが、今の世間じゃダメだし喰らいますよ?」
「そうだな、」

短い相槌に頷いた日焼顔は、カミングアウト前よりずっと寛いで笑う。
そんな笑顔に信用を見つめながら、聴いてみたいことに英二は微笑んだ。

「俺がバイセクシャルだってこと、気持ち悪いとか思う?」
「いや、気持ち悪くは無い、」

さらっと答えてくれた貌は、寛いだまま少し笑っている。
そのまま英二を真直ぐながめると、原は率直に言ってくれた。

「ただ正直なとこ、あんたが風呂で男の裸見たとき、エロい目なのか気になる、」

またストレートな回答だ?
こんな応えは普段の寡黙に合わず面白い、つい笑いながら英二は答えた。

「俺がエロい目になるハードルって高いですよ?俺より綺麗な体じゃないと欲情しませんから、」

いくらか傲慢な答え、けれど本音どおりに偽りない。
こんな自分だから恋愛も容易く本気になれなくて、そのぶん出逢えば離せない。
だから今も周太を想いながら同時に光一への真実も消えない、この本音に笑った向こう日焼顔が笑いだした。

「ふはっ、あんた自分好きの自信屋なんだ、あははっ、」
「俺は自分好きだよ、割とね、」

しれっと答えながら英二は瓶に口づけ、酒をふくんだ。
ふれた唇にブランデーの熱と芳香ひろがらす、そんな感覚がキスと似ている。
そこに悪戯と確認を思いついて瓶に蓋すると、しなやかに英二は立ちあがって微笑んだ。

「原さん、俺はバイセクシャルな自分も好きだよ。でも、それを勝手に噂や詮索されるのは嫌いです、だから口封じさせて下さい、」
「口封じ?」

それは何だ?そんなふう精悍な眼差しが訊いてくる。
この目なら信用できるはず、そう願いながら原の前に立つと笑いかけた。

「相手に秘密を護らせる、いちばん良い方法って知ってますか?」

問いかけながら左手を原の肩に置く、その手は払われない。
警戒も特にしていない、そんな目のまま原は何気なく答えた。

「知らん、」
「じゃあ教えましょうか?」

瞳を細めながら見おろして、絡めとるよう原に笑いかける。
そのまま浅黒い顎へ右手を伸ばし柔らかく掴んで、英二は嫣然と告げた。

「秘密を護らせたい相手を、同じ秘密にひきずりこむ事です、」

秘密、相手、ひきずりこむ。

この単語に示す行動と目的は解かるだろう?
そう笑いかけた先で精悍な瞳ひとつ瞬き、すぐ大きな手が遮った。

「待て、俺なら心配いらん。余計な事など言わない、」

余計な事など、原は欠片も言わないだろう。
只でさえ言葉が少ないために誤解を受けやすい、この寡黙は黙秘も巧い。
そう解っていながら釘刺しと証文を取りたくて、貌だけ英二は少しの冷淡と微笑んだ。

「どうでしょうね?俺がバイだなんて面白い話題だろ、つい喋りたくなるか都合よく利用するか、だろ?」

自分がバイセクシャルであるリスク、それを自分で何度も考えてきた。
そして知られた時の対応もケースごとに決めてある、その通りに英二は期間限定のザイルパートナーへ台詞を告げた。

「さっき言ったよな、俺が完璧な優等生じゃない方が気楽だって。だったら俺の評判も評価も壊したいのが本音じゃないのか?
俺はバイセクシャルだってことをマイナスとは思わない、でも評判なんて周りの人間が決めることだ、俺の意志も信念も理由も関係ない。
男とも寝るって知ったら差別するヤツも当然いるな、誤解も作れる。俺の評価を崩すならこんなに良いネタはない、だったら喋りたい筈だ、」

バイセクシャルであっても支障ない職業、立場、能力も世の中にはある。
けれど警察官で幹部候補を嘱望される自分は、スキャンダルと言われる方が常識だろう。
それが解っているから同期でもカミングアウトの相手は限定した、それすら信用と利用の2つに分れる。
だから青梅署内でも明確に知っているのは4人しかいない、そんな自分の現実を未来の部下へ叩きつけた。

「あなたも警視庁山岳会の人間だ、だったら俺の立場も上の意向も知っているはずだ。だから俺のこと嫌いで苦手なんだろ?
男だったら出世が面白くないヤツはいない、それなのに山の経験も無い5年後輩が自分より評価されたらムカつかないはずがない。
俺を蹴落としたくて当然だ、警察組織の縦社会も評価も、出世の仕組みも解ってますよね。だったらバイだって噂を流したい筈だ、そうだろ?」

噂を流して蹴落とす、そんなことを原は考えてなどいない。
それくらい本当は解かっている、けれど未来の原に対しても今、ここで牽制したい。

―人間は状況が変れば変わるんだ、原さんも俺も、未来まで信頼なんて出来ない 

来年、再来年、5年後10年後その先ずっと。
自分と原は同じ山ヤの警察官である以上、ずっと関わりは消えない。
たとえどちらか退職しても繋がりは消えないだろう、そして状況次第で「利用」を選びたくなる可能性がある。
そのとき自分は決して赦さない、だから今ここで予告しておきたい、この意志に英二は精悍な瞳へと静かに微笑んだ。

「俺は利用されることも邪魔されることも大嫌いです、明日も10年後もその先も赦せません、だから勝手な噂をされるのも嫌いなんです。
原さんのことを俺は嫌いになりたくないです、だから利用される可能性を今ここで潰します。お互い好みじゃないけど、覚悟して下さい、」

穏やかな眼差しで見つめて微笑んで、ゆっくり顔を近づける。
キスだけでも不器用な男には口封じになるだろう、この事実を証文にしたらいい。
そんな覚悟ともう1つ可能性への期待に近寄せて、瞳に視線を結んで深い意志と心理を探りだす。
もう15cmの至近距離、それでも逃げずに原は真直ぐ視線受けとめて、断言した。

「無駄口と嘘は嫌いだ、秘密の暴露もな、」

きっぱり言い切って真直ぐ見つめ返す、その真摯は曇りない。
間近く見つめ合ったまま精悍な瞳はすこし笑って、率直に言ってくれた。

「他人を利用するほど器用じゃないし、無神経でもない。そういう俺だって解ってるから、あんたも本当のこと話したんだろ?
信じられないなら嘘を吐いたはずだ、『しゅうた』は友達だって誤魔化せば良い。あんたなら嘘も巧いんだろ、でも俺を信じて話した、」

ひとつずつ明確に低い声が言い、強靭な瞳が英二を見つめる。
その言葉も視線も期待通りに「信頼」が読める、それでも英二は凄艶に微笑んだ。

「今の原さんは信じます、でも10年後はどうだか、」
「変れるほど器用じゃない、」

短い答えに困ったよう精悍な瞳が笑う、その眼差しは英二を信じて逃げない。
逸らさない視線のままに英二を見つめて、迷いない瞳と声がはっきり言ってくれた。

「俺を信用するヤツを裏切ることは、いちばん大嫌いだ、」

―もう、信じても良さそうだな、

判断するまま穏やかに微笑んで、英二は両掌を原から外した。
踵返して元の倒木に腰下すと焚き木を2本取りあげて、炎くべながら気配を読む。
ゆるやかに流れる霧、燻る炭化の香と炎の熱、その向こうで微かな安堵と緊張は残っている。
それでも逃げることなく佇んだ男を振り向いて、英二は10秒前の恐喝相手へ綺麗に笑いかけた。

「原さんは、どうして山岳救助隊になろうって思ったんですか?」
「…は、」

ため息のような声が聞えて、視線が霧を透ってくる。
いくらか途惑う気配に笑いかけた先、日焼顔は呆れ半分に笑った。

「あんた、いろんな貌があるな?」
「刺激的で良いだろ?」

さらり答えて笑いかけた視界に霧がゆっくり流れてゆく。
あわい紗を透かした精悍な瞳は可笑しそうに英二を見、低い声が笑った。

「刺激的すぎる、悪魔と天使ってヤツ?」
「それ、他のヤツにも言われるよ、」

光一にも同じことを言われたな?
その記憶に笑った英二に、原もすこし笑って口を開いてくれた。

「高校の山岳部の顧問が、元は県警の山岳救助隊員だった。それで俺にも奨めてくれた、」

原が自身のことを英二に話したのは初めてだ。
これなら本当に「心配なら要らん」のかもしれない、そう願い英二は綺麗に笑った。







(to be continued)

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