今日こんなことが

山根一郎の極私的近況・雑感です。職場と実家以外はたいていソロ活です。

喪中はがきに思う

2024年11月23日 | メモリアル

毎年、この時期に年賀欠礼の喪中はがきが届く。

同じ人から2年連続で届いたこともある。

私とその知人たちがともに歳を重ねるにつれ、喪中の対象が変化していく。

昔あるいは、最近でも教え子の場合は、「祖父・祖母」ばかりだったが、
そのうち「父母」すなわち親(義理の親)の喪中が中心となった。
大抵は父→母の順で、「母」の場合は90過ぎが多くなった印象。

親の死を迎えることは必然だが、昨日届いた喪中はがきは対象が「妻」だった。
配偶者の死の知らせは心が痛む。
すでに子は独立しており、彼はマンションに転居した(単身生活を送るのだろう)。

そういえば昨年は「子」(娘)があった。
しかも亡くなったのは1月。
しばらく正月を祝う気持ちになれないだろうな。

かように、歳を重ねるにつれ、間接的ながらも、人の死に接することが多くなる(それに対して誕生が少ない)。


露点温度がマイナスに

2024年11月19日 | お天気

今朝、愛知日進の露点温度が-3.3℃に下がった。
東京文京でも-1.7℃とやはりマイナスを記録。
完全に”冬”の露点温度となった(露点温度はその空気で可能な最低気温を示す)。
もちろん、気温もそれに応じて1桁台に下がっている。

思えば、露点温度が10℃に下がったのが10月19日、0℃台になったのが11月8日。

先週末、やっと夏物をしまって冬物を出した。

11月が秋から冬への移行月とすると、純粋な秋は10月だけ。
冬は12-2月の3ヶ月なので、冬から春への移行月は3月で、純粋な春は4月だけ。
そして夏(気温が30℃)が長くなり、5−9月の5ヶ月も続くようになった。
かように四季が二季化している。


幸せのあんかけスパ

2024年11月16日 | 生活

日曜に業務があるため、帰京せずに名古屋にいる。
昨日、大学院の論文審査を終え、目の前にあったプレッシャーがなくなった。
開放感に浸りたいが、土曜は天気が芳しくないので、出かける予定も入れてない。

なので、いつもより遅い目覚めて起き、テレビを見ながらゆっくりコーヒーをのみ、11時に早めのランチを食べに商店街のある駅前に行く。

基本朝夕2食の自炊生活なのだが、休日は朝を摂らない代わりに、昼くらいはあえて外食にしたい。

駅前の商店街で、一応、惣菜店やスーパーのランチも見て回る。
これらのランチは確かに安いのだが、プラケースに入ったそれを自宅に持ち帰ってレンチンして食べるのはどうも味気ない。
いわば、空腹を満たすため、あるいは栄養補給のため、という義務感での食事になってしまう。
プラケース食を買って帰るとすれば、やや高めの握り寿司セットくらいだが、先日そうしたので、今回は選択外。
ということで、結局予定通り、あんかけスパの店「あんかけ家」に入る。

同じ駅前には、本格的なスバ専門店「五右衛門」や安く食べれる「サイゼリア」もある。
でも名古屋でスパを食べるなら、イタリアンでも和風でもなく、名古屋でしか食せないあんかけスパに限る。

幸い、開店して間もないので空席がある。
少々迷って、タマネギベースで野菜たっぷりの「カントリー」(税抜き740円)の”1"(人前)を注文。
あんかけスパにおいては、男性は”1.5”が標準なのだが、今の私には糖質過剰となるので、  泣く泣く”1”にした。

出てきたのは、大きめの丸皿に独特のあんがたっぷり敷かれ、その上に太めのパスタが250g、さらにその上に調理されたタマネギ・ピーマン・ニンジン・オニオン・マッシュルームがたっぷり乗っている。
そして卓上の粉チーズをかけて、あんと麺と具材の3つをフォークで絡めて口に入れる。
すると舌と口内から幸福感が行き渡る。

確かにスーパーなどでのプラケースに入ったスパよりは300円ほど高い。
だがそれらではこの幸福感は味わえない。
そう、食べることは、空腹を満たすだけでも栄養素を摂取するだけもない、この幸福感を味わうことでもあるのだ。

私にこの幸福感を確実に味わわせてくれるのが、あんかけスパだ。
ちなみにあんかけスパは冷凍食品でも(名古屋なら)売っている(200円前後)。
これもよく買って食べるが、やはり専門店のあんかけスパにはかなわない。
ただ、1食800円は、1食100円程度の自炊者にとってはとても贅沢なので、たまの休日のみのささやかな楽しみ(幸福感)となる。

いつの日か、若い時代のようにあんかけスバの1.5(400g)を食べることが許されたら、と思いを馳せる(許すのは、健康管理に厳しいもう1人の自分)。


空とは何か3:思考する心

2024年11月14日 | 仏教

龍樹は哲学・論理学者でなく、宗教者であるから、その目的は、何かを論証することではなく、人々に救いをもたらすこと。
すなわち、菩薩道の”抜苦与楽”であり、それをもたらしたので、龍樹”菩薩”と言われている。
その彼が言いたいことを私の「心の多重過程モデル」で代弁すると、
大切なのは、空という概念についてあれこれ考えることではなく、言語的思考すなわちシステム2そのものへの執着を離れることにある。


※心の多重過程モデル:”心”を以下のサブシステムからなる高次システムとみなす私のモデル
既存の「二重過程モデル」(システム1・2)を上下に拡張したもの。
システム0:覚醒/睡眠・情動など生理的に反応する活動。生きている間作動し続ける。
システム1:条件づけなどによる直感(無自覚)的反応。身体運動時に作動。通常の”心”はここから。
システム2:思考・表象による意識活動。通常の”心”はここまで。
システム3:非日常的な超意識・メタ認知・瞑想(マインドフルネス)。一定の努力で体験可能ながら、体験せずに終る人が多い。


システム2とは言語的思考を中心に、空想、自我などの人類固有の心的部分である。
この能力で人類は文化を生み、文明を発達させてきた。
だがそれと同時に、システム2は人間の心を支配し、固有の苦しみを与えてしまった。

心理学における既存の「二重過程モデル」がそうであるように、人々はシステム2が人間の最高位の心であると思い込まされている(例えば分析哲学)。

初期の仏教は、人間を苦しめている原因として”渇愛”、すなわち動物的本能に由来する欲望(システム0-1)に重点を置いていたが、大乗仏教になると、人類固有の言語的思考や自我というシステム2による観念の自縄自縛こそが人間(だけ)を苦しめていることに注目する。

人間は知覚した対象(色:しき)に対して束縛される(システム1)だけでなく、実在しない空想的対象(例えば”神”)に対しても束縛される(システム2)。
仏教は、理性の場としてのシステム2を脳天気に礼賛するのではなく、人類固有の新たな苦の源泉として認識し、その超越を志す。

ではシステム2を否定してどこに行きたいのか。
既存の二重過程モデルだと、システム2を否定すると行き先はシステム1という無思考過程への退行しかない。
仏教は、システム2より高次過程としてのシステム3、すなわち瞑想という脱思考の行を提案する。
システム3は、それまで心の主体とされてきたシステム2を観照するメタ意識である。

なので、「空」をシステム2の言語思考で”語る”ことは無意味な営為でしかない。
システム2の想念こそが空だから
※:般若心経での「色即是空」どころか「五蘊皆空」。五蘊=色・受・想・行・識。
必要なのは、瞑想によってシステム3を作動させ、システム2中心の心から離れて、
言語思考とその主機能である自我を対象化するという体験(行)だ。

それによって、自己はシステム2の自我から離れて、システム3に移動する(自我=自己でなくなる)。
ただしシステム3の自己は観照の単機能であり、自己(自我)としての内実(性格、記憶、アイデンティティ等)を持たない(空である)。
言い換えると、自己を実体視したがるのが自我(システム2)である。

われわれ人類は、システム0(生命体)からシステム1へ(動物化)、システム1からシステム2へ(サピエンス化)、そしてシステム2からシステム3へと自己超越できる存在だ、と示しているのが仏教である。
そして心の多重過程モデルも、自我を心の1機能とし、そして”無意識”を含めて実体視をしない。

後年のマズローも主張しているように、われわれの生きる目標は「自己実現」でなはなく、「自己超越」にある。
※:マズローについて「自己実現」で終えてしまうのは、中途半端。
それは心の下位過程への執着(束縛)から脱して、より高次過程を志向することにほかならない。

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空とは何か2:その数学的表現

2024年11月11日 | 仏教

空は「有でなければ、無でもない」という形で否定でしか表現できない。
すなわち「空は〜である」とは言わない。

したがって「空とは何か」とは問えず、「空とは何でないか」としか問えない。
空は有・存在・実体(あるもの)ではない。
だが、それゆえ「無である」と言えないのが空である。

ここで龍樹自身も厳密に区別しなかった事項を問題にする。
すなわち、空はあくまで”非”存在であり、”反”存在すなわち無ではない。
「〜ではない」とは、その対立概念ではなく、集合論的には補集合を意味する(前記事ではここを同一視した)。

彼の『中論』は、概念の両端を否定し、その間(中)を真(空)とする。
言語は両端(0.1)しか表現できない。
彼が否定したいのは、言語的思考に本来的に内在するこの「二元論バイアス」なのだ。

その二元の間にある”中”は言葉で説明しにくいので、言葉とは別の記号体系である数学で表現する。
今、デジタル(二元論)的に有=1,無=0とおく。
空は有でない(空≠1)し、無でもない(空≠0)。
デジタル的(言語的=定性的)発想だとこれは矛盾だが、
龍樹は、その言語的発想そのものを否定しいるので、その”矛盾”にめげず、
言語的でない、定量的発想でとらえると矛盾でなくなる。

無0でも有1でもなく、その間(中)に空があるとは、0<空<1 と示せる。
現象として有・無の値を取りうることを認めれば、両端の0と1は極限値として、0≦空≦1 と示せる。
これは実数空間そして確率空間に相当する。
すなわち事象は本質的に確率現象であり、だから空である。
事象(空)は絶対有(定見)でも絶対無(断見)でもないということ。
この発想は言語的思考では困難を伴うが、数学的思考なら素直に受け入れられる。

かように、龍樹は言語的(定性的)思考の枠を脱して数学的(定量的)思考に達していた。

だが龍樹の目的は、ここ(空がいかなる値をとるか)にあるのではない。
空にこだわることではない。

龍樹が問題にしたいのは、現象の究極的な姿ではなく、人間の言語的思考の方だ。
すなわちシステム2である。

空とは何か3


空とは何か1:龍樹の論理

2024年11月10日 | 仏教

公益財団法人たばこ総合研究センター発行の『談』は、現在の日本ではすこぶる貴重な知的刺激のある雑誌で(不肖私も104号に掲載、最新号(131号)のテーマが大乗仏教のキーワード「空」(くう)
それを読んで、おおいにインスパイアされたので、この難解な「空」について私なりの理解を加えていきたい。

私のことだから、当然「心の多重過程モデル」におけるシステム2(言語思考的心)の超克として語るのだが、その前に、この空を論理的に語った龍樹(ナーガールジュナ)のその論理を説明する。


龍樹は、「である」と「でない」(であるの否定)という1次元の論理を超克、すなわち多次元化したといえる。

概念に基づく言語思考(論理)に本来的に付随する二元論バイアスへの気づきと離脱のためである。
この本来的二元論はデジタル(0と1)化に相当するので、その表現を用いる。

今、概念Aに対する真偽判定の述定可能な最大限の命題数は0と1の1ビット(情報量単位)が組合された2ビット、すなわち2^2=4通り存在しうる(nビット=2のn乗)。
それらを説明していく。

①Aであり、非A でない(1,0)
これは二価論理の対立が整合している命題で、論理的にまったく問題ない。
A=生、非A=滅と、対立概念で置き換えると、「生であり滅でない」となり、これが真とされるのが仏教で「定見(じょうけん)とされる生を実体化(霊魂不滅)する見解である。

②Aではなく、非Aである(0,1)
これも二価論理の対立が整合している命題で、まったく問題ない。
ただし述定内容は①とは正反対で、「生でなく滅である」となり、滅を実体化する「断見」の見解である。

ちなみに、常識で理解できる古典論理学だとAが真ならば必然的に非Aは偽となるので、Aについてのみの1ビットの簡略な命題で済む(非Aについては裏命題で自動的に真偽が決まるので省略可)
※:例えば法律の世界では義務または違法の命題(法文)が示されれば、その裏命題はその逆の違法または適法となる(裏命題有効の原則)。すなわち違法でないという意味での”適法”は法律では常に裏命題で含意されるのみで明文化されない。ただし、厳密な数学的論理学においては、この原則は通用されず、原命題が真の時自動的に真となるのは対偶命題だけで、裏命題は”必ずしも真でない”という意味で偽とされる。日常の論理と厳密な論理の相違点がここにある。

釈尊自身、①②をともに臆見(ドクサ)として退けている。
すなわち、仏教は最初から、論理的に整合して世間に流布(他の宗教も採用)しているこれらの見解(両端の二元論)を採用しない。
ということは、残りの可能な2つの命題に仏教が答えを見出しているようだ。

③Aであり、非Aである(1,1)
ここから二価論理(二元対立)自体が否定された超越次元になる。
ここでは、二元の”対立”が否定されている。
対立の否定(無効)すなわち両立となっている。
差異の否定(一元論)であり、融通無礙である。
「生であり滅である」となり、これを並列ではなく連続とすれば「生じるから滅する」という縁起的無常観となり、あるいは「煩悩即菩提」のように一見対立するものが同根であるという、華厳あるいは密教的見解に通じる。

④Aでなく、非Aでもない(0,0)
龍樹が採用しているのはこの命題である。
これも二価論理自体が否定された超越次元である。
ここでは”二元”の存在が否定されている分、③よりも否定度が強い。
③の両立を否定(不両立)しているから。
それが意味するのは、事象の否定すなわち無事象=無自性である。
「生ではなく滅でない」、縁起的に表現すれば「生でないから滅しない」、すなわち滅の前提が不成立となり、不生不滅となる(龍樹の”八不”の1つで、般若心経にもある)。
生滅(有無)を論じることを否定している=有無の論理は無効ということ。
すなわち二元論の一元化に向わず(不一不二)、むしろ述定そのものを拒否する方向である。

以上のように情報理論的に整理すれば、龍樹の論理もその位置づけが明確となる。
では④から導かれる「有でも無でもない」という空はどのような内容なのか。

空とは何か2


露点温度が0℃に

2024年11月08日 | お天気

本日に日付が変わったばかりの0時29分、愛知県日進市の私設「日進気象台」で露点温度が0℃に下がった(その後はやや上昇)。

気温は、その後の明け方に最低となったがこれは放射冷却による降下で、愛知に寒気が入り切ったのは8日0時ということになる。

ちなみに東京文京区の私設「本駒込気象台」ではそれより前の7日の夜に露点温度の極小値1℃に達していた(木枯らし1号)。

北からの寒気は緯度の高い東京の方が早めにやってきたことがわかる。
でも愛知の方が露点温度が1℃分低いのは、愛知は日本海側からも寒気(伊吹おろし)が入りやすい地形のため(実際、その時の風向は北西風で伊吹おろしだった)。

露点温度は可能な最低気温の指標なので、0℃ということはいよいよ冬の空気が入ってきたことを意味する。

露点温度が10℃を割ったのは10月20日(→記事
これが秋の到来だった。

来週は一時的に南から暖気が入るようだが、短い秋は終わりに近づいている。


米大統領選の結果に思う

2024年11月06日 | 時事

トランプ氏が大統領に復帰した。
すなわち2度目の大統領である。
しかも当初の予想以上の差がついた。

その理由は明白で、トランプ氏は大統領の実績があり、その時のアメリカ別に大きな問題は発生しなかった(少なくとも彼の治世は悪夢ではなかった)。
それに対し、その次のバイデン大統領下では、アフガン撤退などあまりよい記憶がなく、高齢による衰えの不安が増してきていた。
その不安のあるバイデン氏の下にいて何の実績もない(タナボタでお鉢が廻ってきただけの)ハリス氏に、期待を抱くのは難しい。

女性で非白人という”マイノリティ”しか売りにならない。

今朝、テレ朝のモーニングショーで、玉川氏が、”ハリス氏が負けたら、アメリカの女性差別の深刻さは人種差別以上だ”と述べたが、なんと短絡的な発言か。
女性候補が大統領に選ばれないと性差別なら、レディ・ガガあたりが民主党候補になって落選したらそれは性差別が理由となるだろうか。
そうではなく、政治家としての能力に対する評価だろう。

また、自民党の総裁選で、高市氏が石破氏に逆転で負けた時、玉川氏はそれを女性差別と断じたか。
彼の政治スタンスなら、高市氏は首相にふさわしくないと言うだろう。

日本人の多くは、トランプ氏が大統領に返り咲くことに、別にうれしくはないだろう。
ただ、彼に対しては、それなりに予想ができる。
それに対して実績も定見もないハリス氏の方が不安定要素が強過ぎる。

考えてみれば、日本の現首相もかなり不安定要素が強いが、今回の選挙結果で、非自民党の力がうまく作用する可能性がある。
内政はともかく、彼がトランプ、プーチン、習近平らとどこまでやり合えるか、こっちも不安だ。

 


はにわ展観てきた

2024年11月04日 | 作品・作家評

「文化の日」代休の今日、前から行こうと思っていた東博(東京国立博物館)の「はにわ展」。
混むのはわかっているので、開館の9時半めがけて出発するつもりだったが、入り口に着いたのはそれを過ぎてしまった。
案の定、当日券売り場は行列になっていたが、スムースに流れ、会場となっている平成館に向かうところで入館の長い行列の最後尾に加わる。
それでも同じく開催されているハロー・キティ展に比べれはマシな方か。
この行列も順次捌けていき、20分ほどで入館できた。


まずは2体の踊る埴輪(6世紀)がお出迎え。
展示は、ほとんどが撮影OKなので、私もiPadで撮影する。
展示の順を追っていくと、埴輪の原型である円筒埴輪が、弥生時代(2-3世紀)の儀式的器が下に伸びた結果であることが示される。
中でも愛知の円筒埴輪(6世紀、以下同)は、須恵器の材料で精巧に作られており、ここでも焼き物いや物作り先進地の面目躍如。

畿内の埴輪は権力者(大王)の権威を示すためのものだったが、それが関東に広まると、造形そのものを楽しむかのように、埴輪の表現力が開花する。

ここでまず見たかったのは、千葉出土の山高帽を被り顎髭を蓄えた男性像(写真)。
これを見ると古代のユダヤ人渡来説を信じたくなる。

今回の目玉は、群馬太田の1つの工房で作られた国宝級の武人埴輪5体の集結(見出し写真はその1体)。
これに群馬の観音塚古墳出土のもう1つの国宝武人埴輪も加わる(合わせて国宝2体、重文2体)。
後者は、群馬県立博物館でお目にかかり(→記事)、その際、映画『大魔神』のモデルと記したが、むしろ前者の全身武装の国宝武人埴輪(東博所蔵)の方が近い(同じではない)。
といえるのも、この埴輪を見ることがわかっていたので、三日前から映画『大魔神』シリーズ3作※を観ておいたのだ。
※:「大魔神」「大魔神怒る」「大魔神の逆襲」

さらに、本来の埴輪の目的から外れる、日常の母子を示した埴輪(写真)や、ただ笑っているだけの埴輪まで現れた(踊る埴輪も末期の作品)。

埴輪は古墳の主(死者)を祀る儀礼的なものから、当時を生きる人間の表現になったことで、現代人にも親しまれる存在となったわけだ。

さてミュージアムショップだが、埴輪が描かれたTシャツやトートバッグ、武人埴輪を模した室内着(兜のキャップ付き)などがあるが、私が欲しいのは埴輪のミニチュア・レプリカ(もちろん素焼)。
それが1つもなかったのが残念(山高帽埴輪とか巫女埴輪とか幾つかは持っている)


本尊開帳の飯山観音と白山

2024年11月03日 | 東京周辺

昨日の強い雨もどこへやら、晴天が約束された文化の日※。
※:11月3日は「晴れ」の特異日
本日に本尊(十一面観音)が開帳される飯山観音(神奈川県厚木市)に行く。
そう、最近の私のお寺めぐりは秘仏開帳を狙うようにしている。

この飯山観音は、関東の観音霊場の1つ(六番目)で、丹沢東麓に点在する温泉郷の1つ飯山温泉近くにある寺で、正式には飯上山長谷寺(ちょうこくじ)という。

白山(284m)という低山の麓にあるので、背後の白山にも登ってみたい。
低山ながら山なので山の装備で行く。


せっかくの秘仏拝観行きながら、人身事故で遅れてしまった小田急の急行に乗って、「本厚木」で降り、道路を渡った5番乗り場の神奈中バスに乗る。

「飯山観音前」でバスを降りて、道路を渡って帰りのバスの時刻を確認し(1時間に2本)、
赤く塗られた橋を渡ると、ここから飯山観音の参詣道が始まる。
その入り口には「ざる菊」という地面に丸く固まって咲く色とりどりの菊の畑があって(写真)、それを鑑賞する客が集まっている(時期的にやや早め)。
このあたりを「飯山花の里」というらしい。
「ざる菊」って初めて見るが、飯山の他にも相模原や小田原など神奈川県内で盛んらしい。

そのざる菊の奥にある金剛寺の大師堂も見学。
堂の後ろに弘法大師を模った石仏(墓)が無造作に並んでいた。

直線に伸びる参道を進み、石段を登り終えると門前の広い駐車場に出る。
バス停で降りたのも参道を歩くのも私だけで、本尊開帳日なのに、参詣者が少ないと訝しんだが、
この駐車場に車が幾つも停まっている(500円)。
バス用の大型駐車場もあるので、季節によっては観光ルートになっているのだろうか。


修復中なのか仁王が不在の仁王門を抜け、最後の石段を登ると、観音堂前の広場に出る(写真)
そこにボランティアの案内の人たち(老人)がいて、寺の案内を渡しながら、どこから来たのかと尋ねてきたので、東京からと答え、そしたら今日は本尊開帳の日だと言ったので、それを目指して来たと答えたら、どうやってそれを知ったのか不思議がっていた。
私にとって本尊開帳の情報ソースは山と渓谷社の『歴史散歩』シリーズ。
本で紹介される寺の本尊はきちんと開帳日が記されているのだ(歴史散歩の実用向き!)。
ただしこの本は古いので、それを元に最新情報はネットで確認する。

参道から逸れたところに畜類と雞類の大きな供養塔があったので珍しく思いカメラを向けていると、無料案内の爺さんがやってきて、厚木は豚肉の産地で、「とん漬」という豚肉の味噌漬けが名産だという。
※:帰宅後写真を確認したら、この写真だけ不自然にピントがずれて、半透明の何かが飛び回っているような画像だった(写真)。
ついで、その反対側にある県指定重要文化財の銅鐘の説明を受ける。
それによると、ここ飯山は中世から鋳物の地で、川から鉄が取れたらしい。

ここはすでにかなりの高台なので、横浜から東京にかけての展望が広がる。
すなわち横浜のランドマークタワーや副都心の高層ビルが見えるのだ(スカイツリーは確認できず)。


いよいよ観音堂内に靴を脱いで入る。
内陣(立ち入れない)の中央に厨子があり、その扉が開いて、本尊の十一面観音(行基作)が見えるのだが、厨子の扉より背が高いので、顔の上半分が見えない。
全体的に結構素朴な造りであることはわかる(以前は山上の白山神社に祀られていたとも)。
自分のいる外陣には大黒様や役行者の木造がある。
役行者の像があるということは、背後の白山は修験の山を意味する。

寺務所で、御影(みえい:100円)を買う。
他の参拝客は御朱印目当てだが、私は御影が目当て。
観音霊場の寺なら必ず御影があると確信(しかも安い)したので、御影コレクターとしては観音霊場をメインに訪れればいいとわかった。


寺の裏から、白山の山道(男坂)を登る。
低山ながら男坂というだけあって結構急斜面で、しかも木の階段が、木2本を上下に並べて段差を作っているで、山の登りには不釣り合いな高い段差を毎回越えなくてはならない。

やっと頂稜に出たので、まずは右折して白山神社を目指す。
頂稜北の頂にある白山神社の手前に小さな池(白山池)があって、傍に立つ竜の像が池に顔を向けている(写真)。
かように頂上部に湧水があるのは珍しい(ないことはない)。
またここにも役行者の石像があった。

長谷寺を開基した行基が山頂で湧水池を発見して、そこに白山神社を勧進したのだという。
白山神社に参拝して、引き返して、頂稜南端で三角点のある白山展望台に達する。
そこには階段で上がる展望台が設えてあり、そこに登ると、展望の案内図があり、それによると、先ほどの京浜都市の展望に加えて、伊豆大島とその先の利島まで見渡せるらしい(今日は見えない)。
背後には丹沢大山が聳え立っている。

ここからは女坂を経由して長谷寺に戻れる。
さすが女坂は、傾斜が緩く、さらに山腹を巻くので平坦なほど。
長谷寺に着き、バスの便に時間があるので、まずは堂の周囲に作られてある坂東33ヶ所観音霊場の巡礼道を歩く。
ついで、今一度観音堂内に入って本尊を拝み、
寺務所で茄子の中に金銀のカエルが入っているストラップ型のお守り(600円)を買う。
普通、お守りの類は買わないのだが、私の好きなアイテム、1位カエル🐸、2位キノコ🍄‍🟫、3位ヒョウタン、4位ナス🍆のうち、1位と4位が合わさったので帰りに時間があったら買おうと思っていたのだ。
カエルはたいてい「無事カエル」から始まる語呂合わせに使われるだけで(カエル好きにとっては)鼻白むが、ナスはそういう使われ方をしないので、逆に珍しい。

最後は、小鮎川沿いの瀧蔵神社に参拝し(宮司が一人で神事中)、バスが来る5分前にバス停に着いた。

というわけで、秘仏拝観、修験の山歩き(峰入り)、御影に加えて思わぬグッズもゲットできた。