水持先生の顧問日誌

我が部の顧問、水持先生による日誌です。

カメラを止めるな!(2)

2018年09月05日 | 学年だよりなど

    学年だより「カメラを止めるな!」(2)


 ~ とある自主映画の撮影隊が山奥の廃墟でゾンビ映画を撮影していた。本物を求める監督は中々OKを出さずテイクは42テイクに達する。そんな中、撮影隊に本物のゾンビが襲いかかる! 大喜びで撮影を続ける監督、次々とゾンビ化していく撮影隊の面々。“37分ワンシーン・ワンカットで描くノンストップ・ゾンビサバイバル!”……を撮ったヤツらの話。(「カメラを止めるな!」公式サイト) ~


 37分におよぶワンカットのゾンビ映画がいったん終わる。
 そこから「を撮ったヤツらの話」が始まる。微妙な思いでイスにもたれていた観客に、あらたな視点が与えられる。まさか、あのシーンにこんな意味があったなんて! なるほど、あれは伏線だったのか … と、前半の一つ一つの場面が、新たな意味をもってせまってくる。
 恐怖のシーンは笑いに変わり、笑いは涙に変わる。
 「撮ったヤツらの話」を味わっているうちに、「待てよ、これを撮っている本当の監督さんやスタッフがいるということか」とも思い始める。
 B級ゾンビ映画でしかなかった作品が、何層にも重ねられたメタ視点で構成されていることに気づくと、一瞬にして無数の人間物語が立ち上がってくるのだ。
 監督さんが伝えたかったもの、それはものを作ること自体への強い思いであり、一緒に作ろうとする仲間との絆であり、それぞれの人たちを支える家族への愛だった。
 伝えたい、作りたいという欲求は、潤沢な予算や恵まれた環境ではないがゆえに、より大きなエネルギーをたくわえ、一つ一つのシーンや台詞に具現化していく。
 作品に関わる人たちのアツい「志」が伝わってくる作品に触れることができた喜びが、エンドロールが見終わったあとの映画館には満ちあふれていた。
 上田慎一郎監督は、中学時代に父に買ってもらったカメラで映画作りを始め、高校の文化祭で発表した作品は、3年連続でベストだしもの賞を受賞した。行く先はハリウッドしかないと思った上田氏は、映画ではなく、英語の専門学校に進学する。しかし、その学校になじめず中退して、ヒッチハイクで上京するものの、生活の基盤をつくれず、一時期はホームレスにもなる。おれは何のために上京したんだと考え直し、やみくもに撮り始めたという。インタビューでこう語っている。


 ~ 若者から最近よく相談を受けるんですが、映画を作りたいけど何からすればいいのかわからない。と聞く子が多い。機材は何を使ってる? 編集のマシンは何を? 絵コンテを書くべき? とか、とにかく細かいことを聞いてきます。でも、答えは、「まずは撮れ」。トライアンドエラーを重ねて、撮るという感覚を知ることが大事。一発目から成功しようと思わないでいい。とりあえずガタガタでもいいから、カメラを回せ、まずは飛び込めや! と。20代だったら失敗を集めるくらいの気持ちでいったほうが30代で返ってくるものが多いと思う。失敗してもネタだと思えば、全く辛くない。そこは『燃えよドラゴン』のブルース・リーのセリフ「考えるな 感じろ」です。(WEB「ダヴィンチニュース」8月8日版) ~


 やりたいことがあったら、まずやれ! すべてにあてはまる教えではないだろうか。

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カメラを止めるな!

2018年09月03日 | 学年だよりなど

  学年だより「カメラを止めるな!」


 話題の映画「カメラを止めるな!」は、ENBUゼミナールという映画専門学校の企画で製作された自主製作映画で、もともと商業映画ではなかった。
 今後期待の若手(つまり現時点ではメジャーではない)監督が選ばれ、公募によるワークショップで出演する役者さんが選ばれる。
 ワークショップとは、広い意味では体験型のセミナーのことを言う。
 大学のオープンキャンパスに出かけると、研究室で一緒に実験に参加できたり、話し合い型の授業に加われたりすることがあるが、それらも一種のワークショップだ。
 演劇の世界では、参加者達が一緒に発声練習したり、お芝居の一場面を演じあったりし、それが作品のオーディションをかねていることが多い。
 メジャーな監督が、有名な役者さんをキャスティングして映画を撮り、大々的に宣伝されて、役者さんがテレビのバラエティで番宣までしてくれるといった「大作」とは、真逆の形で製作されたのが、「カメラを止めるな!」だ。
 新宿のKsシネマで一週間だけ上映されたが、評判となって池袋のシネマロサとの2館で上映されると、連日大入り満員が続いた。SNSで評判が広がり、上映館が増えていく。
 8月の段階で全国100館以上で公開され、9月以降はさらに拡大する。
 制作費300万円の作品が、数億円の興行収入を生んでいるのだ。
 プロデューサーも、監督自身も、信じられないと語る。
 しかし、みなさんも見てみればわかるが、まちがいなく面白い。
 莫大な制作費で作られた作品でも、今一つぴんとこないものは当然ある。
 すぐれた芸術作品を生み出すために、費用が大切なことは言うまでもない。お金はあればあるほど、環境が整うのは間違いないからだ。
 しかし、十分な条件がそろっていないからこそアイディアは生まれ、何かを伝えたいという思いは、不自由ななかでこそ純化され、エネルギーを蓄えていく。
 作品は、主演女優が、ゾンビに襲われるシーンから始まる。
 ほどなくして「カット!」の声がかかる。
 カメラを持った監督が登場し、女優をののしる。
「おまえ、ほんとうに恐怖を感じてるのか? 感情は出すんじゃない、出るものなんだ!」
 涙目になってしおれている女優さんと、ゾンビメイクで立ちすくむ男優さん。
 休憩後の撮り直しを命じられるが、それは42テイク目にもなるという。
  … というような、ゾンビ映画を撮影している体ではじまるのだが、突如ロケ現場になぞの物音がする。なんと、それはメイクではない、ほんものゾンビだった。
 ゾンビ映画を撮っていたら、本当にゾンビが現れたという趣向は、ありがちな設定とも言えなくもない。役者さんの芝居が微妙だったり、だんどりが悪かったり、あきらかにB級感がただよう。
 えっと、これが、こんなに話題になっている作品? こんなもの? と客席がざわっとし始めるのだが(たぶん)、後半になって事態は急展開していく。

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