遊びをせんとやうまれけむ
オレの人生訓である。人生はときめきがないと、生きたここちがせん。こころのときめきである。それが今一つないから、遊びを欲するのかなとも思う。遊びといっても、孫と遊ぶのが一番好きで、あとは柔道のちびっ子たちと一緒に稽古という名の遊び、あるいは塾で勉強という名の遊び、生涯学習も暇なじじいの遊び、鬼来迎もそうで趣味の世界から抜け出ていないからのぉ~。いろいろな宗教研究に走るのも、これまた遊びである。オレ、バイブルは通読七回もしているし、仏教もかなり好きで、中央仏教学院の立派な修了証書まで持っているんだ。たまにやるあふぉ~なカラオケもそう。おバカキャラのおねーちゃんと一緒に呑みたくもねぇ酒飲んで、万札ふんだくられて。ちっともこころがときめかなくなっちまったよん。飽きたな、飽きた。今はもう遊んでいるふりをしているだけで、なんだかシケタじじい・・・じゃなくて(シケテもいるなぁ)、シラケじじいのようである。間違いなく。法律違反はしてないけれども。これだけは書いておきます。(^-^)/
でもねぇ、秀吉は遊びの天才であったのだ。博打のような人生であった。一回毎が、全力勝負。そしてことごとく勝ってきたのだ。倍々ゲームのようなものである。負けたらそれでお仕舞い。
ところが、秀吉は勝利した。
とことん勝利した。
と、ここまで書いてふと気がついた。平清盛もそうだったのである。ある意味、秀吉以上に成功した武士であろうと思う。世界の栄花を全部独り占めしたようなものである。世間ではいろいろ悪口をいう方もいるけど、オレは清盛はなかなかのものであったのではないかと思う。経済重視の政治は、あの時代にあっては不可能を可能にしたからである。宗教的にも厳島神社をあれだけのものにしたりして、やり手であったと思うのである。
古典の世界に導いたのは平家物語であったから、余計そう思う。
そして共に滅びの世界にいく。
だから、絶頂に至ったと思っても、のぼせてはならないのである。富士山頂に至ったからといって、それはそれで何も日本国内では視線を遮るものもないだろうが、それでのぼせてはならないのである。それを秀吉と清盛は教えてくれている。二人とも、錯覚といえども、違う世界からオレのような庶民の住んでいる世界を見下ろしていたからである。
そういう世界は、後は転落していくしかない。
滑落である。
オレは、そんな高みに昇ったことはないから知らないけれども。
なんか大きな人生の転機がきそうだと思う。もう来ちゃったか(^_^)
わははっはははっははっははははっはは。