学年だより「英語の多動力(2)」
先日のサッカーワールドカップでは、多様なバックグラウンドを持つ移民の選手たちが大活躍した。彼らは、母国語に加えて、英語やフランス語を話すことができる。
ワールドクラスの選手として活躍するためには、語学は必要条件だ。
日本人の選手だと、本田圭佑選手ほど語学能力が高い人は例外で、英語ペラペラの選手はそれほど多くはない。
ヨーロッパで活躍するサッカー選手たちは、ほとんど全員がマルチリンガルだ。
ベルギーのルカク選手は、英語はほぼネイティブで、それ以外にも5ヶ国語が話せる。クロアチア代表のモドリッチ選手も、ポルトガル代表のロナウド選手も、何不自由なく英語を話せる。
~ トップクラスのサッカーのチームなど典型なのですが、トップクラスの組織というのはスポーツに限らず、ビジネスでもアカデミックな研究機関でも、自然と多様性(=diversity)を備えた組織になるのです。それは多様性を尊重しているからではありません。逆で、そんなものはまったく気にせず、世界中からベストの才能を集めてきた結果、自然とそうなるわけです。
サッカーの場合は、スペインのリーグなら共通語はスペイン語、フランスのリーグならフランス語になり、選手たちは大変なのですが、幸いなことに、ビジネスやアカデミックの世界では、どこの組織でも英語が共通語になります。ということで、英語を習得するメリットは計り知れません。特に日本人はエリートでも英語ができない人が多いので、英語ができるだけで頭一つ抜け出します。簡単にいうと、同じスキルの人なら英語ができて外資系企業に転職するだけで給料が2倍以上になるのが日本です。
ヨーロッパの場合はホワイトカラーのエリートは全員が英語ができるので英語ができるだけでは高い評価になりません。これは英語の重要度が下がるという意味ではなく、むしろ逆で、ヨーロッパでは英語ができない人はホワイトカラーの仕事に就く可能性がゼロだということです。面接にも呼ばれないのです。
グローバル化はこれからもどんどん進んでいくので、日本のホワイトカラーもヨーロッパのようになっていくのは目に見えています。それが5年先か10年先かはわかりませんが、いまのように英語ができるとプラス、というジョブ・マーケットから、英語ができないと最初のスクリーニングで弾かれる、というジョブ・マーケットに変わるわけです。 (藤沢数希「週刊金融日記」) ~
「日本人の英語に対する危機感みたいなものって、本当に皆無なんですよね」と語る村上氏のように現状を危惧する人と、本気では心配していない人とに、今は二極化しているように思える。
もちろん英語を全く操れなくても日本では生きていける。われわれ教員も、とりあえず従来の受験英語をしっかりやってくれればいいという価値観で何十年も過ごしてきた。
しかし、みなさんが社会に出る頃を予想したとき、今英語を学ばなくてどうするのだろうと心配する程度には、世の中の変化を感じ始めている。