書評、その他
Future Watch 書評、その他
忘れ物が届きます 大崎梢
本書に収録された5つの短編は、いずれも次のようなストーリーだ。各編の主人公は、大昔に解決済みの事件について、ある種の違和感や疑念を抱いている。それが長い時を経て、あるきっかけで思い出されたり動き出したりする。そこで主人公は昔の事件に別の隠されたストーリーや真実があることを知る。あるきっかけとは、偶々の偶然だったり、長い時を経て当事者の立場や考えが変化したことだったり、誰かが老いを意識し始めてその人物がその事件に真の決着をつけようとすることだったり、様々だ。時間を経て風化しない記憶、時間を経たからこそ目に見えるようになってきた別のストーリー等、本書の記述はそうしたものを細やかに映し出していてさわやかな読後感をもたらしてくれる。(「忘れ物が届きます」 大崎梢、光文社文庫)
美乃里の夏 藤巻吏絵
いつも読むようなジャンルの本とは少し違う感じの本だが、自分の孫の名前が題名になっている本書を本屋さんで見かけたので読んでみることにした。大変心暖まる内容で、とても良い本を読んだなぁと感じたが、この本を読んで最も強く感じたのは、小説家が作品を書く時に、読者層というものをどの様に意識しているのかということだ。小説を発表する時に小説家が出版社や装丁を自由に選べるとすれば、その時にはどうしてもある程度読者層というものを想定しなければならないだろう。本書で言えば、この小説はある程度若い読者を想定している。内容的には、中学生とか高校生が読んで面白いと感じそうだし、彼らの夏休みの課題図書にうってつけの様にも思える。最後の章を読み終えると学校を卒業して社会にでていく若者への花向けの小説の様にも思える。文章の質も明らかそうした読者を意識している。おそらく私のような還暦を迎えるような人間が読むことは、あまり作者も出版社も想定していなかったのではないかと思う。そうした想定外の読者にも面白い本書のような本を本当に良い本というのだろう。後は、そうした本に想定外の読者がどの様に巡り会うことができるか、それは読者側の問題だ。(「美乃里の夏」 藤巻吏絵、福音館書店)
特捜部Q 知りすぎたマルコ(上・下) ユッシ・エーズラ・オールソン
文庫本で追いかけているシリーズの第5作目。単行本で刊行されてから随分待たされた気がするが、ようやく文庫化されていたので早速読んでみた。特捜部Qの3人トリオは相変わらず飄々としながら、難事件の糸口を独自のやり方で紐解いていく。前作を読んでからかなり時間が経っているのにそれを感じさせないのは、3人のキャラが忘れられないほど魅力的だからだろう。さらに本作では、もう一人の主人公ともいえる1人の少年がその3人に劣らない活躍を見せる。淡々として凄いことをやってのける様は、主人公トリオと通じるものがある。少年を巡る果てしない追跡劇のスリルを味わいながら、いつ主人公トリオはその少年と巡り会えるのかハラハラドキドキしながらその瞬間を待つ、満足度100パーセントの一冊だった。(「特捜部Q 知りすぎたマルコ(上・下)」 ユッシ・エーズラ・オールソン、ハヤカワ文庫)
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