過屈曲症候群⁉ 橈骨神経の広背筋腱での絞扼神経障害~三頭筋のマヒの治療から~

2017年02月27日 | 治療の話

先日の重量挙の大会でちょっと興味深い症例に出会いました。

相談者をAさんとしましょう。

Aさんはリフティングを嗜むナイスミドル(…というには早いか⁉(^^;)。

リフティングの腕前は私よりもずっとずっと上の方。

そのAさんが、この日はちょっとらしくない重量で試合をしていました。

不思議に思って聞くと「ここ半年、左の三頭筋に力が入らない」のだといいます。

見るとAさんの三頭筋は萎縮が始まっており、右よりもぐっと細くなっています。

どうやら筋のマヒ(不全麻痺)を生じているようです。 

Aさんの語る事の顛末はこうです。

半年前にセカンドプル(※1)の強化のためにダンベルスナッチ(※2)に取り組んでいたそうですが、

次第に三頭筋が痛むようになり、力が入らなくなっていったんだそうです。 

そして半年がたった今、Aさんの左の三頭筋はいまだ力が入り切らず委縮も見られるまでになってしまったそうです。

※1ウエイトリフティング用語。バーベルが膝上から股関節を通し、胸へと一気に引き上げるまでのフェーズを指します。

※2片手でダンベルを床から頭上に一気に持ち挙げる種目

 

三頭筋という筋肉は橈骨神経という神経に支配されています。

橈骨神経は頚神経の5~8番の神経線維と胸神経の1番で成り立つ神経ですが、

三頭筋へ向かう主要な要素は第七頚神経(7つある頸椎の中で、一番下の第7頸椎の上の隙間から伸びる神経束)となります。

Aさんの話を聞きながら私は、頸椎部(C7神経根)での故障よりも末梢(橈骨神経)での故障を思い浮かべていました。

ダンベルスナッチをしていて…という話でしたが、

初めは橈骨神経のマヒにありがちな「深酒をして隣の椅子にもたれて眠る」など、

上腕の外側中央を圧迫してマヒを起こすなんてストーリーを疑ってたんです。

なぜならAさん、お酒も大好きなので…

しかし、話を聞く限りそうしたエピソードもない様子。

また、仮にこの手の橈骨神経のマヒならば同じく橈骨神経に支配されている手首の伸筋もやられるはずで、

もしそうであれば、お化けの手のように手が垂れる「下垂手:かすいしゅ」という症状も出ていておかしくない。

でも「半年前には下垂手があった」といった話も無く、今現在も手首の動きはいたって正常運転…

 

となると、三頭筋単体のマヒを考えることになります。

重ねて聞けばAさん、一年ほど前に左の首の付け根をひどく痛めたことがあるとのこと。

なるほどAさんは左の胸鎖乳突筋が生まれつき短い先天性斜頚を持っています。

この特徴のせいで、Aさんの下位頸椎の左側の関節面は常に強い圧迫にさらされます。

こうした状況が続くと関節は傷つき変形し、さらには頚神経も損傷を受けやすい。

頚の故障のエピソードを聞くと、今度は一転して橈骨神経としてまとまる前の段階、

つまり頚椎症性神経根症のような頸神経の故障の線が疑わしく思えてきます。

ならば「下垂手」の現れなかったのも無理はないと言えそうです。

前腕の伸筋の中で第7頚神経が支配する指伸筋(指を反らせる働きのある筋)の働きが落ちていた可能性はあっても

第6頸椎が支配する長短橈側手根伸筋(手首を反らせる働きのある筋)なんかの働きが残っていたために下垂手が現れなかった…

といった筋も考えられるからです。

でも、指の伸筋を調べてみてもしっかり正常運転…

ついでに首の動きでの症状の再現(腕のしびれなど)もありません。

こうなると頚椎症性神経根症の線も根拠としてはちょっと弱くなります。

『もしかして、頸椎部の損傷自体は癒えてしまっていて、麻痺は後遺障害として残ったものなのかな?』

とも考えなくはなかったのですが、

首を痛めた1年前から腕の力が入らなくなった半年前では半年のブランクがありますし、

今現在のマヒの様子からも首の動きで症状の再現がないのはちょっと不自然です。

どうも頚椎症による筋力低下というには決め手に欠けるようです。

 

さて、困った…

 

とはならないんですね。

ここでちょっと脱線しますが、

治療では「評価」をすることがとっても大事なんです。

発症の背景を理解し、今現在の身体の状態を調べ…と、

判断は全容を把握した上で下す必要があるんです。

一つの現象だけで判断するのは誤診の元。

全容を把握するまで結論は急がない方が賢明です。

さて、話を戻して。

 

ここまでの調べで判ったのは

「どうやらまだ何かAさんの症状を読み解くには情報が必要なようだ」

ということなんです。

上腕の外側での問題も頸椎での問題も見られなかったことから、

今度はその二つの間、神経の経路上に何か問題がないか調べを進めます。

私はAさんの肩の動きを調べてみることにしました。

すると広背筋の腱の部分(脇の下に近いところ)に顕著な制限(動きの悪さ・短縮部位)を見つけました。

触れると三頭筋にしびれが広がると言います。

こうした反応は絞扼神経障害(神経が締め付けられて生じる障害)において神経線維が傷ついている部位によく見られるものです。

どうやらAさんの三頭筋のマヒは広背筋が絡んでいたようです。

この時、私の頭の中にはおぼろげな解剖図が浮かびます。

『確か橈骨神経は広背筋腱の前を通り過ぎたような…』

でも、広背筋の腱が三頭筋に向かう神経線維だけを狙い撃ちするなんてタイプの故障は聞いたことがありません。

しかし、状況証拠は広背筋腱での神経障害があると言います。

試しに広背筋の緊張を解いてみると、Aさんの三頭筋は力を取り戻してゆきます。

これを「治療的診断」というのですが、手を入れた後の反応もAさんの故障の原因はやはり広背筋腱部での絞扼神経障害であることを物語っています。

ここまで来た時にようやく気が付きました。

『これ、過外転症候群の広背筋版だ!』ということに。

過外転症候群というのは小胸筋という筋肉による尺骨神経の絞扼神経障害なのですが、

「つり革をつかむ」など、上肢を大きく横に開いたポジションによって生じる神経の故障なんです。

小胸筋は胸の筋肉でなので身体の前面についてます。

ですから、腕を横に開くことで尺骨神経を圧迫するんですね。

しかし、広背筋は身体の背面につく筋ですので、そのポジションでは神経を締め付けはしません。

でも、Aさんは発症時、ダンベルスナッチで腕を前へと振り上げる動作を繰り返しています。

この動作であれば広背筋で橈骨神経を締め付けても不思議はありません。

発症のメカニズムから言えば「過屈曲症候群」と言えそうだ、と、そう考えたんです。

 

しかし、それでも三頭筋単体のマヒの説明が付きません。

その点に関しては解剖学の資料を見てみないと結論が出せませんでしたが、

それでも結果から類推すれば

『橈骨神経の本幹から三頭筋への分枝が広背筋腱のあたりにあるんだろうな…』

と考えることができ、一人納得。

後日解剖のテキストで確認すると…

有りました

下の図を見ると「Radial narve:橈骨神経」の本幹から上腕三頭筋へ枝分かれした細い繊維が、見事に広背筋の腱を横切っています。

これであれば三頭筋だけにマヒを起こす原因として十分です。

図版引用:GRANT’S atlas of anatomy LWWより出版

 

まとめると、

結論としてAさんの症状は

ダンベルスナッチをする度に広背筋の腱で三頭筋を支配する細い神経繊維を繰り返し苛め続けたために

神経線維が傷ついたことで起きた「上腕三頭筋の麻痺」となります。

 

更に深読みすれば、

Aさんの「首の付け根をひどく痛めた経験」も今回の故障に絡んでいる可能性はなくはないでしょう。

というか、内心は大いに「ある」と考えています。

『ダブルクラッシュ』

という言葉を耳にしたことはありますでしょうか?

神経線維は複数個所での締め付けがあった場合に、

個々の締め付けでは神経症状を起こさない程度のものであっても神経症状を生じることがあるんです。

それが「ダブルクラッシュ」という故障です。

 

Aさんのケースで考えると、

1年前の「首の故障」というエピソードで第7頚神経のダメージが残っていたところにダンベルスナッチをやりこんだ。

頸椎部でのダメージに加え、脇の下でのダメージが重なった。

そのため、より容易に「麻痺」というより大きな症状に繋がった。

という可能性も否定できませんし、左右交互に「ダンベルスナッチ」を練習していて左にだけ麻痺がおこったことを踏まえればそう考える方が自然でしょう。

その「可能性」たちも踏まえれば、

「Aさんを治療する上では頚部の問題も考慮しておいた方がよさそうだ」

ということになります。

 

と、いうことで、

 

Aさんの治療では広背筋腱部へのケアに加え斜頚への対処も併せて行い、

さらにセルフケアを伝え、この日の治療を終えました。

 

しかし、まさか広背筋がねぇ…

Aさん独自の背景要因(斜頚や頚椎症の既往など)があったとはいえ

今まで知らなかった「過屈曲症候群」ともいえる故障のメカニズムに出会えたわけで、

とても学びの深い臨床を踏むことができて、この日は私にとってとても実りの多い日となりました。

臨床ではこうした発見がたくさん転がっています。

私たち臨床家は現場を離れたらだめですね。

やはり臨床家は現実と向き合えてこそ力を発揮できるし成長もできる。

知識先行の頭でっかちでもいけません。

でも、根拠を持たない独りよがりもいけません。

常々、私たちの学びは書物に記された2Dの情報を臨床を通じて3Dの解釈に落とし込んで初めて完成されるものなのだと思います。

そのことを忘れずに、これからも臨床と向き合ってゆこうと思う今日この頃なのでした。

おわり


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