私が昨年度いた職場は、全員で55人。そのうち男性は私を含めて4人でした。お客様対応の仕事で、当然、接遇が重要になります。
私は、ある話を思い出し、そして、次の文書を掲示しました。
アメリカのある航空会社が「左前」になっていました。
経営者は、なんとか立て直そうと考え、対策の一つとして、電話受付の女性職員の電話の前に鏡を置き、鏡を見ながら電話応対をするよう指示したのです。
何らかの効果があったのでしょう。とにかく、その会社は経営難から立ち直ったということです。
鏡を見ながら電話応対することで、考えられるのは、
① 自分の応対が見え、長所・短所等が客観的に分かる。
② いやな顔は自分自身も嫌なはずで、いやな顔をしないようになる。したがって、電話応対も相手が嫌になるような応対をしなくなる。
③ 自分の顔に見惚れて、相手にもそのことを分からせようと、親切で説明上手になる。(これは半分冗談)
④ その他もろもろの効果があると思われます。
今年の3月にこの職場を去りましたが、去るに当たり、皆さんにこの気持ちで接遇をしてもらおうという思いから、次の詩(と言えるかどうか)と一緒に、何時でも自分の顔が見えるように手鏡をプレゼントしました。
朝日と夕陽とあしたとねむり
○○○○(注 自分の氏名)
朝日がキラキラとまぶしく見えるのはなぜでしょう
それはきっと朝のあなたの輝きに似ているからなのでしょう
朝仕事を始めるとき 鏡であなたの輝きを見つめてみましょう
夕陽がほのぼのとあたたかく見えるのはなぜでしょう
それはきっと今日のあなたの仕事を終えた安らぎに似ているからなのでしょう
夕方仕事を終えたとき 鏡で今日のあなたを振返ってみましょう
ひとに明日(あした)があるのはなぜでしょう
それはきっとみんなの輝きが一つになって太陽のように大きくなり暗闇を打ち破るからでしょう
ひとに永眠(ねむり)があるのはなぜでしょう
それはきっと一人ひとり 幸せな気持ちを永く大切に抱いていたいからでしょう
2007年5月8日
笑顔の素敵な○○さんへ
手鏡を51個そろえてプレゼントしたのは、2007年5月8日。人生時計「16時49分」 チン
心が豊かな証拠ではないでしょうか。
私など長い間、詩を書いたことがありません。
一時、俳句に手をつけましたが、続きませんでした。
windyさんの詩の中で、ねむりを「永眠」と表記されていましたが、死の床に就くことを意味しているのでしょうか?
「永眠」はもちろん、「死」のことです。
まあ、下世話な言い方をすれば、人は「何時何分に眠ったか」わかりません。永眠はそれの延長線上にあると思っているのです。
高尚な言い方をすれば、私の「死生観」ですが、幸せな気持ちで「永眠」したいという思いです。