先程、私は長らく愛読しているネットの【NIKKEI STYLE】を見ている中で、
『 西城秀樹さん襲った脳梗塞 身近で起きたらどう対処? 』と見出しを見たりした。
私は東京の調布市に住む年金生活の73歳の身であるが、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭である。
そして雑木の多い小庭の中で、古ぼけた一軒屋に住み、
私たち夫婦はお互いに厚生年金、そしてわずかながらの企業年金を頂だいた上、
程ほどの貯金を取り崩して、ささやかな年金生活を過ごして、早や14年目となっている。
ここ数年は会社時代の少し先輩、或いは後輩の68歳が、いずれも大病で入退院を繰り返した後、この世を去ったり、
ご近所の私と同世代の知人が、突然に脳梗塞で死去されて、数か月の先は誰しも解らない、冷厳なこの世の実態に、
私は震撼させられたりしてきた・・。
しかしながら私は、脳梗塞の具体的なことは無知であり、真摯に学ぼうとして、
記事を読んだりした。
この記事の原文は、『日経Gooday 』の2015年7月21日に於いて、
【 夏は多発期! 脳梗塞治療は時間との闘い 】と題された記事のひとつで、
関連の【NIKKEI STYLE】に再構成されて、2018年5月20日に配信され、
無断ながら記事を転載させて頂く。
歌手の西城秀樹さんが、63歳で亡くなりました。
西城さんは2003年と2011年に脳梗塞を発症、右半身マヒの後遺症が残っていたそうです。
脳梗塞とは、どのような病気なのでしょうか。
また、身近な人が脳梗塞で倒れた時、どのように対処すればいいのでしょうか。
【問題】
身近な人に体のまひやしびれ、ろれつが回らないなど脳梗塞の症状が出た時、どのように対処すればよいでしょう。
1. 症状が消えることもあるので、しばらく様子を見る
2. ただちに病院へ行く
正解は、2. ただちに病院へ行く です。
脳梗塞は、ある日突然起こり、助かっても重大な後遺症が残り、寝たきりになることも多い病気です。
最悪の事態を回避する鉄則は、「早く治療を受けること」。
発症から4.5時間以内の「超急性期」であれば、脳の血栓を溶かす薬を使うことができます。
■脳梗塞は「何の症状もない人に、ある日突然起こる」
脳に突然起こる代表的な病気として、脳卒中があります。
脳卒中は、脳の血管が破れる、あるいは詰まることにより、
その部分の脳の働きが失われてしまう病気の総称で、
血管が破れるタイプが「脳出血」や「くも膜下出血」、血管が詰まるタイプが「脳梗塞」です。
ポイントは、今まで何もなかったのに、ある日突然に起こること。
代表的な症状は、体の半分が動かなくなる、手足がしびれる、ろれつが回らない、
人の話を理解できない、視界の半分が見えなくなる、などです。
脳梗塞は、年齢で言えば70歳以降の人がなりやすく、つまり加齢とともに起こりやすい病気です。
中でも、脳梗塞の一番の危険因子は、高血圧です。
高血圧をわずらっている期間が長い人は、特にラクナ梗塞を起こす可能性が高くなります。
高血圧以外に、悪玉(LDL)コレステロールが多い、糖尿病、喫煙、過度のアルコール摂取なども
脳梗塞のリスクを高める要素です。
■夏は多発期、水分不足による脱水症状が影響
季節的に比較的よく起こるのは、夏と冬です。
夏場は、水分不足による脱水症状が影響しますが、
冬の寒い時期は、血圧が急激に上昇して起こります。
動脈硬化が進むと、特に夏は、脱水で血がドロドロになって血管が詰まりやすくなります。
不整脈がある場合も、水分不足で血栓ができて脳梗塞を起こしやすくなり、注意が必要です。
■身近な人が脳梗塞で倒れた時の対処法
脳梗塞は、ある日突然起こりますが、
そうはいっても、一過性脳虚血発作(TIA;Transient Ischemic Attack)と
呼ばれる前兆が出ることもあります。
半身が動かない、脱力といった脳梗塞特有の症状が出た後、
しばらくすると回復するような、文字通り一過性の発作です。
この時、一番良くないのは「症状が消えたから治ったんだ」と考えて、
病院に行かずに、放置するパターンです。
特に高齢者だけの家族の場合は、外出を負担に感じて、
「主人の具合が悪いけど、とりあえず様子を見よう」ということがあります。
最近は安易に救急車を呼ぶなと言われますが、
体の麻痺やしびれ、ろれつが回らない、といった症状が出たら、様子を見ている場合ではありません。
即病院へ、と考えましょう。
なぜなら、脳梗塞は、早ければ早いほど、治療がうまくいくからです。
発症から4.5時間以内の「超急性期」であれば、
脳の血栓を溶かすt-PAという薬を使うことができます(血栓溶解療法)。
この治療がうまくいけば、完全に症状が消える可能性もあります。
ところが、この薬は「超急性期」を過ぎると、効果が落ちるため、
使うことができなくなります。
脳梗塞治療は、時間との闘いなのです。
受診を迷ったときは、下表のようなチェックポイントも参考にしてください。
写真:NIKKEI STYLE ・・・》
私は総合月刊誌の『文藝春秋』の25歳からの長年の愛読者で、過ぎし2016年12月号に於いて、
たまたま西城秀樹さん御自身が、脳梗塞の原因、この後の闘病、リハビリの手記が掲載されて、
真摯に読んだひとりである。
こうした中で、脳梗塞になったと思われる原因を読んだ時は、動顛させられた・・。
最初に発作を起こしたのは、2003年6月。
ディナーショーのために訪れていた韓国・済州島でのことです。
猛烈にだるくて眠くて、翌朝目が覚めたら、左の頬が右より下がっていました。
ろれつも回りません。
東京の慶應病院に勤める知り合いの医師に、電話で相談したら、
「脳梗塞の疑いがありますね」。
仕事を終えて翌日、急いで帰国して病院へ行くと、そのまま入院。
「ラクナ梗塞」という病名を告げられました。
脳内の細い血管が動脈硬化などで、狭くなって血液の流れが悪くなる、脳血栓症のひとつだそうです。
そのときまでぼくは、最高に健康な男だと過信していました。
若い頃からワインを毎晩2本、タバコを1日4箱という生活でしたが、
46歳で結婚してから、食生活に気を配るようになっていました。
181センチ、68キロの体型を維持するため、ジムに通ってトレーニングも欠かしませんでした。
しかし倒れる前は、3週間で5キロの無茶なダイエット。
運動中も、そのあとのサウナでも、水分補給をしないほうが、効果があると勘違いもしていた。
そんなことが、血流を滞らせる原因になったんですね。(略)・・》
私はこの記事を読んで以来、特に散策する時は、特に水分補給を注意してきた。
私が年金生活の当初から、我が家の平素の買物は、
私は自主的に買物専任者として宣言し、家内から依頼された品を求めて、
独りで殆ど毎日、スーパー、専門店など歩いて行き、買物メール老ボーイとなっている。
この後は、やはり自宅から3キロ以内の遊歩道、小公園などをひたすら歩き廻ったりして、
季節の移ろいを享受している。
こうした根底のひとつには、もとより健康でなければ、自身の日頃のささやかな願いも叶わないので、
いつの日にか認知症、或いは脳梗塞などの難病に遭遇したら、困窮するので、
ひたすら歩き、ときおり大股で歩いたり、或いは足早に歩くことが多くなっている。
今回の記事を読み終わった後、改めて脳梗塞になったら、できる限り早めに病院で治療を受けなければ、
と思い深めたりした。
尚、私は歌手の西城秀樹さんに関しては、余り知らないが、
特に1973年『ちぎれた愛』、1974年『傷だらけのローラ』、1978年『ブルースカイブルー』の3曲が、
ハスキーで突出した歌唱力で唄いあげることに私は好感してきた。
そして確かデビューし数年過ぎた頃だったと記憶しているが、
1971年に尾崎紀世彦さんが、『また逢う日まで』などの歌で一世風靡されていたが、
西城秀樹さんは尾崎紀世彦さんのように巧い歌手になりたい、と私は風の噂として、聞いたりした。
過ぎし16日、テレビのニュースで、西城秀樹さんは2度の脳梗塞の闘病を経験し、急性心不全で亡くなわれた、
と私は知り、ただ哀悼を重ねるばかりであった。
そして私は、西城秀樹さんは日本の歌の世界で多彩な先駆者でもあり、
常に一歩先に戦い続けてきた稀(まれ)な歌い手・・鮮烈な記憶の足跡を残した男、と思い深めたりした。