リフターズケア:ケンビキ~肩背部から首筋へと広がる痛み~

2019年01月13日 | スポーツ障害

「ケンビキ」なんて言われてもピンときませんよね。

調べてみると古くは肩背部から首筋に広がる痛みをケンビキと呼んだのだそうです。

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ケンビキという言葉には肩こりなども含まれていたそうで、転じてその対処法であった按摩術のことをケンビキとよぶようになった、という話もあります。

按摩術=ケンビキ、というのも一般の方にはなじみがない言葉ではありますね。

按摩・マッサージ・指圧をお仕事とするには按摩マッサージ指圧師という国家資格を取る必要があるのですが、

その専門学校に行くと按摩術の別称にケンビキというものがあると教わります。

それぐらいマイナーで、現在ではトンと聞かなくなったケンビキという言葉ですが、なんとウエイトリフティングではいまだ現役で残っているんです。

いちどわずらうと肩背部から首筋に結構シビアな痛みが長く続くといわれ、ウエイトリフティング業界(!?)ではウエイトリフティング特有の故傷として恐れられています。

ケンビキになると(故障の程度にもよりますが)痛みのためにシャフト(バーベルの軸)を肩に乗せることができなくなります。

酷くなると息をするだけで刺すように痛みが広がるともいいます。

さて、このケンビキの原因は何なのでしょう?

ウエイトリフティング関連の資料には痛みの原因を第一・二肋骨や鎖骨の疲労骨折に由来する痛みだとあります。

ですがその一方で、実際に症状を持つ選手を調べてみたところ、骨になんら問題が見当たらないケースも多くあったという報告もあります。

結局のところ、原因がつかみきれない謎に包まれた故障とされているようです。

でも、私の見る限りではケンビキの正体は斜角筋の故障と考えて間違いないようです。

私の出会ったケースでは斜角筋のトリガーポイントであったり、肉離れ、付着する肋骨の骨膜部分の傷跡(瘢痕)であったり、

中には第1肋骨の骨膜炎であったという例がありました。

 

斜角筋は呼吸の補助筋で前・中・後と三つの筋束を持っています。

前・中が第一肋骨、後が第2肋骨に付着しています。

この配置から、クリーンのように肩から鎖骨にバーベルを乗せる動作では斜角筋に強い伸張ストレスが加わることになります。

クリーン&ジャーク(バーベルを肩に乗せて立つまでをクリーンといいます)

筋や腱は引き伸ばされながら耐えるようなシチュエーション(等尺性収縮や遠心性収縮)では通常の収縮(求心性収縮)よりも高いパフォーマンスを発揮します。

ですが、反面そうした収縮様式は筋腱の損傷を起こしやすいというデメリットも伴います。

クリーンのようにバーベルを鎖骨から肩でキャッチするようなシチュエーションが度重なれば、

ダンパーの働きを担う斜角筋はオーバーユースによる故障が起きても不思議はないのです。

斜角筋の付着部に微小損傷が繰り返されると骨膜炎や疲労骨折を生じます。

ケンビキについて疲労骨折まで進行したケースにはまだ出会っていませんが、骨膜炎が生じるような状態を放置すれば次に待っているのは疲労骨折です。

故傷のメカニズムとしては下腿に生じるシンスプリント※と同じです。

※シンスプリントというのはジャンプ動作の繰り返しから生じた脛の裏にある後脛骨筋という筋肉とその付着部(骨膜)に生じた故傷です。

ジャンプ動作(≒走動作)の繰り返しで後脛骨筋が何度も引き伸ばされ、骨膜から剥がれるように傷が累積して発症しますので、

ケンビキで見られる所見と照らし合わせるとシンスプリントと同じ手合いの故傷だといえるのです。


ちなみにケンビキのケースに置き換えてまとめると以下のような病期が考えられます。

1期:斜角筋筋膜の過労~微小損傷・トリガーポイント形成

2期:軽度~中等度の肉離れ

3期:付着部の骨膜炎へと発展

4期:疲労骨折、さらには骨折

経過としてはおそらくそんなところだと考えています。

ケンビキの原因が画像でとらえ切れない理由は、

同じケンビキであってもダメージの程度が明確な組織の損傷ではなく「機能障害」にとどまる時期が混在するためだと思われます。

このように、一見するととらえどころのない摩訶不思議な故障も、「機能」を基準に故障を読み解くという徒手医学のスタンスではそう困ることなく治療の方向性を見つけることができるのです。

なので、名も知れないような故障の相談も得意とするところ。

こうしたケースに出会うたび、徒手医学というものは実に優れた医療体系だ感心させられます。

さて話をケンビキに戻しましょう。

斜角筋の筋腹に瘢痕組織やトリガーポイントを作っているケースでは治しやすいのですが、難治例というのがあるんです。

それは肋骨上面の傷跡(瘢痕組織)が痛みの原因になっているケースです。

この部分、首をハンドルとしたストレッチやASTRも筋-腱や腱-骨膜の移行部にできた傷跡(瘢痕)はなかなか追いきれないんです。

いろいろ試してみた結果、骨膜表面に居座る瘢痕組織への対処には鍼治療が良いようです。

鍼を鎖骨の下に通して瘢痕組織にダイレクトにアプローチするのですが、なかなかに治療の切れがいい。

でも、この部分は肺の真上ですので、鍼でのアプローチには細心の注意が必要となります。

鍼での治療を検討されるのであれば信頼のおける先生にお願いすることをお勧めします。

イチゲンでいきなりお願いするにはリスクの高い相談だと…思います。

 

ケンビキの治療では前述の斜角筋に生じた瘢痕組織の解放のほかに、

胸郭に付着している腰方形筋・外腹斜筋・腹直筋の緊張緩和や骨盤底筋の緊張緩和も重要です。

とっても、重要です。

どういうことかと申しますと、

腰方形筋・外腹斜筋・腹直筋は胸郭を介して、骨盤底筋は体幹深層筋膜上をたどって

それぞれ斜角筋と綱引きをしているんです。

「ラテラルライン とよたま日記」の画像検索結果

図版引用:アナトミートレイン 第二版

しかも、それらの筋群はどれも斜角筋よりもボリュームが大きく、配置されている位置も斜角筋よりも有利な位置にあるんです(重力を味方につけた位置関係にあるということ)。

それらの筋が縮んでいると斜角筋の緊張も高くならざるを得ません。

なので、斜角筋を回復に導くには関連するそれら背景要因としての緊張を見落とすわけにはいきません。

例えば、私が見たケースで骨盤底筋の筋膜リリースで斜角筋の緊張がなくなった、というケースがありました。

まさか骨盤底筋の極一部の繊維の緊張が遠く離れた斜角筋に大きな影響を及ぼそうとは…大いに驚いた例でした。

ちなみに、骨盤底筋を含む前述の筋たちの緊張が強いということは体幹の支持機能に低下があるということになります。

ですので、体幹筋と股関節周囲筋の協調性を高めるための運動処方が体幹深層筋の機能異常の対処として必要となります。

それに関してはコチラの動画をご覧ください。

「骨盤の歪み」「側弯症」の運動療法~簡易チェックと修正エクササイズ~

なんでもそうですが、「黙って横になればピタリと治る!」ということはないのです。(;_:)

ケンビキといってしまうとウエイトリフティングをされる方以外は関係ないと勘違いされてしまいそうですが、

「1期:斜角筋筋膜の過労~微小損傷・トリガーポイント形成」などは実はデスクワーカーにもよくある相談です。

特に華奢で繊細な方にはケンビキと同様のエリアの痛みの相談はままみられる相談です。

少ない筋量で長時間のデスクワークをするというのは身体にとってはなかなかにハードなタスクとなります。

特に座った姿勢では腹筋群が脊柱の支えに使われにくいため、股関節周囲筋や深層筋、起立筋群が過労に陥りやすいので注意が必要です。

疲労困憊してしまった当初は疲労へのケアも大切です。

でも、骨格を重力に負けることなく支える力、「抗重力機能」を向上させるという解決策もあることを忘れずに。

そのためには、ウエイトリフティングやパワーリフティング、お勧めです!

以上、大分寄り道しましたが、「ケンビキ」についてのお話でした。


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