秋です。
読書の秋、
食欲の秋、
スポーツの秋、
そして登山の秋!
ということで、
今回は登山をされる方から寄せられることの多い、
あの!
「下山途中に出現する膝の痛み」についてお話しします。
上の写真では登っていますが、下山時の膝痛の話です。
え?
山登らないから知らない?
ですよねぇ…
山登りやトレイルランをする方からはよく聞く相談なんですけどねぇ…
これを書きながらも
『ちょっとマイナーなところを攻めすぎたかな…』
と不安が少々(*_*;
でも、ここまで来たら書き切ろうと思います!
相談者は60代男性のAさん。
Aさんはテント泊をしながら登山を楽しむという本格派。
時には山中で5日も6日もテント生活をおくるのだそうです。
しかし、今年は春先に痛めた膝が治らず
オンシーズンにもかかわらず「お散歩」程度の山歩きで我慢の日々。
お散歩程度にもかかわらず膝の痛みは続き
思うように回復が進まず困りはてたAさん。
そんなとき、Aさんのスマホが引っ張ってきた治療院が
我が「とよたま手技治療院」だったのだとか。
Aさんのような下山中に膝が痛みだすという症状の出どころの多くは外側広筋と腸脛靭帯です。
↑黄色く色分けされてるのが外側広筋と腸脛靭帯です。赤い斜線は痛む箇所です。
傷病名で言うと腸脛靭帯炎とされることが多いのですが、
どうも外側広筋の故障を見落とされることが多いように思います。
この手の相談の治療で私が持つ印象は、
腸脛靭帯炎と言われつつも実際のところは外側広筋の筋膜炎であったり
腸脛靭帯炎との合併であったりと、外側広筋の故障が絡んでくることが多いと感じています。
しかし、なんで下りで外側広筋と腸脛靭帯が痛んでしまうのでしょう?
その仕組みはいたって簡単です。
膝は曲げる際にはすねの骨が大腿骨に対して内旋(内へと捻じれる)し、
伸ばし切る際には外旋(外へと捻じれる)する構造を持っています。
下り坂を歩く(走るも同じ)ときは脛が曲げられるのを耐えるように
膝を伸ばす筋肉をブレーキとして使います。
この時、見た目上すねは折りたたまれ、同時に内へ捻じれる方向へと
押し込まれてゆきますが、ブレーキとして力が発揮される方向は
押し込まれまいと耐える方向、つまり脛を外捩じりし膝を伸ばす方向となります。
その方向へと力を発揮するのが外側広筋と腸脛靭帯(筋膜張筋)なんですね。
両者はすねの骨を外へ捩じりながら膝を伸ばす作用を持った筋肉※なので、
下り坂で両者はダイレクトにブレーキとして使われるのです。
※腸脛靭帯は股関節外側で大腿筋膜張筋という筋肉につながります。この筋は腸脛靭帯のテンションをコントロールしています。
筋肉や腱※は引き伸ばされながら使われるようなシチュエーションでは
発揮できる筋力が通常の収縮よりも大きいものの、
その反面傷つきやすいという事実があります。
※腸脛靭帯は大腿筋膜張筋という筋肉につながりますので大腿筋膜張筋にとっての「腱」と考えることができます。
「引き伸ばされながら筋力を発揮する」といった
筋肉の収縮様式(働き方)を「遠心性収縮」と言いますが、
ブレーキとしての働きをになう外側広筋と腸脛靭帯は
下り坂を下るというシチュエーションにおいて
過度な遠心性収縮の反復を受けて傷つき故障してしまいやすい
というのも道理の通った話なのです。
これが下山時の膝の痛みの正体です。
さて、いつも通り寄り道がはなはだしい感じですが、
Aさんの膝の治療の話に戻りましょう。
正確な治療は評価から!ということで
スクワットテストという検査を行います。
スクワットテストでは「しゃがみ・立ち」の動作をチェックすることで、
・どの程度膝の動きが障害されているのか?
・どういった動きの狂いが出てくるのか?
を確認します。
Aさんの場合、左膝がしゃがみ切るのにあと15度足りないといった状態でした。
動きの狂いはスクワットを通じてつま先を膝が外に外れる「O脚」を呈しています。
幸いスクワット全体を通じて痛みは下にしゃがみきった時の膝外の痛みのみとのことでした。
これは炎症や損傷がひとまず落ち着いたときの兆候です。
つまり、Aさんの膝は徒手医学的な治療を存分に行える時期にあるということが、この痛みの出方を見るなかで判断できるのです。
そこからさらに詳細な評価をしたところ、Aさんの故障に対する治療上の問題点(主なもの)は以下の4点となりました。
・股関節外転筋群の短縮(これがAさんのO脚の原因でした。AさんのO脚は骨格的な問題ではなさそうです。)
・腸脛靭帯と外側広筋の癒着(炎症後の組織はしばしば癒着という隣同士の構造がへばり付いた状態に陥ります。)
・外側広筋のトリガーポイント形成(遠心性収縮によって微小損傷を繰り返した傷跡ともとらえることができます。)
・骨盤前面の腹壁による支持性の低下(下腹部の筋が下肢の土台となる骨盤を支え切れていないと股関節以下の筋が過緊張してしまうのです。)
評価で得られた所見から、Aさんの「下山時の膝の痛み」と運動障害は「腸脛靭帯と外側広筋の癒着」と「外側広筋のトリガーポイント」によるものだということがわかりました。
それらが起きやすくなる背景要因としては股関節外転筋群の短縮と体幹の不安定性という判断です。
治療としては通常炎症があるケースではやはりアイシングと安静が重要になります。
炎症が起きているときには患部をいじくるのはNGです。
炎症は3~6日で落ち着きます。
焦らず待つこともこうした状況では大切なことなのです。
炎症が落ち着いたら患部に生じた炎症後の癒着や繊維化を除く処置に移ります。
幸いAさんの膝は炎症期を過ぎており、すぐにそれらへの処置が開始できました。
治療後、スクワットはボトム(一番下)までしゃがむことができました。
切り返して立つ動作も痛まないと言います。
第一段階はこれでクリアです。
しかし、登山に耐えられる強さが取り戻されているかというとそれは別の話です。
山歩き、とりわけ痛みが出る下り坂を歩き切るだけの強度を取り戻すため
今の患部の強度に合わせて鍛える必要があります。
ここは「治療」ではなく「強化」なのです。
アスリートリハビリ、と言ってもいいでしょう。
また、同時に背景要因の「骨盤前面の腹壁による支持性の低下」への取り組みも必要です。
再びキチンと山登りができるようになるためには「目先の痛み」の解消だけでは不十分なんです。
完全復帰を果たすためにも
「膝に無理がかかる条件」が残っていたり、
そもそもの両筋腱(腸脛靭帯と外側広筋)の強度が山登りに耐えうる強度に届いてない
という問題が解決されなければ再発を繰り返してしまう
ということへの理解を患者さん自身がもつことがとても重要になってきます。
これはどの故障の相談でも言えることですね。
何度も書きますが、再び登山を楽しむためにはキチンと全身との連動性の正常化と
患部の強化の道筋をたどらなくてはなりません。
Aさんには、少しでも回復を早めるためにも自宅でできるケアをご提案しました。
中身は筋膜張筋をはじめとした外転筋群や腸骨筋・大腰筋や腰部起立筋へのテニスボールマッサージ。
これは炎症部位をいじらないので腫れがある初期でも安全にできることになります。
腸脛靭帯炎のケースならば大腿筋膜張筋を緩めることで靭帯と大腿骨との摩擦が緩和できますし、
外側広筋の故障のケースであっても股関節の伸展可動域を拡大し骨盤の前傾を緩和することで
膝にかかる力学的負担を軽減することができますので、
どちらのケースでも患部の回復を促すのに役立ちます。
さらに下腹部の骨盤前面への支えを取り戻すための体操として
「ペルビックティルト(骨盤傾斜の意)」を言うエクササイズを処方しました。
Aさんは初回の治療で痛みなくスクワットができるようになったと言っても
まだまだ治療は2~3合目といったところ。
今はまだ本格的な登山はできません。
恐らく今期は日帰り登山で我慢となるでしょう。
経験上はコツコツ運動療法にも取り組めば次のシーズンで復帰できるようになるだろうという目測です。
ですが、まだオンシーズンとのことですので、魔が差さないとも限りません。
回復期に魔が差すと大きなお釣りをもらうケースをよく見ますので、気を付けていただきたいところです。
以上、「下山時の膝外側痛」でした。
~終わり~