昨夜、愛読しているネットの『プレジデントオンライン』を見ている中で、
【 「公的年金は潰れる」論は「トンデモ系」 】と題された見出しを見たりした・・。
私は東京の調布市の片隅に住む年金生活の73歳の身であるが、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭であり、
雑木の多い小庭の中で、築後39年を過ぎた古ぼけた一軒屋に住んでいる。
そして私より5歳若い家内も、お互いに厚生年金、そしてわずかながらの企業年金を頂だいた上、
程ほどの貯金を取り崩して、ささやかな年金生活を過ごして、早や14年生となっている。
我が家は厚生年金に関して、生活費の基盤なので、何かと注視している。
こうした中で、厚生年金は微減してきたので、将来はどのようになってしまうのか、
ときおり無力ながら、この先どのくらい減ってしまうのか、不安になってしまったことも事実であった。
このような心情もあり、やはり公的年金に関しては、何かと気になり、精読してしまった・・。
この記事は、"ミスター年金"と称されている香取照幸(かとり・てるゆき)さんの個人的見解であるが、
厚生労働省で政策統括官、年金局長、雇用均等・児童家庭局長を歴任され、
内閣官房内閣審議官として「社会保障・税一体改革」を取りまとめた賢人の御方である。
今回、公的年金に関して、インタビーュを受けた記事であり、
誰しもが判りやすい公的年金の基本、現状、今後の状況を明言され、
『プレジデントオンライン』の2018年5月9日の配信されていた記事である。
殆どの御方が老後の不安の中で、公的年金に関しても難題と思われ、私は共有致したく、
あえて無断であるが、この記事を殆ど転載させて頂く。
《・・
■今の日本はすでに1人で1人を支える「肩車」状態
公的年金制度の基本的仕組みは
「働いている現役世代が生み出した付加価値を、生産から退いた高齢者に配る」ことです。
公的年金制度は、よく「肩車」や「騎馬戦」などにたとえられますが、
「働いている人が、働いていない人を含めた全人口を支える」
という意味では、公的年金も普通の社会と基本構造は同じです。
2015年の日本の総人口は約1億2700万、生産年齢人口は約7700万ですが、
実際に働いている人数(労働力人口)は6600万で、総人口の約50%にすぎません。
6600万人で1億2700万人を支えている。
今の日本だってすでに「1人で1人を支える『肩車』」になっているのです。
今、日本経済は潰れていません。
しかし今後日本は、さらなる高齢化・少子化・人口減少・労働力人口減少が
進んでいろいろ厳しい局面を迎えます。
このことは公的年金についても言えることです。
支え手が減って、受給者が増える。
制度は潰れはしませんが、バラ色の給付というわけにはいきません。
公的年金制度の課題は、日本社会と日本経済が直面する課題そのものです。
できる改革は、進めていかなければなりません。
「公的年金は、日本社会・経済の縮図」なのだということをまず理解してください。
▼年金は貯蓄でもなく、金融商品でもない
このことから、公的年金を考えるときのポイントをいくつか導き出すことができます。
第1に、公的年金は「付加価値の分配」ですから、経済の実力以上の年金制度というのはありえません。
もし現役世代が負担に耐えきれず、年金が潰れるというときが来るとしたら、
その前に日本経済が潰れているはずです。
逆に言えば、日本経済が潰れない限り、公的年金は潰れません。
第2に、年金が抱える課題は、年金の世界だけで考えていても、解決できません。
処方箋の多くは、年金制度の外にあります。
少子化/家族支援対策・経済政策・雇用労働政策等々、日本社会・経済の課題解決が
年金制度の課題解決につながります。
第3に、経済学者の大好きな年金の財政方式に関する論議は、問題解決にとって意味を持ちません。
積立方式でも賦課方式でも、民営化しようがどうしようが、
「現役の生んだ付加価値の分配」という制度の本質に変わりはありませんから、
それで給付水準が上がるわけでも、年金財政がより安定するわけでもありません。
制度が潰れるわけでもないのに、土台ごとひっくり返すような制度変更をするのは、馬鹿げています。
もうひとつ大事なことがあります。
公的年金は「貯蓄」でも「金融商品」でもない。
「保険」だということです。
何を「保険」の対象にしているかというと、「長生きのリスク」です。
寿命は誰にもわかりません。
「長生きしても困らない」ためにあるのが公的年金です。
だから世界中どこでも、公的年金は必ず「終身給付」です。
「生きている限り、いつまででも保障します」が公的年金の基本機能です。
払い込んだ保険料の総額とは関係ありません。
金融商品である私的年金との決定的な違いはここにあります。
「保険」ですから、損得論は無意味です。
死んでお金は持っていけませんし、その必要もないはずです。
以上、簡単なことですが、多くの経済学者のみなさんは、
社会保障の基本哲学をちゃんと勉強していないのか、よくわかっていない人が多いです。
「公的年金は潰れる」、「巨額の債務超過・積立不足がある」、「民営化すれば効率化できる」なんて
まだ議論している人がいたら、その人の唱えている社会保障論は、まず「トンデモ系」と思っていただいて結構です。
■今後30年間が「労働力人口減⇔高齢者増」の厳しい時期
これらのことを頭において、これから10年、20年先の公的年金制度がどうなるか、
どうすればいいのかについて考えてみます。
今後、労働力人口は減少します。
現在6600万人の労働力人口は、2030年には最大5300万人にまで減少し、
その後も減少していきます。
他方で65歳以上の高齢者人口は、2040年あたりまで増え続け、その後減少に転じます。
その後は労働力人口も、高齢者人口も減っていきますが、
高齢世代と現役世代の人口バランスは取れていくので、年金制度は安定していきます。
つまり、今後20~30年間が
「労働力人口が減るのに、高齢者は増え続ける」という一番厳しい時期だということです。
この「胸突き八丁」をどう乗り切るかが、日本社会と経済全体の課題であり、
社会保障と公的年金制度の課題でもあるわけです。
この課題を解決する抜本的な対策は、
支え手=働く人を増やし、総人口に占める労働力人口の割合を増やすか、
増やせないまでも、せめて維持するかしかありません。
少子化対策はもちろん大事ですが、2018年生まれた子どもが、
支え手になるまでには20年かかりますから、同時に足元の対策が必要です。
元気な高齢者には、働いてもらう、
より多くの女性が、普通に働けるようにする、
若い世代をフリーターなどで無駄に使わないで、ちゃんとフルタイムで働いてもらう、ということです。
大きな視点で、公的年金制度の持続可能性、財政の安定と老後の所得保障の両立を考えるのなら、
雇用と年金をセットにした制度設計が、ぜひとも必要です。
現役の雇用と所得の保障が、公的年金制度の安定とその人自身の老後保障につながるからです。
「日本社会の課題」とか言って他人任せにして、
公的年金制度は、自分では何も改革しないのか? と言われそうです。
もちろんそんなことはありません。
この厳しい20~30年間を乗り切るために、公的年金制度では2つの仕掛けを用意しています。
1つは積立金の活用です。
日本の年金積立金は、約170兆円(2017年3月末)。
日本の公的年金基金(GPIF)は、世界最大の年金基金です。
この積立金と運用益を計画的に取り崩して、
給付に回すことで、現役の負担上昇や高齢者の給付水準低下を抑制します。
もうひとつが「マクロ経済スライド」です。
それは簡単に言えば「現役世代が負担できる範囲に収まるように、年金給付を調整する」という仕組みです。
年金給付は、実質価値維持のため物価スライドしますが、
一定の計算式に従って、このスライド率を割り引くことで、年金の実質水準を引き下げ、
年金給付総額を調整して、長期的な収支バランスを確保する、というのがマクロ経済スライドです。
この仕組みの導入によって、公的年金財政は安定しましたが、
給付水準は、少しずつ引き下げられていきます。
マクロの制度は維持できてもミクロ、
つまり個々の受給者にとっての年金の所得保障機能は、縮小していくわけです。
そして当然ながら、マクロ経済スライドによる調整が長期化すればするほど、
給付水準は、より大きく低下します。
なので、この仕組み導入後の公的年金制度の課題は、
ミクロの給付をいかに守るか、つまりマクロ経済スライド調整期間をいかに短くするか、
ということになります。
そもそもこの「マクロ経済スライド」は、永遠にやりつづけるものではありません。
年金財政の長期的収支が確保できれば、そこで終わりになります。
端的に言えば「胸突き八丁」を乗り切るための仕掛けなのです。
■約50年間で平均余命は10年以上延び、その分、老後期間が延びた
ではどうすれば調整期間を短くできるか、考えてみましょう。
経済成長はもちろん大事です。
成長して給与が増え、保険料収入が増えれば、それだけ年金財政は安定し、
個々人の将来の給付も確保できます。
より重要なのは、先ほど述べた支え手=労働力人口を増やすことです。
非正規労働者への社会保険の適用拡大も同じこと。
年金制度の支え手を増やし、同時に個々人の将来の年金給付も確保する、ということです。
さて、この「支え手を増やす」を、別の視点から考えてみましょう。
年金制度の基本構造は、ミクロでもマクロでも同じです。
ミクロで考えると「現役のうちに、引退後を含めた一生分の所得を確保する」ということですし、
それを束にしてマクロで考えれば
「現役世代が生んだ付加価値で、引退世代に年金を給付する」ということになります。
1人でやるか、社会全体でやるかだけの違いです。
人口が高齢化する、高齢者が増えるというのは、平均寿命が長くなり、
一人一人が長生きするようになったことの結果にほかなりません。
とすれば、もし平均寿命(引退時点での平均余命)が10年伸長したとするなら、
そのうちの何年かは働く期間にして、引退年齢を後ろ倒ししなければ、
ミクロで見てもマクロで見ても、これまでどおりの収支バランスは、成り立たないことになります。
この約50年間に日本人の平均余命は、10年以上延びました。
しかし就労期間は、それに見合うようには延びていません。
平均余命が延びた分、ほぼ老後期間が延びているような状態です。
ミクロでバランスが取れれば、マクロでもバランスが取れます。
平均余命の延びに見合って、就労期間を延ばすことで、バランスを取ることができれば、
マクロ経済スライドによる給付水準調整期間が短くなって、受給水準は維持されますし、
そもそも年金制度加入期間が長くなりますから、年金額もアップします。
スウェーデンでは、平均余命の延びに対して、どのくらい就労期間を延ばせば、
給付水準が維持できるかを国民に示しています。
たとえば1930年生まれと1995年生まれを比較し、65歳時点での平均余命は6年9カ月延びているので、
引退年齢を4年4カ月延ばすと、バランスする(給付水準が維持できる)、という具合です。
繰り返しますが、年金は、社会や経済の縮図です。
平均寿命の伸長に合わせて、働く期間を長くするというのは、
本人のためにも、社会全体の持続可能性を確保するためにも、必要なことです。
そのことを年金の世界で考えれば、こうなるというだけの話です。
かくして、話は戻ります。
雇用保障と年金をセットにした制度設計。
雇用政策と一体となった年金制度改革。
これがぜひとも必要です。
「普通の人が、普通に働いて普通に暮らせる」仕組みの構築を目指し、
雇用と年金は一体的に考えるということです。・・》
注)記事の原文に、あえて改行を多くした。
過ぎし2015年の12月下旬に、私は嘉悦大学教授の高橋洋一さんのひとつの寄稿文、
【「日本の借金1000兆円」はやっぱりウソでした
~それどころか…なんと2016年、財政再建は実質完了してしまう!
この国のバランスシートを徹底分析 】
と題された寄稿文を読んだりした。
この御方は、1980年、大蔵省(現財務省)入省、理財局資金企画室長、内閣参事官など歴任され、
小泉内閣、安倍内閣では 「改革の司令塔」として活躍され、2007年には財務省が隠す「埋蔵金」を公表し、
政策シンクタンク「政策工房」会長されている賢人である。
私は読み終わった後、私は大手メディアの新聞、テレビなどは日本の借金は1100兆円を超えている、と報じられているのは、
財務省が国の財政が悪化し、これからも支出の多くを占める社会保障費に危惧して、
資産合計を抜きにして、負債合計だけの1171.8兆円を声高に公表されている、と感じたりした。
そして悪しき表現で明記すれば、財務省は社会保障費は殆ど使用する高齢者を人質に、
消費税など増税しないと財政危機になりますょ、そして年金は激少したり、医療、介護も低下しますょ、
と私は思い馳せて、苦笑させられた。
やがて昨年の2017年3月下旬に、信愛している高橋洋一さんの著作
『 年金問題は嘘ばかり ~ダマされて損をしないための必須知識~ 』(PHP新書)を購読して、
私は年金制度に多々教示したりした。
この表紙には、財務省、厚労省、金融機関がひた隠す年金の『真実』も明記されて、
やがて私は年金に関しては安堵してきた。
今回の記事の"ミスター年金"の公的年金の基本、現状、今後の状況を学び、
改めて《・・日本経済が潰れない限り、公的年金は潰れない・・》に論説を信愛させられたりした。
そして私は、信愛している高橋洋一さん、そして今回の"ミスター年金"の香取照幸(かとり・てるゆき)さん、
おふたりの賢人から私は学び、私は年金に関しての不安は払拭できて、安堵を重ねている。
そして私たち夫婦の晩秋期の不安は、いつの日にか、介護・要となり、
介護施設にお世話になる時と思われる。
やむなく、何かとブラス思考の私は、人それぞれ永(なが)らえるのは、自助努力も肝要であるが、
こればかりは神様か仏(ほとけ)さまの采配によるよなぁ・・と微苦笑したりしている。