昨夜、私はいつものように読売新聞の夕刊を読んでいた。
そして13面の【テレビ&ラジオ】に於いて、
何かしらフジテレビ系『市長死す』に主演されているらしい俳優の反町隆史(そりまち・たかし)さんの
インタビュー記事が掲載されていた。
私は反町隆史さんに関しては、
何年間前に家内が午後のひとときテレビの再放送の連続ドラマ『ビーチボーイズ』を居間で視聴していた時、
付近のソファーに居た私は、ほんの少し見たりした。
そして映画の『男たちの大和/YAMATO』(2005年)がテレビで放送された時、
鑑賞して、ここのお方に好感したりした。
そしてここ10数年の若手の俳優で、織田裕二(おだ・ ゆうじ)、木村拓哉(きむら・ たくや)の両氏より、
遥かに存在感のある人で、男らしい男であり、
世間の若き女性の多くは、良い男と称されるのは、このような人を指すのかしら、
と齢ばかり重ねた67歳の私は感じていた程度である。
今回のインタビュー記事をぼんやりと読んでいたら、この中の一部の発言に、
思わず私は二度ばかり読んだりした。
《・・「写真やビデオは、その瞬間を絵としては残せるけど、
心情までは残せない。
日記は字を通して書いた人の気持ちまで分かる。
僕は書く習慣がないが、日記の良さに気付かされた」・・》
このような発言をされていた。
そして私は瞬時に、それぞれの数多く方が、
その人なりの思いを心情まで発露したブログの世界の投稿文と同じ、
と思ったりした・・。
私は中小業の民間会社を35年近く勤め、定年退職したのは2004〈平成16〉年の秋であった。
そして、まもなくブログの世界を知った。
その後の私は、各サイトのブログ、ブログ系に加入して投稿をし始めて、早や8年生となっている。
私は定年後に年金生活を始め、何かと身過ぎ世過ぎの日常であるので、
日々に感じたこと、思考したことなどあふれる思いを
心の発露の表現手段として、無念ながら写真、イラスト、絵などに素養もないが、
何より言葉の力を信じて散文のような形式で投稿してきた。
古来、日本は人々の会話の伝達の時代が過ぎた後、
少なくとも飛鳥の時代の頃から言葉を綴り, 日記、随筆、小説、詩、短歌、俳句、
川柳などは文字で表現してきた。
そして、その時代なりに数多くの人々により、
心を思いを満天の星空のように、数多くの文を遺〈のこ〉されて、現世に至っている。
私は確固たる根拠もないが、私なりの拙(つたな)い感性と感覚を頼りに、
できうる限り随筆形式で綴ってみようと、投稿文としている。
そして若き頃に小説の習作を少し体験し、幾たびか校正したりしてきたが、
ブログの投稿文と甘え、一気呵成〈かせい〉に書き上げてしまうことも多い。
しかしながら、その日に応じて、簡単に言葉を紡(つむ)ぐ時もあれば、
言葉がなかなか舞い降りてこなくて、苦心惨憺とすることも多いのが実情でもある・・。
このような時、言霊(ことだま)に対して自己格闘が甘いのかしら、
或いは幼年期からの何かと甘さの多い人生を過ごしてきたから、
このような拙〈つたな〉い文章を綴るしか表現が出来ない、
と深刻に考えたりすることがある。
しかし拙〈つたな〉い投稿文でも、その時の心情を素直に綴れば、幾年か過ぎた後、
のちの想いになることは確かだ、と思い原則として日々投稿文を認(したた)めている。
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そして13面の【テレビ&ラジオ】に於いて、
何かしらフジテレビ系『市長死す』に主演されているらしい俳優の反町隆史(そりまち・たかし)さんの
インタビュー記事が掲載されていた。
私は反町隆史さんに関しては、
何年間前に家内が午後のひとときテレビの再放送の連続ドラマ『ビーチボーイズ』を居間で視聴していた時、
付近のソファーに居た私は、ほんの少し見たりした。
そして映画の『男たちの大和/YAMATO』(2005年)がテレビで放送された時、
鑑賞して、ここのお方に好感したりした。
そしてここ10数年の若手の俳優で、織田裕二(おだ・ ゆうじ)、木村拓哉(きむら・ たくや)の両氏より、
遥かに存在感のある人で、男らしい男であり、
世間の若き女性の多くは、良い男と称されるのは、このような人を指すのかしら、
と齢ばかり重ねた67歳の私は感じていた程度である。
今回のインタビュー記事をぼんやりと読んでいたら、この中の一部の発言に、
思わず私は二度ばかり読んだりした。
《・・「写真やビデオは、その瞬間を絵としては残せるけど、
心情までは残せない。
日記は字を通して書いた人の気持ちまで分かる。
僕は書く習慣がないが、日記の良さに気付かされた」・・》
このような発言をされていた。
そして私は瞬時に、それぞれの数多く方が、
その人なりの思いを心情まで発露したブログの世界の投稿文と同じ、
と思ったりした・・。
私は中小業の民間会社を35年近く勤め、定年退職したのは2004〈平成16〉年の秋であった。
そして、まもなくブログの世界を知った。
その後の私は、各サイトのブログ、ブログ系に加入して投稿をし始めて、早や8年生となっている。
私は定年後に年金生活を始め、何かと身過ぎ世過ぎの日常であるので、
日々に感じたこと、思考したことなどあふれる思いを
心の発露の表現手段として、無念ながら写真、イラスト、絵などに素養もないが、
何より言葉の力を信じて散文のような形式で投稿してきた。
古来、日本は人々の会話の伝達の時代が過ぎた後、
少なくとも飛鳥の時代の頃から言葉を綴り, 日記、随筆、小説、詩、短歌、俳句、
川柳などは文字で表現してきた。
そして、その時代なりに数多くの人々により、
心を思いを満天の星空のように、数多くの文を遺〈のこ〉されて、現世に至っている。
私は確固たる根拠もないが、私なりの拙(つたな)い感性と感覚を頼りに、
できうる限り随筆形式で綴ってみようと、投稿文としている。
そして若き頃に小説の習作を少し体験し、幾たびか校正したりしてきたが、
ブログの投稿文と甘え、一気呵成〈かせい〉に書き上げてしまうことも多い。
しかしながら、その日に応じて、簡単に言葉を紡(つむ)ぐ時もあれば、
言葉がなかなか舞い降りてこなくて、苦心惨憺とすることも多いのが実情でもある・・。
このような時、言霊(ことだま)に対して自己格闘が甘いのかしら、
或いは幼年期からの何かと甘さの多い人生を過ごしてきたから、
このような拙〈つたな〉い文章を綴るしか表現が出来ない、
と深刻に考えたりすることがある。
しかし拙〈つたな〉い投稿文でも、その時の心情を素直に綴れば、幾年か過ぎた後、
のちの想いになることは確かだ、と思い原則として日々投稿文を認(したた)めている。
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