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なぜ働いていると本が読めなくなるのか 三宅香帆

日本文化に関する先行の研究論文、出版界の歴史、ベストセラーの変遷などの知見を駆使して、日本人の読書の歴史を語った一冊。題名をみて、読書の勧めとか自己啓発本のような内容を勝手にイメージして読み始めたが、予想に反してとても重厚な読み応えのある内容に驚かされた。まず明治期以降、読書は「修養」と呼ばれる自己啓発の手段として普及、その後エリート層による「教養」のための読書という考えや行動が「修養」とは別のものとして分離していったという。続いて戦前から戦後にかけて、インテリアとしての全集ブーム、エンタメとしての大衆小説が流行するなど、読書というものが教養と娯楽の間で揺れ動く様が描かれる。戦後については、パチンコ、ギャンブル、囲碁将棋、映画、テレビ、社内飲み会、社員旅行などの娯楽が広がるなか、会社人間としての長時間労働もあり、読書という行為の危機が訪れる。一方、日本人のメンタリティーは、社会は変えられないものという認識のもと、自分を市場や社会に適合させながら社会参加、社会貢献を果たすことに重きを置くようになり、ひいては自分でコントロールできない社会をノイズと捉えるようになっていく。そうしたノイズを視野から外して自分のコントロールできることだけを重視するメンタリティーから自己啓発本は読まれるが、何が書かれているか予想できない偶然性の強い一般の読書はノイズとして遠ざけられていく。また時間をどう使うかという価値観も、何事にも全身全霊で打ち込むことが美徳とされ、労働時間以外の時間も社会貢献や副業ステップアップのための学習に充てることが推奨されていく。こうした本書に書かれた流れと現状を認識するだけでも、何かが少し変わりうると感じさせてくれる内容だった。(「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」 三宅香帆、集英社新書)
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